第23話「確率と、確実と」
真空の宇宙は、音も声も伝えては来ない。
コクピット内に響く銃声や爆発音は、敵との距離感や緊張感を演出するためにAIが生み出したものだ。
だから、
空色のパンツァー・モータロイドが、ビームの光に溶けて消えたのだ。
まるで花が咲くように爆発して、そのまま消滅してしまったのである。
そして、現実を認識できぬ中に絶叫が響き渡る。
『あっ、あ、ああ……
後輩の声が震えて
獣の
そのまま、
そして、再度の爆発。
その衝撃波が、統矢の愛機をビリビリと震わせた。
『レイル・スルール……所詮はそこまでの
スルギトウヤの
彼の乗る【
また一つ、命が消えた。
いとも簡単に、
そして、ようやく統矢は理解した。
「沙菊、それに……千雪? 嘘だ、そんな」
溢れ出す感情の全てが、必死で現実を否定しようとしていた。
だが、統矢は懸命に事実を受け止めようと
そう、二人の仲間が死んだのだ。
愛する
『クソッ、各機! 撃ちまくれっ! 統矢に誰か……あの馬鹿野郎に誰か! 時間をくれよ! なあ!』
兄である
だが、援護射撃は全てトウヤの【氷焔】に弾かれる。ゾディアック・レイザーと呼ばれる12基の遠隔誘導兵装は、最強の矛であると同時に無敵の盾だ。その中心に守られた【氷焔】は、武器すら持っていない。
燃え盛る天城の上で、統矢は視界がぼやけて
泣いては駄目だと涙を堪えても、永遠に思える程に一瞬が苦しい。
自分を愛してくれた少女だった。
自分と一緒に、
それが今はもう、この宇宙のどこにもいない。
『摺木統矢、しっかりしたまえよ! くっ、ボク程度じゃもう、周りのみんなについていけないかな?』
『フン、次はお前だ……裏切り者、
『トウヤ、二度もチユキを殺したね。君、本当に……そこまでやってしまったんだ!』
『チユキは私を否定した! 私とりんなの愛さえも!』
『愛という感情はね、トウヤ……寄り添い支えてぬくもりを分かち合うだけじゃないんだ。時にはこうして、
『知ったふうな口をっ!』
トウヤの次のターゲットは、霧華だった。
銀色の94式【
恋を振り切った霧華の想いもまた、
そして、統矢はそれを
それは恐らく、探しているのだ。
求めて欲して、望む
五百雀千雪を感じたくて、統矢のDUSTER能力が再び暴走を始めていた。
しかし、悲痛な泣き声が統矢の自我を繋ぎ止める。
『統矢さんっ、戦って! また死んじゃう! お願いっ、統矢さん!』
れんふぁの泣きじゃくる声が、統矢の意識を肉体へと引き戻した。究極の集中力をもたらすDUSTER能力は、無限の可能性を全て知覚させる力だ。だが、そのためにあらゆる情報が流れ込み、どこまでも自分が広がるような感覚が未来さえ見せてくる。
統矢はもしかして、自分が薄く引き伸ばされて消える所だったのかもしれない。
「りんな……いや、れんふぁ」
『統矢さん! 千雪さんの死を無駄にしないで……これ以上は、駄目だよぉ……千雪さんの死まで殺させないで! 統矢さんっ!』
れんふぁの言葉が胸に刺さった。
深く突き刺さって、えぐるように刺し貫いた。
その痛みが、失ったものの大きさを教えてくれる。
だから統矢は、パイロットスーツの
そのまま統矢は、震える手で
「……れんふぁ、やるぞ。ここで負けたら、俺は千雪に二度と会えない」
『統矢さん、【
「ここでケリをつける! もう、誰一人殺させない!」
統矢は悲しみと怒りを、燃える闘志で捻じ伏せた。
その気迫に応えるように、【氷蓮】が微動に震え出す。ラストサバイヴの名の如く、蘇った
その手に握った巨剣【グラスヒール】を手に、ゆらりと甲板上を歩き出す。
【樹雷皇】の重力場が【氷蓮】の背に集束して、眩い翼を
「トウヤ、俺はお前を許さないっ! 俺自身さえ、許せない!」
『ならばどうする、来るか! お前の弱さはそういうところだ! この私が捨てた、弱さそのものがお前なのだよ!』
「それがどうしたっ! 俺は弱くていい……弱さを知ることで、強くなれるんだ!」
無音の咆哮と共に、【氷蓮】が【氷焔】へと斬りかかる。
たちまち、周囲から敵意が殺到した。
ゾディアック・レイザーが乱舞する空間は、無限にも等しい距離を両者の間に漂わせている。12基の刃が、繰り返し何度も統矢の【氷蓮】を襲った。
【グラスヒール】からビームガンを外すや、片手で見もせずに統矢は光を放つ。その軌跡が敵を捕らえても、ゾディアック・レイザーはそれ自体が飛び交う重力場……グラビティ・ケイジが厚過ぎて攻撃が通らない。
一方で統矢も、持てる力の全てで攻撃を回避してゆく。
『そらそら、踊れ踊れ! 私がDUSTER能力者を欲した時、既に敵に回ることも想定済みだ! お前たちは極限状態の中であらゆる感覚が拡張され、知覚する情報量が膨れ上がる!』
「べらべらとよく喋る! 黙れよ! いいやっ、黙らせるっ!」
『超人的な反応速度を得て、時には機体が追いつかない程に全てが見えるんだよなあ? だが、どうだ……お前のその動きは、完璧に100%を確定させるものではない』
「なにが言いたいっ!」
トウヤの声には余裕が満ちている。
一方で、統矢は機体性能が飛躍的に上がった【氷蓮】でさえ手一杯だった。
そして、
トウヤの【氷焔】は、あらゆる攻撃を防御するのだ。決して避けず、受け止め、無力化する。だが、統矢はDUSTER能力を総動員して、一撃必殺の連続を回避し続けなければいけない。
どこまでも鋭く冴え渡るコンセントレーションは、統矢に可能性を突きつけてくる。
それを取捨選択して機体を駆る限り、統矢は無敵だ。
だが、永遠に彼の回避運動が続けば……その全てが、コンマ0の彼方に1を浮かべるだろう。防御することは100%の確定された結果だが、回避を選び続ける限り、99%の先に小数点以下が並ぶだけなのだ。
これが、トウヤのDUSTER能力対策。
それを体現するマシーンは、皮肉にもあちらの世界の【氷蓮】なのだ。
『ハハッ、あと何秒だ? 時間切れが来るぞ、摺木統矢! グラビティ・エクステンダーの力を使い果たせば、性能のダウンは
グラビティ・エクステンダーによるパワーアップは、極めて限定的なものだ。飛躍的な性能向上も、タイムリミットを過ぎれば失われてしまう。
そのカウンターが、サブモニターの端で回り続けている。
周囲で仲間たちも援護してくれるが、その全てが統矢に焦りを刻みつけた。どこまでも澄んでゆく意識が、狭まる可能性の先に答えを浮かび上がらせる。
必死で統矢は、死という未来に
だが、無情にも時間は過ぎ去ってゆく。
「くっ、パワーが……ここまでなのかっ!? 俺はっ!」
【氷蓮】の背に燃える翼が、小さくなって消えた。
同時に、極限の運動性が失われてゆく。【氷蓮】は今、限界まで酷使したラジカルシリンダーの排熱によって、あらゆる機能が低下した状態に陥ったのだ。
そして、貴重な180秒の間に統矢は、トウヤに触れることすら叶わなかった。
絶対の防御は、確定された無敵の未来。
統矢の力では、それを破ることができなかったのだ。
『では、さよならだなあ! もうすぐ私の本隊が到着する……全軍をこの世界線に集結させ、私はようやく私の戦いを始められるのだ!』
「そういうのは、宇宙人とまだやろうってんならさ……
『それが戦略というものだ! ただの一戦術単位でしかないパイロットには、それがわからんのだ!』
激しい衝撃が襲った。
スピードの落ちた【氷蓮】を、容赦なく十二の刃が襲う。
あっという間に爆発が連鎖し、右腕と左脚が削ぎ落とされた。
それでも統矢は、天城の上で【グラスヒール】を杖に愛機を支える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます