第24話「歪な未来を切り裂いて」

 究極の回避率。

 極限の命中率。

 奇跡にさえ思える高度な機動を実現する力、それがDUSTERダスター能力だ。

 だが、スルギトウヤは知っていた。あらゆる世界の全てで、初めてDUSTER能力の有用性を見出したからこそ、理解していたのだ。

 DUSTER能力は、絶対ではない。

 死線を突破せし兵士の特殊超反応Dead UnderSide Trooper's Extra React……限界を超えた集中力が生み出す、あらゆる可能性を塗り潰してゆく力。

 そしてそれは、常に可能性へ作用するため……100%に限りなく近付いてゆくが、決して100%にはならないのだ。


『ハッハッハ! やった、やったぞぉ! そうだ、私はDUSTER能力者をべる者! その私が、何の対策もしてないと思ったか!』


 今、天城あまぎの甲板上は火の海と化していた。

 その中で、腕組み佇む機体が摺木統矢スルギトウヤを見下ろしてくる。

 トウヤの乗る【氷焔ひょうえん】……平行世界のもう一つの【氷蓮ひょうれん】は傷一つ付いていない。それに対して、すでに統矢の【氷蓮】は満身創痍まんしんそういだ。右腕と左脚をもがれ、炎の中にかろうじて立っている。手にした剣は今は、それを支えに立つだけのあるじを前に沈黙していた。

 だが、統矢の闘志はまだついえてはいなかった。

 そして、彼にはまだ……愛を注いでくれる少女がもう一人いたのだ。


『統矢さんっ、一度離脱して合体をっ! 援護しますっ』

「駄目だ、れんふぁっ! デカい【樹雷皇じゅらいおう】じゃ的になる!」


 頭上で【樹雷皇】からグラビティ・アンカーが発射された。有線制御された巨大な鉤爪カギヅメが、真っ逆さまに二つ落ちてくる。

 だが、トウヤの【氷焔】はマント状に戻していたゾディアック・レイザーを解き放つ。黄道十二星座のごとき刃のきらめきが乱舞した。

 あっという間に、無敵の誘導兵器はグラビティ・アンカーを切り刻む。

 それは鉄壁の防御にして最大の攻撃……不遜な王の如き【氷焔】の唯一の武器だ。


『きゃああああっ! と、統矢、さ、んんんっ!』

『れんふぁ! 我が一族にして、りんなの面影おもかげを色濃く受け継いだお前が! お前が、何故なぜ私に逆らう! 私の理想が、地球人の誇りがわからないのか!』

『わから、ないよ……しりたくもないよっ! ひいおじいちゃんは絶対、わたしが止めるっ!』

『小娘がでしゃばる幕じゃ、ないと言っている!』


 【樹雷皇】の巨体が、無数の光に包まれた。

 それは、高速で無軌道に飛び交うゾディアック・レイザーだ。

 数多あまたの爆発が宇宙の闇に咲く。

 れんふぁの悲鳴を飲み込み、無敵の巨大兵器が破壊されていった。それをただ、統矢は呆然ぼうぜんと見上げるしかできなかった。

 だが、声なき言葉を確かに受け取っていた。

 これは、この無謀に思える一瞬は、更紗サラサれんふぁが必死で生み出した時間だ。

 彼女が命をして、トウヤのわずかな隙を引きずり出しているのだ。


「……そうか、【樹雷皇】はデカいからな……倒すには、十二基全ての……ならっ!」


 今、トウヤの【氷焔】を守るものはなにもない。

 全てを受け止め防御することで、確率論を廃した絶対の守りが一時的に解除されている。十二基全てのゾディアック・レイザーが【樹雷皇】に向いていた。

 僅か数秒にも満たぬ、宝石のような時間だった。

 その一瞬に、統矢は全てを賭けた。

 永遠に思える刹那せつなの一秒を、フルブーストで駆け抜ける。


「スルギトウヤッ! もう一人の、全く別の俺! ――いまっ、ケリをつけてやるっ!」


 すでにもう、統矢の【氷蓮】は立っていることでさえやっとだ。だが、ここは虚空の満ちる宇宙空間……背のスラスターに最後の力を念じて、統矢は暴力的な加速を爆発させる。

 死力を振り絞るように、愛機が震えて光を背負った。

 そのまま片腕で【グラスヒール】を振り上げ、双眸ツインアイの光さえ置き去りに馳せる。

 だが、無情にも【氷焔】が片手を伸べてかざした。

 クルリとてのひらひるがえされるや、頭上から殺意が降ってくる。

 それでも統矢は、愛機に最後の一撃を引き絞らせるだけだった。

 そして……奇跡が運命を分かつ。


『なっ、馬鹿な! そんなことが……ありえんっ!』


 そう、ありえない状況が生み出されていた。

 統矢が決して強請ねだらなかった、求めず欲していなかった奇跡。

 だが、奇跡の女神は片翼を失って尚……愛する少年に全てを注ぐ。

 殺到してくるゾディアック・レイザーは、全てが突き刺さっていた。

 そして、そのどれもが統矢の【氷蓮】には届いていなかったのである。


『チユキイイイイイイイッ! 貴様、貴様はあ! どこまでこの私にっ!』

『グラビティ・ケイジ、出力全開っ! ――統矢さんっ!』


 大破した【樹雷皇】からまだ、小さな重力場が届けられていた。それは、【氷蓮】のグラビティ・エクステンダーにではなく……繊細なコントロールと驚異の演算によって、人をかたどり浮かべている。

 統矢の目の前で、全てのゾディアック・レイザーを受け止める姿があった。

 それは……五百雀千雪イオジャクチユキの【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうきがパージした、【ディープスノー】の残骸だ。ほぼ全ての外装が、集束するグラビティ・ケイジによって集められている。トウヤの殺意となった十二の凶刃は、


「今だ……今っ、この瞬間なんだよっ! そうだろ、千雪っ! れんふぁあ!」


 血を吐くような絶叫と共に、そのまま統矢は【氷蓮】を押し込んでゆく。

 目の前に立ちはだかる、弁慶べんけい大往生だいおうじょうにも似た【ディープスノー】の影に突っ込んだ。重力場が弱まり霧散すれば、全てが残骸となってバラバラに【氷蓮】の装甲を叩く。そのまま千雪の残した最後のきずなを突き抜けて……統矢は大上段から巨剣を振り下ろした。

 天城の甲板が真っ二つに割れ、その先で【氷焔】が跳躍する。


「外したっ! けど、天城から引き剥がせた……れんふぁ! グラビティ・バスター・カノン、射出!」

『は、はいっ!』

「それと、脱出を! もう【樹雷皇】は持たない!」

『でも、まだこの子』

「そいつがもういらない時代が、すぐそこに! 手の届くところに見えてるんだ! れんふぁ!」


 無敵を誇った【樹雷皇】が、ゆっくりと爆発の中に崩壊してゆく。

 だが、その中を二機のパンツァー・モータロイドがんでいた。

 最後に垂直発射型セルのウェポンハンガーから、一条の光が彗星となって飛び出す。そして、それを最後に【樹雷皇】は動力部を爆発させて白炎に消えた。

 れんふぁは脱出したと思うし、そう信じている。

 そして統矢は、必死で【氷焔】に食らいついて加速を続けた。

 振り向くトウヤの焦りが、全てのゾディアック・レイザーを集めてグラビティ・ケイジを展開させる。しかし、統矢は迷わず【グラスヒール】のさやを手に取った。


零距離ゼロきょりっ、アンシーコネクト! オーバーチャージッ!」


 目の前に今、無敵の障壁が広がっている。そこに鞘を叩きつけ、強引に密着させて弓へと変形させた。そのうえで光のつるを張り、【グラスヒール】の矢をつがえる。

 零分子結晶ゼロぶんしけっしょう翡翠ひすいにも似た光が、高圧縮された粒子を吐き出した。

 白く染まる世界の中で、そのまま統矢は流星となって翔ぶ。


『フ、フハ……フハハハハッ! 破れんよ! その程度の攻撃で!』

「まだだっ!」


 初撃、肉薄の距離からのビームも通らない。

 だが、二の矢が飛来する。

 先程射出されたグラビティ・バスター・カノンが、射撃形態へと変形しながら飛んできた。それはまさに矢のように、真っ直ぐ【氷焔】を包む重力場に突き刺さる。

 弓の形を維持できず、オーバーロードで鞘が砕ける。

 その時にはもう、統矢は一撃必殺の砲身に【グラスヒール】を装填していた。

 さらなる密着の距離、零距離を超えた先へと全てが解き放たれた。


『だっ、だだ、大丈夫だ! この鉄壁の守りが抜かれることは――』

「おおおっ、二度で駄目ならっ! 三度目の正直、穿つらぬけっ!」


 フルパワーで射撃を続け、重力線を放ちながら【氷蓮】がせる。その暗き波動で輝くビームすら、【氷焔】の本体に届いてはいない。

 ならば、届くまで次を放つ。

 いびつで邪悪な復讐心に固まった、トウヤの心の壁にも似たグラビティ・ケイジを穿うがち、つらぬく。突き抜ける!


『ふう、流石さすがに驚いたよ。しかし、それではもう砲身がもたん! その玩具おもちゃもこれまでだ!』

「……いや、見えた。見えて、来たっ! お前の負けだ、スルギトウヤ!」

『なにっ!?』

「避けようとせず、自分で動かず、逃げもしない。防御だけを選び続ける時点で、お前は可能性を捨ててるんだ。俺は、違う……駄目でも挑む、また戦う! その都度つど、よくなりたいと願うっ!」


 グラビティ・バスター・カノンが負荷に耐えきれず、爆発した。

 紅蓮ぐれんの炎に飲み込まれながらも、統矢は揺れるコクピットでモニターを睨んでいた。既に機体は限界だが、その先へと統矢は加速してゆく。自分に復讐の力をくれた、それを仲間のために使える姿になった【氷蓮】……その全身がきしんで絶叫を張り上げていた。

 迷わず統矢は、グラビティ・バスター・カノンの中で待つ【グラスヒール】を掴む。

 そのまま、必死で守りを固める【氷焔】へと刃を押し込んだ。

 二度の零距離射撃を重ねた上で、零分子結晶の一太刀を機体ごとぶつける。

 その時、発生する力場自体に耐えきれず、数基のゾディアック・レイザーが爆発した。


『なっ……貴様ああああああっ――!』

「もう終わりだ。終わらせるんだよ、ここで……そうだよな、千雪」


 【氷焔】の右胸に、深々と【グラスヒール】が突き刺さった。極限の戦闘がもたらす緊張感の中でも、統矢は冷静にコクピットを外していた。DUSTER能力がもたらす圧倒的な情報量を、意思と思考で読み切っていたのだ。

 だが、深々と貫かれながらも【氷焔】が手を伸ばす。

 同時に、統矢もまた愛機に最後の攻撃を命じてえた。


『貴様ぁ、私はりんなのかたきを! そして、地球を守るっ! そのためならぁ!』

「そういうのっ、聞き飽きてんだよっ! お前はここで終わるんだ!」


 【氷蓮】と【氷焔】、二機が同時に手を伸ばした。その先に、【グラスヒール】の光がある。両機は同時に、巨剣の鍔元つばもとに装着されているビームガンを引き抜いた。それを相手へ向けて、一瞬の静寂。

 真空の宇宙が、一つに重なる二つの銃声で震えて、そして沈黙で全てを包み込むのだった。

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