その4
夕方の4時を回っていた。
重く厚い雲が垂れ込めている秋の空に、今時珍しい古びた鐘楼(チャペル)の鐘の音が辺りに響いている。
近隣の人に聞いてみると、この教会は大正時代の初め頃に建てられたとかで、この辺りでは一番古い建物に指定されているそうだ。
その日は日曜日で、ちょうど夕方の礼拝が終わった時刻で、戸口で信者たちが黒い詰襟の服を着た神父と、頭にベールを被った尼僧(シスター)が、出てきた信者達一人一人に挨拶をしていた。
俺は教会と歩道の立ち、信者達の最後の一人が帰ってゆくまで辛抱強く待った。
別に宗教に偏見があるわけじゃないが、こうした礼拝施設。分けても教会と言う場所はどうもあまり好きになれない。
『あの、失礼。シスター柚木・・・・柚木陽子さんですね』
俺は教会の重い扉を閉めて中に入ろうとした二人の内、尼僧の方に声をかけた。
『そうですが・・・貴方は?』
俺はいつもの様に
『
『そうです。実は・・・・』
俺は手短に依頼の趣旨について話した。
柚木健治の名前を出した途端、流石に少しばかり彼女の表情に影が射した。
『シスター、私は事務室で書類を整理してますので、構いませんからどうぞお二人でお話になって下さい』
白人の神父は
『では、こちらへ・・・・』
彼女は閉めた礼拝堂のドアをもう一度開けると、俺を中に招き入れてくれた。
外から見るとそれほど広くは感じられなかったが、中は意外と広い。
古い木造の、どこかしらかび臭い(といっては失礼か)、それでいて荘厳な雰囲気を湛えた教会だった。
彼女は正面の十字架に向かって頭を垂れて十字を切ると、ベンチのような席にきちんと膝を揃えて座った。
俺は彼女から少し離れて腰を下ろす。
教会のルールは良く知らないが、仮にも
この位は守らないと、向こうにも失礼だろうからな。
『どこで、こちらを?』
彼女は正面を向いたまま、かけていた銀色の眼鏡を指で押し上げ、俺の方は見ずにそう言った。
『それほど難しくはありませんでした。貴方がお友達に出したお手紙の消印を辿ったんです。時間はかかりましたがね』
『兄とはもう長い間連絡を取っていません。お話の趣旨は理解出来ましたが、今更
逢うつもりもございませんし、逢ってどうなるものでもありませんからね。』
彼女は少し黙り、それから両手を組み合わせ、しばらく黙っていた。
『こうして主にお仕えする身になってから、もう二十年以上になりますが、それまでは兄の事を恨んだ時期が無かったと言えばウソになります。兄の為に両親、そして私も、家族は随分苦しい目に遭いましたからね。でも、今になってみれば、もうそれも過ぎたことです。人を恨むのは教えに反することです。心の底から兄を許す気にはなりませんが、かといって恨んでもおりません。』
吹っ切れたというには、あまりにも重い響きだった。
『お兄さんの依頼は貴方にお金を残したいということですが、それはどうなさいますか?』
『私はこのような身の上ですから、兄のお金を受け取るわけには行きません。でも、もし兄がそのお金を何かに使いたいと思っているのであれば、どこか貧しい方に寄付でもしてください・・・・私がそのように申していたとお伝え願いますか?』
彼女はそう言って、再び正面の祭壇に向かって十字を切り、立ち上がった。
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