第18話「FINAL MISSION!」

 摺木統矢スルギトウヤを包む漆黒の宇宙に今、巨艦が騒がしく震えている。

 航宙戦艦天城こうちゅうせんかんあまぎは目標ポイントへ特攻するため、全搭乗員の退艦が始まっていた。救命ポッドに向かう反乱軍のメンバーたちで、今頃艦内はごった返している筈である。

 救命ポッドは、自力での航行と大気圏突入が可能だ。

 そして、短い間の我が家だったが……天城は今、最後の航海へとかじを切る。

 それを感慨深くモニターの向こうに見ていると、頭上を巨大な影が覆った。

 更紗サラサれんふぁの乗る【樹雷皇じゅらいおう】だ。


『統矢さん、ドッキングをっ』

「れんふぁか、頼む!」

『レーザー同調、誘導します……アイハブ』

「ユーハブ」


 【樹雷皇】から光が伸びて、統矢の97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴが吸い込まれる。それ自体が巨大な砲身にして武器庫という、強力な兵装へと合体した。

 こちら側の人類が運用する、最強にして最大の兵器である。

 その役割も今、最後の戦いを迎えようとしていた。

 周囲をよく見れば、【樹雷皇】もあちこち無数の傷でボロボロである。

 それでも、【氷蓮】がまたがるコントロールユニットが沈んで、周囲が装甲でロックされた。同時に、統矢側にメインコントロール系のナーヴが回ってくる。

 軽く感触を確かめ、チェックして異常ナシを確認した。


「れんふぁ、他のみんなは?」

『もう発艦してるみたい。それと、後ろでティアマト聯隊れんたいの戦闘、始まったよ?』

「……足止めしてくれてるか。誰も死んでくれるなよ」

『うんっ。もう、これで最後にするから……その先に、未来にみんなで辿り着くんだ』


 れんさの声は、珍しく強い意思が感じられた。

 そして、周囲の宙域に広域公共周波数オープンチャンネルで声が走る。

 少女の声は鋭く尖って硬かったが、いつもの厳しい口調に小さな哀愁が感じられた。


『総員、傾注! 艦長代理の御堂刹那ミドウセツナだ。これより本作戦は最終シークエンスに突入する。よって、最後の命令を改めて伝える』


 静寂は、一瞬。

 それが統矢には、酷く長く感じた。

 今まで、刹那の命令のもとに何度出撃してきただろう?

 最初は復讐、私怨だった。

 だが、今は戦う理由と意味を知っている。守るべきものが見えて、守りたい未来があった。そのために、断ち切らねばならぬ因果も自覚している。

 刹那は小さく息を吸って、吐いて、そして次の呼吸に言の葉を乗せた。


! ――以上だ』


 酷く簡潔で、誰にも等しく伝わる内容だった。

 非情にして冷徹、パラレイドを狩る復讐の女神ネメシス……そんな少女からは信じられない言葉だ。

 だが、酷く実感があって、統矢と同じ気持ちが誰の胸にも広がるのを感じる。


「死ぬな、か……こりゃ、難しい命令だな」

『でも、無理じゃないですよねっ? 統矢さんとわたしと、千雪チユキさんとみんなとなら』

「ああ。言われるまでもなく生きてやるさ。死なないだけじゃもう、俺たちの明日には少し足りない。生き残って、生き抜くために……やるぞ、れんふぁ!」

『はいっ! ……わたしからも、お願いです。一緒に生き残ってくださいっ』


 その頃にはもう、周囲に僚機が浮かび上がっている。

 どの機体も皆、改造と応急処置の連続でボロボロだ。整備に奔走してくれた人たちの、魂の結晶とも言える。

 今、【樹雷皇】を囲む数機のパンツァー・モータロイド……これが、反乱軍の最後の戦力。そして最強の戦力でもある。その自負があるからか、隊長である五百雀辰馬イオジャクタツマの声は軽妙だった。


『よぉ、揃ってるな? 野郎共、これで勝って終わりにするぜ? 覚悟はいいよな?』


 いつもと変わらぬ、チャラついた緊張感のない声だった。

 笑っていた。

 この状況下で笑えるものかと、統矢も口元に笑みが浮かぶ。

 辰馬の声色はあまりに自然で、なんの気負いも気概も感じられない。まるで、いつもの青森校区でパンツァー・ゲイムに興じるかのような気楽さが感じられた。


『背後の追跡艦隊と同時に、小規模な部隊が連続して前方に次元転移ディストーション・リープしてくるぜ……俺が敵の指揮官なら、そっちが本命だ。それを俺たちで叩く』


 皆が無言で頷く気配があった。

 その中に、兄を見詰める千雪の呼吸も確かに感じられる。

 ことここに至っては、特別な言葉を交わす必要はなかった。

 覚悟は今、とっくにだ。

 決意と共に、常に胸の中に燃えているのだ。


『俺たちで天城をエスコートする。出てくる敵は全て、これを駆逐、殲滅する。いじょ! ……ま、あとは軽くいつもの流れでやってくれ。多くは言わんが――』


 統矢も改めて、自分の役割を振り返る。

 自分たちは、皇国海軍PMR戦術実験小隊こうこくかいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい……誰が呼んだか、またの名はだ。幼年兵ようねんへいながらも、使い捨てられることを拒絶する一騎当千のパイロットたちである。


沙菊サギク改型伍号機かいがたごごうき。援護射撃、なるべく派手にやってくれよな?』

『了解であります』

『ラスカ、改型四号機かいがたよんごうき遊撃戦力スィーパーだ。引っ掻き回して沙菊の射線に連中を踊らせな』

『言われなくてもっ!』


 渡良瀬沙菊ワタラセサギクの声は、少しだけ柔らかい。以前の溌剌はつらつとした明るさはないが、不思議とマシーンのような無感情の奥に気持ちが感じられた。

 彼女もまた、静かに猛り昂ぶっているのだ。

 ラスカにいたっては、言わずもがな。

 砲戦仕様の89式【幻雷げんらい】改型伍号機は、脚部を大型ブースターに交換して既に人の姿を失っている。ラスカの改型四号機も、今日は対ビーム用クロークを重ね着してその奥に無数の火器を満載していた。

 ありったけの装備を持ち出して、勝っても負けても次はない。

 次の戦争を勝ってなくすのが統矢たちの戦いなのだ。


『うーし、あとは統矢! れんふぁちゃん! 最大戦速で突っ込め。千雪、お前は【樹雷皇】のデカいケツを守ってやれ。俺は天城の直掩に入る……後ろは見なくていいぜ?』


 統矢も頷き、コンソールのパネルをタッチする。

 側面の補助モニターに、ひときわ厳ついPMRが浮いていた。星の海に浮かぶ深い青は、五百雀千雪イオジャクチユキの【ディープスノー】だ。その頭部で六つのアイセンサーが光っている。

 声をかけようかとも思ったが、今は兄と妹の時間をそっと見守った。


『当然です。兄様は小隊長なんですから……周りにいられても邪魔です』

『かーわいーくねぇぇぇぇ! だーっ、ヤなだな、お前!』

『……改型零号機かいがたぜろごうき、大丈夫でしょうか。その子、不安定でいつも……なんだか怯えてるみたいで』

『ま、乗り手がいいから最後まで持つだろ。じゃじゃ馬でも完全に乗りこなしてっからな』

『自分で言いますか……ま、そうですね』

『ああ、そゆこった』


 いよいよ、最後の戦いが始まる。

 不思議な程に気持ちが済んで、とても落ち着く。

 統矢は静かに操縦桿を握り直し、内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションを通じて機体へ意思を注いだ。

 そんな時、不意にイレギュラーな声が走る。


『辰馬さん、皆さんも……お待たせしました』


 不意に、緑色に塗られたPMRが戦列に加わった。

 天城の主砲ユニット、その二番砲塔の一部を携えた改型弐号機かいがたにごうきだ。狙撃戦用の頭部ユニットが特徴的で、扱える人間は一人しかいない。

 かつて【吸血姫カーミラ】の異名を誇った少女もまた、静かに心をそよがせているようだった。


『なっ……おいおいっ、桔梗キキョウ!』

『後ろで銃爪トリガーを引くぐらいはできます。それに……もう、一人は嫌ですから』

『危険だろ! それにお前っ、病気は』

『薬もありますが、今のわたくしには……辰馬さん、貴方あなたが一番の薬です。もう、側を離れませんから』

『ったく、うちの女連中はこええなあ! な、統矢!』


 御巫桔梗ミカナギキキョウの声に、意外な言葉が続いた。


『辰馬殿。桔梗殿は自分が必ず守るであります。この人は母親になる身でありますからして……

『ふふ、そういうことだから、辰馬さん。最後まで私、御一緒します。最後だからこそ』


 もはや、辰馬に言葉を挟む余地はなさそうだった。

 これがフェンリル小隊のフルメンバー、誰が欠けてもいけないし、もう他に誰もいらない。この七人で、一つのチームなのだ。

 これから桔梗は、辰馬と一緒に人の親になる。

 そしてもう、沙菊に昔の笑顔は戻らないかもしれない。

 普段と同じラスカだって、これからどんどん変わっていくだろう。

 もう何年も一緒のようで、一つの過去から今まで、そして未来へと繋がっていた。


『うーし、それじゃあ行くかよ……気合を入れろよ! 死んだらブッ殺すからな、お前らぁ! ――SALLYサリー FORTHフォース FENRIRフェンリル!!』


 今、狂った世界の終焉しゅうえんを告げる神狼フェンリルが走り出す。

 その胸に闘志を燃やし、眩しい未来へ向かって馳せる。

 そして、統矢たちを闇の深淵で不気味な光が待ち受けていた。

 無数の次元転移反応が、虚空の宇宙そらに虹を広げる。

 だが、誰もがフル加速でその中へと飛び込んでゆくのだった。

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