第12話「カウント・ダウン」

 ヒューストンの空が沸騰ふっとうする。

 けたたましいサイレンに背を押されて、摺木統矢スルギトウヤは愛機のコクピットへ転がり込んだ。そのままハーネスで自分を固定し、パイロットスーツのヘルメットを被る。

 片膝をついて主を待っていた、97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴが立ち上がった。

 狭いコクピットの中を、錯綜する情報が行き来する。

 悲鳴、怒号どごうなげき、あきらめ……無数の声が統矢の中を通過した。

 だが、自分でも驚くほどに冷静で、思考はクリアに澄んでゆく。


「れんふぁ! 天城あまぎの打ち上げまであとどれくらいだ?」


 統矢の呼びかけに、頭上の【樹雷皇じゅらいおう】から通信が返ってくる。

 メインモニターには、打ち上げ台に固定された天城が見えた。その姿は、天をくバベルの塔……垂直に打ち立てられ、無数のロケットブースターに囲まれている。


『打ち上げまで、あと15分ですっ。ティアマト聯隊れんたいは艦内待機のため出撃できません。フェンリル小隊にも帰投命令が出てるけど』

「千雪たちには戻ってもらってる! 俺は……俺とお前なら、単独での大気圏離脱も可能だ。打ち上げの瞬間まで天城を援護するぞ」

『う、うんっ!』


 【氷蓮】をコアユニットとする【樹雷皇】は、その突出した推進力で地球の重力を振り切ることが可能だ。それに、ヒューストン基地の防衛に回る部隊を、グラビティ・ケイジで援護する必要もある。

 攻める側から一転して、守る側へ。

 しかも、こちらは天城の防衛と打ち上げの成功、この両方をクリアする必要がある。

 周囲にも、地球に残る残留組のパンツァー・モータロイドが集結し始めた。

 すぐに【樹雷皇】のグラビティ・ケイジが、友軍機に見えない翼を与える。


「数は……多いなら、最初から合体して戦うぞ、れんふぁ」

『待って、統矢さん……え? これ……敵は、単機。反応、1……でも、大きい』

「たった一機でか? ……まさか! れんふぁ、味方を全員地上へ降ろせ! グラビティ・ケイジを切って上空へ離脱! 急げっ!」


 遅かった。

 突然、空中で【樹雷皇】がガクン! と挙動を乱す。

 その巨体を宙に浮かせている、グラビティ・ケイジが急激に弱まったのだ。その理由が、物凄いスピードでレーダーの索敵範囲に侵入してくる。

 数は、確かに一つ。

 だが、最強にして最悪の敵だ。


「大気圏内じゃ、グラビティ・ケイジを脱がされた時点で【樹雷皇】は危険だ。その巨体で浮いてるためのエネルギーを喰い過ぎる」

『わ、わかりました、離脱しますぅ。最後に、弾幕張りますっ。統矢さん、気をつけて』


 高度を上げる【樹雷皇】から、無数のミサイルが打ち上げられる。それは天空でひるがえって、敵機を阻む炎の壁を拭き上げた。

 周囲で着陸した味方も、一斉に銃口をそちらへ向ける。

 統矢もまた、【グラスヒール・アライズ】の鐔元つばもとからビームガンを引き抜いた。

 誰もが皆、口々に意気軒昂いきけんこうを叫んで身構える。


『ヒョォ、派手に燃えてるぜ! のこのこと一機で……はちの巣にしてやらぁ!』

『でも、グラビティ・ケイジを使った空戦が不可能、相手は飛んでるから振りじゃ』

『数じゃこっちが上なんだ! めやがって……ここで家族のかたきを、ァ――!』


 突然、爆炎を突き抜け光が走る。

 苛烈かれつ光条こうじょうは真っ直ぐに、一番端のPMRパメラ穿うがった。被弾したのは、TYPE-07M【ゴブリン】だ。その身に纏ったアンチビーム用クロークが、蒸発しながら熱量を打ち消す。

 だが、あまりにも強力過ぎるビームは、あっさりと【ゴブリン】を飲み込んだ。

 断末魔の悲鳴すらなく、機体は蒸発し、背後の建造物ごと消滅した。


「くっ、この火力……お前なのかっ、レイル・スルーツッ!」


 統矢の噛み殺した叫びが、死の熾天使セラフを浮かび上がらせた。

 燃え盛る炎の中から、闇の翼を広げてメタトロン・ヴィリーズツーが現れる。その姿は、以前に北極で見た時よりもさらに禍々まがまがしい。

 背にグラビティ・イーターの翼と干渉しない角度で、巨大なビームキャノンが搭載されている。その火力は先程見た通りだ。

 地上を睥睨へいげいするように、そのツインアイには冷たい光が灯っていた。


『反乱軍に告ぐ……投降は許さない。トウヤ様へ歯向かう者たちには、死ですら生ぬるいと知れっ!』


 レイルの声は平坦で、凍れる刃のように鋭い。

 同時に、メタトロンから無数のミサイルがばらまかれる。脚部に増設されたウェポンベイから、裁きのいかずちにも似た死が降り注いだ。

 咄嗟とっさに統矢は、【氷蓮】へと鞭を入れる。

 【グラスヒール・アライズ】からもう一丁のビームガンも引き抜き、同時に巨大過ぎる刀身そのものを捨てる。この局面では、取り回しが悪過ぎるからだ。

 そのまま集中力を極限まで研ぎ澄ませば、脳裏に未来が無数に浮かぶ。

 統矢はそのまま、雌雄一対しゆういっつい二丁拳銃トゥーハンドでミサイルを狙撃した。

 面での制圧攻撃として圧してくるミサイルを、残らず全て撃ち落とす。


『……またお前か、トウヤ様の名を語る重罪人。咎人には死を持って罰とする!』

「レイルッ、思い出せ! 俺だ、統矢だ!」

『トウヤ様の名を、軽々しく口にするな!』


 上空でメタトロンが、ライフルを構えて旋回する。

 ひとまず敵の注意を引けたので、心のどこかで統矢はしめたと思った。だが、こうなるともうレイルとの決着は不可避だ。

 ここでどちらか一方が、死ぬしか無い。

 その覚悟が向こうにあって、奪われた記憶と引き換えにレイルを突き動かしている。

 それに比べて、統矢はまだ死ぬのが怖かった。

 大切な仲間と、恋人たち。

 死ねない理由のほうが、今の統矢を突き動かす力になる。


「レイル、お前のメタトロンはもう見切った!」

『それで勝てると思ったか! 見て知っても、避けられぬ死! それこそが本当の力だ!』

「そうだな、恐ろしい力だ……だがな、レイル。力は力でしかない。本当に俺が欲しいのは、力じゃなく強さだ。大切なものを守る、強さなんだっ!」


 あっという間に、【氷蓮】の周囲にビームのつぶてが降り注いだ。

 だが、対ビーム用クロークが擦り切れてゆく中、統矢は完全に回避しつつ空を撃つ。

 敵もまた、統矢の射撃を完全に回避しながら攻撃を強めてきた。

 これが、DUSTERダスター能力者同士の戦い。

 互いの攻撃を読み合い、互いに避け合う千日手せんいちてが続くのだ。

 そのため、実力は拮抗して膠着状態の応酬が続く。そうなると、パイロット以外の小さな差……機体の性能差や支援体制等が、大きな影響力を持つのだ。


「レイル、お前のメタトロンは……コアになっているコクピットブロックだけは以前と同じだな!」

『それがどうした……クッ、やはり当たらない!』

「つまり、コアへの直撃を避ければお前は死なない。お前を殺さず、メタトロンは破壊する! 今、ここで!」

『なにを――』


 メタトロンのライフルから、外付けのグレネードランチャーが発射された。

 その着弾点が統矢には見えていが、えて避けずに突っ込む。

 同時に、至近距離に迫った弾頭をビームで撃ち抜いた。

 激しい爆発の炎に、コクピットが揺れる。

 ダメージが瞬時に計上され、サブモニターを文字列の嵐がスクロールしてゆく。そんな中で、爆炎を利用して身を隠しながら、統矢は機体の対ビーム用クロークを外す。それでビームガンの片方を包むと、炎の外へと投擲とうてきした。


『そこかっ! ――いや、フェイクか! 小癪こしゃくな!』

「それを読み間違えられちゃ、困るんだよ! レイルッ!」


 レイルは統矢のフェイントに引っかからなかった。

 当然だ、

 それは統矢も同じで、逆側へと【氷蓮】を押し出す。紅蓮ぐれんの炎を抜けた先には、降りてきたメタトロンが光の剣を抜き放っていた。PMRより二倍以上も大きなメタトロンが、大上段から刃を振り下ろしてくる。

 射撃の応酬では互いに、決定打を打ち込むことができない。

 だから、近接戦闘になることはわかっていた。

 レイルから見れば、統矢が【グラスヒール・アライズ】を持っていないことも、決断を後押しするだろう。そこまで読んで、さらに統矢は前へと踏み込む。


『なっ……読み負けているっ!? このボクが!』

「前にも言ったぞ、レイル! 互いにDUSTER能力があっても……それ以外の強さが、お前と俺とじゃ違うんだ!」

『ボクがおとっていると言うのか、統矢ッ! ……ハッ!? 今、ボクはなにを……何故なぜ、こんな奴を統矢と。トウヤ様じゃなくて、偽物にせものの名前で、ああ!』

「今だっ! お前は……お前は一人で居過ぎるんだっ、レイルッッッッ!」


 メタトロンを含む、いわゆるセラフ級パラレイドは、高出力の動力部を搭載する大型の人型機動兵器だ。

 そう、

 ゆえに、互いに動きを読み合っても、機体へ直感がフィードバックされる時間、そして機体が動く時間が違うのだ。メタトロンの腕は長く、手に持つビームの刃を振り下ろす力は速い。速いが、物理的なリーチの長さは、その内側に隙を作っていた。

 なにより、幾度もしのぎを削ってきた中で、統矢はメタトロンの間合いを見切っていたのだ。

 ふところへ入れば、背後の大地が光の剣で裂けてめくれ上がる。

 それにも構わず、統矢は【氷蓮】に両手でビームガンを構えさせた。


零距離ゼロきょり、これならっ!」

『甘いっ! 機体のサイズ差は補正する、ボクの思考、ボクのDUSTER能力は完璧なんだ!』

「チィ! まだ先に読み抜けるのかッ!」


 統矢は、頭部を狙った。

 まずはメインカメラを破壊し、少しずつ戦闘力を削ぎ落とす。メタトロンはその構造上、コアとなるコクピットブロックの防御は完璧に近い。幾度も激戦の中で、中枢部に戦闘データを蓄積しつつ、手足を乗り換えてきたのである。

 今回もまた、乾坤一擲こんこんいってきの統矢の一撃を、レイルはすり抜けてゆく。

 メタトロンの上半身だけが分離して、かすめるビームに表面をかれながらも飛んだ。上下に分離した、その下半身に【氷蓮】が蹴り飛ばされる。


『再合体を……お前はあ! どこまでも小賢こざかしい! ……ハッ! しまった、罪を前に我を忘れて!』


 激しい地響きと振動が、ヒューストン基地全体を揺るがす。

 冷却材の白い煙に包まれていた天城が、轟音を響かせリフトオフしようとしていた。赤々と炎を吐き出し、その巨体がゆっくりと持ち上がってゆく。

 そして、統矢と共に防衛に当たるPMR部隊の中から、いつもの頼もしい声が響いた。


『ボーイ、熱くやってるじゃねえか。ええ? こういう時こそクールにだ。……そろそろお前さんも宇宙に行きな。ここは俺たちに任せてもらおうじゃねえか』


 振り向けば、先程投げたビームガンと対ビーム用クロークを拾う、巨大なPMRが立っていた。それはグレイ・ホースト大尉のTYPE-13R【サイクロプス】だが……そのシルエットは、一つ目鬼サイクロプスというよりは……すで巨神アトラスの如く膨れ上がっているのだった。

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