第17話「惜別なき出撃」
肌と肌とで体温を分かち合う、そういうこともできたが、誰も求めなかったのだ。ただ、一緒に過ごして、話して、三人で身を寄せ合って眠っただけだ。
そして、
「おはようございます、
「おう、統矢! なんや自分、めっちゃサッパリした顔してるやないの」
愛機である97式【
彼女が這い出てきたコクピットへと、入れ替わるようにして統矢は収まる。
すぐに瑠璃が覗き込んできて、コンソールのタッチパネルに指を滑らせた。
「完調状態、ベストのセッティングや。なにせ、今ある資材は全部使い切ったさかいな」
「助かります。……これで最後、ですね」
「せやな。終わりにするんやろ?」
「はい」
統矢は、狭いシートに自分を沈めただけで悟った。
今まで以上に、かつて無いほど機体の調子が良さそうだ。それは、微動で震える愛機の振動を感じるだけでわかる。狭いコクピットの中で、パイロットという名の部品になれば自然と知れることだ。
今まで、反乱軍は物資も人手も不足していたし、補給は満足に受けられなかった。
だが、この戦いには次はない。
次のいらない戦いを、終わらせるために始めたのだ。
「千雪やれんふぁちゃんとは、もうええのん?」
「ええ。終わったらまた、会えますから」
「せやなあ……ちゃんと抱いたかぁ?」
「いえ、そういうのは」
統矢の言葉に瑠璃は、
そう、抱き締めたけど、抱かなかった。
裸じゃなくても、男と女じゃなくてもよかったのだ。
それを口にする必要さえ、今の統矢には
それがどうやら、瑠璃には不満らしい。
「統矢、そういうとこやで? 自分なあ、ほんまに……ふふ」
「そういう瑠璃先輩はどうなんです?」
「それを聞くかあ? ……ろくに寝てへん。これから打ち上げる、でっかい花火の調整にてんてこまいやってん」
「核、本当に使うんですね」
「せやで、地球を何十個も粉々にできる量やけど……大昔の
「大丈夫ですよ、瑠璃先輩と整備班のみんななら」
人類はかつて、大量の核兵器を互いに突きつけあっていた。それをどうにか、北の海に集めて封じるところまで持ち込めたのである。人類同盟の発足と
同時に、もう一つの世界線では人類は滅びかけていた。
異星人との宇宙戦争の挙げ句、ようやく訪れた和平すら飲み込めない人間がいたのである。その男が今、統矢たちの地球を
だから、その男と同一人物である統矢自身が、決着をつけねばならないのだ。
「よし、チェック完了。出ますよ、下がってください」
「ちょい待ち、統矢っ!」
「ん? なんです、瑠璃先輩」
「……手ぇ、出し? ほら、はよう!」
一度背後を振り返り、左右を見渡してから瑠璃が顔を近付けてくる。
なんのことかと思ったが、統矢は言われるままに右手を差し出した。その手を瑠璃はひっつかむと……驚きの行動に出る。
「ちょっ、瑠璃先輩!」
「どや、統矢」
「……やわらかい、です」
「せやろ」
あろうことか、瑠璃は統矢に自分の胸を触らせた。
握らせたのだ。
くたくたの作業服の上からでも、確かなぬくもりが感じられた。その奥の鼓動さえ、手の中に浸透してくるようだ。パイロットスーツ越しにも、はっきりとわかる。
瑠璃は自分の胸に統矢の手を当て、
「この手で、
「は、はい」
「この手の感触、覚えとき。忘れたらあかんよ……それに、ホントはあの
「……はい」
「よしっ、行ってきい! ぜーんぶっ、やっつけたれや!」
「はいっ!」
瑠璃は手を引っ込めると、統矢のヘルメットをポンと叩いて下がった。
そして、ハッチが閉じる。
周囲に光が満ちて、狭いコクピット内に数字が無数に浮かぶ。
統矢は、触れたものを
鋼鉄の相棒は今、最後の戦いへと統矢を誘おうとしていた。
そんな時、完全に密封される瞬間のコクピットに声が刺さった。
「ん? な、なんだ? この
統矢は、カタパルトへの誘導を待ちつつ愛機の首を巡らせる。
カメラをズームして格納庫内を見渡せば、隅の方で声を拾えた。若い少年たちに詰め寄られているのは、ティアマット聯隊の隊長代理である
センサーを操作して、ついつい音を言葉へ変える。
そこには、血気に逸る若い
それは統矢には、もうずっと前の自分を見るかのよう。
『隊長っ、
『
『最後まで御一緒させてください! 決して足は引っ張りません!』
中等部くらいの子供だ。
見た目はラスカ・ランシングの方が小さく幼いが、それでも少年たちは必死に食い下がっていた。そして、それを冷ややかに雅姫は
どうやら、ティアマット
そして、よく通る雅姫の声が冷ややかに響く。
『ティアマット聯隊は、決して
『しかし!』
『いらないとは言ってないわ。出撃後、
今、最後の場所へと翔ぶ
その足止めのために、ティアマット聯隊は出撃するのだ。
それも、母艦へは戻らぬ片道切符の最後の出撃である。
「あの装備、防御重視のファランクス・プリセット……それと、背中のは」
統矢は思わず、メインカメラの映像に向かって身を乗り出してしまう。
ティアマット聯隊が使用する97式【
敵の足止めに徹するためのセッティングで、火器も積載限界ギリギリまで盛っているようだ。
そして背には、増設したプロペラントタンクとブースター、そして大気圏突入パックを背負っていた。
『もう一度言うわ。ティアマット聯隊はこれより出撃、敵の追撃艦隊に対し遅滞戦闘を敢行します。作戦完了と同時に各自、大気圏に突入……以後は機体を捨て、支援組織の救助を待つこと。以上』
『隊長っ!』
『悪いわね……ルーキーを連れ回すほど、私たちには余裕はないの』
『隊長だって、そう歳も変わらない女の子じゃないですか!』
『戦士に歳や性別は関係ない、そういうものよ。さ、いい子だから機体へ戻って頂戴』
納得した様子を見せぬまま、少年たちは各々自分の機体へ戻ってゆく。
雅姫を少し心配したが、そんな統矢の視線に気付いたのか彼女はこちらへ向き直った。【氷蓮】のカメラを通して見られているのを知ってか、敬礼して小さく笑う。そんな彼女もまた、コクピットの奥へと消えていった。
今、反乱軍の最後にして最大の作戦が始まる。
「……よし、行こう。行って……
ようやく誘導員が、両手に光をともして振りかざした。
ゆっくりと【氷蓮】は、カタパルトへ向かってオートで歩き出す。統矢は自分へと気合を入れ直し、最後にもう一度だけ格納庫を見渡す。
疲れ果てた整備班の面々が、そこかしこに浮かんでいた。
皆、敬礼で見送ってくれる。
統矢も自然と、愛機に敬礼を命じて答礼とした。
耳元では、ブリッジからの管制員の声が響く。
『フェンリル小隊、摺木統矢三尉。カタパルト接続を確認、ユー・ハブ!』
「アイ・ハブ。……千雪は?」
『もう出ました。【
「あ、ああ、ごめん」
『ふふ、なんで謝るんです? さ、いい子だから行ってください。……グッドラック!』
「ありがとう」
不思議と緊張は感じない。
オペレーターの少女もそうらしく、その背後には忙しく声が行き交っていた。だが、そこに悲壮感や絶望は感じられない。
今日で終わらせ、再び始める。
次は、地球の復興という大きな仕事が待っているのだ。
そのためにも、くだらない戦争は終わらせなければいけない。
「……よしっ! 摺木統矢、【氷蓮】ッ! あれこれ全部っ、終わらせてくるっ!」
こうして、統矢は暗い宇宙へと射出された。
これが彼の、正真正銘の最後の出撃となるのであった。
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