第54話・お披露目会と計画始動(2)




 大分渋った――本来なら有り得ない。私と彼等の家格はそれ程までに差があるのだから――タンゲツェッテ達を振り切り、私はお兄様と合流する事が出来た。

 お兄様も厄介な相手に絡まれていたのか、ちょっと疲れているように見えた。

 まぁ今回招待された人間を考えればこの程度で済んで良かったと思うべきかもしれない。

 疲れている事には変わりはないけど。

 

 お兄様と合流した私は魔道具の最終チェックをしつつお互いを労う。

 内容がパーティーのホスト役としての気疲れじゃない所が物悲しいモノがある。

 今回のパーティーの趣旨から考えるとある程度は仕方ないと自分に言い聞かせつつ、それでも貴族なのか!? って一人一人胸倉掴んで問い詰めたい衝動を必死に抑える羽目になっている。

 同派閥の人間に対して比較的気安いやり取りが出来る関係を築く事が出来るというのは、まぁ有り得ない話じゃない。

 私的には派閥の人間程気を許せない人間もいないと思うけど、そこら辺は一般常識とズレていると分かってる。

 分かってるけど、今回この場に居る人間の大半のとる態度は派閥の中心的な家の人間に対しての態度じゃないと思うんだよね。

 表面くらい取り繕え、と言いたいし、そもそもお父様ってこの国の宰相だよね? と言いたくもなった。

 お父様の思考が普通の貴族とは言えない部分があるのは、何度も言うけど、否定できない。

 革新的なタイプって言うか、突拍子も無いタイプと言うか、お父様の立案は保守的な貴族には評判が悪い、らしい。

 だから、お父様が貴族社会において浮いているのか一目置かれているのかは分からないけど、ちょっと立ち位置が違う事は私でも分かる。

 保守派の貴族に嫌われるのは仕方ないよなぁ、と思う事をやらかしているらしいし。

 ただ、派閥って同じ思想や目指す方向が同じ人間が集うコミュニティの事だよね?

 どうしてこうまで厄介な人間ばかりが揃っているんだろう、この派閥って。

 むしろ同じ思想の人間っているの? って感じだし。

 更に厄介な事に、舐め切っている人間の中に親戚筋の家がちらほら。

 ラーズシュタインが幾ら建国当時から存在する家だとしても、これはひどすぎる。

 此処まで厄介事しか招かない親戚なら、何か理由つけて引きはがした方がよっぽどマシ。

 ただそれだと要らぬ批判を受ける可能性も高いから実行できないのは分かってるんだけどねぇ。


 本当にまとめて粗大ゴミとして出したい気分だわぁ。

 

 今回の件で少しは静かにならないかなぁ。


「……まぁそんな学習能力があれば、こうなってないだろうけど」

「ダーリエ?」

「あ、いえ。少々貴族社会や派閥について思いを馳せていましたの」


 特に粗大ゴミ以下の厄介事を持ち込んでくる輩の処理方法についてなど。

 なんて言いたい事をぼかしていったんだけど、どうやらお兄様には気づかれたらしい、苦笑された。

 ……分かった理由が同じ事考えていたからとかじゃないよね?

 うわぁ否定できないかも。

 ってか否定出来る要素が全くない。

 お疲れ様です、お兄様、お互いに。

 やっぱり粗大ゴミに出す方法考えた方が良いと思う。

 

 私の物騒な思考は駄々洩れだらしくてお兄様は否定はしないけど苦笑していた。


「先ずは目の前の計画に尽力しようか」

「そうですわね。申し訳ありません。集中致しますわ」


 そうそう、もっと大切な事があった。

 もっと目の前の事に集中しないと。

 この魔道具が発動させる事が出来なければ流石に計画は進める事が出来ないのだから。


 大きく深呼吸をすると私は向かいにいるお兄様を見据えた。


「――行きますわ」


 小さく頷くお兄様を横目に確認して私は魔道具を持ちお父様の所へ向かう。


 さっき私が挨拶した場所にお父様はいる。

 そこに走る事は無く、けどある程度の速さを持ってことさら優雅に見えるように歩いていく。

 お父様は魔道具がのる程度の机を用意してくれていて、その横に感情を読ませない表情で立っている。

 確かに笑顔を浮かべているけど、何と言うか笑顔という名の無表情を浮かべているようにしか見えない。

 お父様の素を見た事の無い人なら騙されるかもしれないけど、私達には通じない。

 それにしてもお父様も一部を除いて派閥の人間には気を許していないんだろうか?

 ならどうしてそんな面子で派閥を作ったのか謎なんだけど。

 ……今度余裕があったら聞いてみよう。


 お父様の前に立つと私は微笑み魔道具を差し出した。

 私の身長だと、優雅にミスなく魔道具は置く事はちょっと難しい。

 いやまぁ素の時なら背伸びしてでも置ける位置ではあるんだけどね?

 一応今私は公爵令嬢として此処に居るわけだし。

 少しでも突かれる隙は見せないようにしないとね。


 魔道具を受け取ったお父様は音を立てずに魔道具を机の上に置くと、ホール内の人達が注目するように二、三度手を叩いた。

 元々一度消えた主役が再びホールに戻ってきた事と、そんな私が魔道具を持ってきた事などから結構注目はされていた。

 けどまぁ話に夢中になっている子供とかも多いから、そこら辺の注目を集めるためにやったんじゃないかな?

 全員に効果の説明をしないといけないしね。


 感情様々な視線を受けて私は出来るだけ優雅に見える様に微笑む。

 私にはもう我が儘お嬢様である必要は無い。

 外側と中身が乖離している事は確かなんだけど、そんな私の事情を抜いても今この場で多少無茶をしたとしても問題はない。

 だって私はラーズシュタイン公爵家の令嬢。

 血統主義である貴族にして見れば多少子供らしくなくとも優雅に振る舞えば勝手に血筋の御蔭だと勘違いしてくれる。

 もう噂に振り回されて目が曇っている子供も関係はない。

 貴族だとしても、子供というモノは子供でしかないと分かっただけで充分だ。


 そう思ってしまえばどんな視線だろうと気にはならない。

 自然と笑みを浮かべられるというモノである。


「今日は娘のためにお集まりいただき有難う御座います。娘も無事我が家の一員となりました。これから娘共々宜しくお願い致します」


 大体の人がこっちを向いた事を受けてお父様が口を開く。

 最初は当たり障りのないように。

 けど実際は注意を引くために。

 

「キースダーリエはどうやら錬金術の才にも溢れているようです。こたび、此処に用意された魔道具は娘が考えだし、基本構造も娘によるモノです」


 僕は技術的に娘ではまだ無理な所を手助けしただけです、とまさか其処までお父様が言うとは思わず驚くけど、確かに私に関して流れる噂を訂正するためにはその程度のインパクトが必要かもしれないと思い冷静さを取り戻す。

 はっきり言って流れている噂はお母様も侮辱する内容だしお兄様も間接的に貶めているし、お父様も間抜け扱いだし、で家族全員を馬鹿にする内容って事で私の逆鱗に触れるようなモンだったんだけど……あ、思い出しただけで怒りが又込み上げて来た。

 噂の出所が分かれば殴り込みに行きたいです。

 詳細に調べ上げてリアと元凶の所へ乗り込んでやろうかと。

 いや、公爵令嬢が出来る事じゃないんだけどね。

 分かってるんだけどね。

 理解と感情は別物なんです。


 まぁ現実的に実行できる事じゃないから、こういう方法をとっているんだけどね。

 それでも元凶への怒りは冷める事はないって事だよね!

 表に一切出してないからいいという事にして下さいな。

 

 密かに怒りと格闘している私を他所にお父様の話は終わり、次は私の番になった。


「では、説明は娘にお任せしましょうか。娘はまだ幼いので、そこは大目に見て下さいね」


 お父様の言葉にホール内から笑い声が漏れる。

 ……どうも込められた感情は七割悪意な気がするけどね。

 ま、どうでもいい事だけど。


 お父様の視線を受けて一歩出るとゆっくりホール内を見回す。

 途中でタンゲツェッテとフェルシュルグを含めた取り巻き連中の姿が見える。

 さっき私を馬鹿にした男の子も傍にいた。

 私を見る目は、まぁこんな短期間で変わるはずもないって話です。

 とはいえ取り巻きはどうでも良い。

 私の目的はタンゲツェッテ……じゃなくフェルシュルグなんだから。


 さぁ此処が一つ目の山である。

 行きましょうか、優雅に貴族らしく、ね?


「今回ワタクシの拙い発想をお父様方が魔道具に昇華して下さいました。この魔道具は攻撃性は無く、また見て頂く事が一番早いと思いますので、今から魔道具を発動致します。――少々情景が変わりますが驚かないで下さいませ?」


 私はまず魔道具の一つを発動する。


 効果は特殊な結界を発生される。

 無事発動したためにホール内が結界に覆われる。

 魔力を操る事が出来る人間には感知出来るように隠蔽はされていない。

 まぁ防御としても役には立たないのだけど。

 全体に結界が張り巡らされた、次の瞬間、結界が漆黒に染まった。

 これにより結界内が真っ暗になった。

 天井にある灯りの内側に結界が張り巡らされているので、今の私達は隣人も見えない程真っ暗闇の中に居るのだ。

 流石に攻撃魔法を放つ人はいなかったけど、灯りを魔法で生み出す人がちらほら。

 その灯りだけでも此処から見ると充分綺麗な気がするけど、まぁこのままじゃ困る。

 なので私は風精霊に頼んで声が通るようにして貰い魔法を消してもらうために口を開く。

 最後の魔道具まで発動したら声は通らなくなるけど、その頃には私の出番は終わってるから問題はない。


「この魔道具は漆黒の闇の中でこそ映えるモノですので、出来れば灯りを消して頂きたいと思いますわ。――――有難う御座います」


 全ての明かりが消える事を待つ間に私はもう一つの魔道具を発動させて、結界内の内側に風の壁を発生させる。

 魔道具を視ると魔力が消費されているのが分かった。

 きちんと発動しているらしい。

 こればっかりは見て確かめる事が出来ないからちょっと心配だったんだけど良かった。

 

 さぁ次の工程は誰にも気づかれず行わないといけない。

 まぁ漆黒の闇は今回する事のためには有利なんだけどね。


 三つ目の魔道具を発動させる。

 無色透明の何かが結界内のギリギリの所を囲み、床に陣を描いていく。

 

 これは大掛かりな魔法陣を描く魔道具である。

 全ての精霊を【光】に染め上げて、天へと浮き上がる効果を齎す代物。

 既存の魔法陣は無くて一から創ったんだけど、実は一番大変だったのはこれだったんだよねぇ。

 

 精霊を染め上げる事が出来るって事はあまり知られていなかったらしくて、シュティン先生とかお父様に言ったら驚かれた。

 何と言うか、この世界に於いて【精霊】って本当に其処にただあるだけの力の塊、というか属性を帯びた力の塊っていう認識でしかないらしい。

 ただ浮遊しているだけの存在だし【精霊】って名前が付けられている割には研究対象ではない。

 微弱ならば意志を持つ事すらこの世界では「当たり前じゃない」

 ここら辺は違う世界の『知識』と『先入観』による意識の違いというしかない。

 私にしてみれば『精霊』って下手すると天変地異すら起こしうる巨大な力を持つ存在って認識だから。

 世界間の意識の相違は甚だしい。

 この世界には『精霊王』なんて存在しないし『精霊と契約』するなんて事もない。

 精霊が生涯の友だ、なんて言ったら友達の居ない寂しい子一直線扱いだ。

 いやまぁそもそも微弱な意志しかない存在とは友達にはなれないだろうけどね。

 

「(精霊の研究って錬金術師の分野じゃないよなぁ)」


 気になるし面白そうではあるんだけどね。

 私は錬金術師になりたい訳だし、平行して研究するにはテーマが壮大過ぎて難しいかなぁ。

 

 とまぁ精霊についてはともかくとして、魔法陣を作成する際イメージが優先される代物で本当に良かった。

 じゃないとオリジナルの魔法なんて全く作れなくて計画を一から立て直す事になる所だった。

 とは言え、完全なるオリジナルか? と聞かれると違うんだけどね。

 精霊を引き寄せる魔法は存在していた。

 だからそこに精霊を別属性に変換させる効果が発揮されるように付け加えたって形になる。

 最初から最後までオリジナルの魔法を作成する事は流石に駆け出しの私には出来ない。

 上級以上になればこの世の理をある程度把握しているし、出来ると思うけど。

 そこら辺はオリジナル錬成と同じ感覚だよね。

 ただイメージ優先で感覚が大事だから先生やお母様に手伝ってもらう訳にはいかなくて本当に大変だったし危なかった。

 

 それでも無事成功した魔法陣が今このホールの床に描かれている。

 無色透明だから誰も気づかない。

 【精霊眼】や魔力の筋を視る事の出来る人間にしかバレないし、招待客の中にはいないはずだ。

 魔法の効果を打ち消す魔道具を持っている人もいないし、例え居たとしても攻撃する訳じゃないから発動しない可能性が高い。

 だからこのホール内でこの魔道具の効果に困る人はいない――ただ一人を除いて。


 他の人には全く困る事は無い魔道具。

 だってこの魔道具は攻撃性を持たない、ただ魅せるための魔道具なのだから。

 ただ唯一彼だけはスキルを維持出来ないという効果を齎してしまうだけで。

 安全設計であり本来は誰も困る事の無い魔道具に置いて唯一困る……そうなるために私達はこんな大掛かりな計画を立てたのだから。

 ターゲットである彼だけのために創られた魔法。

 それを今私は発動しようとしているのだ。


「(貴方のためだけに創った魔法なんですよ、フェルシュルグ?)」


 貴方に【精霊眼】の類が無くて本当に良かった。

 

 これが仕上げです。


「【Change!】」


 【力ある言葉】により魔道具が発動し魔法陣が効果を発する。

 無色透明だった魔法陣が一瞬だけ光り輝き、引寄せられた精霊が【光】に染まっていく。

 私の【眼】には一連の精霊の動きの全てが写っている。

 ほぼ全ての精霊が光に変わった事を確認すると、私は再び【力ある言葉】を叫んだ。

 これは二段階の工程を踏む事により望む効果をもたらす魔道具なのだ。

 最初は【変換】の効果を、そして次はそれを【撃ちだす】効果を。

 こうする事で魔道具は最大限の効果を発動するのである。

 

「【Shoot!】」


 私の【声】が響くと精霊達が一斉に光の球体として具現する。

 驚く客を後目に光の球体となった精霊達は様々な速度で宙へと上がっていった。

 薄く張られた空気の壁をすり抜けて結界の内壁に当たり停滞する数多の光。

 何かに惹かれる様に動く光もあったが、今度は風の壁は決して通しはしない。

 片方側からしか通らない仕様になっているのだ。

 ここら辺はイメージによる代物だからちょっと苦労したけど、どうやら成功したみたいだ。

 

 小さな光の球体が時に揺らめくように、時に鋭く宙へと浮き上がっていく。

 揺らめく光を見れば私は『蛍』のようだと思うし鋭く宙へ上がっていく光を見れば『流星』のようだと思う。

 何方もこの世界に存在するかは分からないモノ。

 私はこの数多の光を見ると少しばかりの懐かしさと寂しさを感じる。

 けどそれは些細な感傷に過ぎない。

 

 私でさえそうなのだから、フェルシュルグはどう思うだろうか?

 心を強く揺さぶられる事になるんじゃないだろうか?

 ……動揺してスキルが揺らぐぐらいに。

 

 それに彼は分かるはずだ。

 彼だけは分かるはずなのだ。

 私が『地球』の“何”を模したモノを作り出したのか、を。

 

 漆黒の闇に包まれた半球体の結界。

 散らすように煌く数多の光。

 時折動く光すら演出にしか見えないだろう。


 例え『施設』に行った事が無かったとしても、認識は絶対にしている。

 私にとって大好きだった場所を模した魔道具。

 

 ホール内の人達の騒めく声が聞こえる。

 誰もが光の向かう先に視線を奪われ、光が宙に浮かび上がると共に見上げたはずだ。

 そうすれば魔道具が何を創り出したかを知るのだ。


「ご覧下さい。此れがワタクシの創りたかったモノに御座います。昼間でも見る事の出来る煌く星々。僭越ながら発案者として名づけさせて頂きました。この魔道具の名を……――」


 私の大好きな場所、満天の星空を狭い空間に生み出す魔道具。

 なら名前はこれしかない。


「――……【プラネタリウム】と申します。漆黒の夜空に煌く星々をとくとご覧あれ!」


 これが私が生み出した初めてのオリジナルの魔道具であり、今後の私にとって良くも悪くも影響するモノとなるのである。

 魔道具が無事発動した事の嬉しさで一杯だった私が知る由はないのだけれど。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る