第13話「未来で、待ってる」

 猛烈な爆音と激震、そして煙。

 全てを塗り潰す煙幕のように、ロケット燃料の燃えた成れの果てが広がる。視界を奪われながらも、摺木統矢スルギトウヤは落ち着いて戦闘態勢を維持した。

 今、煌々こうこうと燃える炎の尾を引いて、航宙戦艦天城こうちゅうせんかんあまぎ蒼穹そうきゅうへと駆け上がる。

 その航跡をなのるように、メタトロン・ヴィリーズツーが肩のキャノンを向ける。

 だが、その射線を厳つい巨神アトラスさえぎった。

 統矢は思わず、驚きに声が裏返る。


「これは……大尉っ! グレイ大尉なのか!」


 そう、目の前には今、メタトロンに勝るとも劣らぬ巨体が立っていた。

 セラフ級パラレイドは、どれも人型の機動兵器の姿を取っている。だが、パンツァー・モータロイドとは違って、そのサイズはあまりにも大きい。

 セラフ級では最小の現在のメタトロンでも、PMRパメラとは二倍の差があった。

 だが、目の前の機体は、メタトロンと肩を並べる巨体だ。

 そして、ふてぶてしく頼もしい声が返ってくる。


『驚いたか、ボーイッ! こいつが俺たち、アメリカ海兵隊の切り札……アトラス・ユニットさ! ハッハッハー!』

「アトラス、ユニット?」

『対セラフ級用強化装甲骨格アーマード・フレーム……こいつは、PMRのサイズ問題を無視する、最高にイカれたオモチャって訳よ!』


 よく見れば、太い手足は全て格闘用にあつらえたスペシャルだ。強化装甲骨格の名の通り、グレイのTYPE-13R【サイクロプス】を中心に、装甲を着せて両手両足を大きく長くしたシルエットになっている。

 神々の世界であるオリュンポスを支える巨神、アトラス。

 その名のごとく今、死の熾天使セラフに巨大な壁となって立ちはだかっている。

 流石さすがに、メタトロンからも驚きの声が響いた。


『ばかな……そんなもので、このメタトロンがっ!』

『ハッ! 動揺してるな? 声が震えてるぜ、お嬢ちゃん』

『私は平常心だ! トウヤ様の偉業を邪魔するものは……コロス!』

『やってみな、お嬢ちゃん。お前さんを統矢は殺せねえ……けど、俺は違う』


 メタトロンが、前腕部に格納されていた剣を取り出す。それを握れば、すぐにビームの刃が発振された。うなりをあげる光の剣が、大きく振り上げられる。

 だが、グレイの【サイクロプス】もまた、肥大化した両腕を振りかぶった。

 激しい衝撃音と共に、重金属の質量がぶつかり合う。

 アトラス・ユニットの豪腕が、その四本指の無骨な手で攻撃を受け止めた。


『なにっ!? このメタトロンがパワー負けしている!? ヴィリーズⅡだぞ!』

『イカすだろう? 単純なパワーじゃこっちが上だぜ……常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターをそれぞれ、両手両足に突っ込んでるんだ……【サイクロプス】のも合わせて、五基の動力なんだよぉ!』


 グレイは手練てだれの軍人、ベテランのPMR乗りだ。

 その技量と経験は、DUSTERダスター能力を持つ統矢をも唸らせる。

 数多の戦いを勝ち抜いてきた彼には、セラフ級パラレイドへの対策が染み付いている。例えば、今もそう……強力なビーム兵器を多数運用するセラフ級だが、基本的に人の姿をしているため、動きは読みやすい。

 全てを溶断するビームの刀身も、それを持つ手そのものを受け止めればなにも斬れない。

 アトラス・ユニットの手は、メタトロンの腕をしっかりと掴んでいた。


「大尉っ、援護する! ……でもっ!」

『わかってるぜ、ボーイ。お前じゃこいつは殺せねえ。顔見知りか?』

「そ、それは」

『辛いぜ、泣けてくらあ……だが、それが戦争だ』


 グレイの声は、酷く落ち着いていた。

 神の使徒に叛逆はんぎゃくする蛮族にも似て、シンプルなパワーの権化ごんげが力を拮抗させている。その背はとても逞しく、また悲壮感も見て取れた。

 その証拠に、安定しない駆動音が不協和音を奏でている。

 もしかしたらアトラス・ユニットは、まだ調整不足なのかもしれない。

 晴れつつある煙の中で、それでも巨神は唸りをあげて一歩踏み込む。


『ボーイ! お嬢ちゃんが死んじまったら、そんときゃ俺を恨んでくれていいぜ』

『なにを……こんなことでメタトロンがっ!』

『そして、聴きな! お嬢ちゃん! 俺たちは自分の地球のため、大切な者の明日のために戦っている。……お前さんの言うトウヤ様が、それを壊してまでやり遂げたいこと……そいつに、失われるもの以上の価値があるのかい?』

『当然だっ! 今、人類がDUSTER能力に覚醒して、一丸となって戦う時なんだ!』

『異星人って奴とか?』

『そうだ! お前たちの言う、大切な者を……奴らは、監察軍かんさつぐんの連中は皆殺しにするぞ!』

『ハッ! 俺たちはもう皆殺しにされかけてるぜ! お前たち新地球帝國しんちきゅうていこくに……パラレイドになあ!』


 グレイの声が雄叫びとなって響く。

 きしむ巨体を震わせながら、アトラス・ユニットが徐々にメタトロンを押し返そうとしていた。今がチャンスとばかりに、統矢は戻ってきたビームガンを【グラスヒール・アライズ】に装着する。

 今、メタトロンは動きを止めている。

 一度さやに戻してエネルギーを充填すれば、必殺の一撃を叩き込めるはずだ。

 だが、周囲の機体が統矢の97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴを遮る。


『ボウズ、大尉の援護は俺たちに任せろ!』

『お前は上へ……宇宙そらへ行きな!』

『邪魔だぜ、ボウズ! いいからさっさと行けよ!』


 残存部隊もすでに、かなりの損耗を被っている。

 セラフ級はまさしく、最小単位の戦略兵器……メタトロン一機の攻撃で、既にヒューストン基地の防衛力は半減している。切り札のアトラス・ユニットも、戦いが長引けば無事では済まされないだろう。

 だが、それでも大人たちは統矢に行けと言う。

 そこに既に、死を覚悟した男の決意を統矢は見て取った。


「……グレイ大尉」

『ああ? なんだボーイ、まだいたのか。さっさと行っちまいな、ヘッ! クソ、出力が安定しねえ! こら、しっかり動けぇ! 墓穴掘るならもうちょい先だぜ!』


 まるで悲鳴のような駆動音を巻き上げ、アトラス・ユニットはメタトロンに組み付いている。その膨大なエネルギーは、両肩と両脚に内蔵された動力源から絞り出されていた。

 だが、設計の不備か、それとも未完成故なのか。

 徐々にだが、メタトロンが体勢を回復しつつあった。

 そんな中で、統矢はまだ決断できずにいる。

 ここで生まれる犠牲も、統矢が脱出しなければ無駄になってしまうだろう。だが、その犠牲を少なくすることもまた、統矢にしかできないことだ。

 先程は辛い決断を、自分の甘さゆえに更紗サラサれんふぁにさせてしまった。

 本当は、誰よりも痛みを引き受けねばならないのは自分なのに。


「……わかった、大尉! この場は任せた」

『おう、行っちまえよ! 決戦は宇宙だ、ボーイ! やっちまえよ……やっつけちまえ! 異星人のことはわからねえがよ、こいつらは敵だ! 俺たちの世界を脅かす、侵略者なんだぜ!』


 グレイの言う通りだ。

 そして、頭上からも声が降ってくる。


『統矢さんっ、今からピックアップします! 【樹雷皇じゅらいおう】と合体してくださいっ』

「れんふぁか! あまり高度を落とすな、やつはグラビティ・ケイジを喰う! 重力制御が弱くなって、そのデカブツじゃちちまうぞ」

『大丈夫ですっ、グラビティ・アンカーを射出するから……ケーブルの長さ、ギリギリだよっ』


 【樹雷皇】の下部にマウントされている、巨大な鉤爪かぎづめ……その片方が射出された。グラビティ・アンカーは、ケーブルで有線制御される格闘用の武器である。

 それが降ってくると、統矢はすぐに【氷蓮】を寄せた。

 だが、ケーブルを掴んだ、その時だった。


『反逆者、トウヤ様の名をかた咎人とがびと! お前は、ボクが殺ス!』


 あっという間に、メタトロンはアトラス・ユニットを振り払った。どうやらアトラス・ユニットは出力で上回る反面、安定性や耐久性に難があるようだ。

 だが、よろけながらもグレイはあきらめずに藻掻もがく。

 なりふり構わず、メタトロンにすがるように抱き着いた。


「あ、危ないっ! グレイ大尉!」


 咄嗟とっさに叫ぶ統矢の声が、悲劇へと吸い込まれてゆく。

 そう、メタトロンはコアユニットの上下にパーツが合体した人型……ゆえに、。そして、レイルはその複雑な変形合体機構を完全に使いこなしている。

 グレイの最後の足掻あがきを嘲笑あざわらうように、メタトロンの上半身が分離した。

 そして下半身は、のしかかるアトラス・ユニットを受け止め下がる。

 その時にはもう、二刀流に剣を持ち替えた上半身が、その斬撃をクロスさせていた。

 アトラスの巨人は、無防備な背に罪の十字をきざまれ……そして、爆散した。


「大尉ィィィィィッ!」


 統矢の絶叫と共に、爆炎の中からメタトロンが歩み出る。

 悔しいが、再合体したその姿は無傷だ。

 しかし、動きが鈍い。

 よく見ると、強化装甲骨格部分をパージした【サイクロプス】が、ボロボロになりながら片足にしがみついていた。そこには、男の執念が見て取れた。


「グレイ大尉っ! 今行くっ!」

『来るんじゃねえ、ボォォォォォイ! 手前てめぇのやることを見失うな……俺がここまでしてやってんだ、無駄にするんじゃねえ! ここにいる奴ぁみんな、お前たちにけた!』

「……あ、ああ」

『へへ、あばよ戦友……

「未来? それは」

『明日の先、未来だ……普段はおっかねえかみさんがよ、笑っていられる世界だ。娘も毎日、学校に行ったり遊び回ったり……週末は海や山でバーベキューよ』

「……そうだな。そういう未来を、俺が……俺たちが取り戻す」

『ならよ……先、行ってるぜ? 未来で、待ってる……!』


 メタトロンの剣が、逆手に握られ、振り下ろされる。

 そして、再度の爆発が響いた。

 その時にはもう、【樹雷皇】がケーブルを巻き上げ、統矢の【氷蓮】は空へと吸い込まれる。どうやらメタトロンは、ビームキャノンによる追撃を諦めたようだった。

 統矢の視界で、炎に包まれるヒューストン基地が小さくなってゆく。

 そこにまだ、花が咲くように友軍機の命がぜ散っていた。

 次第にその光景も、ゆがんでにじむ中に濡れてゆく。

 無重力の真空に包まれるまでの間、統矢は声を殺して身を震わせるのだった。

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