第6話:香坂輝と秘密の友人

 部屋に戻ってベッドに横になっても、残念ながらクレジオを読む気にはなれなかった。気晴らしが必要だ、可及的速やかに。

 俺はスマホを手に取り、ラインを開く。


『最近何読んでる?』


 それだけを、中山詩雨しうに送信。

 すぐさま既読が付いたが、返事はない。だが俺は、詩雨が長文返信を打っている最中だと知っている。


『最近は割と雑食。女性作家読みたかったからガイブンではシルヴィア・プラス読んで、あとはデュラスの戯曲とか。国産だと絲山秋子はぼく好み。あと彩瀬まるは凄くよかった。で、純文系に飽きたから今更だけどオーウェル読みかけて、でもぼくロシア文学全然読み込めてないからこれまた今更だけどドストの読んでない作品とか、最近の人だとソローキン気になってたから文庫落ちしたの買った。気になるといえばウエルベック、新作読みたいけど今月の小遣いでは難しいかな』


 この返信で俺のスマホ画面は埋まってしまった。そしてとってつけたように、

『輝くんは?』

 と追撃が来た。


 中山詩雨は、俺の大切な友人のひとりだ。そして俺の読書ライフの水先案内人でもある。

 詩雨の希望で、俺たちはラインか、休日の本屋巡り以外で接触を持たない。


 クラスメイトなのに、だ。


 教室では、目立たず、坊ちゃん刈りでいまいち冴えない眼鏡をしていて、視線は常に下方四十五度、ぶっちゃけ地味で暗い奴だと思われている。口数も少ないし、いつもひとりで静かに本を読んでいるタイプだ。


 親しくなったのは、俺らが一年の時、学校の図書館で言葉を交わしたのがきっかけだった。

 俺が図書委員の女子に、奇しくもル・クレジオの「発熱」という本はないかと聞いている最中で、図書委員が書架に行っている間に、

「あの、ぼく……」

 と、蚊の鳴くような声をかけられたのだ。

「クレジオなら、ぼく、絶版になってるのも、ぜ、全部持ってる、よ……」

 俺は目を見開いた。

「あの、ぼくは中山詩雨。A組の、香坂くん、だよね? よ、よかったら貸そうか?」

 感動のあまり、俺は土下座ばりの勢いで貸してくれと頼み、その後図書館の階段でお互いの読書遍歴やオススメなどを語り合った。

 暉隆は親友だがあいつは本を読まない。俺は詩雨に、今後ももっと文学の話をしよう! とオファーした。

 そこで課された条件が、


『校内では一切の接触を禁ず』


 というものだったのだ。

 理由はよく分からないが、いわゆるスクールカーストみたいなものを、詩雨は危惧したんじゃないかと思う。俺はそんなこと気にしないけど、詩雨が望むなら仕方ない。


 だがこれは大きな発見を俺にもたらした。

 詩雨は、活字での会話だと、普段の三兆倍くらい多弁になるのだ。今また送られてきたラインの長文返信がその証拠だ。

 本の話以外はあまり交わさないが、浮かない夜の詩雨とのラインは、俺の癒やしの時間となった。

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