第99話・漆黒の諦観




 気持ちの赴くままに行動した事に後悔は無い。

 殿下に今伝えない事の方が後悔しただろうから。

 だからまぁ、その行為が令嬢サマにとって当て擦りに見えたとしても仕方ないとも思ってる。

 思ってはいるんだけど……。


「(青ざめているのに、私を睨む気力はあるとか)」


 多分今すぐ殿下の言葉を聞き入れて礼儀を忘れずココを去った方が後々の和解への道だと思うんだけど。

 未だに自分の「何が」殿下を怒らせたか分かってない、とか?

 それとも分かっていても、それでも私への怒りの方が上回る、と言う事なのかな?


 有り得ないなぁ。

 感情を露わにした殿下に対して「将来の王」としての気構えを説いた癖に自分は感情を露わにしても良いんだろうか。

 自分を甘やかしすぎでしょう、それは。

 それだと殿下に説いた言葉ですら人様の借り物なのだと公言しているようなもんだ。

 自分の中で昇華してないから、実践できてないし、結果として言葉が軽く感じてしまう。

 子供は親の真似をして成長していくわけだから、まだ模倣で良いのかもしれないけど、人様に偉そうに言い聞かすなら自分の中で昇華してからにしないと。

 他人、それも上位の存在に対して誰かの真似の言葉で諭そうとするなんて、その人間の底の浅さを露呈させるだけだと思う。


 私は溜息を隠せなかった。

 そしてそんな私の溜息にすら過剰反応して私をきつく睨みつけてくる令嬢サマ。

 もはや殿下の言葉なんて頭から抜けてるんじゃないかな、あれ?


「(一体どうして其処まで私を「下」見れるんだか)」


 幾ら私が噂通りの「我が儘娘」だとしても、私の家の家格ならば許されてしまう事は沢山あるのだ。

 贅沢しようと我が儘を山ほど言ったとしても、私は許される立場にいるのだ、一応。

 『前』の庶民根性が染みついている私に贅沢をするなんて事は出来ない上、ある種の我が儘はもう結構言っている。

 錬金術の事や黒いのの事だって我が儘にカウントされる事柄だし。

 実は我が儘女という噂は否定しきれない所があるのだ。

 とは言え、自称婚約者を困らせただの、今度は寄生先を殿下達に選んだとかは流石に色んな意味で不敬だし、私に面向かって言うだけで品性を疑われるんだけどね。

 それらの噂を真に受けているのだとすれば……それよりも酷い噂に振り回されているのだとすれば、裏付けも取らずに噂を信じたという事だ。

 その時点で貴族としてどうかと思うし敵になったとしても絶対に負けない自信がある。

 ってか私を敵視するだけ無駄なんだけどね。

 私は殿下に対して恋愛感情なんて欠片も抱いていないんだから。


 もう直接言ってしまいたいぐらいだ。

 それで面倒な事が一掃されるなら言っても良いんだけど、パワーバランスを崩しかねないから言えないんだよねぇ。

 年齢と家格の面で圧倒的に有利な立ち位置である私が白黒つければ、どちらにしろ反対勢力が活気づくのだ。

 特に王妃様の後ろ盾がある令嬢サマが自滅した現状は傍から見れば「婚約者候補である相手を私が蹴落とした」と見えなくもない。

 実際居合わせただけだというのに、そんな認識が固定されるなんて迷惑以外の何物でも無い。

 

 私は殿下の婚約者候補じゃありません、ただの友人です、と。


 そう言って一体何人が信じてくれるのやら。

 下手すると噂がパワーアップして「私が相手を蹴落として殿下に擦り寄る」なんて年齢不相応な噂が蔓延する事になってしまう。

 この年で悪女認定とかやってられないって話である。


 令嬢サマは初手から間違ったのだ。

 私が噂の通りかを確かめて、私が抱く殿下に対しての感情を探り、そして最終的に味方に付ければ良かったのだ。

 王妃様の後ろ盾と公爵令嬢である私の後押しがあれば、本人の努力次第では殿下の伴侶になる事は充分に可能だったのに。

 その道を自らの意志で潰した相手に私が思う事は無い。

 向けられる敵視すらどうでも良いモノなのである。


 とは言え、現在令嬢サマは殿下の言葉を聞く事無く、関係のない私を睨みつけていると言う事になる。

 更にそれが殿下達の怒りを煽るなんて……分かっていたらやらないよなぁ、と自分で答えが出て納得してしまった。


「にらんでいる余裕があるならさっさと立ち去れば良いのに」


 お兄様の言葉に私は苦笑するしかない。

 先程までとても悲しそうだった弟殿下も呆れているようだった。

 兄殿下は……もう気に掛ける価値も無い存在と認定したようです。

 全く表情に感情がこもっていません。

 顔整っているんですから無感動は怖いですよ。


「入口に彼女の友人がいるだろう。彼女を連れ出すために一時的に出入りを許可する。連れてきてくれ」


 殿下の指示に入口付近に居た人が出入り口へとかけていった。

 はい、実は居ました、護衛の人達。

 幾ら王城内だとしても居ない訳ないよねぇ。

 しかもココ入るのに許可いるみたいだし。

 ただまぁ人数は多くは無いし、職務中とは言え罪を犯したわけじゃない女性に触れる訳にはいかないものだから暴走気質の令嬢サマ達を止められなかったんだろうね、きっと。

 この件で殿下からのお咎めは無いと思うけど、自分の職務に誇りを持っていれば苦々しく思うだろうな、と思う。

 実際令嬢サマを見ていた顔が微妙に歪んでいたし。

 臣下に嫌われていて善き王妃になれるとでも思ってるのかな、彼女は。

 殿下以外目に入らなさすぎでしょう、これじゃあ。

 其処まで盲目に殿下を思えるのは凄いかもしれないけど、見苦しいとしか思えない。

 恋愛脳も此処まで来ると害悪だよねぇ。


 恋愛怖いわぁ。


 盲目なまでに燃え上がるような恋は時として人を狂わせる。

 恋に溺れ自身を見失い破滅した人間がどれだけ多い事か。

 ……ま、恋に夢していた令嬢サマを同位に置いたら、恋狂いの人達が怒りそうだけど。

 実際恋に恋するどころか恋に夢見ていた令嬢サマは夢から覚める事無く自滅していった。

 もはや反面教師程度にもならない存在だ。

 そんな相手なもんだから私が令嬢サマを見る目もさぞ冷めている事だろう。

 人を価値のあるなしで決めるのは行儀の良い行為とは言えないけど、少なくとも私にとって令嬢サマは価値ある存在には決してならないと言う事には代わりはない。

 後ろで引く糸に従っていればまだこの先幸せな道を歩む事も可能だったかもしれないというのに、あさってな方向に育った自尊心がその糸を断ち切り暴走した。

 操り人形が幸せかどうかはともかく、自分勝手に突き進んだ結果行きつくところまで行ってしまった人形を拾う存在はもういないだろう。

 

 私を睨みつける事に盲目になり、迎えに来た御友人の言葉すら耳に入らない令嬢サマに今後付いていく存在なんているのだろうか?

 

「(周囲の御友人の顔が歪んでいる事に気づく事も無い貴女は今後どうなるのかな?)」


 独りになった時に気づいても何もかもが遅い訳だけど。

 その時逆恨みされたら溜まったもんじゃないなぁ……その時私は貴女の存在を忘れているだろうけど。

 顔も名前も簡単には思い出せない相手に罵られても私が傷つく事は無い。

 そこで逆上して手を出してくるなら完全アウトだ。

 細々とでも続いていた家は完全に断たれる。

 その引き金を引いた娘でも両親は受け入れてくれるのかな?

 貴族らしい思考が少しでも残っていればお先真っ暗だと思うんだけどね。

 ……あぁ、今更か。

 令嬢サマの両親に貴族としての思考があるのならば、もう彼女が私の前に現れる事はないだろう。

 下手すれば生きているかさえ……。


 だとしても私は一切関係の無い話だけれど。


 結局、令嬢サマは一度たりとも殿下達に謝罪する事無く、迎えに来て諫めて下さった御友人達の好意に礼を返す事無く、ただ私を疎ましく睨みつけたまま去る事を選んだようだ。

 考える中では最悪に近い選択肢を意図せず選んだ令嬢サマ。

 最後まで自分の首を絞めるだけ締めてフェードアウトするらしい。

 

「(むしろ私はあれに基準を狂わされていた殿下に同情するわ)」


 ため息をつく私を睨む目には憎しみすら宿っているようだけど、その感情の種類を探る前に私の視界は遮られてしまった。

 お兄様が私と令嬢サマの間に入り込んだのだ。

 どうやら庇われているらしい。


「<私は彼女の視線に欠片も傷ついていないんだけどなぁ>」

「<だろーな。けどな、オニーサマがお前を可愛い妹と思ってりゃ、そりゃ何時までも悪意の視線に晒したくねーと思うだろーよ>」


 逆だったら、テメェだってとっくに遮るなりなんなりしてるんじゃね? と黒いのに言われて想像してみたが、確かに。

 私だったらお兄様を理不尽な逆恨みで睨んだと知った途端に行動に出ているだろう。

 あえて煽って自分へと向けるぐらいはやると思う。

 私に比べれば視界を遮るぐらい穏便なくらいだ。

 いつの間にか殿下もお兄様の隣に居るし。

 色々な事を曲解して考える令嬢サマに殿下が近づけば、それだけで許されたとか、本当は自分を選んでくれたのだ、とか考えそうなんだけど、良いんだろうか?

 それとも此処で令嬢サマにトドメを指す、とか?

 まぁ真っ当に他人に情を抱く殿下にそんな事は出来ないだろうけど。

 少なくとも「今」は其処までの非情さは必要ないのではないかと思う。

 将来的に多くのモノを切り捨てる選択を選ぶのだとしても、今はまだ令嬢サマを完全に切り捨てる事が出来なくても良いんじゃないかと思う。

 一心な愛情を受けていた事は事実なのだし、傍から見れば殿下に同情したくなるような人だとしても、情を受け取っていた殿下が感情の種類あれど絆されていても仕方の無い事だった。

 だから今回に関して言えば完全に切り捨てる必要は無い。

 

「(そこらへんは周囲の人間……特にこの方がやりそうだしね)」


 ちらっと兄殿下の方を見ると、兄殿下は至極どうでも良いと言った、令嬢サマに対する何かしらの情など全く感じられない様子で立っていた。

 例え弟殿下が完全に切り捨てられずとも後始末と称して兄殿下は動くだろう。

 その結果令嬢サマが弟殿下の前に二度とその姿を現さないとしても、自業自得だと笑うに違い無い。

 弟を家族として慈しんでいる兄として弟を悲しませた相手をこの方は許しはしないだろう。

 真っ当に家族を愛しているからこそ恐ろしい人である。

 ……それが分かっているからお兄様が近づく事を引き留めない私も同類かもしれないけれど。


 令嬢サマ達に近づくお兄様と弟殿下の背を見送り私は一応事態が収束する事に深い溜息を付くのだった。……何とも疲れる幕引きであった。



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