第14話「涙を拭いて」
その美しさを見れば、自然と
だが、忘れてはいけない。
一生、一時たりとも忘れてはならないのだ。
今、
あの水の惑星で、自分たちのために散っていった命がある。
そして、自分たちのためだけに命を
「統矢君、これを……食堂にあったものをもらってきました」
振り向くとそこには、恋人の
パンツァー・モータロイドのパイロットに、専用のスーツが開発されたのはごくごく最近である。女子供まで巻き込んでの総力戦を前提としている
だが、今や戦場は宇宙へ広がり、統矢は再び星の海へと戻ってきた。
千雪が向けてくる花束を受け取り、再度統矢は地球を見上げる。
「なあ、千雪……大尉は、グレイ大尉は、俺たちを宇宙へ上げるために」
「ええ。グレイ大尉とその仲間たちがいなければ、天城はヒューストンで沈められていました」
「それが今、こうしてまだ無事に作戦を次の段階へと進めてる。けど、感謝しようにもさ……大尉はもういない。声も手も届かない場所にいってしまったんだ」
千雪が一瞬、
だが、次の瞬間には彼女は抱き着いてくる。その慣性のついた
千雪に抱き締められながら、統矢は宇宙遊泳の中で泣いた。
ヘルメットの内側に、粒となって涙が浮かぶ。
「泣いたってさ、大尉は生き返らない。みんなもだ。そして、泣いたままでいちゃ、今度は大尉の奥さんや娘さんだって……だから、俺は」
「統矢君……なら、今のうちに泣いておいてください。ちゃんと、泣きましょう。……親しい人の死に泣けなくなったら、私たちも人間ではなくなってしまいます」
身体の半分以上を義体にした千雪の言葉は、重みがある。
統矢は小さく
「悪い、もう大丈夫だ。大尉は花ってガラじゃないだろうけどさ」
「花が嫌いな人なんて、そうそういるものではありませんよ」
「だな」
そっと統矢は、手にした花束を放った。
真空の宇宙では、それはゆっくりと艦尾の方へと流れてゆく。今、天城は推進力をカットして惰性で航行中だ。宇宙に出たことで、改めて艦内の機密チェック等で忙しい。
そうこうしていると、回線にもう一人の声が割り込んでくる。
「よぉ、統矢。大尉になら、花よりこっちだろ」
振り返ると、千雪の兄である
相変わらず顔の半分は包帯で隠れてるが、そこには普段のへらりとした笑みが浮かんでいた。
「っととと、あっぶね! 無重力ってこれだからよ」
「辰馬先輩、それは」
「ああ、厨房からくすねてきた。なに、
「ですね。ありがとうございます」
「うちの
千雪が真顔で「私は許可を得てもらってきたんです」と横やりを入れる。
辰馬はそのまま瓶のキャップを開け放った。そして、軽く振れば
半分ほど星屑に飲ませたあとで、辰馬は瓶ごとそれを放った。
クルクルと永遠の回転を与えられたまま、小さなデブリとなって酒瓶は遠ざかった。
「よし、こんなもんだろ。……
「……はい。でも、逃げられないんじゃないですよ。逃げないです……絶対に逃げません」
「ハッ、言うねえ! お前さんなあ、うちの愚妹とれんふぁちゃんと、普通に隠れて暮らしててもよかったんだ」
そう言う辰馬は、重傷をおして早くから反乱軍で戦っていた。
統矢が占領下の街で再会した時、彼はいわくつきの89式【
全身に火傷を負って、今も包帯まみれでまるでミイラだ。
それでも彼は、惚れた女を取り戻すために戦い、奪い返したのである。
「ま、とりあえずは休んどけよ、統矢。愚妹もなー?」
「兄様、なんだかムカつきます」
「おーおー、怖い顔すんなって」
「でも、確かに今が最後の休息になるでしょうね」
千雪の言う通りだ。
天城がヒューストンから打ち上げられた宙域は、丁度パラレイドの……
旧世紀の核兵器を爆発させる地点は、地球の裏側だ。
その全てを突破し、敵の本隊が
「ま、泣いても笑っても最後の戦いだからな。統矢、お前さんも悔いを残すなよ? やれることはやっておけ、やりたいことも、やりたい子ともやっておけ、ってな! じゃ!」
「辰馬先輩、どこへ?」
「決まってるだろ、
統矢は、自分はどうかなと考えてみる。
千雪とれんふぁの裸体が脳裏に浮かび、慌てて彼は頭を左右に振った。
回線を通してカタパルトの方から、轟音が響いたのはそんな時だった。
「なにか、機体が上がってきますね。あれは」
「ん、
イエローのカラーリングも鮮やかな機体は、その各所が歴戦の
だが、統矢が驚いたのはそこじゃない。
恐らく空間戦闘用の調整を行ったのだろうが、それはもう人の姿をしていなかった。
「あれは……両脚をブースターに換装してるのか? 背部にもブースターとプロペラントタンク。完全に宇宙仕様だな」
「急造仕様の突貫工事みたいですが、今の沙菊さんなら使いこなせるかもしれませんね」
「……俺は前の、微妙にへっぽこだった沙菊の方が好きだったけどな」
「はい……」
まるで別人で、それも一度死んで蘇ったに等しい。生き返る時に、今までの全てを捨ててきたような少女なのだ。もう、以前のような笑顔は見せてくれない。暗く濁った瞳には、憎しみと怒りが渦巻いている。
そして、短期間で彼女は一流の兵士へと自分を作り変えた。
大怪我の治療とリハビリ、そして過酷なトレーニングが沙菊を戦士にしたのだ。
「あ、発進するみたいですね。多分、航路索敵です。少し下がりましょう、統矢君」
「あ、ああ」
もともと、今の仕様の改型伍号機は砲戦特化型の機体だった。その背には、46cm砲が搭載されているのである。射撃時に姿勢を安定させるため、両腕は一回り大きく長い。そして今は、脚部も巨大なブースターユニットに換装されていた。
異形の兵器と化した改型伍号機は、もはやカタパルトには乗らない。
唯一自分を繋ぎ止めるケーブルが、高鳴るロケットモーターの轟音と共に張り詰めた。そして、グリーンのランプが灯ると同時に解除されて、飛び出してゆく。
「行っちまった……なんて推進力だ」
「あれは、ラスカさんが黙ってませんね」
「まあ、そうだろうなあ。でも、
「安全マージンが全くない機体ですからね」
「よくまあ、あんなおっかないのに乗る気になるもんだ」
「いい子ですよ? アルレインは」
「アルレイン、か……」
いよいよこれから、最後の作戦が始まる。
勿論、統矢たちが宇宙へ上がったことで、新地球帝國の全軍が反乱軍の
天城は単艦で突入……否、特攻する。
片道切符で進む先は、闘争の荒波で沸騰する戦いの
だが、
同じ地球人でありながら、統矢と連中とは相容れない存在だから。地球を守って異星人と戦うためとはいえ、平行世界の別の地球を犠牲にしていい理由などない。
「なあ、千雪……このあとだけど」
「あ、統矢君。私はれんふぁさんと先約がありますので」
「えっ? あ、えと、うん……そ、そうなのか」
「はい。あとは」
「あとは?」
「今の改型伍号機、凄くなかったですか!? 整備班にスペックを聞いてこなければいけません。私の【ディープスノー】にも、プロペラントタンクを増設してはいるんですが!」
統矢は
そして、この時はまだ思いもしなかった。
最後の作戦が発動するまでの間に、とんでもない大騒ぎが始まるなんて。
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