第3話:こんな星のもとに生まれた俺といえば

『黒歴史』と世間的に呼ばれる行為は、俺の主観だけど、小学校高学年から中学くらいで始まるイメージがある。後々振り返って、『あの頃の自分は痛かった……』となるのが一般的ではなかろうか。


 しかしながら、俺の黒歴史はこのルートとはかけ離れている。

 この前クラスメイトの男子が、溺れている幼児を助けたことを地域新聞に掲載され、本人も周りも気をよくしていたが、俺は内心で、なんて小規模で素晴らしいことだろう、と涙していた。


 だって俺、産まれた時、号外、出た、らしいし。


 産まれた瞬間から黒歴史だ。やめてくれ、頼むから。

 ちなみに俺を溺愛する親父は、俺の安全を確保するためにハリウッドで雇っていたSPに俺を護衛させていた。ひとりで電車に乗って『通学路』を歩いて登校できるようになったのは、高校に入ってからだ。


 でもそれも条件付きだった。何しろ俺は世界的な有名人の息子だからして、どこで誰が俺を誘拐したり危害を加えてくるか分からない。

『ひとりで登校する』という権利を得るために、俺はマーシャル・アーツを学び、中学の卒業式の直後、親父と手合わせをして、かろうじて勝った。そして単独登校の権利を獲得したわけだが、付け加えなくてはならないのは、親父はハンデとしてピンヒールを履いていたこと、そして女性役を演じるためにか細い体型をキープしていた時期だったことだ。

 もうヤダ消えたい。


 

 そんなことを思い出しながら、校舎裏に楠木あやめを置いたまま校舎の方に戻った俺は、見慣れた顔がちょうど昇降口にいるのを発見した。

「おう、輝。楠木どうだった?」

 俺より長身で、かなりの男前であるこの男は、親友の早川暉隆きりゅうだ。

「コクられた」

「やっぱな。で、おまえの返事はいつも通り?」

「そう」

「はぁー、難儀だよなぁ。あんな人が親って……」

 暉隆はそう言って俺の肩をポンポンと叩いた。


 中学からの馴染みである俺と暉隆は、一部、いや割と多くの女子たちに、

『ダブル・ライト』

 という、意味不明な上に仮面ライダーの悪役みたいな名前で呼ばれていて、俺の『輝』と暉隆の『暉』に、『光る方』と『ニチの方』なんてあだ名を付けていた。そしてそれはいまだ続いている。


「でも楠木は普通に可愛くね? 俺は余裕でいけるけどね」

「俺も……そう思う。だけど……」

 暉隆と並んで校門に歩き出した俺は、思わず口ごもってしまった。

「想像しちゃうんだよ、この子化粧取ったらどうなるんだろう、とか、めっちゃオシャレしてても家ではジャージかもしれない、とか……」

「いや、それくらい別に普通だろ」

 暉隆はそう言ったが、俺は溜め息をつくしかなかった。

「俺の家には、二十四時間三百六十五日、一瞬たりとも気を抜かずに自分の美をキープしてるバケモノがいるのはおまえも知ってるだろ?」

 今度は隆起が溜め息を吐く番だった。

「バケモノ、ねぇ……。褒め言葉として俺は言いたいけど、実際あんな人が血縁にいたらって想像するとぞっとするわ。その意味でおまえは不運なのかもな」

 俺は否定も肯定もできず、無言で歩き続けた。暉隆はその沈黙をきちんと受け止めてくれる。

「……たまに、恐くなる」

 学校の最寄り駅の前で、俺は呟いた。

「人間見た目じゃないとかさ、外見じゃなくて内面に惚れるとかさ、みんな言うじゃん。でも俺マジで分かんねーんだよ。もしかしたら俺は一生初恋とかなくて青春とかもなくて、ついでに言えば童貞のまま死ぬんじゃねえかって」

 目線を上げると、暉隆がその大きな眼で俺を見詰めていた。

「でも、俺はおまえにも勝機はあると思う」

「勝機?」

 間の抜けた声で返すと、暉隆は深く頷いた。

「だっておまえは暁みちるの息子でもあるけど、『あの人』が腹を痛めて産んだ人間でもあるんだぞ?」

 思わず目を見開いた。

「じゃ、俺ゲーセン寄ってくから、おまえは早く帰れよ」

 暉隆はそう言って駅ビルの入り口に向かった。クソ、あいつはいつだって俺の欲しい言葉をくれる。

 気を取り直して我が家に帰ろう。どうせ俺の苦悩なんて、『あの人』からすれば夕食の献立以下の悩みだ。

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