第2話:暁みちる伝説
『ねえねえ輝くん、なんで輝くんにはママが二人いるの?』
保育園で、よく聞かれていたのを、俺は今でも覚えている。
『輝くーん! お母さんがお迎えに来たよー!』
保育士にそう声をかけられ、ママだ! と玄関にダッシュしたらそこに立ってたのは綺麗にメイクをしてサラサラの黒髪をたなびかせる親父だった、なんてことは日常茶飯事。
小学校の授業参観なんか地獄絵図だった。親父は俺がいくら来るなと言っても来たし、来てもいいけど父として、男として来てくれと懇願しても、教室に遅れて入ってきた親父(フルメイク済み、丈の短いワンピースにハイヒール着用)を見た他の父兄は皆そろってポーッと惚けたし、事情を知らない教師が『香坂くんのお母さんは』なんて口走って、親父が『いえ、父です』と地声で答えた時に教室に走った驚愕・喫驚・衝撃は今でもトラウマ的な意味で忘れられない。
かと思えば、そういった珍事件から俺が他の悪ガキ共に『おまえはどっちのママが好きなんだ?』、『オカマの息子〜!』とか何とかからかわれ、軽く殴られたりしていると、今度は一本二十万くらいする黒いスキニージーンズにエンジニア・ブーツ、シングルのライダースジャケットを着た短髪(ウィッグ)の親父が現れ、
『おいガキ共、俺の可愛い息子に何してんだ?』
と、恐ろしくドスの利いた声を発する。すると悪ガキ連中は開いた口がふさがらないままダッシュで逃げる、なんてこともあった。まったく役者の発声技術には感嘆するね。
親父の本名は香坂
母親や祖父母によると、予想通りと言うべきか、親父は幼い頃から中性的なルックスと立ち居振る舞いで周囲の人間を性別問わず夢中にさせたらしい。そして年上の姉が面白がってスカートやワンピースを着せて遊んでいたことから、親父は女性ファッションに親しみ、抵抗なく着用するようになって、中学二年の時点で姉より化粧が上手くなっていたらしいからもう彼女が不憫でならない。
高校くらいになると、やはりなよなよしているとか女みたいだとか何とか周囲から言われたり、『もっと男らしくしろ!』なんて叱責を受けたことも多々あったらしいが、親父はノーダメージだった。
『へぇ、じゃあお互いピンヒ履いた状態で殴り合いでもするか? 俺、見た目がこれだから護身術は徹底的に習わされたしな。まあ、おまえがピンヒールで立てたらの話だけど』
なんていう風に撃退していたという。メンタル強すぎだろ。
高校卒業後、親父は役者を志し専門学校に入る。が、ここでも親父はやらかした。
『
ただし、ジェンダー問わず、演技には誰もが平伏すほどの実力をすでに開花させていた。らしい。
その後の親父の役者人生はこれまた波瀾万丈で、『ジェンダーレス俳優』というまったく新しいタイプの芸能活動を続け、女性役で出演した主演映画は、日本アカデミー賞の審査員のみならず一般市民までもが『主演、女優賞?』、『いやでも身体は男だろ?』と、これまた大変な物議を醸したという(ちなみに、結局男優として最優秀賞を受賞した)。
もちろん、各種SNSやネットの様々なツールによって、暁みちるの存在はすぐさま世界の知るところとなった。
『美の化身とはまさに彼のために生まれた言葉だ』
『性別を超越したこの美しさは唯一無二』
『日本はミチル・アカツキの美を国家レベルで守らなければならない』
もはや『信者』と言っても過言ではないファンが老若男女問わず増殖し、親父の出演する舞台や撮影現場などを見たいがために来日する猛者まで現れた。当然、全世界に数多のファンクラブもできた。
そんな逸材をハリウッドが見過ごすはずもなく、小規模で低予算ではあったが一人二役の主演映画を製作、ゴールデン・グローブで日本人として初めて最優秀男優賞を獲り、アカデミー賞はノミネートのみだったが、それでも日本人、アジア人として初の快挙と大騒ぎになった。
どんだけ伝説持ってんだアンタ。
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