その6
俺はナイフを拾いあげ、折り畳む。
念のためにポケットからビニール袋を取り出し、中に入れて封をした。
『柚木健治氏はもう既に病院だ。急に容体が変わった・・・・と言いたいところだが、そうじゃない。初めからその予定だったんだよ』
俺は彼女の側に歩み寄った。
幸い、
『じゃあ、あなた、カマをかけたの?』
『まあ、そんなところだ。依頼人・・・・つまりあんたの兄さんは”こんなやり方は嫌だ”と渋っていたがね』
『・・・・神に仕える身になっても、心根まではそう変わらないものね・・・・兄に対する憎しみはずっと続いていたわ・・・・いえ、それどころか、歳を重ねるほど強くなっていったの。』
彼女は唇をかみしめ、それだけ言うと、また
彼女の泣き声をバックに、遠くからサイレンの音が響いてくるのが俺の耳に届く。
俺はポケットからシナモンスティックを取り出し、一本口に咥えた。
足音高く現れた
『探偵屋風情が勝手な真似をしやがって』
『報告書はちゃんと出せよ』
『この次こそお前の免許を取り消して、二度と喰えなくしてやる』
月並みの悪態をつかれた。
俺はそれを適当に聞き流し、アパートを出た。
夜空には雲が全くない。
都会でこんなに星が眺められるなんて、滅多にないことだ。
俺はシナモンスティックを
<余話>
数日後、
彼の担当医が、どうしても俺に電話をしてくれと頼まれたのだという。
医師によれば、柚木氏はあの後本当に容体が急変し、
『持って後2週間』だそうで、今ではもう殆ど意識はない。
まだ頭がはっきりしていた時、
『私がどうにかなったら、彼女の弁護士に伝えてくれ。「もし彼女が受け取りを拒否したら、彼女の教会に寄付して欲しい」と。』
果たしてそれから2週間後、柚木氏は望み通り旅立った。
シスター柚木は当然ながら遺産の受け取りを拒否し、俺へのギャラを除いて、全財産は教会へと寄贈されることとなった。
シスターは?
殺人の意思があったとしても、実際に殺人をしたわけでもなかったし、
『情状』も十分に酌量され、執行猶予付きの有罪判決が下り、彼女は潔く罪に服した。
それだけさ。
何ともつまらないって?
当り前だろう。
現実の探偵ってのは、みんなこんなもんさ。悪しからず。
終わり
*)この小説はフィクションであり、登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。
重き十字架の果てに 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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