その5
『シスターの気持ちは良くわかりました。確かに依頼人には私からも伝えておきますが、しかし出来ればご本人でお伝えした方が良くはないですか?』
俺はそう言って、ジャケットの内ポケットから柚木健治の住所と電話番号を書いた紙片を出した。
『一応お渡ししておきます。もしその気になられたら連絡してあげてください。ああ、それから、お兄さんは四日後の早朝から病院に検査入院されます。今度はいつ戻られるか分からないそうです。』
彼女はちょっとためらったものの、一応その紙片を受け取ってくれた。
俺は頭を下げ、そのまま教会を後にした。
この先どうなるか分からない。
ただやるだけの事はやった。
三日後、夜11時を回っていた。
昨日まで雨が降っていたが、今日は丸一日、実にいい天気だった。
窓から月明かりが室内を照らすだけで、電灯は点けていない。
俺はベッドに横たわって毛布を顎の下まで被り、じっと入り口のドアを凝視していた。
人の気配がした。
軽くドアをノックする音が響く、
俺はわざと押し殺した声で、
『どうぞ』とだけ答えた。
ノブが回り、ドアが開く。
黒い影が室内に入って来た。
いや、影が黒かったわけではない。
正確には『黒装束』と言うべきだろう。
月明かりで
そこから下は黒い長そでのニット。
そして黒いパンツという姿である。
一言も発しない。
その右手には、月明かりを受けて鋭く光る・・・・恐らくダガーナイフ・・・・を確認した。
足音も立てず、丁寧に靴を脱ぐと、再びゆっくりと床の上を、まるで滑るように歩いてベッドに近づいてくる。
足が止まった。
ベッドから数センチと離れちゃいない。
丁度俺の胸にあたるところだ。
手に持ったナイフを上に振り上げる。
再び、ナイフの刃が、月明かりに鈍く光った。
俺が毛布をはぐると同時に、低く、弾けるような音が室内に響き渡る。
俺の拳銃、S&WM1917の筒先から紫色の煙が立ち上り、きな臭い火薬の匂いが立ち込めた。
拳銃を構えたまま、俺はベッドから起き上がり、毛布をはいで床に立ち、そのまま横を通り抜け、電灯のスイッチを入れた。
室内が明るくなる。
左手で肩を押さえ、床に膝をついて荒い
指の間から血が
俺は言葉を発せず、被っていたフードをむしり取った。
『乱暴な真似をして申し訳ない。シスター』
俺の言葉に、そこで初めて”彼女”は顔を上げた。
そう、その顔は明らかに、
『シスター柚木』こと、柚木陽子だった。
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