第95話・久方ぶりの再会は嵐の前触れか?(2)
多分本題であろう事を切り出すシュティン先生はなんとも言いづらそうであり、同時に何となく怖かった。
「これはオーヴェやラーヤでは伝えにくいだろうから言っておく事だが……」
其処でシュティン先生は盛大にため息をついた。
いやいや、先生がため息ついてお父様とお母様が言いにくい事って何?
しかもツィトーネ先生まで苦笑いなんですが?!
戦々恐々としつつ先を待つと先生は盛大に眉間に皺を寄せて、物凄く嫌そうに口を開いた。
「王妃はラーヤを目の仇にしオーヴェの考え方を毛嫌いしている。故にラーズシュタインというだけで敵と認識するはずだ」
「……はぃ?」
淑女あらざる言葉が出た自覚はあります!
けど勘弁して下さい。
何ですが、その回避できない絶対的な敵愾心は。
産まれた時から決められた決定事項である敵意って恐ろしすぎるでしょう!
「ラーヤは亡くなった側妃、そして現在の側妃とも懇意だ。それに、主に此方の方が理由になっているのだろうが……一度は国王の正室候補して上がった事がある」
「その頃にはオーヴェと婚約してたからな、噂止まりと言えば噂止まりなんだけどな」
「そうでなくともラーヤが王族となる事は難しい状況だったが、本人達にもその気は無かったからな、噂の域を出ず、問題は無いはずだった」
「が、何でか彼女は気に食わなかったらしくてなぁ。卒業するまでそりゃもう色々あったんだぜ?」
聞きたいようで聞きたくない話part2なんですが。
いや、もうpart何番だったかなぁ。
お父様とお母様の武勇伝をお聞きするだけで日が暮れる処か日が昇りそうなんですが。
お二人の血を引いている事が誇らしい反面恐ろしくなるのですが。
「大方自分が家の力その他でねじ込んだ地位を自力で得たあげく、あっさり放棄した事があの女の気に障ったんだろうな。あの女はオーヴェの考え方を「貴族らしくはない」と嫌悪していた。自らが切望する地位をあっさり放棄した挙句、オーヴェと婚姻を結んだ、とでも考えたのだろう」
「あー、そういや、そんなような事喚いていたって言ってたな、うん。言いそうだ」
あのぉシュティン先生? ツィトーネ先生?
お相手は現王妃様、ですよね?
物凄い不敬罪に問われそうな事言ってますよ?
もう名称からして一発アウトなんですが。
場所は選んでますが、そういう問題なんですかね?
「元々アストとオーヴェは既知でありパーティーを組んでも居た。そこに魔法一つ使えないあの女が入り込む隙は最初から無い。ラーヤがパーティー入りしていたのはあの桁違いの魔力があってこそだったという事をついぞ理解する事は無かったと言う事だ」
色々突っ込みたいです先生。
いや、本当にまって下さい。
色々突っ込む所がある上、私が聞いたらアウトな事まで言ってませんかね?
黒いのが影の中で悲鳴上げているんですが。
私も悲鳴上げたいんですが。
「<おい! 俺にそれを聞かせてどーする気だ!? あれか? 何処かで喋ったら即退治コースか?! 強制的に瑠璃のと【契約】を交わせって事か?!>」
「<黒いの、落ち着いて! 別に其処まで考えては……少ししかいないと思うから! 黒いのにも選択の自由はあるから!?>」
「<おい! 少しは思ってるのかよ!?>」
「<……あのシュティン先生だよ?>」
私の一言は相当の威力を持っていたらしい。
黒いのが完全に沈黙したもんね。
私でも同じ状況で同じ事言われたら沈黙するしかないけど。
黒いのが現時点で私の影の中に居る事は知っているはず。
その上で機密事項というか、愚痴の形式をとった暴露話されてごらんよ。
黒いのに圧力かけてると思われても仕方ないよねぇ。
一種の身内トークですもん、これ。
私だって出来れば聞きたくない情報がポロポロと。
これを先生方が意図していないなんてとてもじゃないけど思えませんよね!
そしてとっても聞きたくないんですけど「アスト」って……。
「あの……アストという方は……」
「もう分かっていると思うが陛下だ」
「(ですよねぇ!!)」
愛称で呼べる程度には仲が宜しいんですね!
というよりも同じパーティーとか……。
お父様とお母様とシュティン先生、ツィトーネ先生に陛下のパーティーとか本来なら有り得ないのですが。
本当ならば陛下は護衛や側近の中でも将来有望な武官候補の方と共にパーティーを組まなければいけない。
錬金術師二人に魔術師一人、剣士一人に、多分陛下も前衛職だとしても前衛二人に後衛一人に支援職二人とかバランスが悪すぎる。
錬金術師はパーティーを組んで団体行動するのに向かない職だというのに。
それらのマイナス要素を吹き飛ばしても認められたパーティーとか、恐ろしすぎる。
後、愛称で呼ぶ程の仲だと言うのにシュティン先生が要職についていない事も少し気になる。
いやまぁ人嫌いみたいだし、辞退したと言われても納得と言えば納得するけど。
「……取り敢えず警戒すべきだという事は分かりましたわ」
「王城では気を抜くなって事だな」
「はい」
元より警戒を緩める気は無かったけど、これは相当気を張って無いと拙いかもしれない。
王妃様に其処まで理不尽に嫌われているとなると、そんな存在が殿下の傍に居るってだけで癇癪を起こしかねないし。
息子である両殿下をそれぞれどう思っているかにもよると言えばよるけど。
多分弟殿下は自分の栄華を陰らせないためにも手放す事はないはず。
真っ当に息子を愛しているのかどうかは分からないけど。
「(本人的には全うに愛しているつもり、って事もあり得るしねぇ)」
例の令嬢サマと良い殿下の事と良い、最悪凝り固まった貴族主義で偏った考えしか出来ない人なのかなぁと思っていたんだけど。
これで令嬢サマと完全同類だった、とかは勘弁してほしいんだけど、どうなんだろう?
「<少なくともコイツ等のダチだって言う国王が正妃にしたんだろ? なら頭が完全にイッてる奴ではねーんじゃねーの?>」
「<いやまぁ言いたい事は分かるけど。仮にも正妃様に対して頭イッてる奴って>」
言い方に突っ込み入れたくなるんですが。
全くもって言った事が間違ってると思ってないよね?
あまりのお口の悪さに聞いた人間が絶句しそうなんですが。
「<平民の俺に何を求めてるんだよ、としか思わねーけど?>」
「<黒いのは魔獣だからね? 平民とか言っても違和感しかないからね?>」
フェルシュルグは平民だけどさ、魔獣が「自分は平民だ」とか言っちゃったら別の意味で目立つから。
目立つの御法度な希少生物なんでしょーが、アンタは。
とまぁ黒いのに突っ込みを入れつつ、云いたい事は分かる。
陛下が正妃にしたくらいだから、底抜けに愚かな人ではないのではないかと思うんだけど。
「家格と周囲の根回しの結果の王妃だからな。本人が“どう”であれ最低限の教養があり、多少取り繕う事が出来れば問題はない、と言う事だ」
すっごい心を読んでません? って言いたくなるタイミングでとんでもない事を言われたんですが。
うわぁ、シュティン先生の中で王妃の評価が思い切り底辺なんですけどぉ。
【精霊眼】を使ってないのに、先生の周囲が黒くなった気がするんですがぁ。
思わずツィトーネ先生に助けを求めるが、先生にはあっさり「無理だ」と言われてしまった。
即答で断らなくても良いのでは?
「パルにとって一番嫌いなタイプの貴族だからな、あの女は。まぁ俺も嫌いだがな!」
「はっきり言わないで下さいませ」
何時もの「パル」呼びが気にならない程王妃に向ける嫌悪感が強いんですねシュティン先生。
爽やかに一刀両断するがごとく言い切る程嫌いなんですねツィトーネ先生。
……私、今後確実に顔を合わせないといけない存在なんですが。
「だからだ。どういった経緯かはまでは知らんが殿下達と繋がりが出来たのだろう? 一時のモノとは言え、繋がりは繋がりだ。その一時ですらあの女から何かしらの禍が降りかかるだろう。その事は頭の中に置いておけ」
「……心の中を読まないで下さいませ」
「顔に出てたぞ? 嬢ちゃんにしては珍しくな」
「普段から感情豊かだと思いますけど?」
別にポーカーフェイスを気取ったつもりはないですけど?
「そうか? 必要のない時はともかく、必要な時は表情に出にくいと思ってたけどな?」
策を練る時は表情に出さないように多少しているけど、普段からそんなモノを考えて生活はしないんだけど。
けどまぁ貴族としてニッコリ笑顔の裏で蹴落とす方法を百は考える、ってのは一種のポーカーフェイス、か。
そう考えれば言っている事は分からなくもないんですが。
ただ先生方の中で私の年齢が忘れられている気がしないでもないけど。
「今後殿下達とどういう繋がりになるかは知らないが、現時点で王妃は敵だと認識しろ。そして仕掛けられる事を前提に警戒する事だ。――自分の中にあるモノともさっさと決着をつける事だな」
あぁ成程。
それが先生方が此処に来た最大の理由、という訳ですね。
私の中にあるモノとの決着。
本当にバレバレだったとは。
何となくバレテルかもなぁとは思ったんだけど、こうして言葉に出して言う程はっきりと認識しているとは。
そして、これってさっさと課題を熟せって事になるのかなぁ?
「キース嬢ちゃんが悩んでいる事は分かってるし、まぁそう簡単にどうにかなるモンじゃないってのも分かる。けど、近々どうにかしなきゃならないってのも事実なんだ。それも分かってるだろうけどな?」
「……本当に珍しいですわね。先生方が其処まである種の干渉をしてくるというのは」
今まで自身で解決しなきゃいけないからこそ急かす事もせず口を挟んでくる事も無かった。
結局私が心から納得しないといけない事だからだけど、同時に私ならば解決できるであろうという「信頼」にも似た何かも持っているからだろう。
今だって私が解決策を導き出す事を疑っている様子はない。
ただこのままでは何かが手遅れになるかもしれないと判断した。
……私が王都に来ただろうか?
噂が蔓延しているとは言え私は公爵令嬢。
その私が今自身が抱えている事を早期に解決しないと手遅れになる可能性がある?
一体先生方は何を想定しているんだろうか?
「(暗殺される可能性がある、とでも?)」
まさか。
私はまだデビュタントも遥か先の子供でしかない。
その内婚約者候補こそできるだろうけど、それだってまだ先の話になるはずだ。
しかも高々婚約者の候補が出来たからって直で暗殺されるなんて事有り得ない。
いくら私がにっくきラーズシュタインの人間だとしても、そこまで?
「一体王都で何が起こると言うのですか?」
成人となるまでまだまだ先の子供に対して命の危険を示唆する程の何かが起こるとでも?
黒いの鋭い気迫が影の中からも伝わってくる。
同時に私も多少意識が尖る。
先生方は敵ではないというのに、それに近しいモノのように感じられ闘気にも似た何かが込み上げてくる。
敵視しているのに全く諫める事の無い事もまた私の中での警戒心が沸き立つ理由の一つだ。
一体先生方は何を知っているのだろうか?
「今すぐ何かが起こる訳では無い」
「先生方が此処まで警戒を露わにしているのに、その御言葉で納得出来ると思いますか?」
先生方が「私」をどう認識しているかは分からないし、「私」の事を何処まで把握しているかも分からない。
それでも少しばかりのズレはあれども私が何と葛藤しているかを察する程度の情報は得ているはずだ。
つまり、私が子供らしくはない事も理解しているはずなのだ。
その私に対して此処まで思わせぶりな事を言って、その言葉で納得すると思っているのだろうか?
「(思っている訳がない。だって……先生方は私の警戒心に対して驚きも警戒も返してこないのだから)」
私と黒いのの明らかな敵対心をも受け流している時点で「私」を完全なる子供とは認識していない。
見た目に騙されてくれる程甘くはないのだ、先生方は。
「まぁ納得はしねぇよなぁ、実際」
「全てをお話下さる事はないと、理解はしております。ですが、流石に情報が少なすぎるのでは?」
「現時点では警戒する事しか出来ないとしてもか? 更に言えばこの先はお前が関わる気のない領域の話にもなるが?」
「……そこまで大きなお話とは驚きです」
高々一人前前の子供が交流を持つだけだというのに。
それだけで何処までも大事になると?
「(家格的には特に問題の無い交流のはずなんだけど。後、問題があるとすれば……私が【闇の愛し子】である事、か)」
理由は分からないけど、今【闇属性】とそれに関連する事柄が忌避される傾向になると殿下は言っていた。
大分マイルドに伝えられたと言う事と先生方の警戒を鑑みると……。
私の殿下との交流は相当リスクが伴うのかもしれない。
それこそ私の問題を急かして解決させて万全を期するように口を挟む程に。
「此度の糸を操る方は其処まで影響力を持っている、と言う事なんですわね」
流石にシュティン先生は不動だったけど、ツィトーネ先生はまだ私を少しばかり子供だと思っている節があるらしい。
少しだけど驚きの感情が漏れた。
一瞬だったけど、注視していれば見逃す事も無い。
苦笑を向ければ先生も悟られた事を認識したのだろう。
今度隠さず驚きの表情になった。
シュティン先生はそんなツィトーネ先生を呆れた様子で見ていたけれど。
「嘆かわしい事ですわね。創造の一柱である【闇】を疎むなど」
「あぁそれを知ってたのか。ならしゃあないな」
「相手がキース嬢だとしても、子供に見破られる程度ならAランクなど返上してはどうだ?」
「いやいや、そこらへんにいるガキンチョと同じ扱いはできないからな? どう考えても」
そこらへんは思う存分同じ扱いをして大目に見て頂けるとありがたいのですけどね。
シュティン先生の明らかな実験対象よりも余程精神に優しいですから。
「忌避感が蔓延する素地でもあったのでしょうか?」
「ある事にはあるが……そうだな、逆恨みとでも思っておけば良い」
「ラーズシュタインに対する感傷も八つ当たりで【闇の愛し子】に対する負の感情も八つ当たり、ですか」
それで自分を守るために色々急かされるって、逆に私がキレても仕方無くないか? って感じなんですが。
キレたら同じ土俵まで落ちる気がするからキレられませんけどね。
「ですが、これで警戒せねばならない理由も珍しい先生方の干渉の理由も納得致しましたわ」
理性では、ね。
こればっかりは難しいとしか言いようがない。
多分先生方が思っているよりも問題解決は難しいだろうから。
正直、単純に人を殺す事への忌避感だけの方は解決は早かったからねぇ。
だからこそお兄様の助言通り少し切欠を待ってみようと思ったんだけど。
焦ってどうにかなるモンじゃないんだよなぁ。
「常に周囲を警戒するという事を頭に置いて行動いたします、としか今は言いようが御座いませんわ」
「……そうなるだろうな。だがお前の悪癖を考えれば、それだけでも充分、か」
否定できないんですけど、先生にまで悪癖として認識されているとは思いませんでした。
色々見抜かれているようで居心地が悪いんですが、先生? ……今更、か。
先生方の本題のお話も終わってこの後は普通のお茶会をする事になりそうだなぁと思ったんですが、何故かお父様に呼ばれて直ぐに私はこの場を離れる事になった。
何と言うか何処かでお茶会を見てました? といわんばかりのタイミングに少し不思議に思ったけど、例え見られても困るものじゃないし、いっか、と思った私は特に反発する事無くその場を後にしようとした。
先生に声を掛けられたから出来なかったけど。
「クロイノと話す事は可能か?」
「本人にその気さえあれば可能で御座いますが?」
「今は聞こえているのか?」
私を抜きにして黒いのと話したい理由は思いつかない、少なくとも私には。
それに黒いのも思いつかなったのか影の中から警戒の感情だけが伝わって来た。
先生方が苦手な黒いのらしい感情の発露に思わず苦笑すると先生も何となく返答が分かったのだろう、私の影を見据えた。
「今回は危害を加える気持ちはない。少し話があるだけだ」
今回は、と限定する所がシュティン先生らしいと言えばらしい。
ただ苦手意識があるらしい黒いのにとってはあまり良い誘い文句とは言えないだろうけど。
「<今回は大丈夫だってさ>」
「<それはもはや脅し文句じゃねーか>」
不本意ですと思い切り思っている声音に私も内心苦笑しつつ同意するしかない。
だが其処までして話したい話の内容が気になったのか、黒いのは渋々と言った感じで影から出てくるとテーブルに飛び乗った。
マナー違反と言えばマナー違反な訳だけど、そこらへんはあまり気にならないらしい。
シュティン先生も貴族なんだけどね。
どうやら私には特に関係無いらしく、私の居る場で話し始めるつもりもないらしい。
むしろ私抜きで話したいって所かな?
気にならない訳じゃないけど、お父様から用事の方が大事だし、うん、黒いの頑張って?
私は黒いのの頭を二、三度軽く叩くと先生方に一礼し、その場を後にした。――後で愚痴でも聞かないとダメかなぁ? と思いながら。
まぁ黒いのは多少不機嫌になったけど、この場の事に関しては愚痴の一言も漏らさなかったけれど。
一体何の話をしていた事やら。
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