第15話「終焉への秒読み」
そして、二の矢を
今、
統矢自身も、身を引き締めて作戦室へと出向いていた。
そこでは、佐官クラスのメンバーたちが忙しく働いていた。
「おい、各部の気密チェック、どうか?」
「はい、チェック作業を全て終えてます! 僅かにダメージの残る区画があったため、閉鎖しました」
「航路索敵結果、回せ! 最短ルートでいいんだ!」
「
「違う、それじゃない! こっちの報告書が先だ! ハンコ? いらん、こんな時に!」
ここもまた、一種の鉄火場だ。
パンツァー・モータロイドで戦うパイロットだけが、戦場に出ている訳ではない。この天城の乗組員全てが、今回の作戦のために全力疾走で働いている。
熱気に満ちた室内では、中央の机に書類が山と積まれている。
一番奥の上座では、
あまりの目まぐるしさに、統矢が
「やあ、統矢。こっちだ、ボクの隣に座り
そこには、机の端っこに暇そうにしている
「ボクは会議の記録係を頼まれててね。けど、この
「た、大変ですね……霧華は暇そうですけど」
「失敬な、こう見えても仕事はこなしてる。ボクじゃなくてこいつがね」
トントンと霧華は、目の前に置いたタブレットを指差す。
以前統矢が持っていた、
ただ、二人の恋人に管理されているので、統矢の多感な思春期が集めさせた動画や画像は、軒並み削除されてしまったが。
「録音してあるから、あとで文章に起こせばいいさ。統矢、なにを飲む? コーヒーに紅茶、緑茶、ミルクセーキに青汁、栄養ドリンク系も一通りあるぞ?」
「全部チューブじゃないですか……まあ、じゃあ、無難にコーヒーを」
「こっちの地球の方が、軍用のレーション関連は
「こっちも同じようなもんですよ。パラレイドに沢山、やられ過ぎた……」
「耳が痛いね。ボクはそれに加担していたんだけど、ふふ」
霧華は寝返ってこちらについたが、悪びれた様子もない。
統矢は黙って、受け取ったチューブのキャップを取り外した。そのまま口の中に流し込んで、一息つく。ここは人工重力のあるブロックだからいいが、艦内のほぼ八割は無重力状態だ。
場所によっては、大変なことになっている。
上下のない宇宙では、女性兵のスカートも大いに問題になっていた。
「ま、泣いても笑ってもあと少し、か」
「そういうことだ、統矢。どうだい? 勝算はありそうかい?」
「ここまで来たんだ、ないなんて言えない。それに、勝算がなくても俺は戦う」
「それはまた……勇ましいことで」
「勝つにはまず、戦わなきゃな。黙ってたら勝ちも負けもしないけど、なにも解決しない。それに……俺は絶対に、あの男を止めなきゃいけない。それは、俺がやらなきゃいけない」
スルギトウヤ大佐は、平行世界のもう一人の自分だ。
そして、まかり間違えば統矢もトウヤのようになっていただろう。
そんな彼を救ってくれた少女たちを、今度は自分が守りたい。
ついでだから、地球だって救うし、トウヤだけは絶対に野放しにはしておけないのだ。
「そう、か……ふふ、統矢。君はやはり似ているねえ」
「そうか? そういうこと言われると、結構ヤなもんだよ」
「そういうところも似てる。まあ、平行世界の同一人物だからしょうがない」
チューブで飲み物を吸いつつ、ニマニマと霧華が笑った。
彼女は幼い少女、ともすれば幼女に見える容姿だが、実際年齢はわかったもんじゃない。リレイド・リレイズ・システムに自らを登録して、
「なあ、霧華。霧華は……なんで反乱軍側についたんだ? 命が惜しいってタイプには見えないし」
「そりゃね。死ねばまた、どこかの世界線に生まれ落ちる。一度行った世界線なら選べるし、そうでないなら完全なランダム、あれはそういうシステムだよ」
「開発系の仕事してて、チーフだって。例のグラビティ・イーターだって霧華が開発したんじゃないか。……あの男は、トウヤは」
一瞬考え込む仕草を見せてから、霧華はニヤリと笑った。
それは、子供が見せる笑顔とは別種のもので、酷く老成して見えた。
「ボクはね、統矢……トウヤが好きだったんだ」
「えっ!? い、いや、待ってくれ、そんな、その」
「バカ。君じゃない、スルギトウヤ大佐のことだ。そうだね、好きだった……恋していたし、愛してもいいと思っていた。けど、それは無理だろう?」
トウヤにはもう、人の心など残っていないかも知れない。
否、心の全てを復讐に染め過ぎてしまったのだ。彼の中ではまだ、愛する妻りんなの死だけが生きているのだ。それはいまだに出血する生傷で、腐って
溢れ出る痛みに溺れながら、あの男は全てを破滅させるまで戦うつもりなのだ。
「死んだ人間には勝てないよ、統矢。ボクはリレイヤーズになる前、まだトウヤが真っ直ぐ前を向いていた時代を覚えている。彼は確かに、立派な軍人で、エースだった」
「でも、奴は……」
「そう。戦い負け続ける中で、彼の憎悪は膨らんでいった。どうしても妻の死、その因果に応報せねば彼に未来はない。でも、そのために別の未来を踏み
統矢は驚いた。
霧華は、惚れた男に思いも告げぬまま、最初から恋に敗北宣言してこちら側についたのだ。そういうところも妙に大人で、ともすれば
だが、彼女はいつもの掴み所がない笑みで肩を
「ま、ボク個人のことはどうでもいいんだ。今やトウヤは、自分の元へ参集した全将兵にとっての希望だ。誰もが
「……
「ボクたちの世界ではね、巡察軍との和平は目前だった。無条件降伏に近い状態だけど、それでも戦争は終わる……そう思っていた。けど、それで納得できるトウヤじゃない」
「だからって、人んちの地球に戦争を持ち込んでいい筈がない」
「理屈じゃないのさ、
その時、作戦室のドアが勢いよく開かれる。
そこには、通信電文の長い紙を
待っていたとばかりに、バン! と机を叩いて刹那が立ち上がる。
「御堂刹那艦長! 地球に残っている同志から、定時連絡!」
「私は艦長代理だ、馬鹿者。よし、読めっ!」
「ハッ! 敵、追撃艦隊ノ大気圏離脱ヲ認ム。数、超弩級セラフ級サハクィエル型ヲ旗艦トスル大型艦艇、八十隻!」
「ほう? 大艦隊だな。会敵予想時刻は?」
「約六時間後です!」
地上に残された新地球帝國軍も、すかさず追撃の部隊を送り出してきた。サハクィエル型は、全長1,200mを超える超大型のパラレイドだ。人型の
恐らく、向こうも動かせる全ての艦を投入してきた。
だが、それを知って尚も刹那は落ち着いていた。
「まだ距離がある。地球の丸みに沿って飛んでる以上、向こうからのビームも届かん。が、追いつかれるのは確実だな。航海長! 推進剤の残りを再計算しろ! それと」
刹那の声に、誰もが身を正した。
だが、意外な言葉に誰もが驚く。
「六時間後に機関始動、最大戦速で目標宙域へと突っ込む。
「かっ、艦長!?」
「艦長代理だ。それと、厨房に全ての食材を出し切れと伝えろ。勝利の前祝いとはいかんが、最後の
今、天城は推進力をカットして惰性で衛星軌道を進んでいる。
全速力で上がってくる敵の艦隊には、六時間後に追いつかれるのだ。
だが、突然言い渡された休暇に誰もが驚きを隠せない。
統矢も驚いていると、隣の霧華が立ち上がる。
「さて、休暇ときたか。統矢、せいぜい心身を休めるといいよ。じゃ、ボクはこれで」
「あ、ああ……いきなり休暇って言われても。あ! ……別れを済ませろって話か?」
「そうでもあるしね。実際、
「……それで、終わるんだよな」
「そうだね。ん、んーっ! さて!」
大きく伸びをすると、くたびれた白衣姿で霧華は出ていった。
恐らく、自由な時間を過ごせるのはこれが最後だ。死んだ仲間を
ちらりと見れば、目が合った刹那がシッシッと手を振ってくる。
どうやら、現場パイロットの代表として呼ばれたものの、会議での発言はいらなくなってしまったらしい。ならばと統矢も、恋人たちの待つ部屋へと戻ることにしたのだった。
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