第7話:不運

 翌朝目覚めた瞬間、俺は全身にかかる重力が五万倍になったような気分になった。

 もちろん今日も学校、六限までしっかり授業がある。

 即ち、昨日泣かせた楠木あやめがその間ずっと右隣の席にいる、ということ。

「てる〜、そろそろ出たらぁ?」

 おっとり人間の母に言われるくらい、身支度に時間がかかってしまった。


……気まずい。


 いや、自分の判断で俺は本音を、事実を告げただけだ。『暁みちるより美しくないと付き合える自信がない』という俺の苦悩を、あやめが誰かにこぼしていないか、あるいはもうすでにグループラインとかで一斉送信されてないだろうか、いやいや、あいつもそこまで馬鹿ではないと思いたい、あやめの良心を信じたいのです。とか何とかぐるぐると考えながらも、俺は身体を自動運転にしたように登校準備を終えた。


 自宅から最寄り駅まで徒歩四分。

 準急列車に揺られて二十分。

 駅から学校まで徒歩七分。


 その途中、コンビニから出てきた暉隆と鉢合わせた。

「おい、おまえ……。大丈夫か? 今にも成仏しそうなツラしてんぞ」

「成仏できるならむしろしてえよ……」


 そんな風に言葉を交わしながら並んで歩いていくと、後方や道路を隔てた数カ所から、女子グループが俺らに視線を投げかけてきた。


……今日のニチの方、髪型いいね……

……光る方、具合悪いのかな? 顔色悪い……

……やっぱあのツーショはウチの学校の目の保養材だわぁ……


 えーと、ご婦人方、聞こえておりますよ。

 まあいつものことなので気にしないようにしたが、やはりあやめの件が引っかかる。暉隆に相談しようと口を開きかけた瞬間、後ろからドンと背中を叩かれた。

「おはよう、ダブル・ライト! 香坂、体調でも悪いのか?」

「白鳥……」

 ダメだ、今日の俺の運勢は最悪だ。暉隆は見なかったふり・聞こえなかったふりを貫くスタンスで歩を進めていた。俺も一歩遅れてそれに倣おうとしたが、白鳥というこの男は馴れ馴れしく肩に手をかけてきた。おい暉隆、俺を見捨てるのか。

 しかしここでさらに盛り上がりを見せるのが周囲のご婦人方のヒソヒソである。


……やば、朝から御三家揃っちゃったよ……

……いいなぁ、誰推しとか関係なく御三家は尊い……


 ゴサンケ。

 そう、俺こと香坂輝、親友・早川暉隆、そしてこのチャラそうな、っていうか実際チャラい阿呆こと白鳥萌生ほうせいは、我が東院学園二年生男子の顔面偏差値トップ3とかいうものに認定され、イケメン御三家と呼ばれている。中には俺らのイラストを描いたり、俺たちをモデルに小説を書く女子もいるらしい。


 ちなみに個人的見解を述べておくと、顔面偏差値なるものが一番高いのは暉隆だ。『男前』という言葉が似合う、男性としてかっこいい容姿である。

 俺自身のことはよく分からない。俺の顔は某バケモノ似だが、母の要素も結構主張が激しい。何より俺は背が高くない。客観的に言えば、俺は『優男』的なルックスだろう。

 最後に白鳥、コイツはいわゆる可愛い系のルックスだ。小顔で目がでかく、笑った時に綺麗なえくぼができる。アレだ、母性本能をくすぐるとかそういうタイプのイケメンだ。

 と、俺は考えている。


 正直に言おう。


 ダブル・ライトを受け入れてもいいから、この阿呆とは一緒にしないでくれ。


 これが俺の本音である。

 なんでって、まずコイツは暁みちるの狂信的ファンであり、憧れを通り越して自分もああなりたい・俺ならなれる、と根拠のない自信を持っている勘違い野郎であり、親父に会わせろ会わせろとうるさいし、俺に媚びを売っているのが丸見え、でも胸中では俺と暉隆をライバル視していて……嗚呼、ここまでにしよう。今日はただでさえ楠木あやめへの対応に神経を使うだろうし、こんな阿呆を相手にHPを減らすわけにはいかんのだ。


……と、自分に言い聞かせても、ウザいもんはウザい。


「なぁ、香坂ってシャンプー何使ってる? みちるさんと同じやつ?」


 黙れ! 母親と同じ安物だよ!! 多分ビオレとかいうやつだよ!!

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