第17話世界の常識と『私』の知識(2)




 「さぁ、何処からでもかかってこい!」


 目の前にはツィトーネ先生。

 後ろをちらっと見るとコルラレ先生。

 これぞ前門の虎後門の狼……なんちゃって。

 

 そんな現実逃避を思わずしてしまう程目の前のツィトーネ先生は生き生きとした表情をしている。

 後ろのコルラレ先生は通常運転だけど。


 あれから私は一通りの武器を試してみた。

 結果、私はどの武器もそれなりに使えるけど、決して極める事は出来ないだろうと言われた。

 つまり器用貧乏タイプという事らしいです。

 あとやや思考に寄っていると言えば良いのか、頭で戦い方を考えるタイプだと言えば良いのか……格好良く言えば策士タイプって奴らしい。

 それって良く言えば戦術家、悪く言えば小賢しい小細工が得意な人間と言う事だよね。

 つまり勇者とか天才タイプにやられる中盤の敵って事じゃないかなぁと思うんだけど。

 ……策士タイプの有名な冒険者さんごめんなさいなイメージなんだけど、私の中での頭で考えて動くタイプに対する評価がコレだったりする。

 

 天才っていうのはその道においてセンスを持ち本能的に極みに至るための道筋を知っている人間の事だと思う。

 結局天才に勝つには倍以上の努力を必要とする凡才……器用貧乏タイプって事なんですね、私は……分かりたくはありませんが分かりました。

 何かを極めるよりも万遍無く鍛えて手数を増やす事に腐心しろって事でいいと思う。

 しなければいけない事が分かるのは良いと言えば良い。

 ただ冒険者になる気は無いんだけど、才能が無いと言われると、それはそれで傷つくんですがね。

 

 魔法も多分極める事が出来る程の才能は無いと思う。

 魔力量こそ、そこそこあるし、まだ伸びるはずだけど。

 じゃあ「数多の魔法を使いこなすセンスがあるか?」と問われれば「無いと思う」と私は答える。

 

 努力は惜しまない。

 天才という名にあぐらをかく人間には決して負けないだけの努力を重ねる覚悟はある。

 けれど努力をする天才に勝てるだけの才能は私には無いだろうと何となく分かる。

 私は天才では無い……少なくとも魔法や戦闘技術においては。

 

 まだ錬金術については学んでいないから違うとは言い切れないけど……いや、才能が無いからと諦められるか? と言われても錬金術だけは諦められないけど。

 

 全く使う事が出来ないのならば?

 絶対に使えないと宣言されてしまったのなら?

 

 ……私は絶望を感じつつ諦めたのかも知れない。

 

 けれど良いのか悪いのか。

 私の錬金術の才能はゼロでは無かった。

 ならばどれだけ才能に乏しいとしても石にかじりついてでも極めてやると決めた……決める事が出来た。

 

 この熱量の差も魔法や戦闘技術が器用貧乏であり天才では無いと暗に言われても平気で別の方法を模索できる理由だろうけど。

 

 名を残す魔術師にならなくても良い。

 誰もが憧れる冒険者にならなくても良い。

 ただ錬金術を学び、それに関わって生きたい。

 それが私の小さくても越える壁の多い夢なのである。


 そのために私が今しなければいけないのは錬金術を学び極めるための準備。

 この戦闘訓練もその内の一つなんだ。


 私は邪念とか余計な思考とかを一時的に散らすと目を閉じてゆっくり深呼吸をする。


 相手はツィトーネ先生だ。

 お父様の友人で、多分学園時代の学友。

 現在は二つ名がギルドから与えられるAランクを持つ冒険者。

 魔法と剣技を駆使して戦う魔法剣士

 得意な魔法を強化する事によって剣技を補助する形で戦う。

 つまり魔術師というよりも剣士に近い戦い方をする、と予測できる。

 勿論隠し玉の一つや二つ持っているだろうけど訓練で披露するとは思えない。

 まだ五歳の子供に対しては実力の半分も出せないだろう。

 それが器用貧乏タイプと判断した私なら猶更。


 ならば私はどう戦うべきか?

 頭を使い策を練り戦う方が合っているとお墨付きももらったのだから、存分に考えれば良い。

 どうせ最初は失敗しか出来ないのだから、失敗後のリカバリーの練習も含んでいると思えば良い。

 

 これはあくまで戦闘“訓練”だ。

 そして剣技だけで戦えとは言われていない。

 ただ相手を倒す事を考えて戦えば良い。

 だって相手は私が何をしようとも傷一つつく事はない。

 それが分かる程私と先生の間には歴然とした実力差があるのだから。


 私の持てるモノを全て使って倒しに行けば良い。


「(【精霊眼】)」


 心の中でスキルを発動する。

 どうやら一度習得したスキルは発動するためにすら必要は無いらしい。

 ゆっくりと目を開けると先生の周囲を沢山の色の光が舞っている。

 それはコルラレ先生の時とあまり変わりないようにみえた。

 どうやらツィトーネ先生も又【精霊】と相性の良い人らしい。

 それよりも私の周囲も光が舞っているのか彩り豊かな光が目の端に映っている方が私には重要だった。

 

「(【風の精霊】……お願い力を貸して)」


 意志を持つかは分からない。

 けど微弱だとしても意志を持つのなら、私の想いに答えてくれるかもしれない。

 【精霊】に関しては密かに考察中だから、これがまず一つ目の賭けだった。

 【精霊】が私に答えてくれるかどうか、という賭けに出る。

 ……私はその賭けには勝ったらしい。

 緑の光が私の思考通りの場所に集まっていくのを感じた。

 同時に脳裏に思い浮かべていた事がいける、実行できると思った。


 全てが一か八かの状況だけど……どうせなら一矢報いたいよね?

 器用貧乏でも矜持がない訳ではないのだし、ね。

 随分思考が好戦的になっていると思ったけど、どうやらさっきのは地味に傷ついていたらしい。

 こんな事で傷つくなんて子供っぽい気もしたけど、どうせ今は子供だからと開き直る。

 その事で誰かが文句を言う訳でもないし、ね。


「……どうする? 俺から行くか?」

「いいえ。これはワタクシの訓練ですもの。ワタクシから行きますわ」


 ニッコリ読めないと言われる笑みを浮かべる私に苦笑する先生。

 だからと言って最低限の警戒は解いていない所流石としか言えない。

 けれど先生には魔法や魔力については本当に最低限の補助の意味合いしかないみたい。

 だって先生は私が事前に何かをした事も【精霊】の動きも気にしていないから。

 ……私にとっては好都合だけど、ね。


 チャンスは多分一度。

 けど……――


「――……それで充分ですわ」


 私はレイピアを構えると先生の前まで滑るように移動する。

 

「魔法か!?」


 剣を構える先生の前で私は大きく跳ねた……先生の頭上まで。

 胴を開ければ其処を突かれて終わり。

 だから私はあえて頭上よりも上から全力でレイピアを振り下ろす。

 本来ならレイピアの本分は「突く」だろうけど「突き」で先生に一撃を入れるのは針が通る程の隙間を突くしかないだろう。

 そんな技術が私に無い以上、全力で振り下ろした方がまだ可能性はあると思ったのだ。

 まぁ上段でガードされ、カキンと甲高い音が響き渡る。

 こうなるのは当然だから私は特に驚く事はない。

 力のまま凪ぐ先生の剣筋のまま先生の背後に跳躍する。

 

「【我が魔力よ 変異し敵を倒す力となれ 我が願うは鋭き風の刃 その刃持て全てを切り裂け】」


 空中で体勢を立て直し右手で杖をつかみ取ると【詠唱】を出来るだけ早く唱え【魔法陣】を描く。

 体勢を立て直すのも【風精霊】に頼んだ。

 他の魔法でも良いかもしれない。

 けれど【闇】に連なる【風】と【水】の方が確実に発動する。

 それに私は子供だから力をどれだけ上げようとも意味が無い。

 相手を倒す事を考えるなら私が極限までスピードを上げるしかない。

 それでも一撃いれられるかどうかだけど。


「(今はそれで良い!!)」


 私は空中で先生を視界に入れる。

 驚いた先生の表情が、行動がスローに見えた。


「【Win-ヴィント-】!!」


 複数の風の刃を先生に向けて放つ。

 その瞬間、私は実体を持つ風の刃に風のクッションを置けば乗れるのではないかという思いつきが浮かんだ。


「(ダメで元々だよね?)」


 私は【風精霊】に「ゴメン。もう一回力を貸して」と心の中で呟くと私の体を【風】が取り巻いた気がした。

 私は再び成功すると直感した。

 これも【魔法直感】の範囲内なのだと分かったけど今はそれどころじゃない。

 随分範囲の広いスキルだと頭の片隅で思いつつ腰のホルダーに杖を突っ込むと少し大きな風の刃に乗り、そのまま特攻する。

 先生の「マジか!?」という声が聞こえた気がしたけど、私は風の刃の制御に神経を集中していたから本当かどうかは分からない。

 迫る先生に私はレイピアを構える。

 

 そこからは全てがスローモーションで視えた気がした。

 

 迫っていく先生に通りすがりざまに一撃を入れようと構える私。

 驚愕した先生が反射の様に私に切りかかる姿。

 けど咄嗟に軌道を変えて私の乗っていた風の刃を粉砕する先生。

 私は足場を失い勢いのまま先生の背後に放り出される。

 武器を持ったまま地面に落ちるのは危険だとレイピアを放り投げる……先生の方に投げたのは最後の意趣返しだった。

 地面に叩きつけられると怪我では済まないと【精霊】に最後の頼み「痛みを緩和して欲しい!」と図々しく頼み込み痛みに耐えるために体を丸める。


 何か暖かいモノの上に落ち痛みを感じないと理解するまで、私の世界はスローモーションだった。

 いつまでたっても痛みが来ない事に気づき、急速にスローの世界の時間通常の時間に戻っていく気がした。

 呼吸が整わない。

 自分が今どこにいるのかも分からない。

 ただもう痛みは来ないだろう事だけが分かった。


「とんでもない無茶をしたな、馬鹿者が」

「……コ、ルラレせんせい?」


 上からコルラレ先生の不機嫌そうな声が聞こえてくる。

 と、同時に私は自分がコルラレ先生に抱きかかえられていると理解した。


「も、申し訳ございません! もう大丈夫ですわ!」


 流石にこの展開は考えてなかったから慌てるしかない。


「(何、このゲームみたいな展開。勘弁してよ!)」


 慌てて降りると深々と先生に対して頭を下げる。


「助けて下さって有難う御座います。御蔭で怪我をせずにすみました」


 正直怪我くらいは覚悟していたから助かったのは事実だった。

 まさか先生が助けてくれるとは思わなかったからびっくりもしたけど。


 そして私は最後に武器を投げつけると言う暴挙を犯した事を思い出して――正直やった時は意趣返しくらいには思ってなかったけど、実際やらかしたと言われる程度にはやった事は不味いと思う――振り返るとツィトーネ先生が私のレイピアを持って苦笑していた。

 ……しかも左肩に傷を負って。


「――え?」


 私の視線が傷にあるのに気づきツィトーネ先生は頭をかいて「面目ねぇ」と言った。


「いや、キース嬢ちゃんはびっくり箱みてぇだな。まさか初戦で一撃貰うとは思わなかったわ」

「未熟者の言い訳のようだぞ」

「いやぁ返す言葉もねぇわ。あそこまでの生への執念……勝ちへの執念か? どっちしろあの執念があれば案外冒険者としても大成するんじゃねぇかな」

「無謀である事には変わりはないがな」

「頭で考えて戦う奴ってのは厄介だ。ほんっと、人を見た目で判断するなって事だな」

「良い機会だ。その少ない脳に叩きこんでおけ。あれ程外見と中身が一致しない者もそうそういないのだからな」


 何時もの様に軽口を叩き合う先生達に私は言葉が出なかった。

 今回私は思いつきで行動した。

 次同じ事が出来るか? と問われても出来ないとしか思えないし、そもそも最後まで先生は手加減していた。

 最後の時先生は強引に軌道をずらした。

 あのままだと私を切ってしまうから。

 例え模擬刀だとしても先生程の実力者ならば子供一人、切り裂く事など容易いから。

 多分、その強引な軌道修正のせいで最後に投げつけたレイピアをよけ切れなかったんだと思う。

 

 行き当たりばったりの作戦が偶々嵌った結果の一撃。

 私はコルラレ先生に助けられた訳だし。

 正直運が味方しただけとしか思えない。


 勿論、先生方もそんな事分かってるだろうに。

 それでも私の事を評価してくれているのだろうか?

 ならちょっとだけ嬉しいと思った。


「ツィトーネ先生」

「ん?」


 先生方が此方を見る。

 そんな二人に私は微笑むと心からのお礼を言ったのだった。


「手合わせをして頂き有難う御座います!」










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