家族論

まーくん

 

私は孤児院の職員だ。

彼は、ここへ入ってきた時はまだ新生児であった。

その頃新米だった私は、「本当に子を捨てる親などいるのか」と理解に苦しみながら憤りを覚えていた。

彼はすくすくと孤児院の中で育っていった。大きな問題はないどころか、むしろ大人しく勉学の成績も優秀であり、絵に描いたような「良い子」であった。他の職員に言わせても、彼は「稀にみる良い子」だったという。

そのように利発であったから、彼が自分の置かれた状況を理解するのもそう遅くはなかった。


ある日、彼は「僕はお父さんとお母さんに会えるんですか?」と私に聞いてきた。

彼がこうした話題について触れてくるのは初めてのことだったから、私は少し戸惑いつつも

「そうだよ。ただ、君と、君のお父さんとお母さんの両方が、『何があっても、どんな結果になっても会いたい』と思ったときにだよ」

と答えておいた。

彼は算数の宿題をやっているかのような真剣さでこちらを向いて、頷きながら話を聞いているだけだった。


そして、その日は訪れた。彼の母親から彼に会いたいという旨の連絡が入ったのだ。

他の職員と検討し、彼にそれを伝えたところ、彼は「分かりました」といつも通りの口調で返事をした。心なしか、いつもよりも彼の表情が硬くなっているように見えた。

その対面の時には、私が彼に付き添うことになった。


決められた日が来て、高学年になったばかりの彼の背中を見ながら、院の近くの公園へと二人で向かった。

ベンチに座っていた二人の大人を見て、私は「あの人たちか」と理解した。近くに行って挨拶をしようと顔を見たとき、彼と瓜二つな顔がそこにあった。

一応私は写真で母親の顔を確認してはいたが、現実に彼の顔がそのままもう一つ目の前に現れたかのようで、ひどく驚いたことを覚えている。

彼と彼の母は挨拶を済ませ、向こう側の付添人と大まかな予定を照らし合わせ、しばらく二人だけのやり取りを遠巻きに見守っていた。


初めて彼の顔を見た時の憤りが、彼の母親の顔を見たことでどこかへ行ってしまった困惑が私の心を覆っていた。

時間が来て、四人は二人と二人に分かれて帰路へと就いた。

彼は何も言わず帰って、院へと戻ると私と二人で話したがった。

一部屋を借りて鍵をかけ、私が彼に向き合った途端に彼は泣いてしまった。


どうしたのかと私が聞くと、彼は泣き声を必死に抑えてこう答えた。


「あの人が憎い」と。



「今までずっと、自分のことを捨てて生きてきた本当の親のことを恨んできた。先生の方がよっぽど僕のことを大事にしてくれたのに、まだあの人が親のつもりでいたことが悔しかった。なのに、こんなにも嫌いなのに、自分にそっくりなあの顔が笑ってこっちへ来たとき、僕は少しだけ温かな気持ちになった。自分がこうして生きている限り、自分はあの人の子供でしかいられない。恨みだけでずっと嫌っていられない。それがとても辛い。こんな気持ちをずっと抱いて生きていきたくない。何で僕はあの人から生まれたんだろう。僕を生んだあの人が、今とても憎いんです。」



話している間、彼はずっと泣いていた。


その時私は、彼のことがとても十年と少し生きたばかりの子供だとは思えなかった。私が彼のことを「その『子』」などと呼ばないと決めたのはその時だった。

かける言葉が見つからないという言葉の通りになってしまったその時の私は、「辛かったね」と言うに留めておいた。

今の私なら何と言っただろうか。


この話はここでおしまいだが、私はこのおかげで「家族に円満などない」ということを痛いほどに思い知らされた。

どんな家族もずっと円いわけはなく、何処かが歪んでいても「家族」であるという縛りから逃れられないまま、その中に生きていく外ないのだろうと。


この結論が正しいのかは、今も分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家族論 まーくん @maakunn89

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る