第11話「宇宙へのきざはし」

 ヒューストン基地は、あっけなく陥落かんらくした。

 守備隊が全滅したとあっては、武装解除もやむなしという感じだった。無血開城どころか、防衛戦力を殲滅せんめつされた上での全面降伏だった。

 摺木統矢スルギトウヤは機体を降りると、複雑な気持ちで敷地内へと降り立つ。

 すでに背後では、巨大な発射台へと天城が垂直に立てかけられようとしていた。


「これからロケットブースターをありったけ背負って、宇宙へか……それより」


 基地の人間は拘束されていない。

 反乱軍に、いちいち武装解除の手続きを確認している余裕はないのだ。勿論もちろん、時間と人員の両方が不足している。

 だから、全員を無罪放免で解放、その上で……

 天城あまぎの打ち上げまでを手伝うだけで十分だ。

 おどされて従ったという体でいいと言ったのは、あの御堂刹那ミドウセツナである。

 あわただしく作業が進み、巨大なブースターが専用トレーラーで運び込まれている。全て、前世紀に作られた、化石燃料で大質量を打ち上げる骨董品こっとうひんである。


「それより、れんふぁは……まだ【樹雷皇じゅらいおう】に乗っているのか?」


 頭上を見上げれば、巨大な機動兵器が浮いている。

 あまりに大きすぎて、ここに【樹雷皇】を着陸させるスペースなどないのだ。天城の打ち上げ準備でてんてこ舞いだし、超弩級兵器ゆえにメンテナンスできる場所も限られる……おおよそ機動兵器としては、あまりにも取り回しが悪いんのが【樹雷皇】の難点だった。

 そして、そのコントロールを統矢と共にこなすのは、未来から来た小さな女の子なのである。

 その少女、更紗サラサれんふぁを探して統矢は周囲を見渡した。

 だが、行き交う作業員たちの中に、その姿を見ることはできない。

 そうこうしていると、突然統矢は後頭部に鈍い衝撃を受けた。


「アンタ、なにやってんのよ! このっ、バカ統矢っ!」

「痛ってえ……なんだ、ラスカか。なんだよ、酷くないか?」

「うっさい、バカッ!」


 また殴られた。

 ラスカ・ランシングは、脱いだパイロットスーツのヘルメットで統矢をぶつ。

 酷くご立腹のようだが、彼女は暑さに負けてスーツの前をはだけさせる。そのまま薄い胸に風を受けながら、一息つくや統矢の手を握ってきた。

 そのままぐいぐいと引っ張って、まるで統矢を引きずるように歩き出す。


「ま、待てよ、引っ張るなって!」

「待てないっての! もう、アンタねえ……れんふぁの気持ちも考えてやんなさいよ」

「いや、考えてるから、探してたんだけど」

「いいからこっち! ……アタシたちさ、れんふぁに助けられたかも、ってさ」


 珍しくラスカは、神妙な声音で呟きを漏らす。

 そのまま人混みを掻き分け、大型の車両が並ぶ中を迷いなく歩く。

 すぐに目の前に、パイロットたちが休憩所にしている駐車場が広がった。かき集められたキャンピングカーやコンテナが、自由に使えるように数十台ほど解放されている。

 反乱軍のパイロットは皆、そこかしこで一時のいこいに心身を休めていた。


「えっと、こっちか。統矢、こっち! ほら、さっさと来て!」


 ラスカに引っ張られて歩けば、パイロットたちの喧騒が遠ざかる。多少の飲酒も許されてるらしく、まるでお祭りのような騒がしさだ。

 それも、中心を外れて歩けば遠ざかる。

 そして、突然前を歩くラスカが立ち止まった。


「チッ、先を越された。……ほっ、とに、ヤな女!」

「おいおい、なんだよ。で、れんふぁは?」

「この先! あのワンボックスの影だから。じゃ、アタシ行くけど、いい? ちゃんとフォローしてやんなさいよ!」

「あ、ああ」

「……れんふぁが一発で全滅させてなかったら、今頃アタシたち……あの森で人間同士の白兵戦してたんだから。アタシは平気でも、時間もかかるし被害も出る」

「ああ。それってれんふぁには、あの時もうわかてったんだよな。だから、自分ひとりで」

「れんふぁ、まだ自分のこと、この世界の……この時代の人間じゃないって思ってる。だから、いい? ちょっとアンタは甲斐性かいしょう見せなさいよ! わかった?」


 言いたいだけ言って、ラスカは行ってしまった。

 その小さな背中を見送り、そっと統矢は身を正す。

 自分をしゃんとさせてから、恐る恐るコンテナの向こう側へと首を伸ばした。

 丁度、業務用らしきワンボックスが止まってて、その向こうから声がした。


「落ち着きましたか、れんふぁさん。飲み物です、どうぞ」

「ふええ、千雪さぁん。ありがとうございますぅぅぅ」

「まったく、無茶をしますね」

「はいぃ……」


 れんふぁと一緒にいるのは、どうやら五百雀千雪イオジャクチユキのようだ。

 ラスカの言う、先を越されたというのは彼女のことだったのだ。

 そして何故なぜか、話の輪に入るタイミングが見出だせず、統矢は気配を殺してしまった。自分でも盗み聞きするつもりはないのだが、なんだか二人の様子が気になった。

 自分の恋人である二人が、二人だけの時はどんなことを話すのだろうか。

 それも気になったが、今は同性の千雪に任せたほうがいいとも思えたのだ。


「うう、統矢さん怒ってるかなあ……ちょっと、強引過ぎたかも」

「私もびっくりしましたが、統矢君は怒ってはいないと思いますよ」

「うん……でも、わたしがやらなきゃって思った。【樹雷皇】にはそれができるし、もう時間も残り少ないから」


 そう、反乱軍に残された時間は少ない。

 パラレイドの……新地球帝國しんちきゅうていこくの本隊が合流してくるまでの、タイムリミットが迫っている。宇宙の衛星軌道上で、無数の世界線に散らばっていた戦力が一斉に次元転移ディストーション・リープしてくるのだ。

 やはり、スルギトウヤはリレイド・リレイズ・システムを使いこなしている。

 その特性を生かして、巧みに刹那たちから逃げ続け、この世界で力を蓄えた。自ら正体不明の侵略者を演じて、まんまと統矢たちの地球を手に入れたのである。


「千雪さんっ、わたし……これからも、統矢さんとみんなを守れるなら……わたしにできることがあるなら、精一杯やります。わたしにしかできないことも、きっとあるから」

「……わかりました。でも、これだけは覚えておいてくださいね」

「千雪、さん? ひゃうっ!?」


 思わず統矢は、身を乗り出してしまう。

 ワンボックスの向こうで、れんふぁを抱き締める千雪が見えた。

 統矢も自然と、冷たい機械の身体の感触、そして秘められたぬくもりと優しさを思い出す。全身の大半が義体化されていても、千雪はクールな雰囲気とは裏腹に、いつも優しい。


「れんふぁさん、貴女あなたはもうこの世界の人間、私たちの仲間です。だから、自分だけが異質な人間だなんて、思わなくてもいいんです、よ?」

「え、でもぉ」

「私の大好きなれんふぁさんは……統矢君の大好きなれんふぁさんは、とってもかわいい女の子。もう、三人で一緒に未来へ向かってゆく、将来家族になるかもしれない人なんですから」

「……うん。うんっ! わたしも、それがいいなぁ……わたしはでも、いいのかな?」

「いいんですよ、れんふぁさん。戦いが終わったら、統矢さんと三人で未来を探しましょう。私はれんふぁさんが一緒だと、とても嬉しいです」


 どうやら、統矢が割って入る必要はなさそうだ。

 それに、あとでれんふぁにはお礼を言わなければいけない。自分の甘さが、多くの仲間を危機にさらしてしまうかもしれなかった。反乱軍は常にギリギリの戦いで、その戦いさえも限られた数しかこなせないだろう。

 補給も限られている部隊では、避けれる戦闘は避けるべきだ。

 統矢は自然と心が温かくなった気がして、統矢は恋人たちに背を向ける。


「まあ、千雪なら大丈夫だ。サンキュな、千雪……さて、俺もなにか食べておくか」


 どうやら屋台や出店も多く出てるらしく、まるで縁日えんにちのような賑わいである。地元の人たちが、反乱軍のヒューストン基地攻略を聞きつけ、自然と集まってしまったらしい。

 そこには、新地球帝國の統治下で抑圧されていた、人間たちの笑顔があった。

 多民族国家であるアメリカの、多種多様な人種が雑多な店を広げている。

 なにを食べようかと、パイロットスーツのポケットに財布を探していた、その時だった。


HEYヘイ! よく生きてたなあ、ボォォォォイ!」


 突然、巨漢に肩をガッシ! と組まれた。

 見上げれば、そこには強面な黒人が笑っている。サングラスを上げてみせる彼は、意外につぶらな瞳で統矢にはにかんだ。


「久しぶりだな、統矢。随分と暴れてるらしいじゃねえか」

「グレイ・ホースト大尉!? そうか、あんたも反乱軍に」

「天城とは別の部隊にいたがな。なに、単艦で戦争できるほど、この世は甘くはねえのさ。どうだ? 俺が守ってやってた補給部隊、ちゃんと天城に届いてただろ?」

「ああ……そうか、そうだったのか。ありがとう、大尉」


 細々とだが、補給線は繋がっていた。

 いつでも逼迫した状況だったが、最低限の衣食住は天城では確保されていたのだ。

 それは、影で必死に物資を都合してくれた、補給部隊のおかげである。

 そして、それを守るために人知れず戦ってくれていたのが、グレイたち元アメリカ海兵隊のPMRパメラ乗りだった。

 グレイは暑苦しい抱擁ほうようから統矢を開放すると、再びサングラスを掛け直す。


「アメリカも今、ひでえもんだぜ……統矢、お前たちにアラスカで助けられてから、大変だったんだ」

「……もう、実験は始まってるんだな。あの、もう一人の俺は……スルギトウヤは、ここでDUSTERダスター能力者を生み出すための戦いを始めてしまった」

「人間同士を殺し合わせて、残った人間は超人に覚醒する。中国には蠱毒こどくって呪いがあるが、まさにそれだな」


 ――

 壺の中に大量の毒蟲を密閉し、互いに殺し合わせる。食い合って最後に残った一匹の毒こそが、呪いを成就じょうじゅさせる最高の毒という訳だ。

 それをまさに、この地球でトウヤはやろうとしているのだった。


「やらせねえよ、統矢。なあ? ステイツもこの地球も……家族も、絶対に俺たちが守るんだ。やろうぜ、ボーイ。いや……もうお前はボーイじゃねえ。摺木統矢三尉さんい、やっつけちまおうぜ……俺たちでよ」

「ああ! ……その、大尉。大尉の家族は……」

「……今は、行方不明だ。だが、死んだと決まった訳じゃねえさ」


 統矢も大きくうなずく。

 グレイがこう見えて、子煩悩こぼんのうで家族を第一にしている人間だというのは、以前知った時は驚いた。でも、今はそれが当たり前で、だからこそグレイは強いのだと思う。

 だが、二人の再会をサイレンの音が引き裂いた。

 それは、敵襲を警告するスクランブルのアラートだった。

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