第83話・パーティーは始まらずとも愉悦は始まる?
流石王城。
中庭と称していいのか分からないけど広々とした庭園が目の前に広がっている。
パーティーが開かれる時間が時間だから夜会? では無いとは思ったけど、こーいうのってガーデニングパーティーとでも言えばいいのかな?
この世界にもガーデニングパーティーという名称があるのかは知らないけど。
ともかく庭園でお茶を嗜みつつ談笑している色とりどりの花々達。
時に小鳥達が囀り、時に花々が密やかに騒めく。
いやぁ小鳥も花々も色とりどりすぎて目が痛いわ。
中身平民な私は素敵なトピアリーをずっと見ていたいです。
そっちの方が目に優しいし。
「<分かりやすい現実逃避だな、オメェ>」
「<……現実逃避の一つや二つしたくもなりますよ、こんな状況ならね?>」
黒いのの突っ込みに内心ため息をつきつつ、もう一度パーティーに目を向ける。
今回のパーティーはお茶会という感じだから、私が考えたパーティーとは少し違う感じだった。
それはまぁ良い。
それこそガーデニングパーティーとでも思えば良いのだから。
中庭で開かれたのもまぁいいと言えば良い。
実際庭園ともいえる庭はスゴイの一言だし。
……つまり、庭のトピアリーを見ている人間がどれだけいるんだろうか? という事が問題なだけで。
そう、今回のお茶会はご貴族令嬢や御子息が集まる大掛かりなモノだったらしい。
規模がでかいからか、そこそこの家格の貴族が招待されており、さながら貴族の見本市。
しかも王家主催だからか、別の理由からか皆さまきらびやかな格好をしているモンだから、色とりどりな髪色も合わさって相当眩しい。
【精霊眼】を使ってないのに眩しいってどういう事? 状態である。
「<あと、顔立ちが整っているのが多すぎて辛い>」
「<……そこだけはしっかり同類だからな、オメェも>」
分かってる、分かってんだけどね、黒いの!
けどさぁ、感性とか価値観とか? そういったモノが結構地球の頃のモノに引きずられているんだよね、私の場合。
御蔭で家族の美麗さに未だに驚く事があるくらいなんだからさ。
いや、ってか私本気で顔の整ったのにしか会った事無いんだけど、この世界ってそこまで顔面偏差値高いの? え? この顔-キースダーリエ-って前世感覚では相当整っているけど、実は平凡顔だったとか?
だとしたら今後の生活が微妙に辛い……眼に痛いって意味で。
「<パニくってるところわりぃけど、テメェの顔は無駄に整っているし、この世界にだって普通の奴はいるからな>」
「<そりゃ貴族にとっては顔立ちの美麗さも武器の一つだから磨く事は怠らないのが普通だけど――ちゃんといるの? 普通の顔の人だよ? 本当に?>」
「<実際見た事あるからいるっての――そしてそんな事まで武器にしてんのかよ、御貴族サマってのは>」
「<なら良かったけど――見た目が全部ではないけど、身なりを整えておく事は財力的にも分かりやすいステータスになるでしょ? 人と交渉する時はなるたけ疑念の無い状態で十全で行いたいし、そういう意味で美麗である事は武器になるって訳>」
別に顔が良ければ全部良しみたいな間抜けを狙ってる訳じゃなくて、清潔な身なりの人間は何となく信用出来るでしょ? 第一印象的に。
勿論、顔立ちがどれだけ良くても中身がゲスな場合もあるからそれが全部ではないけどさ。
後、外見が幾ら個性的でも、それだけで交渉の内容を左右するなんて三流のする事だし、しない。
ただ第一印象は結構後々まで左右するというだけの話なのである。
だから清潔な身なりで誠実に対応するのは当然。
何かしらの企みを抱えていない限り最初から喧嘩腰で対応する人間はいないよねぇ、って話です。
「<俺が貴族に対しての認識が狂ってるとしたら、テメェのせいだろうな、多分>」
「<失礼ね。否定できないけど>」
自分が所謂真っ当な貴族ではない事は自覚している。
直す必要性を感じないから今後もそうだという事も分かっている。
けど結果として黒いのの認識を曲げている事は悪いと思っているんだよ? これでもね。
「<安心しろ。そもそも俺にとって貴族の認識は最初からねじ曲がっているからな。今更真っすぐに直せやしねぇよ>」
「<それはそれで安心できないわぁ>」
アンタはアンタで一体、どんな貴族にあってきたのよ黒いの。
とまぁ黒いのと軽口を叩きつつ私は精神力の回復を図っていた。
はっきりいって少ししかこの場にいなのに気力の消耗が激しいです。
煌びやかで眼に痛いというのも大分精神力を削っていると思うけど、極めつけなのが、不躾ともいえるレベルの視線の数々である。
視線で人を刺せるというのなら、今頃私は血塗れだと思う。
そう考えてしまう程の視線が私に向けられていた。
確かに“私”に関して噂が流れまくってるよね。
良いモノも悪いモノも、それこそ千差万別。
それのどれが真実か。
それを探るのは当然の行為だと思う。
私とて探られる事は予測していた。
けどね?
明らかに一方の噂、しかも多分悪い方の噂だけ鵜呑みにして睨まれるのは納得がいかない。
貴族の子供だっていうのに腹芸の一つも身に着けてない訳?
あの時のパーティーみたいに明らかに私を見下している目とか、自分は見極めているのだと過信しながらも冷静さを欠いて、私に悪意を持って接する人とか……。
アンタ等それでも貴族の令嬢サマや御子息サマですか? と突っ込みたくなる。
「(ってか私これでも一応公爵令嬢なんだけどねぇ)」
今開かれているのはパーティーだ。
つまり学園のように平等を謳うではない。
家格の差は無視できない場のはずだ。
そして私は公爵令嬢。
礼をとるのは王家のみであり、対等に話す者でさえ殆どいない。
別にタメ口だろうと本来なら気にはしないけど……侮られているのに笑って済ませる程我慢強くもない。
家格としては筆頭貴族と言える権威が私の家にはあるのだと言う事を此処にいる子供達は忘れてしまっているのだろうか?
私が噂の通り、我が儘お嬢様だったら現状に癇癪起こして中庭を後にするレベルだからね?
それがどんな結末を引き起こすのか、それすらも分からないのかね?
まぁそんな事したら我が儘お嬢様もただじゃないすまない訳だけど、ね。
「<私が機嫌損ねたら、誰も止められないよね? 王家の方々が来ていない以上、私の上はココには居ないと思うんだけど>」
「<同格はいるのか?>」
「<いるんじゃない? 公爵家はうち-ラーズシュタイン-だけじゃないし>」
他の公爵家に私と同世代がいるかどうかは知らないけど。
例えいたとしても、私と他の人間を公平に見ることの出来る目を持って居るかも疑問だしね。
出てこられても悪い方に行きかねない事を考えれば出張ってくるな、とすら思う。
同格だからこそつぶし合い上等の精神で出てこない可能性もあるしねぇ?
どちらにしろ現状は面倒極まりないとしか思えなかった。
「<あー中庭散策して、美味しそうなモノ食べて帰りたい>」
「<そういや何で食べねぇんだ? それなりにうまそーだぞ?>」
黒いのの言う通り目の前のテーブルは軽く摘まめるモノが沢山置いてある。
別に食べちゃダメって事ないんだけどさぁ。
「<貴族令嬢ががっつくと外聞が悪い。そして現状、私の場合少し口を付けただけで大袈裟にされてがっついていると言われかねない>」
「<其処までかよ>」
「<噂に関しては全てを把握しきれていないんだけど、一体どんな噂が流れたらこうなるのやら>」
まさに針の筵。
中身が成人していなければ、癇癪起こすか、泣きだすか。
どちらにしろ醜聞を作り出すレベルだと思う。
これってある種のイジメだったりする?
ネチネチと鬱陶しい事この上ない。
精神を地味に攻撃しているイジメは無視できない状況だと非情に鬱陶しくてイライラするのだ。
『過去』でも思ったけど、まさか此処でも実感するなんて、微妙な気分なってしまう。
「<機嫌わりぃな……いや、表面上、外面は笑顔だけどな>」
「<機嫌直す事自体無理。……悟られないように笑顔でいる事を褒めてもらいたいぐらいですよ?>」
一応口元こそ笑みを象っているだろうけど、目が笑っていない気がする。
……それを見抜ける人間がこの場にどれだけいるか分からないけどねぇ?
はっきり言って気分が荒むんですけど。
何と言うか気合いをいれないと笑顔が保てません。
ココに王家の方々が居ないから王家主導じゃない事は分かるけど、王家がラーズシュタイン家に確執があるのか? と疑うレベルで陰湿なイジメにか思えない。
ラーズシュタインを貶める計画でも水面下に練っているんですか、貴方方は?
だとしてもそう言った悪感情を子供に悟られるなんて少したるんではありませんか?
あ、全く持って関係ないんです? だとしたら子供の教育はもっとキチンとして下さいな。
現状、大切な事がすっぽ抜けてますよ? 此処にいる子供達は。
「<これで第二オージサマが来た途端この空気が無くなるならある意味で貴族らしいかもねぇ>」
「<お前が思ってる貴族らしさってそれかよ……お前、コレを見せて貴族と【契約】しろってか? 勘弁しろや>」
「<あーごめん。これ想定外。私だって此処まで陰湿なイジメらしい事をされるとは思ってなかった。……せめてもう少し噂を調べておくべきだったかもしれないわね>」
好悪の大体の噂は調べたんだけど、まさか此処まで公爵令嬢に対して失礼な対応を出来てしまう程の噂が流れているとは思わなかった。
子供と言えども貴族階級に産まれた子供。
それ相応のコントロールはしてしかるべきだと思っていたんだけど、そこらへんも修正しておく必要があるのかもしれない。
お兄様を基準に考えてはいけない、と言う事なのかもしれないね。
「<仕方ないから下品にならない程度に飲み物でも飲んで誤魔化すしかないみたいだね。せめてオージサマが来たら状況が変わればいんだけど>」
「<――ごしゅーしょーさま。そうはいかねぇみてぇだぞ?>」
「<ん? 一体なにを……あーみたいだね。面倒事が向こう側からやって来たし>」
黒いのの言葉を一瞬不思議に思った私だけど、直ぐに理由は分かった。
このパーティーの中でもひときわ煌いていた……色彩豊かな衣装を身に纏った少女――多分私と同世代ぐらいの――が取り巻きを連れて意気揚々と近づいてきたのが見えたのだ。
「(うわぁ。ゲーム定番令嬢サマの嫌味攻撃? ……ん? いやいや。それだと私がヒロインになる。冗談じゃないんだけど)」
むしろ家柄的には嫌がらせする立場じゃないかと思うんだけど!
とは言え、今までの事を考えれば今回初めて定番通りの面子な気がする……私がヒロインの立ち位置な事を抜けば。
テンプレって意外と難しいですかね?
煌びやかなお嬢サマは私の前に立つと、行き成り鼻で笑いあそばれた。
初対面の相手に自己紹介するんじゃなくて鼻で笑うって……どんだけ礼儀知らずなんだか。
この時点で相手する気が大分失せているんだけど、仕方ないと思う私は悪くないと思う。
「あわれですわねぇ。お友達のおひとりもいらっしゃらないなんて!」
第一声がそれですか。
典型的過ぎて逆に笑えて来たんだけど。
色彩豊かなお嬢様――いや、もうはっきり言ってゴテゴテで元の素材ぶち壊しな目に五月蠅いお嬢様は何をもってかは分からないけど、明らかに私を格下として威丈高に何やら喚ている。
全部丁寧に聞いていると耳が潰れそうなんだけど、要は【属性検査】をしても王都に来る事も無い私は愛国心に欠けていて? 他にも色々あるけど、全部ひっくるめてこの場にも相応しくはないからとっととその出ていけ、と。
「<えー私これでも公爵令嬢ですけど? 真面目に平民出身のヒロインが言われそうな事言われてるんだけど>」
「<いや、お前病弱なれーじょーサマじゃなかったか? 俺のせいで>」
「<確かにフェルシュルグのせいで私はしばらく意識が戻らなかったわけだし? 【検査】も人より遅れたし? むしろ私が早々に王都に来ていたら、そっちの方がお父様が悪しきように言われるんだけどね?>」
ただ黒いの、それアンタが言う事じゃないと思うけど?
自虐? それとも高次元のネタ?
そんな黒いのの自虐なのか違うのか分からない台詞はともかくとして……。
目の前で喚ているゴテゴテ令嬢サマはきっと公爵家の人間なんだと思うんだけど。
此処まで私に言えるなら同格かギリギリ一つ下程度?
それ以下だと完全に不敬罪だ。
この国は階級制度にそれなりにウルサイ。
子供と言えども「家」の一員と認められた以上、個人の恥は家の恥となる。
勿論子供だからお目こぼしが与えられる事も多いとは思うけど、この場合適用されるかは微妙な線だ。
その程度は喚ている内容が悪すぎる。
「<ただ、周囲全部が敵と仮定すると、このまま騒ぎが大きくなると全部責任転嫁されて私が悪い事になる可能性も否定できないんだよねぇ>」
「<……オメェ一体どんな恨み買ってんだよ>」
「<いやぁ、これでもこんだけの貴族と顔合わせるの初めてなんだけどねぇ。私にもさっぱりだわ>」
一通り喚いたのか、高飛車な態度は崩さず私の言葉を待つ令嬢サマ。
あ、悪いけど、殆ど聞いてなかったわ。
キィキィ喚き声が甲高かったのか耳が痛いけど。
私は令嬢サマに気づかれないように周囲をうかがう。
ニマニマ笑っているのは論外。
私も一緒くたに迷惑そうなのも無し。
それ以外は、と。
「(まぁいなくも無いか。此れなら何かあっても一方的に私が悪者になる程度でもないかな?)」
と、言うよりも「またか」的な視線を令嬢サマに向けている人間が少なくは無い所、この令嬢サマも相当問題児っぽいなぁ。
私は取りあえず反撃しても何とかなりそうな事を確認すると、目を軽く伏せて大きくため息をついた。
――反撃の合図としては充分だと思わない、黒いの?
ただやられるなんて性に合わないしね。
「――嘆かわしい事ですわね」
目を伏せて口元には薄っすらと微笑みを。
私の容姿ならば何かを嘆く様はさぞ絵になるでしょうね?
一応病弱なお嬢様という「設定」もある訳だし?
一方的に責められたお嬢様が浮かべた憂いを帯びた表情が言葉が指し示すモノが分かる人間がココにはどれだけいるのかな?
幾ら数多の噂が流れようとも、私が今回の招待が無ければ王都に居なかったという事実は変えられない。
同時にその事でお父様が咎められる事無く「当たり前」であるという事実も見逃してはいけないモノだ。
私が王都に居ない事には誰もが納得できる「理由」が存在している。
ココに居る誰もがその理由を知らない事など許されないという事実も。
私の儚げな様子や言葉を聞いてその事にようやく気付いたのか一部の人間がはっと我に返ったのが視界の端に見えた。
遅いと思いつつ、気づくだけマシかとも思う。
未だに気づきもしない目の前のゴテゴテの令嬢サマや取り巻きよりも断然マシ、だ。
私の言葉の意味合いにも気づいていない目の前の令嬢サマ達。
「(叩きのめしても良いのかな?)」
内側でクツクツとあまり性質の良くない笑みが零れる。
どれだけ悪辣な噂が流れていようと、私は最初我慢する気だった。
当然でしょう?
私の醜聞は家の醜聞になってしまう。
既に簡易的とはいえ社交界に出ているお兄様だけではなく、お父様やお母様にだって迷惑が掛かりかねない。
今回のパーティーで少しでも噂を払拭できるなら、経験値ぐらいにはなると思っていたのだ。
その程度にしか考えていなかったのは軽率だったようだと中庭に来た時点で気づいたわけだけど。
けれどこれだけの悪意にさらされて、目の前の相手には直接的な侮辱を受けた。
公爵家ラーズシュタインの娘である私に「帰れ」と言ったのだ。
王家の招待を正式に受けている人間をその相手に挨拶する事無く去れ、と。
バカバカしい事に高々貴族の一人が王家の意向を無視して私情に走った。
しかも相手は最低でも同格の貴族の実子である私に、だ。
その事がどれだけ不味いか欠片も分かっていない。
それが何処までも憐れで“嘆かわしい事”であった。
別に階級特権を前面に押し出す気は無い。
私は貴族である事に誇りなんて無いのだから。
ただ家族に誇ってほしい自分でありたいとは常々思っている。
その家族が貴族なのだから、貴族としても誇ってほしいだけだ。
どんな側面でも私を誇りと思って欲しい、とそう考えているのだ。
だからこそ私は別に矜持を傷つけられたと言われる可能性のあるこの状況に怒りは沸いてこない。
ただ王家に挨拶もせずこの場を離れる行為は“有り得ない”からしないけれど。
それを命令されるいわれもないとは思うんだけどね。
ある意味で私は彼女に「何様だ?」と問える立場なのだ。
自分が優位であると信じて疑わない目の前の令嬢サマが何時気づくのか……果たして気づくのかがまず疑問だ。
取り巻きが先に気づいて耳打ちする可能性も……無いな。
なんか知らないけど、目の前の令嬢サマの言葉を全面的に鵜呑みにしているアホしかいないようだから。
これらの周辺の事情も含めて改めて思う――「嘆かわしい事だと」
私の言葉の真意は欠片も伝わっていないようだけどね。
もう一度盛大にため息をつくと伏せていた瞼を開き目の前の令嬢サマを見据える。
色彩豊かで顔立ちこそ整っていると言える少女。
着ているドレスが持ち味を壊しているある意味勿体ないセンスの持ち主のようだ。
輝かしい金髪な所光属性なのかもしれない。
……別の意味で煌いていて目に痛いけど。
真っすぐ見据え探るように目を細めた私に何故か令嬢サマは怯んだみたいだった。
顔が少し引き攣っている。
――この程度で?
別に私は貴女を威嚇などしていないし、先程まで受け流していたのを受けとめるか、と見ただけだというのに。
この程度で怯んでいれば貴族なんて出来ないでしょうに。
ちょっとばかり肩透かしな気分だった。
「<テメェは自分の容姿をもう少し自覚すべきだと思うけどな>」
「<……造形が整っているのは分かってるけど?>」
「<そーいう事じゃなくて……いや、いーわ>」
途中で諦めないで下さいます? 黒いの。
内心突っ込みつつ相手の出方を待つのだが、どうやら完全に飲まれてしまったようだ、全く反応が無い。
この時点で私の勝ちのような気がするんだけど、どうかな?
勝敗を競ってないと言われればそれまでなんだけどさ。
地味に沈黙の時が辛い、間が持たない。
相手が始めた喧嘩である以上、此処で私が助け船を出すようなモノでもないのだけれど。
このままじゃタイムリミット――王子様方が来る――が来てしまう。
中途半端に燻るのも問題がある、か。
私は色々な事情を精査して仕方無いかと諦める。
ただ気を付けないとこの程度で気圧される相手なら何をしても叩き潰してしまいかねない。
それもいいかな、と思わなくもないけど流石に不味いという事も分かる。
多分同格程度の家格の家の子供を完膚なきまでに叩き潰しては色々な方面に遺恨が残るから。
「(ただ嘆かわしい、と言っちゃったんだよねぇ。どうしたもんだか)」
憂いを全面に出しつつ内心で次の言葉を探す。
相手がキレてこの場を去るのがいいかなぁ?
明らかに格が違う終わり方ならば……私の悪評が増える程度だろうし。
さて、どうしたもんだか。
憂いの中でも隠しきれていないであろう冷めた眸を向けつつ次の一手を探る。
というか先程の言葉に対して言葉も返せない程度の存在に何を言っていい物やら。
とりあえず先程の言葉の説明か?
悟れていないみたいだしね。
仕方ないから懇切丁寧に説明させて頂きますよ?
私は当面の方向性を決めるとため息交じりに口を開くのだった。
「この場が“何のために開かれた場所”なのか、ワタクシや貴女方々を含めた、此処にいる人間が“何のためにいるのか”を一時だろうと忘れてしまうなんて。誇り高きディアマート王国の貴族とは思えない愚行ではありませんか? ですから――“嘆かわしい事”と」
貴族である事を誇りに思うのならば私の言っている事分かりますよね?
そんな意味を込めて言い放つ。
皮肉しか含まれていない言葉に、さてどんな反応が返ってくるのか。
時間が無いのだけれど、それはともかく、ココまで言えば気づくと思うのだけれど?
事態が動くだろうと少しばかりの期待を込めた言葉だったのだけれど……あれ?
「(……いや、気づいてない? えぇもしかして気づいていない? マジで!?)」
お嬢様モードが崩れそうです……驚きで。
まさか此処まで言っても気づいてないんですか?
え? 私結構はっきり言ったよね?
今、ココ、中庭では“第二王子主催のお茶会”が開かれていて、皆“王子様に招待された人間”だって。
貴女が主催している訳でもなく、貴女よりも下の家格の家のパーティでもない。
私達が勝手にして良い場じゃないって。
その場で“命令”する事の愚かしさを。
その結果起こるかもしれない何かを。
それを貴族ならば知っているでしょう? と。
はっきり言ったつもりなんだけ、ど?
結構はっきり言ったと思うんだけど。
遠まわしに察しろ、という言い回しではなくはっきりと……言ったよね、私?
不味い。
お嬢様モードが剥げる。
だってこの令嬢サマ、私の「愚行」って言葉にしか反応していない。
憂いの顔どころか呆れた顔になりそう。
え? 意味が通じれば、恥じる気持ちが少しでもあれば、自分のした事に真っ青になっても仕方ないと思うんだけど。
序でに言えば私これでも公爵令嬢サマね?
推定同格の家格の子供ね?
家格に相当の差がある家じゃないからね?
貴族サマが平民を追い出すのとは訳が違うから。
いやまぁ例え相手が平民でもマズイ事は不味いけどね。
どっちにしろ王家の方々の招待である事には変わりないのだから。
国において最高位に当たる方々の招待客ならば平民だろうと此処にいる資格はあるよね、って話です。
粗相でもすれば別だけど、ね。
そこら辺は今回は関係ないとして、推定同格の家の子供に帰れと命令出来ない事くらい気づいてほしかったんだけど。
「(うわぁ。本気で欠片も気づいていない。周囲の取り巻きもだし。え? 私の言葉って遠まわしだった?)」
慌てて周囲に視線を走らせるけど、殆どの人が私の言葉の意味に気づいてくれているようだった。
明らかに「まずい」という顔をしているのはニマニマ笑っていた人間だったし、渋い顔をしているのは傍観でいる事のまずさに気づいた人間だろうし、言い回しが分かりにくかったという事はなさそうだ。
えー通じて欲しい人には通じなくて、通じなくてもいっかという人には通じるとか。
この娘、相当残念な子っぽい。
「<取り巻きは『類友』だな。取り巻きってのは似たような奴が集まるモンなのか?>」
「<そればっかりじゃないと思うけど。同派閥で集まる事はよくあると思うけど>」
こんな残念な集まりが御友人だというのならば私ぼっちのままでいいんですけど……あ、いや友人は欲しいです。
同世代の友人が殆どいないのは流石に寂しいです……多分?
再びキィキィ言い出した残念な令嬢サマにもうため息しかでない。
見当違いの事を言っている自覚すらないなんて、どんだけ。
後、驚く事にこの娘公爵家の人間じゃないらしい。
えぇ。
何度も言うけど私は家の権威をひけらかすつもりは毛頭ない。
ないけど貴族階級に置いて私の家が高位に当たる事も事実なのだ。
私に全くの非の無い以上、私を弾劾するには彼女では力不足だ。
嘆かわしい通り越して頭が痛くなって来たんですけど。
……どうしよう?
此処まで残念な娘相手にして王子サマが来る前に事態を収束させないといけないの?
え、それ無理じゃない?
「<いっその事このまま騒ぎ引き継いで王子様の登場を待つかなぁ>」
「<いーのか? 騒動のど真ん中に居る事になっけど>」
「<面倒事的な事だから本来なら辞めて欲しいですよ? けど、この娘引き剥がすの無理な気が……>」
「<……確かにな>」
ってか何で私此処まで絡まれてるんだろうか?
偏った正義感じゃないよね?
だってそれらを糾弾した言葉は一つも無かったし。
ただこの場に相応しくないからいなくなれ、と。
どちらかと言えばこの場から立ち去る事に重点を置いていたような気がする。
はっきり聞いていた訳でもないけど、何が何でも私をココから追い出したい感じだった。
……それは私個人-キースダーリエ-をかそれとも私の家-ラーズシュタイン-をか。
私個人じゃないと言い切るには私の多様な噂が邪魔をするけど、この娘はあまり噂には強くなさそうだ。
と言う事は……公爵令嬢である私がいる事による起こりうる不都合という事、か。
其処まで考えて嫌な考えが過って内心眉を顰めた。
同時に黒いの思い当たったのか、頭の中に「なるほど、な」という言葉が聞こえて来た。
「<あー。これは……嫌な予測が外れてないって事かなぁ?>」
「<お前、ばっちり候補なんじゃね?>」
「<考えたくないわー>」
家柄的に釣り合う年頃の娘が思ったよりもいないのかもしれない。
一応体の弱いという設定である私が範囲に入る程度には。
本当に病弱だった場合とってもじゃないけど王妃なんて無理なんだけどねぇ。
ただそこを範囲外にしちゃうと後は家柄を多少考慮するしかない。
そう考えれば目の前の令嬢サマはきっと範囲内だ……王子様方の婚約者候補の。
この無駄な威嚇にも似た牽制は多分、そういう事なんだろう。
令嬢サマは私が王子様の婚約者候補になる事を恐れている、のだ。
全く持って筋違いだというのに。
例え私という存在が居なくても令嬢サマが選ばれる事は無いだろう。
子供とはいえこの視野の狭さは致命的だ。
周囲の子供達も質が良いとは言えない。
愚かな人間と同程度の同類が集まっても決して王家のプラスにはならない。
王家の結婚など政略結婚の際たるモノだろうに。
そんな事も知らないのだろうか?
「<私は勝手に同類だと思われて牽制されていたのね……いえ、牽制というよりも排除、かな?>」
どれにしろ有り得なくて、そして馬鹿らしい理由だった。
憂いの演技が保てない。
多分今の私は目の奥が冷めているだろう。
あり得ない理由で私を……ひいては私の家族を侮辱された。
幼い恋心の暴走では決して済まされない。
家の権威を持ち出して、公爵家に喧嘩を売ったのだ。
家族を貶める人間を私は決して許さない。
「(だから……徹底的に貶めてあげましょうか? 私に喧嘩を売った事を心から後悔して泣き叫ぶ程に)」
家族を貶めた口が後悔に助命に泣き叫ぶ様はさぞかし愉快でしょうね。
その後何の憂いを無く忘れてしまいましょうか。
『好きの逆は無関心』という言葉の通り。
「<一時の愉快のために踊ってもらうのも面白そうね>」
「<色々滲み出てんぞ。目の前のバカはともかく、そろそろ周囲の奴が気づく。せめて隠せ>」
「<おっと。失礼。あまりに愉快な想像に演技が崩れそうなっちゃった>」
「<……ほんとーに、イイ性格してんな、オメェ>」
黒いの心の底からの呆れの言葉に私は心の中で笑う。
「<――今更だね、黒いの>」
私は昔からこうなんだよ……そう『昔』から、ね。
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