第16話世界の常識と『私』の知識
コルラレ先生とツィトーネ先生による魔法の実技講座ははっきり言ってスパルタだった。
私まだ五歳でしたよね?! と叫びたくなるレベルだった……ぐっと堪えたけど。
身になっている以上文句を言う事も出来ず、と言うか生徒の分際で態々本業じゃないのに講師をしてくれている人達に我が儘を言えるはずがなく、私は黙々と課題をこなしていく事しか出来なかった。
……そしてある程度は問題無いと云われた後に衝撃的な事を云われて本気で泣きそうなった。
どうやらこの最初の頃の実技練習が『スパルタ』なのも理由があったらしいです。
本来座学にウンザリした頃に始められる実技。
この時生徒である子供は大抵体を動かす事に喜び、色々な注意などが疎かになる。
そこら辺を折らない程度に叩き、危険性を教え込み、更に根を上げるまで締め上げる。
そうする事で初めて座学の重要性を学び、同時に実技が決して甘いモノではないと体に叩き込む、らしい。
子供とは繰り返す生き物である。
悪い事を叱られ善き事を褒められるが口で諭すだけでは少し時間をおけば叱られた事など忘れてしまう。
善き事は何時までも覚えていても悪き事はあっさりと無かった事にしてしまうのだ。
そして似たような事をしでかして再び叱られる。
そうやって何度も叱られる事で子供は悪い事が何かを知り、ギリギリの境界線を見極める事が出来るようになる。
悪い事をした結果起る不利益を考えるようになり、最終的には悪き事をしなくなる。
叱られた事を有り難いと感じるようになるには長い年月が掛かるが、子供は親から叱られ褒められ善悪の判断をつけるようになる。
……これは『地球』で云われていた数多ある幼児教育においての解釈の一つだったけど、一応私はコレを支持していた。
じゃあ今回も失敗のたびに諭せば良いのではないか? と思うかも知れない。
けどこの世界では魔法の失敗は洒落にならない。
命の危険すらある。
だから悠長に失敗するたびに諭す方法を使うと、生徒が学習する前に命を落としかねない。
教える側だって絶対大丈夫とは言えない。
ならどうするべきか?
生徒である子供が体で理解すれば良いのだ。
体に叩き込む形で教え込む。
一歩間違えれば体罰だが、この世界ではそもそも教師による体罰なんて存在しないから何の問題もないのである。
極限まで教え込まれる生徒にとっては冗談じゃない話だが、一度言って理解するならこんな事をしない……という話なのである。
……ただ実はこれ、貴族の家では少々事情が異なる事がある。
親が跡取りを際限無く甘やかしたり、男兄弟はいても一人しかいない娘を徹底的に甘やかしたり。
所謂「馬鹿親」と『地球』で言われているような親はこっちでも一定数存在しているのだ。
そんな甘やかしの結果、講師に難癖を付けまくり教師を次々にクビにして、学園に入る事にはすっかり勉強嫌い、全く学ぶ意欲を持たないアホの子が出来上がっている、なんて例があるらしい。
そう言った生徒は学園でも家と同じだと思い行動する。
が、学園は其処まで甘くは無いのであっさり色々なモノが粉砕される……主にプライドとかそこら辺を。
其処で這い上がる根性を見せれば、問題は無い。
親が其処で正気に戻るなんて状況でも可だ。
けれど、それでも分からないお馬鹿な子供と馬鹿親だった場合が大変だ。
学園を辞めて家に帰った結果、家が没落しただの、下克上モドキを起こされただの、悲惨だが自業自得な末路を辿る事も少なくない。
そして嫌な事にそう言ったアホの子は家格が高い子供に多いらしい。
没落まで行く事は滅多に無いとはいえ、家格を下げる事は「ああ、又あったのね」と一言で話題が終わる程度にはよくある事らしい。
先生達曰く「流石に公爵家レベルだと聞いた事は殆ど無いけどな」らしいけど前例が無かったわけじゃ無かったという所がなんとも言えずしょっぱい気持ちになる話である。
色々ゴチャゴチャ言ったけど、この『スパルタ』教育とは命の危機を避け危険性を教え込み、将来アホの子にならないためには絶対必要な工程なのだと言う事と危機感などを教え込めれば何処でやめるかは先生の判断で良いと事だ。
つまり、これは途中でリタイアしても良かったという事なのである。
しかも一度注意されれば比較的に理解する――ただし、あえて無視する可能性は否定出来ないだけで――私が相手の場合、ここまで極限までする必要性は全く無いという事だった。
思い切りしごかれ損である。
勿論全く意味が無かった訳じゃ無い。
けれどここまでやったのは私が思ったよりも我慢強く、弱音を全く吐かないからレベルを上げていった結果、色々やり過ぎたかららしい。
「(後で謝罪と共に説明されて泣きそうなりましたとも。いっそ年相応に泣きわめいてやろうかと。……羞恥心とかそこら辺がストップをかけて結局出来ないんだろうけどね)」
コルラレ先生もツィトーネ先生も全く悪びれた様子も無いのが悲しかったです。
そう言えば座学の時も途中で飽きるはずなのに我慢した結果実技に入るのが大幅に遅れたんだっけ。
「(あれ? 私もある意味で学習してない?)」
ちょっと凹んでもいいでしょうか? と言いたくなる結論に到達してしまい自室で泣きそうになったのは一応私だけの秘密である。
私がどうしてあの苦難の日々を思い返しているかと言うと……目の前の光景からの現実逃避だったりする。
何時もの実技で使う離れ前の庭には種類様々な武器が鎮座していた。
ってか名前も知らない武器がゴロゴロしているんですが。
「……これは全てツィトーネ先生の持ち物、なのですか?」
「いや? 大部分はオーヴェに借りたモンだ」
「……我が家にはこんなに武器が所蔵されていたのですね」
それはそれで驚きなんですが?
と、喉まで出かかった言葉を飲み込み、当たり障りの無い笑みを浮かべる私。
我が家には錬金術師と魔術師しかいないと思ってたんだけど、間違っていないよね?
実は様々な武器を駆使して戦うバトルマスターみたいな親類でもいるんでしょうか?
と、何とも外面全開の笑顔に私の心境を悟ってくれたのか、それとも自身も思った事なのか――話の内容を考えれば後者だと思うけど――呆れた様子を隠さず武器を見回し口を開いた。
「大半はオーヴェが創ったモノだろうな。アイツは【旧式】も【新式】もこなす。その練習台と言った所だろう。どれもこれも初心者用のようだし魔力を込める魔石も少ない。自分に合った武器を見つけるまでの急場しのぎには最適だろうがな」
「まぁ壊してもまだ大量に持ってそうだしな、アイツの場合」
「【工房】に適当に突っ込んでおいてあったとしても私は驚かない」
色々突っ込みたい。
特に【旧式】と【新式】は錬金術に関連のある単語だし、突っ込んで聞きたい。
けどまだ錬金術を一切学んでいない私にはそれがそうだと当たりを付ける事すら出来ないのが普通だし。
本を読んだと言っても目を通しただけで読み込んでないから突っ込んで聞かれて本以外の知識を披露してしまうのもマズイ。
極めつけに今はあくまで護身術など戦闘に関する実技の時間だし。
泣く泣く諦めるしかない。
ほんとーに泣く泣くだけど。
がっくりと落ち込む姿を見せないように私は武器に視線を向ける。
武器は本当に多種多様で、中には明らかに子供には使えないサイズのものも存在していた。
私、腕力的には年相応の力しかないと思うんだけど。
後、妙に長い刃物や杖も扱えないと思う。
「(うーん。地道に体力付ける努力した方がいいのかもなぁ)」
庭をジョギングするくらいした方が良いかもと思いつつ、私は使えそうな短剣に手を伸ばす。
片手で持てる重さの短剣は鞘から抜くと柄の部分に無色の魔石が埋め込まれている。
「(片手で持てるのは利点だけど、これだと間合いがちょっと狭すぎるかな? 正直接近戦出来るか? って言われると無理だと思うんだけど)」
魔物だとしても相手を害する事が出来るかどうかという理由もあるけど、私に其処まで格闘センスがあるのかと言う大きな問題がある。
コレばっかりは訓練してみないと分からない事だし、それすら努力していれば実る可能性を考えれば何が合うか、なんて未知数すぎると言える。
これは扱えないと思ったら適当な所で見切りを付ける事も大切だと思う。
極論を言えば【採取】の時ある程度のモンスターを一人で対処出来ればいいって事なんだし。
私は別に冒険者になりたい訳じゃ無いんだから。
短剣は取り敢えずの第一候補にするとして、他にも見とかないとなぁ。
「(剣は重いなぁ。斧はもっと無理。……これメイスとか言うのだよね? 先に凶悪な棘がついてるけど。これも重いな。手頃でも凶悪過ぎて使えないけど。……そういえば銃の類いがないかな?)」
一通り見回したけど短銃の類いじゃなくてライフルの類いも無い。
そこら辺は近代兵器の分類だし流石に無いのか……これは創るのも無しだね。
創れるかどうかはともかく『日本』では戦のカラーを変えてしまったという『火縄銃』
『海外』でも剣と馬の時代を終わらせたのはそういった『近代兵器』の登場のためだったんだろうと思う。
あれは勢力図を変えかねない危険な代物である。
創れたとしても創ってはならない類いのモノだと自戒しなければいけない。
責任を取れないのなら生み出すべきじゃないんだ。
「(ともかく、飛び道具は弓矢とクロスボウかな。後はぁ……鞭って。こんなのまであるんだ)」
鞭を持ってみてなんだけど、幼女が鞭って流石に絵面が酷すぎる。
その扉は開いちゃだめだよ、と囁かれている気がする。
そこら辺の感覚はこの世界でも同じだったらしくツィトーネ先生が何とも言えない顔をして私に話しかけて来た。
「キース嬢ちゃん。確かに嬢ちゃんの力なら鞭は良いかもしれねぇけど。それは流石にオーヴェが泣くと思うぞ?」
「あらツィトーネ先生。お話は終わりましたの? なら声をお掛け下されば良かったのに」
「武器を見た事が無い割には的確に武器を手にし扱っていたからな。少々興味深く思って見ていた」
「……自分にはもてないモノを排除していただけですわよ?」
コルラレ先生は時々こうやってマッドな視線を向けてきている気がする。
基本的には良き先生と言った感じなんだけど。
出会いが出会いだからか、完全に実験体の珍獣扱いが抜けていない気がする。
お陰で私は時々自分はホルマリン漬けになりやしないか冷や冷やする羽目になるのだ。
其処までしないと信じたいけど、警戒するには越したことはないとしか言えない。
先生として良くして貰っているし、信頼したいのは山々なんだけどね。
……なんだろう? 信頼しあう関係になったとしても先生のマッドな部分が消えるとは思えない、このがっくりした感じは。
「(考えるだけ無駄だよね)」
まぁ突っ込みはせず、と言うよりも諦めて私は鞭を元の場所に戻すと今度は細剣……多分レイピアと呼ばれるモノを手に取った。
「……長さも手頃、でしょうか?」
「そのようだな」
「やっぱそこら辺になるか。後は長さを調整して普通の剣も試して見るべきだな。長物の類いは……」
「身長が圧倒的に足りてないかと」
「だよなぁ」
『地球』では長物……薙刀の類いが女性でも扱える武器と云った印象だけど、流石に五歳児には長すぎる。
持って立つことすら困難だろうし、振り回すには私には腕力その他諸々が足りていない。
これからの訓練で培うにしても今すぐに形にする事は不可能だし。
ある程度成長してから試して見るにしても第一候補には出来ない。
「後は……この鉄で出来ていると思われる扇なども持って居ても良いかもしれませんが」
「接近戦は免れないな」
「ですわね。最終的には一人で対処出来るように接近戦でも戦える術を学ぶべきだと思いますが、人と共に行動する事を考えれば後方支援に回った方が無難かと」
「その年で其処まで考えているなら問題はねぇと思うが?」
「所詮机上の空論ですわ。武器など実物を見るのも初めてですもの」
『地球』では日本刀を見た事ある程度だったし。
いや、悪友の一人がナイフを持ってたのを見せて貰ったっけ。
部活で弓道を嗜んでいたのもいたけどあれ和弓だしなぁ。
どうみても此処にあるのは洋弓……アーチェリーだし。
こと武器の事に関しては『地球』での事は当てにならないと考えた方がよさそう。
結局私が扱えるかも知れないのは「短剣」「レイピア」「クロスボウ」当たりかな。
一応体力やら何やらをつけた上で剣も扱ってみた方が良いは思うけど。
「一通り使ってみるべきではあるな。ここまで武器が揃う事もあまりない事だし」
「……重くて持てないモノは抜かして、ですわね」
「あー確かに。明らかに持てないモンも混じってるな」
そう言ってツィトーネ先生は斧を手に取る。
先生は片手で軽々扱っていますが私には無理ですからね?
後、その凶暴そうなメイスも無理です。
「杖を武器にするのも有りと言えばありなんだが」
「出来れば杖は魔法に特化させるべきかと。補助機能だけを考えるならば持って居なくても良いわけですし」
「確かに【採取】の際武器も杖も持つのでは邪魔で仕方ないからな。補助の魔石を武器に埋め込むか杖を最大限短くし腰に差すなどが無難だろう」
「そうですね」
そのどっちかが無難だよねぇ。
杖はあくまで魔法を補助するために存在している訳だし。
いやまぁ、材質によっては殴り倒す事も可能な程狂暴にはなりそうだけど。
『ゲーム』では後半一人で【採取】をしていて杖で下級の魔物を殴り倒していた気がする。
そういう意味では杖も接近戦用の武器って事になるのかな?
杖で殴り倒していく冒険者?
何とも言えず周囲が困るタイプだと思う、それ。
まぁ一人くらいそんな変わり者がいるかもしれないけど。
「ま。まずは武器の適正を見るべきだな。……一通り使ってみるぞ」
「分かりました」
返事をして私はウンザリする程の武器を前に少しだけため息を吐くと振るうために手を伸ばすのだった。
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