第10話「絶望は炎へ消えて」
雲の海に沈んで、高度を下げる。すぐ下にはもう、アメリカ大陸が広がっていた。
目標は、ヒューストン基地……かつて宇宙開発
生まれた頃には
「れんふぁ、索敵頼む! そろそろ奴らの防空圏内だ」
『は、はいっ。……熱源反応多数。ヒューストン基地まで100kmを切りましたっ』
「よし、フェンリル小隊で先行して叩くぞ。
その中でも目立つのは、
統矢の声に、すぐさま小隊長の
『ようし、やっちまうかぁ! 統矢、お前は突っ込め。後は見なくていいぜ?』
「了解です!」
『りんなちゃんだけは危ない目に合わせんなよ? それと――』
89式【
以前の【氷蓮】にも似た包帯姿は、手と指のハンドサインで僚機へ指示を飛ばした。
『
『了解です、兄様。あと、ケツを連呼しないでください』
『んで、ラスカは
『わかってるわよ! フン、ギッタギタにしてやるわ!』
『
『了解であります』
すぐに全員が、まるで一つの生き物のように動き出す。
統矢は周囲の仲間を確認し、その位置取りを気にしながらスロットルを開ける。
大昔の巨大ロケットもさながらの推進力が、【樹雷皇】を光の矢へ変える。
あっという間に、周囲の空気が熱を帯びた。
グラビティ・ケイジによる僚機の空中制御を、千雪の【ディープスノー】へと受け渡す。
『統矢さんっ、前方に対空砲火……えっ? こ、この反応は』
「どうした、れんふぁ」
『い、いえ……あっ、後方の
暗号化されてない、平電文だ。
そして、統矢はレーダーの光点を無数に確認、そしてカメラを通した光学映像で確認する。
ヒューストン基地の手前に、強固な対空陣地が広がっていた。
そこに並ぶ兵器は皆、見覚えのある機体ばかりだった。
その中からの通信があったので、統矢は攻撃せず頭上を通り過ぎる。巨体を
『反乱軍に告ぐ。こちらは……こちらは、旧人類同盟アメリカ陸軍所属、第七
人の声、壮年の男の声音だった。
いかにも軍人らしい、威厳のこもった鋭い言葉である。
そう、ヒューストン基地の守備隊は同じ地球人。あちら側の新地球帝國ではない……ちょっと前まで共にパラレイドと戦っていた、こちら側の地球、この時代の人間である。
統矢は絶句した。
想像力が足りなかったといえば、それまでである。
そして、返答する
『こちら反乱軍の指揮官、航宙戦艦天城艦長代理……御堂刹那だ』
『勧告する、降伏してくれ。武装解除し、こちらへ投降してもらえれば――』
『我々はいかなる勧告も命令も、受け付けない。よって、実力を持って当たられたし』
当然ながら、刹那は戦うつもりだ。
例え相手が、パンツァー・モータロイドで武装した同じ地球の同胞でも。
揺るがぬ
『た、頼むっ! こっちは家族を連中に抑えられている。妻や息子が。うっ、ううう……』
『……繰り返す、実力を持って当たられたし。泣くな、馬鹿者が』
『うう……連中は、
『それで抵抗をやめ、敵の
刹那の怒りと憤りが、回線を伝って耳を震わせる。
そう、刹那は激怒していた。
『連中の目的は、こちら側の地球で戦力を整え、自らの地球に戻って異星人と対決することだ。
『しかし、家族が』
『貴様が死ねば、次は妻が! 子が! 実験に駆り出される! 考えろ、想像しろ!』
『で、できない……私にはできない! 部下の全てに、家族を捨てろなどと……そんな命令はできない! ぐっ、うう』
苛烈な対空砲火が舞い上がった。
地上に配備された敵機が、次々と火器を空へと向けてくる。下は木々が生い茂る森で、その中を移動しながら敵は狂ったように砲火を巻き上げた
あっという間に、青空のキャンバスが真っ赤に塗り潰される。
【樹雷皇】のグラビティ・ケイジを抜くような攻撃はないが、激しい振動が統矢とれんふぁを襲った。
「くっ、まずい……この中に後続や天城が突っ込んだら……れんふぁ!」
『は、はいっ。でもぉ、この人たちは』
「……ああ。さっきの通信は多分、全部本当の話だ」
あのトウヤなら、やりかねない。
いや、やらない
もう既に、トウヤの戦いは新たなフェーズに突入している。こちらの地球を完全に制圧し、その中で始まっているのだ……無数の死を積み上げながら、DUSTER能力者を生み出すための実験が。
統矢はすぐに、決断した。
これは戦い……戦争だ。
しかし、敵が欲する異能の力、DUSTER能力を統矢は持っている。この力があれば、極限の集中力と精神力で戦えるのだ。それは時には、未来予知にも似た超感覚で直感や閃きを産む。
自分なら可能だと、統矢は自分に言い聞かせた。
「れんふぁ、
『とっ、統矢さん!?』
「一度分離して、【氷蓮】で降りる。【樹雷皇】はデカすぎて、この火力じゃコクピットを外して倒すのは難しい。でも、【氷蓮】での近接戦闘なら……れんふぁ?」
まさかと思い、
だが、内包された
しかし、マニュアル操作も含めて、一切の操縦を機体が受け付けていかなった。
こんなことができるのは、世界で一人だけである。
「れんふぁっ、コントロールを返してくれ! クソッ、機体が……お前っ!」
『統矢さんっ、ごめんなさい……こうしないと、統矢さんが出ていっちゃうから』
「俺は大丈夫だ、あとから千雪たちも来る! ……必要のない犠牲なんて、もう沢山なんだっ!」
『嫌ですっ! 駄目……統矢さんも、千雪さんも……DUSTER能力があったって、あんな大軍と戦ったら死んじゃいます。もう少し、あと少しで戦いが終わるなら……わたしっ、みんなの誰にも死んでほしくないっ!』
珍しくれんふぁは、語気を強めて叫んでいた。
その悲痛な声が、統矢を黙らせてしまう。
思えばいつも、統矢は
その誰もがかけがえのない仲間だ。
それを送り出して、見送るしかできないことが多かったれんふぁには、どれだけ恐ろしかったことだろう。まだまだ過去の記憶が完全ではない彼女にとって、こちら側の地球に来てからの日々が、その全てが大切な思い出なのだ。
『身勝手だって、わかってます……でも、統矢さんはもう、危険を犯す必要なんてないんですぅ』
「でも! ああ、もうっ! 聞いてくれ、れんふぁ! それはあの連中だって……奴らに家族を人質に取られたら、誰だって!」
『ごめんなさい、統矢さん……わたしも、強くなるから。ひいおじいちゃんとの決戦には、ちゃんと笑顔で送り出すから。だから、今は……今だけはっ』
手動での合体解除を試みてみるが、機体のインターフェイスを通した操作では、【樹雷皇】にいるれんふぁの方に分がある。
文字通り統矢の【氷蓮】は、【樹雷皇】に固定され閉じ込められた状態になった。
そして、火器管制システムがれんふぁの操作で無数の照準を定めてゆく。
『垂直発射セル、一番から八番まで……対地用ナパーム、テルミット・クラスター装填』
「待て、れんふぁ! よせ! ……やるなら俺が! お前がそんなこと、する必要なんかないんだっ!」
『大丈夫です、統矢さん。……わたしに、任せてください。わたしも統矢さんも、みんなも……もう、血塗れの手は汚れてるから。でも、それでも……汚れてでも、大切な人には生きててほしい。大事な人のためなら……汚れても、いいから』
軽い振動と共に、【樹雷皇】のウェポンコンテナから炎があがる。無数のミサイルが天へと打ち上げられ、放物線を描いて急降下……そして、低空の空で一気に弾けた。
無数の超高温ナパームがばらまかれ、あっという間に眼下の森が赤く燃える。
一瞬とはいえ、数万度の炎が
統矢の耳にも、仲間たち全員にも……生きながら燃やされる絶叫が響き渡る。
「れんふぁ……」
『ごめんなさい、統矢さん。だって……統矢さんを行かせたら、とても怖いんです。戻ってきてもらえなかったら、絶対に後悔する……泣きますっ、わたし』
「……いや、いいんだ。ごめんなさいは俺の方だ。……ごめんな、れんふぁ」
高温の上昇気流が、
決意の炎が切り開いた道は、その先のヒューストン基地まであと僅か……かつて友軍だった者たちは、その全てが機体ごと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます