第94話・久方ぶりの再会は嵐の前触れか?




「よ、キース嬢ちゃん。一応元気みたいだな」

「身体的には兎も角精神的にはどうかは分からんがな」

「お久しゅう御座います、ツィトーネ先生、シュティン先生」


 王都にシュティン先生とツィトーネ先生がやってきました。

 え? いいのかな?

 ツィトーネ先生は冒険者だし良いんだけどシュティン先生って貴族だよね?

 まぁその割にはフットワークが軽いとは思っていたけど。

 そもそも王都にあまり良い思い出がなさそうだったんだけど、いいんだろうか?


「此処も懐かしいよなぁ」

「相変わらずの堅牢ぶりだ。相当の魔術師だろうと破れないであろう結界が何故必要なのかは分からないがな」


 あーやっぱり。

 高位の錬金術師であるシュティン先生から見ても可笑しいレベルなんですね、この屋敷。

 正直何処かと戦争でもしたのかと突っ込みたくなる堅牢さですもんね。

 これがこの世界の標準じゃなくてなによりです。


「先生方は此処に来たことがおありなんですね」

「ま、王都の学園に俺もパルも通っていたからな」

「シュティンヒパルだと何度言えば分かる。――学園時代からオーヴェとは顔見知りだったのだ。家に来た事があっても可笑しくはあるまい? 来るたびに馬鹿みたいな堅牢さに頭痛を感じるがな」

「お気持ち御察し致しますわ、シュティン先生」


 いや、本当に。

 これだけ堅牢な要塞みたいな屋敷に呼ばれたら身構えるよね。

 というか、お父様は自分の家が普通じゃないと分かっていても気にしないだろうし、突っ込むだけ無駄って事で心労だけが募る仕様なんですね、分かりたくありません。

 敵対していてもこの屋敷に招待されたら無駄な努力だと白旗を上げそうだよねぇ。

 大抵の貴族は魔力を身に宿しているから結界に気づかない事は無いだろうしね。

 少なくともこの屋敷を秘密裡にぶっ壊すのは無理だと思う。

 完全に敵対を表明しお父様に相当の、誰が知っても納得するだけの非が無い限り、この屋敷を攻撃する事は出来ないだろう。

 裏で相手を蹴落とすのがデフォルトの貴族でも出来ない事はあるって事だよね。

 公爵家だしね。


 私がこの屋敷の堅牢さに呆れている事に気づいたのかツィトーネ先生は苦笑しシュティン先生も目を細めた。


「オーヴェに似なくて良かったな」

「普通ならば悲しむ所ですが、有難う御座います、と言っておきますわね? ちなみにお兄様も同意見だと思いますわ」

「子供達は普通の感性でよかったと言うべきだな」

「ラーヤは問題ない処か自分が手を貸せる事に喜んでいたみたいだしなぁ」


 お父様とお母様はどうやら似た物夫婦のようです。

 あの変わり者のお父様と恋愛結婚したらしいから、充分にあり得る話なんだけどね。

 

「屋敷にある簡易工房には助かっておりますが「普通」というモノを忘れてしまいそうで」

「ラーズシュタイン領の屋敷も普通とは言い難いがな」

「あら? そうなんですの? では気を付けないといけませんわね」


 えー? 既にあの屋敷で普通じゃないの?

 流石にこの屋敷程奇抜じゃないし、あれが普通なんだとばかり。

 あぁ、でも【結界陣】と結界の魔法を二重掛けしている所……それが出来てしまう所普通とは言いづらいか。

 屋敷の特質と言うかお父様とお母様の特質のような気もするけど。


「それにしても。王都に何か御用でもおありだったのですか?」


 普通に挨拶されたし世間話振られたから普通に受け答えしていたけど、先生方は何で王都にきたのだろうか?

 特にシュティン先生。

 用事もないのに、きそうにない感じだし。

 私じゃなくてお父様に用事があったのかな?

 その割にはノンビリしている気がするけど。


 用意されたままに中庭でお茶をしている訳だけど、用事があるならそっちを優先しても良いのだけれど。

 勿論息抜きその他ならば問題はないのだけれどね。


 私の疑問にツィトーネ先生は肩を竦めてシュティン先生は何かを見極めているのかような目で私を見据えた。

 先生の眼光に思わず背筋が伸びる。

 王都に来てから濁流のような展開に流されてしまい、色々疎かになっている自覚はある。

 まぁお兄様のお言葉通り焦り過ぎも禁物だと思っているので然程のロスだとは思っていない訳だけど。


「(領地から離れて然程時間は経ってないんだけど……相変わらずシュティン先生の研究者じみた視線は苦手だわぁ)」


 自分が実験動物になった気分になります。

 何と言うか全てを見透かされるような?

 それか、実験をどれだけ効率よくこなすかを計るような?

 何とも言えない温度を感じさせない視線は出逢った当初からあまり得手じゃない。

 今でこそ問答無用で実験体にされる事はないと思っているけど、それでも必要ならばやるもんなぁ、先生。

 そう言う意味では真の意味で安全なのはお父様とお母様、そして次期という事と考慮に入れてのお兄様ぐらいのもんだろう。

 私が其処に入る事はきっとない……それはそれで構わないんだけど、ね。

 ある意味お互い様だし。


 そんな事を内心考えながら先生の出方を待っていると観察が終わったらしく先生の視線が和らいだ。

 何を探られて何を納得したは分からないけど。


「いくつかあるが……まずは、そうだな。お前の使い魔になっているクロイノはまだ此処にいるのか?」

「黒いの、ですか? ええ、おりますわ」


 どうも黒いのはシュティン先生とツィトーネ先生が苦手らしくてお二人の前に姿を現した事は無い。

 そう言えば彼等は黒いの事を何処まで知っているのだろうか?

 お父様がほぼ全てを教えていても可笑しくはない……基本的に召喚、即契約の使い魔に対して「まだ」と言っているようだし。

 逆に殆ど教えていない可能性も無くはない訳だけど。

 黒いのの事に関しては私に全てを委ねているらしいしね。


 私は影の中に居る黒いのに呼びかけるが、出てくるのを拒否られた。

 黒いのとしては会った事もないだろうに随分な怯えられぶりだこと。

 気持ちが分からない事もないけど。


 私達の地味な攻防に気づいたのか先生は強制はしなかった。


「出てくる必要は無い。……まだ【本契約】は結んでいないんだな?」

「はい」

「結ぶ気はあるのか?」

「(珍しい事もあるものね)」


 先生に対して最初に感じたのは珍しさだった。

 シュティン先生がこうやって私の今後に関わる事に対して発言ないし質問をしてくる事は珍しい。

 というか下手をすれば今回が初めてかもしれない。

 戦闘技術や魔法技術、そして錬金術の先生であるシュティン先生はそれらに関しては妥協しない。

 だから不相応の武器を持とうとすれば注意するし、無茶な錬成に関しては計画の時点で鼻で笑う。

 講師として「教える」ために突っ込んで聞く事はあるのだ。


 けれどこれがプライベートになると一変する。

 生徒の個人的趣味など興味がないと言わんばかりに疑問を言ってくる事もないし話の内容に突っ込んでくる事も無い。

 そういう意味ではツィトーネ先生の方が私の個人的な情報に詳しいと思う。


 人嫌いの先生だしこの距離感は当たり前だと思っていたんだけど、そんな先生があえて質問してくる?

 確かに使い魔との【契約】は魔法の範囲と言えば範囲だけど、私と黒いのの場合は特殊事例だ。

 はっきり言って個人的な意思に左右されるし、他者の介入も援助も必要としない。

 助言すら必要のない事柄だからプライベートな事柄と分類としても良いと思う。


 そんな私的な事に対して突っ込んで聞いてくる先生。

 珍しいのを通り越して少々の不審を呼ぶんですが?


「さぁどうでしょうか? 【契約】とは互いの意志の元で行う事ですから」


 何を考えているのか少しでも出さないかなぁと、揺さぶりという事であえて応えなかった訳だけど、さぁどうかな?


 ……うん、少し後悔しました。


 シュティン先生の真意を知りたくてやった事だけど、先生、怖いんですが?

 貴方顔は整っているのですから無表情で眸に怒気を湛えるのはただただ怖いだけですからね?

 私が中身年齢詐欺じゃなければ泣いてましたけど?


「……ワタクシは黒いのを縛るつもりは御座いません。ですが此処でワタクシの意志を言ってしまえば黒いのの考えにも影響を及ぼしてしまいかねません。ですからあまり気が進まないのですが」

「其処まで考えが纏まっていない訳ではあるまい? 今更お前の考え方一つで意見が翻る事はないだろうな」


 だから言え、と?

 強引ですねぇ。

 ま、黒いのも「<問題ねぇよ>」と言ったし、いいと言えば良いのですけどね。

 ただちょっとばかし本人も居る場所で話すのは気恥ずかしいのですが。……あ、すみません、勘弁してくれないみたいですね、分かりました。

 私は隠す事無くため息をつき不本意を示しながら口を開いた。


「ワタクシは【本契約】を交わしたいと思っておりますわ」

「ほぉ? 敵対していた時は興味の欠片も無さそうだったようだが?」


 やっぱり知っているんですね、先生。

 お父様も何処まで情報を共有している事やら。

 ツィトーネ先生はともかくとしてシュティン先生もお父様も貴族だと言うのに。

 この強固な階級社会である世界に置いて心の内を出せる友がいるなんて。

 少しばかり羨ましく思ってしまう。

 『前』の『わたし』にも居たからこそ余計に、ね。

 この世界でもそんな友が出来れば良いのだけれど。


 何となく胸に苦いモノを感じつつ私は意識を目の前の事に戻した。


「あら、今でも「フェルシュルグ」は嫌いですわ。多分この先もずっと嫌いだと思いますわ」

「嫌いな奴と契約を交わすのか?」

「「フェルシュルグ」は嫌いでも「黒いの」は嫌いではない、という事ですわね。……フェルシュルグの嫌っている所は永遠に変わる事はないでしょう。ですが、だからと言って黒いのも嫌いという訳ではありませんから。そうですわね……黒いのとワタクシの道は違えていない、とだけ」


 色々私は自身の中で固まっているモノも固まっていない曖昧なモノも抱いている。

 それ全てを説明する事は不可能だし、先生方に説明しなければいけない理由もない。

 何時か黒いのが聞いていた時は全てを伝えるけど、今は好きに取ってもらって構わない。

 それこそ絆されたとかでも全然構わないのだ。

 強ち間違いって訳でもないしね。


 私は微笑み、コレ以上突っ込んだ事を聞かないように牽制する。

 先生の質問の理由にもよるけど、これ以上の説明は必要ないだろう。

 だってこれは私達の問題なんだし。


「そうか」


 私の読み通りシュティン先生は其処で納得し突っ込んでくる事は無かった。

 ツィトーネ先生はもう少し聞きたそうだけど、好奇心だけで突っ込む所ではないと判断したんだろう、特に話題を続けようとはしなかった。

 こっちにしてみれば質問の意図をお話して頂きたいんですけどね?

 と内心考えていた事はバレバレだったらしく、直ぐに説明をくれたから口に出さなくて良かったなぁと思ったり。


「まだお前のレベルでは閲覧できないから知る術もないが、お前が「クロイノ」と呼んでいる魔獣は希少価値の高いモノだ。今はまだ周囲には知られていない。だが知られた時【仮契約】では問題が起こる可能性がある。どんな結果になるかは分からないが早々に決着は付けた方が良い」

「……忠告痛み入ります」


 希少価値の高い魔獣ねぇ。

 思った通りと言うべきか、予想外と言うべきか。

 けど少なくとも屋敷以外でほいほい影の外に出ない方がよさそうって事かな。

 ……弟殿下に存在バレテルけど。

 まぁ私の使い魔と思っている内は大丈夫かな。


「<だってさ、黒いの。良かったね希少価値の高い生物で>」

「<面倒事の塊じゃねぇか。メンドクセェ>」


 否定はしないけど、本人がめんどくさがってどうするのさ、全く。

 内心黒いのに突っ込みを入れつつ、私は再び先生方を見やる。

 「まずは」って事は他にも用事はあるみたいだし。

 と言うか、黒いのの事だけならお父様からお話を頂くだけで済む。

 先生方が王都までやってくる強固な理由にななり得ないしこうしてお茶会をする理由にもならない。

 本題は別と見るべきだと思う。


 珍しい面子でのお茶会はまだまだ終わりそうになさそうである。



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