第84話・意図せぬ邂逅




 眼前には目に優しいトピアリー達。

 肩には黒にゃんこ、基黒いの。

 後ろから賑やかな喧騒が遠くに聞こえてくる。


 私は今パーティー会場から少し離れた場所に立っていたりする。

 一応必要な挨拶は済ませたし、場所を離れても良いと判断したからだからね?

 まぁ色々な事が面倒になって会場を離れた事には変わりないけど。


 今回私は噂の払拭と貴族らしい貴族と相対する経験値を稼ぐために参加したんだけど……。


「……メンドクサ」


 少しばかり参加した事を後悔している。

 いや、幾ら嫌々でも参加はしないといけないんだけどね。

 けれど此処まで面倒事と一緒くただとは思いもしなかった。


 ほんとーに目の前のトピアリーだけが癒しで今回参加した事で得たメリットだと考えてしまう程度にはウンザリしているしパーティーに戻る気力が沸かないのである。

 地味にダメージが大きいという事だったりする。


「<……いや、まぁお疲れさん>」

「あら? 労わって下さいますの? アナタなら笑いそうなモノですのに」

「<そーして欲しいなら、それが出来るくれぇに何時もの調子に戻れや。幾ら何でも今のテメェに追い打ちかける気にはなれねぇよ>」


 黒いの言葉に苦笑するしかない。

 確かに今の私は嫌味に嫌味を返す気力は無いだろう。

 何時ものくだらないけど意外と嫌いじゃない軽口を叩く気にもなれない。

 黒いの一方的な口撃という風にしか感じないはずだ。

 それは黒いのにとっても不本意なんだろう。

 別に黒いのは相手をやり込める事に快感を得るタイプじゃないもんね。

 何時もの軽口の類は私がやり返すと分かっているからこそ、なのかもしれない。

 それにしては結構容赦ないけどねぇ。


「<にしても凄かったな。……オージサマに集るオンナドモ>」


 言葉は悪いけど全く持って同意である。

 本当に蜜に集る蟻の集団かと。……いや、それにしてはカラフルだったけど、ね。


「<あれもある意味貴族らしい、のか?>」

「<そうじゃないと言いたいんだけどね。あれが貴族令嬢のデフォルトだと思いたくない>」


 あんな礼節も何もない、本能剥き出しのアピールが通常って。

 貴族ってなんだっけ? と本気で思ったよ。

 筆頭はあのゴテゴテの令嬢サマだったんだけどさ。


 ついさっきあった出来事が脳裏を過って頭痛がしてきた気がする。


 明らかに理解の足りてない令嬢サマをいかに捌くか悩んでいた私を襲ったのは、あまりの変わり身の速さに唖然とする心と虚脱感だった。

 実はタイミング計っていましたよね? と言わんばかりの絶妙なタイミングで王子様が庭園に足を踏み入れたのだ。

 

 それからは早送りのDVDでも見ている気分だった。


 私を見下し、私の言葉の中に含まれた「愚行」という言葉にだけ反応して怒り狂っていた令嬢サマは表情を一転、恋するお嬢様となってある方向――まぁ王子様の所だけど――に駆け出していったのだ。

 いや、そのスピードもはしたないけどね? 周囲の令嬢サマ達も止めようね? 一緒になって駆けだすとか何考えているのさ!

 と内心突っ込み居れまくりで見送った私は、もはや儚げお嬢様の演技も保てず、思い切り呆れた表情を晒していた事だと思う。

 ってかそれに関しては私悪くない、と主張したい。

 あれ見せられた良識ある人間なら誰でも私と同じ態度と表情になる。

 ならないのはよっぽど目が曇っているか、令嬢サマと同類だけだと思う。

 ……とはいえ、王子様達を囲う肉食系おこちゃまたちを見ていると令嬢サマの同類の方が多い気がしてならない事が悲しいんですけどね。

 これが貴族かぁ、と遠い眼で黄昏たいと思った私悪くないと思う。


 何度でも言うけど、私は私自身を筆頭にラーズシュタイン家が貴族として珍しい事を知っているし自覚もしている。

 お父様達がお父様達だからこそ私は家族を愛おしく思う訳だけど、そんな家族が貴族として珍しい部類に入る事は別途にしっかり知っている。

 私の持つ感性ではお父様達の言っている事の方が正論や当たり前と思う事も多いけど、貴族社会では変わり者として扱われる意見も結構多い。

 ただだからと言ってお父様が孤立している訳では無い。

 だってお父様、この国の宰相様だしね?

 少なくとも国王や側近の方々はお父様の事を変わり者だとは思っても狂人だとは思っていない。

 その事実こそ貴族だからと言って私の感性全てが可笑しい訳ではないという事の証左だと思っている。

 

 とまぁそんな比較的変わり者だけど狂人だとは思われない感性をもってすると令嬢サマ達の言動は理解の範疇を超えている、と言わざるを得ない。

 私に絡んできた事もそうだし、態度の早変わりはともかくとして、その後の王子様に対する言動も決して品のあるモノじゃなかった。

 

 まさに餌に群がる蟻のような集団に口元が引き攣る感覚は拭えなかったし、遠巻きに見ている御子息の一部の目が死んでいるのも見えてしまった。

 生き残っていたのか、真っ当な貴族令嬢達はもはや日常の風景なのか気にしていなかったけど。

 うん? 違うかな?

 見ない振り、関係無い振りしていた気がしなくもない。

 同類と思われるとか嫌だもんねぇ。

 気持ちは分かります。

 

 良かったのはあの令嬢サマの御蔭で私に対する鋭い視線が和らいだ事である。

 と言うよりもこの出来事があるまで私を同類と見ていたんじゃないかと思う。

 訝しげで関わりたくない雰囲気の人間は大半が明らかに引く私を見て同情の視線をしていました。

 悪評を完全に払拭する事は難しいけど微妙にどうにかなった気がしないでもない。

 代わりにもらうのが同情ってのも勘弁してほしいんだけどね。


「<そう言えば王子サマも目が死んでいた気が?>」

「<そりゃアレに絡まれれば目も死ぬだろ>」


 令嬢サマのインパクトがスゴイですもんね。

 私が王子様の立ち位置でも目は盛大に死んでいたと思う。

 それに気づかない令嬢サマにも違和感はあったんだけどね。


 普通恋する人の変化には敏感になると思うんだけど。

 少なくともあんだけ目が死んでいれば気づくでしょ。

 自分が原因とまで悟れとは言わないけど、思い切りご機嫌で王子様に擦り寄っていた令嬢サマの言動は夢に夢見ているようで気持ち悪かった。

 一体どんな風に育てられればああなるのか知りたいもんである……あ、いややっぱりいいや。

 知っても何の利益にもならなそうだし、知っても理解できるとは破片も思えないし。

 あーいう生き物なんだと思っていた方が気が楽だ。

 諦めと云うなかれ。

 あれと同じ生き物であると考える方がキツイのである。

 私はあそこまで破綻していない、と声を大にして言いたい……それもはしたないからしないけど。


 結局私は公爵令嬢の義務として取り巻く花々の中歩いていき王子様に参加の礼を述べてご健勝を幸いし、その場を直ぐに離れた。

 終始令嬢サマが上から目線で勝ち誇っていたのが頭痛の種だった訳だけど、そのせいで王子様の印象が殆ど無い。

 妙に死んだ目である事以外は令嬢サマのウザイ程のアピールが強烈過ぎたせいで印象に残らなかったのだと思う。

 何処までもはた迷惑でインパクトの強い令嬢サマである。

 

「<どんな顔だったのかも分からなかった>」

「<それもそれでどーなんだよ>」

「<いや、死んだ目のインパクトが強すぎて。後じっくり見てたらあの令嬢サマ又喚きそうだったし>」


 令嬢サマの相手を王子様の近くでするって、下手すればもろとも処罰でしょうが。

 子供の戯れなんて可愛いモンじゃないから。

 後、私がさっさと離れないと次が挨拶なんて出来ないし。

 一応私公爵令嬢だからねぇ。

 私を差し置いて挨拶するって言うのも場合によっては不味い。

 そこは明確じゃないけど、ウルサイ大人も殆どいないけど。

 王家に査定される側である貴族の一人として迂闊な真似はしたくない、という所が本音である。


「(まぁあの令嬢サマよりも底辺がいるとは思えないけどね)」


 あれよりも貴族として下に見られているんだとしたら、本格的に噂を調べないといけないと思う。

 あれよりも下って一体何すればなるの!? って理由で。

 驚く事にあの令嬢サマ、公爵家じゃなかったしね。


「<公爵家の令嬢に上から目線って……普通ならそれだけで不敬を問えるんだけどねぇ>」

「<あー。そういやそーだな。お前貴族としてトップだもんな。見えねーけど>」

「<うるさいよ、黒いの>」


 見えなくても結構です。

 ってか私だって猫かぶりぐらいしますからね?

 このパーティーでだって儚げな令嬢様だったじゃん。

 ……最後の方崩れていたけど。


「<猫被れる事を誇っていいのか?>」

「<え? あの場で素でいろとか無理でしょ?>」


 貴族の社交の場で全面素でいるって馬鹿なのか? としか言いようが無いんだけど。

 一応表向きニッコリ笑っていても裏で百は蹴落とす方法考えているような集団ですよ、貴族って。

 子供だろうと笑って一言、心を抉る言葉をオブラートに包んで言い放つぐらいの事は出来るもんでしょ?


 心許す友人達とのお茶会じゃないんだから、そうなるでしょーよ。


「<ゴテゴテしぃレイジョーサマは素だったみてぇだけどな>」

「<あーあれね。……アレも素といえば素、かなぁ?>」


 そういや大抵のヒーローってヒロインの上流階級らしかぬ素朴さとか率直さに惹かれるよね?

 大抵裏表激しい人間ばかりの周囲に嫌気が指しててさ、素直で心優しい、貴族としてより人の心に寄り添えるヒロインに惹かれていく。

 そんな王道の物語に置いてヒロインは大抵、素朴な美しさと素で相手とぶつかれる心の強さと優しさを持っている。

 たださぁ、じゃああの令嬢サマがそうなれるのか? って話になると……。


「<……まぁ無理だよなぁ>」

「<何がだよ?>」

「<んー。あの令嬢サマには物語のヒロインは無理だろうな、って話>」


 王妃としての資質も相当疑わしいけど、あれじゃあ恋する相手を癒し慰める寵妃も無理そうだ。

 側室にそういった本当に恋した人を迎えるって話も結構よく聞く話なんだけどねぇ。

 正妃は色々な政治バランスの上、相応しい人を。

 本当に恋した愛しい人は側室に又は寵妃に。

 結構貴族、王族とすれば良くある話だ。

 勿論正妃の資質がある人と恋して、愛し合う事だって充分に在り得るんだけど、ね。


 実は正室とは恋愛の情ではなく、親愛の情や戦友としての情として繋がっている方が上手くいくのかもね、こういう世界だと。


「<コメディーにもなりはしねぇよ、アレじゃ>」

「<言えてる>」


 思わず笑いが零れる。

 この時、私は自分が自然に笑えている事にようやく気付いた。

 いやまぁ、そこまで深刻な話じゃないけど、結構気がめいっていた事は事実だったから。


 大分状態を持ち成せたみたい。

 これから再び戦場に行く身としてはそこそこ精神的に回復していたい所である。

 

 それにしても、こんなに早く状態を持ち直せるとは思わなかった。

 ちらっと肩を見ると黒いのが目の前のトピアリーをぼんやりと眺めていた。

 時折欠伸をしたりしていて、何と言うか、凄く猫っぽい。

 こういう所も黒豹じゃなくて黒猫っていわれるゆえんだと思うんだけどね?


 けれどこんなに早く回復できたのは、話を聞いてくれている黒いのが居るからかもしれない、と私は漠然と感じた。

 私一人だともっとドツボに嵌っていた気がする。

 考えすぎな性格な事もだけど、同じような感性で突っ込んだり、話題を選ぶ事無く、話が進むってのは結構貴重だった。

 話の腰を折ることなくスムーズに話が進むって事だからね。


 何だかんだ言って黒いのは優しいし、お人よしだ、とそう思う。

 フェルシュルグとして敵対していたし、私に憎悪を向けていたっていうのに、今の黒いのからはもうそういった感情は見えない。

 それを甘いと言うのならばそうなのだろう。


 けれど、私はそれを優しいと言いたい。


 赤の他人が同じような道筋を通っていれば、私は甘いと、生きずらいだろうとすら思い敵対している相手ならば鼻で笑うくらいするだろう。

 もう黒いの対してはそんな事が出来ない自分がいた。

 黒いのはもう私にとって内側にほぼ入っている存在なのだから、と。

 

 ま、贔屓上等って事だよね。

 絆されていると言うのならばそうだと思う。

 けど、黒いのの考えは一部を除いては嫌いな訳じゃない。

 そのどうしても嫌っていた部分だって、懐に入った存在相手ならば対応は当然変わる。

 私は性格の良い聖人サマじゃない。

 どっちかと言えば好き嫌いの激しい我が強く難儀な性格だ。

 だから、当然贔屓もするし、同じ状態でも懐に入った人間を優先する。

 黒いのと赤の他人ならば黒いのを取る、と私は分かっていた。

 

 数多の選択肢から自分の意志で道を違えたフェルシュルグがその立場、あの状態で今後現れたとしても笑いあう日が来る事は無い。

 彼と私との関係は「敵対した」という事で完結しているから。


 けど、仮初の使い魔として共に在る黒いのとは今後敵対する事は無い、という確信がある。


 黒いのが私と道を違えて、再び敵対したとしても、それは心から嫌いあい向き合っている訳ではないと分かっているから私はフェルシュルグの時のように怒りで嫌悪で心を埋める事は出来ない。

 黒いのがお人好しで甘ちゃんである事を知っているから。

 何か理由があるのだと私は考えるから。

 

 私と黒いのが真の意味で心の底で憎しみあい敵対する事は日は来ない。

 

 本当に敵対した時私は黒いのを倒す。

 どうしようもない理由があると分かっているから。

 悩んで、苦しんで、それでも黒いのと大事な他が並び立てないなら、その身代わりを私でさえも出来ないのなら。

 私は苦しんで、泣いて、喚いて、どうにも出来ない自分を呪って、それでも黒いのを倒すだろう。

 そうしないと私の大切な存在を守れないというなら、躊躇なんてかしてやらない。


 けど、きっとそうなったら、その後、私は涙が枯れるくらい泣いて、泣いて、黒いのの死を悼むはずだ。

 そこに至るまでにどうして違う手が打てなかったのか、自分の無力さを嘆いて、もう二度と会えない悲しみに涙が止まらないはずだ。


 ――黒いのは私の中でもうそういう存在になっているのだから。


「(……参ったなぁ。私は黒いのをとっくに懐に入れてんじゃん。何が適切な距離を取っている、よ。もう私にとって黒いのは立派に内側の存在だ)」


 フェルシュルグの時はそんな事ちらっとも思わなかったんだけどなぁ。

 一緒に過ごした時間が問題なのだとしたら、私も相当チョロイな。


 黒いのの自己を簡単に捨ててしまう性質は好きになれない。

 というか其処を許してしまっては『わたし』じゃない何か別の生き物だ。

 けどもはや黒いのに対して感じる事は嫌いというよりはムカつくという大分種類の違うモノだ。

 何時か、そんな事言えないようにしてやるよ! とすら思う。

 

 黒いのが今後どういう道を歩むかは私には分からない。

 強制する気も無い。

 けど、そうだとしても私は黒いのを気に掛ける。

 勝手にその自らを投げるというなら、絶対にそんな事させない。


 私は内側に入れている人間を簡単に諦める程物分かりが良くないのだから。

 

 まぁ此処まで私を絆したとして諦めよね、って話かな?


 私は肩に乗っている黒いのの頭をグリグリと撫でる。


「<あ? 何しやがる>」

「<ん。――ありがとね、黒いの>」


 私の礼の言葉に、黙りこくる黒いの。

 全くもってお人よしだ。

 それでこそ黒いのだと思うけどね?



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