第15話「終焉への秒読み」

 摺木統矢スルギトウヤたち反乱軍に、残された猶予ゆうよはない。

 そして、二の矢をつがえる余力さえも存在しない。

 乾坤一擲けんこんいってき、この作戦が最後にして最大の反攻だ。失敗すれば、新地球帝國しんちきゅうていこくによってこの世界線は地獄へと変わる。平行世界の地球のために、ひたすらにDUSTERダスター能力者を生み出す実験場と化すのだ。

 今、航宙戦艦天城こうちゅうせんかんあまぎの中に満ちる戦意は高い。

 統矢自身も、身を引き締めて作戦室へと出向いていた。

 そこでは、佐官クラスのメンバーたちが忙しく働いていた。


「おい、各部の気密チェック、どうか?」

「はい、チェック作業を全て終えてます! 僅かにダメージの残る区画があったため、閉鎖しました」

「航路索敵結果、回せ! 最短ルートでいいんだ!」

厨房ちゅうぼうからは生鮮食料品の使用許可を求められてますが、いいですよね!?」

「違う、それじゃない! こっちの報告書が先だ! ハンコ? いらん、こんな時に!」


 ここもまた、一種の鉄火場だ。

 パンツァー・モータロイドで戦うパイロットだけが、戦場に出ている訳ではない。この天城の乗組員全てが、今回の作戦のために全力疾走で働いている。

 熱気に満ちた室内では、中央の机に書類が山と積まれている。

 一番奥の上座では、御堂刹那ミドウセツナが決済や承認の作業に忙殺されていた。

 あまりの目まぐるしさに、統矢が唖然あぜんとしていると、


「やあ、統矢。こっちだ、ボクの隣に座りたまえよ。お茶くらいは出そう」


 そこには、机の端っこに暇そうにしている御統霧華ミスマルキリカがいた。呑気のんきなもので、そこだけ妙に浮いている。おずおずと統矢が近付けば、彼女は隣の椅子を勧めてくれた。


「ボクは会議の記録係を頼まれててね。けど、この乱痴気騒らんちきさわぎだ。あと半日と待たずに、こちらの地球の命運が決まる。それなのに、官僚的な手続きだけは逃してはくれない」

「た、大変ですね……霧華は暇そうですけど」

「失敬な、こう見えても仕事はこなしてる。ボクじゃなくてこいつがね」


 トントンと霧華は、目の前に置いたタブレットを指差す。

 以前統矢が持っていた、更紗サラサりんなの形見のものと同じタイプだ。あれは今は、れんふぁが預かってくれている。五百雀千雪イオジャクチユキの命を救ったものでもあり、彼女も大事にしていてくれた。

 ただ、二人の恋人に管理されているので、統矢の多感な思春期が集めさせた動画や画像は、軒並み削除されてしまったが。


「録音してあるから、あとで文章に起こせばいいさ。統矢、なにを飲む? コーヒーに紅茶、緑茶、ミルクセーキに青汁、栄養ドリンク系も一通りあるぞ?」

「全部チューブじゃないですか……まあ、じゃあ、無難にコーヒーを」

「こっちの地球の方が、軍用のレーション関連は美味うまいな。あっちの地球じゃ、巡察軍との戦争が長引き過ぎてて、あらゆる物資の質が低下していたからな」

「こっちも同じようなもんですよ。パラレイドに沢山、やられ過ぎた……」

「耳が痛いね。ボクはそれに加担していたんだけど、ふふ」


 霧華は寝返ってこちらについたが、悪びれた様子もない。

 統矢は黙って、受け取ったチューブのキャップを取り外した。そのまま口の中に流し込んで、一息つく。ここは人工重力のあるブロックだからいいが、艦内のほぼ八割は無重力状態だ。格納庫ハンガーなんかはかえって使えるスペースが広くなったと喜んでるが、基本的に水上艦の天城をそのまま宇宙船にした構造である。

 場所によっては、大変なことになっている。

 上下のない宇宙では、女性兵のスカートも大いに問題になっていた。


「ま、泣いても笑ってもあと少し、か」

「そういうことだ、統矢。どうだい? 勝算はありそうかい?」

「ここまで来たんだ、ないなんて言えない。それに、勝算がなくても俺は戦う」

「それはまた……勇ましいことで」

「勝つにはまず、戦わなきゃな。黙ってたら勝ちも負けもしないけど、なにも解決しない。それに……俺は絶対に、あの男を止めなきゃいけない。それは、俺がやらなきゃいけない」


 スルギトウヤ大佐は、平行世界のもう一人の自分だ。

 そして、まかり間違えば統矢もトウヤのようになっていただろう。

 幼馴染おさななじみのりんなを、パラレイドに殺された。初恋は、それが実ることも破れることもないまま奪われたのだ。行き場のない感情は怒りと憎しみに支配され、統矢は凍れる復讐鬼アヴェンジャーとなっていたのだ。

 そんな彼を救ってくれた少女たちを、今度は自分が守りたい。

 ついでだから、地球だって救うし、トウヤだけは絶対に野放しにはしておけないのだ。


「そう、か……ふふ、統矢。君はやはり似ているねえ」

「そうか? そういうこと言われると、結構ヤなもんだよ」

「そういうところも似てる。まあ、平行世界の同一人物だからしょうがない」


 チューブで飲み物を吸いつつ、ニマニマと霧華が笑った。

 彼女は幼い少女、ともすれば幼女に見える容姿だが、実際年齢はわかったもんじゃない。リレイド・リレイズ・システムに自らを登録して、因果いんが彼方かなたまで輪廻りんねとらわれ続ける存在……リレイヤーズとして生きることを選択したからだ。

 八十島彌助ヤソジマヤスケもそうだが、何万、何億という人生を経験してきたはずだ。


「なあ、霧華。霧華は……なんで反乱軍側についたんだ? 命が惜しいってタイプには見えないし」

「そりゃね。死ねばまた、どこかの世界線に生まれ落ちる。一度行った世界線なら選べるし、そうでないなら完全なランダム、あれはそういうシステムだよ」

「開発系の仕事してて、チーフだって。例のグラビティ・イーターだって霧華が開発したんじゃないか。……あの男は、トウヤは」


 一瞬考え込む仕草を見せてから、霧華はニヤリと笑った。

 それは、子供が見せる笑顔とは別種のもので、酷く老成して見えた。


「ボクはね、統矢……

「えっ!? い、いや、待ってくれ、そんな、その」

「バカ。君じゃない、スルギトウヤ大佐のことだ。そうだね、好きだった……恋していたし、愛してもいいと思っていた。けど、それは無理だろう?」


 トウヤにはもう、人の心など残っていないかも知れない。

 否、心の全てを復讐に染め過ぎてしまったのだ。彼の中ではまだ、愛する妻りんなの死だけが生きているのだ。それはいまだに出血する生傷で、腐ってんだまま全てを血で汚している。

 溢れ出る痛みに溺れながら、あの男は全てを破滅させるまで戦うつもりなのだ。


「死んだ人間には勝てないよ、統矢。ボクはリレイヤーズになる前、まだトウヤが真っ直ぐ前を向いていた時代を覚えている。彼は確かに、立派な軍人で、エースだった」

「でも、奴は……」

「そう。戦い負け続ける中で、彼の憎悪は膨らんでいった。どうしても妻の死、その因果に応報せねば彼に未来はない。でも、そのために別の未来を踏みにじっていいはずないだろう?」


 統矢は驚いた。

 霧華は、惚れた男に思いも告げぬまま、最初から恋に敗北宣言してこちら側についたのだ。そういうところも妙に大人で、ともすれば諦観ていかんの念は老いを感じる。

 だが、彼女はいつもの掴み所がない笑みで肩をすくめてみせた。


「ま、ボク個人のことはどうでもいいんだ。今やトウヤは、自分の元へ参集した全将兵にとっての希望だ。誰もが巡察軍じゅんさつぐんに一矢むくいたいと思っているし、それだけの理由を抱え込んでいる」

「……今更いまさらだけど、この戦いを回避する道はなかったのか?」

「ボクたちの世界ではね、巡察軍との和平は目前だった。無条件降伏に近い状態だけど、それでも戦争は終わる……そう思っていた。けど、それで納得できるトウヤじゃない」

「だからって、人んちの地球に戦争を持ち込んでいい筈がない」

「理屈じゃないのさ、はなはだ迷惑な話ではあるがね」


 その時、作戦室のドアが勢いよく開かれる。

 そこには、通信電文の長い紙を棚引たなびかせた、通信士官が立っていた。

 待っていたとばかりに、バン! と机を叩いて刹那が立ち上がる。


「御堂刹那艦長! 地球に残っている同志から、定時連絡!」

「私は艦長代理だ、馬鹿者。よし、読めっ!」

「ハッ! 敵、追撃艦隊ノ大気圏離脱ヲ認ム。数、超弩級セラフ級サハクィエル型ヲ旗艦トスル大型艦艇、八十隻!」

「ほう? 大艦隊だな。会敵予想時刻は?」

「約六時間後です!」


 地上に残された新地球帝國軍も、すかさず追撃の部隊を送り出してきた。サハクィエル型は、全長1,200mを超える超大型のパラレイドだ。人型の強攻型きょうこうがたに変形する移動要塞で、それ自体が無数の無人機やエンジェル級を搭載している。

 恐らく、向こうも動かせる全ての艦を投入してきた。

 だが、それを知って尚も刹那は落ち着いていた。


「まだ距離がある。地球の丸みに沿って飛んでる以上、向こうからのビームも届かん。が、追いつかれるのは確実だな。航海長! 推進剤の残りを再計算しろ! それと」


 刹那の声に、誰もが身を正した。

 だが、意外な言葉に誰もが驚く。


「六時間後に機関始動、最大戦速で目標宙域へと突っ込む。なお、追撃部隊の迎撃にはティアマト聯隊れんたいを当てる。それと、! 軍規の乱れにも多少は目をつぶる」

「かっ、艦長!?」

「艦長代理だ。それと、厨房に全ての食材を出し切れと伝えろ。勝利の前祝いとはいかんが、最後の晩餐ばんさんでもいいようにな」


 今、天城は推進力をカットして惰性で衛星軌道を進んでいる。

 全速力で上がってくる敵の艦隊には、六時間後に追いつかれるのだ。

 だが、突然言い渡された休暇に誰もが驚きを隠せない。

 統矢も驚いていると、隣の霧華が立ち上がる。


「さて、休暇ときたか。統矢、せいぜい心身を休めるといいよ。じゃ、ボクはこれで」

「あ、ああ……いきなり休暇って言われても。あ! ……別れを済ませろって話か?」

「そうでもあるしね。実際、此方側こちらがわから反転して追撃艦隊と戦う余力はない。だから、ティアマト聯隊が足止めをして、その隙に核を予定宙域で爆発させる」

「……それで、終わるんだよな」

「そうだね。ん、んーっ! さて!」


 大きく伸びをすると、くたびれた白衣姿で霧華は出ていった。

 恐らく、自由な時間を過ごせるのはこれが最後だ。死んだ仲間をとむらうのも、大切な人と生き残ることを誓い合うのも、最後。

 ちらりと見れば、目が合った刹那がシッシッと手を振ってくる。

 どうやら、現場パイロットの代表として呼ばれたものの、会議での発言はいらなくなってしまったらしい。ならばと統矢も、恋人たちの待つ部屋へと戻ることにしたのだった。

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