第8話 街行く一行と地味女
やってきたのは葵さんと、そして及川さんだった。
「みさきち、それ可愛いね」
合流した葵さんがそうコメントしてくれたのは、わたしのカメラポーチにぶら下がってるぬいぐるみだった。
「あ、ほんとですか……嬉しい」
「マジでマジで。これってぬいぐるみ、だよね? どこで売ってるの?」
「あ、いえ……これは編みぐるみって言って、自分で作ったんですけど……」
店売りのものと違って、編み目などがやや不揃いなのが恥ずかしい。
そう思ってうつむくわたしに、
「え、自分で!? 凄いんだけど! 器用なんだね、みさきち!」
と言って、葵さんが大絶賛してくれた。
「そ、そこまで言われるほどのものでは……」
「いいなあー。あたしさあたしさ、こういう女の子なスキル持ってないから、すっごい尊敬」
やけに真面目な顔つきでそんなことを言うのが印象的だった。
「コート離れたら、葵はぶきっちょの塊だもんなー」
と口を挟んできたのは及川さんだ。
「去年の夏合宿ん時にカレー作った時なんて、葵のむいたじゃがいもが、こう、パチンコ玉ぐらいの大きさになっててな……」
「ちょ、冬耶! そこまでひどくはなかったでしょー!?」
「ごめんごめん。冗談だって」
爽やかに笑って、及川さんは頭を下げる。すると葵さんは、「分かればいいのよ」とでも言いたげに鼻を鳴らす。
そんな二人の様子を見て、小村くんが口を挟んだ。
「まあさすがに、パチンコ玉ってほど小さくはなかったんじゃねえの?」
「そ、そうよね! あたしそこまで小さくしてないよね!」
「せいぜいビー玉だ」
「うんうんっ……ってそれほとんどフォローになってないから!?」
と葵さんが盛大に突っ込む。それを見て、小村くんも及川さんも楽しげに笑った。
そのノリにわたしはとっさについていけず、笑うタイミングを逸してしまう。
だがそんなわたしに、葵さんがむぎゅっとばかりに抱きついてきた。
「うぇーん、みさきちー。この人達がいじめてくるんだけどー」
「え? え?」
突然の肉体接触に、思わず動揺した声をあげてしまう。
「そ、その、慣れないうちは包丁で野菜の皮を剥くのは大変ですもんね」
どうにかそう言葉を返すと、葵さんががっくりとうなだれる。
「……う、フォローはありがたいんだけど、それ追い打ちだから……」
「へ?」
「あたしが包丁なんて使わせてもらえるわけないでしょ……」
聞けば葵さん、その時もピーラーを使っていたということらしく。
見れば及川さんが爆笑していた。そのクールな見た目に反して、意外と笑い上戸なのかもしれない。
……うぅ。葵さん、ごめんなさい……。
四人で向かった先は、ここ数年でできた街の中心にほど近いところにあるアミューズメント施設だ。それ以前はカラオケとゲームセンターがぽつぽつとあるぐらいで、ほとんど遊び場所らしい遊び場所もなかったけれど、このアミューズメント施設ができてからは火がついたように周辺施設も発展。充実の一途をたどった。
今では辺り一帯にはレストランや喫茶店が立ち並んでいて、休日になると学生やカップルでなかなか繁盛しているようだ……というのは、道すがら教えてくれた小村くんからの情報である。
実をいうとわたしはほとんどこの辺には来たことがなかったりする。そもそも一緒にこういうところに来る相手がこれまではいなかったものだから、娯楽施設というものにまるで馴染みがない。
一方、小村くん達はこの辺で遊び慣れているらしい。ダーツしよう、とか、カラオケ行こう、とか、いやまずは飯だろ、とか、わたしの前を歩きながらそんな風に相談していた。
わたしは彼らの後ろを、ただぼんやりとついていくだけだ。
途中、何気なくビルを見上げてみたりもする。カラオケや居酒屋の看板をカラフルに掲げるビル群は、近くにあるのになぜだか遠く感じた。
……そういえばこういう、都会の風景っていうものは写真に収めたことがない。ほとんど風景画ばかりを撮ってきた。なんとはなしに、ビルを見上げる視点を指で四角く切り取ってみた。
わたし、ここにいても邪魔だったりしないかなあ、とか思ったり。
「なーにしてんの?」
「びゃっ!?」
突然声をかけられて振り返ると、今さらながら隣に葵さんが立っていることに気づいた。ボーっとしていて気づかなかったみたいだ。
変な声を上げたわたしに、葵さんが残念な子を見るような目を向けてくる。
「そんな声出して、どったの?」
「あ、す、すすすいません」
普段人から話しかけられることが稀だから、話しかけられて驚いてしまった。
息を整え、言葉を返す。
「少し、ぼんやりしてたので」
「そっか」
と言って葵さんはわたしに足を合わせて隣を歩いてくれる。学校なんかでも、顔を合わせると挨拶してくれたり話しかけてくれたりするし、本当にとてもいい人だ。
「写真の構図でも考えてた?」
と言いながら、葵さんが指先で四角形を作って空を仰ぐ。視線は指で作った窓の向こう。うっかり太陽とこんにちはしたのか、「眩しっ」とか言いながらぎゅっと目を瞑る。
わたしからしてみれば葵さんのほうが眩しく見えた。こんなに素敵で気さくな人はそうはいない。
「あ、いえ。そういえば街の写真って撮ったことないなあと思いまして」
「へえ、そうなんだ」
あまり街の風景は好きじゃない。ごみごみしていて、色んなものにあふれていて、なにより人でごった返していて。
お前なんかこの世界にいらない、と拒否されているような気持ちになるから。
フォーカスを当てるなら人間よりも自然風景のほうが、自分を必要とされている感じがして好きなのだ。こんなわたしでも広い心で受け入れてくれるという安心感もあるのかもしれない。それこそまるで、葵さんのように。
もしもわたしに友達がいて、休日に遊ぶような予定が毎週のように入っていて、大きすぎる孤独を知らなかったら、この街並みを見て安心感さえ抱くのかもしれない。まるで生き物のようなコンクリートジャングルの中で、自分のことを街を行き交う風景に馴染んでいると思えたのかもしれない。
だけど一人きりのままこんな場所に放り出されれば、きっと隅っこで丸くなることしかわたしにはできない。
「じゃあこの機会だし、撮ろうよ」
「へ?」
葵さんの唐突な言葉にわたしは思わず首を傾げる。
「写真。今日も持ってきてるじゃん」
カメラポーチにぶら下がってるうさぎの編みぐるみを葵さんが楽しそうにもてあそぶ。その表情はさっきからころころと変わって、なんだか一つ一つの顔を一枚ずつ撮ってみたいななんて思ってしまう。
だから言われた通りカメラを撮り出して、フォーカスを葵さんの顔に合わせると、彼女はとっても不機嫌そうな顔をした。
「なんでそうなるわけ?」
「ふぇ? な、なんでって……あっ」
戸惑っているうちにカメラを取り上げられた。そしてぐいっと肩を掴まれ、ギュッと葵さんがわたしの体を抱き寄せる。……あ、いい香り。ふんわりシナモン系の優しいにおい。香水でもつけてるのだろうか?
なんて思っているうちに、カシャっとシャッターの下りる音。
「はい、これでよし」
手渡されたカメラの画像を確認すると、葵さんの横顔を見つめているわたしと、カメラに向かって満面の笑みを浮かべる葵さんのツーショット。
「へ? へ?」
「どう、よく撮れてる……? ってこれひどっ。なんかすごいボヤけてるし! ってかあたしおでこ見切れてるし! しかもみさきち、カメラのほう向いてないし!」
ないわー、あたしカメラの技術とか皆無だわー、なんて言って葵さんが落ち込んだ。
確かに葵さんの言うとおり、ピンボケしてるわ見切れてるわで上手な写真とは言い難いと思う。もっと上手に人物を撮った写真なんて、探せば星の数よりあるだろう。
でも、わたしにとってはその一枚は大切なものだと思う。だって、誰かと一緒に個人的な写真を撮るなんて、今まで一度もなかったから。
「みさきち、ごめーん。全然上手く撮れなかったー」
「い、いえっ。そんなことないです!」
とっさに葵さんの言葉を否定する。
「一緒に映ってくれて、その……とても嬉しかったですから」
お礼を言って、不器用ながら微笑みかける。すると葵さんはわたしの顔をじっと見つめてきたかと思うと、破顔一笑。
「そかっ」
とってもにこやか爽やかスマイル、破壊力は無限大。
わたしのハートが撃ち抜かれた。
「うんうんっ。あたしも、みさきちと一緒に写真撮れて嬉しかったよ」
も、もったいないお言葉です。
是非ともお姉さまと呼ばせてもらいたいな、と思ってしまった。これは、小村くんが惚れるのも分かるなあ……。女のわたしでも、うっかりするとついつい見惚れてしまうのだ。
「そういえば、他にどんな写真撮ってるの?」
「え? あ、いや。そんな大したものは撮ってない……です」
ほんとに、大したものは撮ってない。たくさんの風景と、家や学校周辺の町並みが少し。技術も構図も特に秀でているわけじゃない、平凡な写真ばかりを撮っている。
「でも、撮ることに意味があるんです……約束したので」
「約束?」
「はい。……もう、ずっと昔ですけど」
「ふーん……」
はっきりとしないわたしの言葉に、葵さんが不思議そうな顔をする。
「……なんて言われても、分からないですよね。ごめんなさい、わたし、意味不明なこと言って」
「んーん、いんじゃん?」
「へ?」
「約束。守ろうとするって大事じゃん? それってすっごいいーことじゃん? なんだかよく分かんないけど、でも、そういうみさきちはきっと偉い!」
葵さんがそう言ってにっかりと笑う。
まるで花びらが、光の射すほうへその花弁を開くかのような、すっきりとした笑顔。
「偉い……ですか。そうだといいなあ」
「ん。そうに決まってるよ!」
力強く葵さんが言い切ったところで、わたし達は目的のアミューズメントパークにたどり着いた。
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