その3

 柚木陽子・・・・つまり柚木健治の実妹は、現在66歳になる。健治が革命の熱に浮かされ、挙句は交番襲撃、内ゲバによるリンチ、そして警官隊との銃撃戦等の後逮捕され、裁判で懲役20年の判決を受け、服役・・・・家族や友人たちが次第に離れていく中で、彼女だけは兄を慕いつづけ、獄中へも手紙を送っていた。


 父親は長野の農事試験場を退職した後、生まれ故郷の三重県へ移り住んだ。陽子は両親と共に暮らし、二人の死を看取ったのも彼女だった。


 結婚は一度もしていない。


 二度ばかり婚約まで漕ぎつけたのだが、兄の事が影響したのだろう。


 どちらも破談になり、結局両親が亡くなるまで独身を通したそうだ。


 俺は彼女が両親と共に移り住んだという、三重県の津市から30分ほど山間に行ったところにある小さな町を訪れてみた。


 彼女と両親が住んでいたという柚木家の実家は、もう既に人手に渡っていた。


 現在の住人は健治の母方の遠縁に当たる人が住んでおり、その人に事情を聞いたのだが、


『ええ、まあ何しろ御覧の通り田舎の町ですからなぁ。息子さんがあんな大それたことをしたというのは直ぐに広まってしまいましてなあ、しかしご両親はお二人とも多くは語られませんで「息子のやったことは許すべきではないが、かといって我々家族までとやかく言われる筋合いはない」と毅然としておられました。娘さん?

ええ、陽子さんでしょう。よう知っとります。大人しくて素直な方でしてなぁ。ご両親の面倒をよく見ておられて・・・・でも気の毒ですよ。二度もお見合いされて、一回目は結納も交わしてほぼ決まりかけておったのに、破談ですからな。二回目はお見合いして、ご当人同士はまんざらでもなかったのに、相手方のご両親が猛反対でしてな。それで・・・・ああいうお兄さんを持たれると、家族は本当に苦労されますわ』

 人のよさそうな60代後半の男性は、そう言って知っている限りのことを俺に話してくれた。


 最初に父親が亡くなり、次いで母親が後を追うようにこの世を去り、財産の整理が済んだ後、陽子はそのまま町を去っていったという。


 その後の行方については何処に行ったのか分からないということだった。

 もうこれ以上調べようがないか

 俺の中で何だか細い糸が切れそうになっている、そんな心境だった。

 しかしそこで思わぬ情報が耳に入って来た。

”探偵の仕事は粘りと努力が大切だ”

 俺の先輩が教えてくれた言葉が耳をよぎる。

 陽子の通っていた高校の同級生で、親友だった女性が一人、まだ町に残っていて、こんな情報を教えてくれた。


『陽子さんは、家を畳んだ後、東京に出ると言ってました。お父さんの残してくれた財産が少しばかりあるから、それを使って学校に行き、出来れば画家になりたいという希望口にしてましたよ。ええ、その通り東京の美術系の短大に入学が叶いまして、私にも何度か向こうから手紙をくれたことがあります。』


 そう言って、彼女は数十通の封書を俺に見せてくれた。

 何回か移転を繰り返しているらしく、一番新しいものでも10年ほど前で、消印と住所は奥多摩市になっていた。


 それでも何もないよりはましだろう。


 切れかけた細い糸が、また何か繋がったような、そんな気持ちが俺の中でした。




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