第10話「絶望は炎へ消えて」

 雲の海に沈んで、高度を下げる。すぐ下にはもう、アメリカ大陸が広がっていた。

 目標は、ヒューストン基地……かつて宇宙開発はなやかりし頃、星への道標しるべだった場所だ。

 摺木統矢スルギトウヤは、その歴史を教科書でしかしらない。

 生まれた頃にはすでに、パラレイドとの永久戦争が続いていたからだ。人類は宇宙への航路は勿論もちろん、自由な空さえも奪われた。そして、その相手は実は……平行世界の未来から来た、自分たちと同じ地球人だったのである。


「れんふぁ、索敵頼む! そろそろ奴らの防空圏内だ」

『は、はいっ。……熱源反応多数。ヒューストン基地まで100kmを切りましたっ』

「よし、フェンリル小隊で先行して叩くぞ。辰馬タツマ先輩っ!」


 重力の檻グラビティ・ケイジに守られて、わずか五機のパンツァー・モータロイドが風を切る。

 その中でも目立つのは、超弩級ちょうどきゅうの大きさを誇る【樹雷皇じゅらいおう】だ。統矢の乗る97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴをコアユニットとする、巨大な空飛ぶ要塞である。

 統矢の声に、すぐさま小隊長の五百雀辰馬イオジャクタツマが激を飛ばす。


『ようし、やっちまうかぁ! 統矢、お前は突っ込め。後は見なくていいぜ?』

「了解です!」

『りんなちゃんだけは危ない目に合わせんなよ? それと――』


 89式【幻雷げんらい改型零号機かいがたゼロごうきの、漆黒の機体が腕をあげる。

 以前の【氷蓮】にも似た包帯姿は、手と指のハンドサインで僚機へ指示を飛ばした。


千雪チユキ、お前は統矢のケツを守れ。いいか、ケツだぞ、ケツ』

『了解です、兄様。あと、ケツを連呼しないでください』

『んで、ラスカは遊撃手スィーパーだ。インターセプト、こっちに突っ込んでくる奴は容赦するなよ?』

『わかってるわよ! フン、ギッタギタにしてやるわ!』

沙菊サギク、お前さんは後方支援、ありったけの火力でダイレクトサポートだ』

『了解であります』


 すぐに全員が、まるで一つの生き物のように動き出す。

 一糸乱いっしみだれぬ統率とうそつの取れたチームワークは、兵練予備校青森校区へいれんよびこうあおもりこうく戦技教導部せんぎぎょうどうぶだった頃からのものだ。見えないからこそ、感じる……確かに存在する、強固なきょうこ

 統矢は周囲の仲間を確認し、その位置取りを気にしながらスロットルを開ける。

 大昔の巨大ロケットもさながらの推進力が、【樹雷皇】を光の矢へ変える。

 あっという間に、周囲の空気が熱を帯びた。

 グラビティ・ケイジによる僚機の空中制御を、千雪の【ディープスノー】へと受け渡す。


『統矢さんっ、前方に対空砲火……えっ? こ、この反応は』

「どうした、れんふぁ」

『い、いえ……あっ、後方の天城あまぎに向けて、敵側からの通信です』


 暗号化されてない、平電文だ。

 そして、統矢はレーダーの光点を無数に確認、そしてカメラを通した光学映像で確認する。

 ヒューストン基地の手前に、強固な対空陣地が広がっていた。

 そこに並ぶ兵器は皆、見覚えのある機体ばかりだった。

 その中からの通信があったので、統矢は攻撃せず頭上を通り過ぎる。巨体をひるがえしてターン後に、速度を緩めてその場に滞空……警戒心と同時に、動揺にも似た感情が浮かんだ。


『反乱軍に告ぐ。こちらは……こちらは、旧人類同盟アメリカ陸軍所属、第七PMRパメラ大隊。直ちに機体を停止し、武装解除に応じられたし』


 人の声、壮年の男の声音だった。

 いかにも軍人らしい、威厳のこもった鋭い言葉である。

 そう、ヒューストン基地の守備隊は同じ地球人。あちら側の新地球帝國ではない……ちょっと前まで共にパラレイドと戦っていた、こちら側の地球、この時代の人間である。

 統矢は絶句した。

 何故なぜ、このことを予想できなかったのか。

 想像力が足りなかったといえば、それまでである。

 そして、返答する御堂刹那ミドウセツナの声は、完全に想定内の出来事に対処する事務的な響きだった。


『こちら反乱軍の指揮官、航宙戦艦天城艦長代理……御堂刹那だ』

『勧告する、降伏してくれ。武装解除し、こちらへ投降してもらえれば――』

『我々はいかなる勧告も命令も、受け付けない。よって、実力を持って当たられたし』


 当然ながら、刹那は戦うつもりだ。

 例え相手が、パンツァー・モータロイドで武装した同じ地球の同胞でも。

 揺るがぬ裂帛れっぱくの意思を告げられて、敵の指揮官が声を震わせた。


『た、頼むっ! こっちは家族を連中に抑えられている。妻や息子が。うっ、ううう……』

『……繰り返す、実力を持って当たられたし。泣くな、馬鹿者が』

『うう……連中は、新地球帝國しんちきゅうていこくは、この防衛戦闘を実験だと言っていた。絶体絶命の戦いを生き残れば、新たな力に覚醒すると。そう、覚醒しないなら死ねと! 家族を盾に!』

『それで抵抗をやめ、敵の走狗そうくと成り果てたか……大馬鹿者めがっ! 何故わからんのだ!』


 刹那の怒りと憤りが、回線を伝って耳を震わせる。

 そう、刹那は激怒していた。


『連中の目的は、こちら側の地球で戦力を整え、自らの地球に戻って異星人と対決することだ。DUSTERダスター能力者を一人生み出すのに、何万人殺してもいいと思っているのだぞ!』

『しかし、家族が』

『貴様が死ねば、次は妻が! 子が! 実験に駆り出される! 考えろ、想像しろ!』

『で、できない……私にはできない! 部下の全てに、家族を捨てろなどと……そんな命令はできない! ぐっ、うう』


 苛烈な対空砲火が舞い上がった。

 地上に配備された敵機が、次々と火器を空へと向けてくる。下は木々が生い茂る森で、その中を移動しながら敵は狂ったように砲火を巻き上げた

 あっという間に、青空のキャンバスが真っ赤に塗り潰される。

 【樹雷皇】のグラビティ・ケイジを抜くような攻撃はないが、激しい振動が統矢とれんふぁを襲った。


「くっ、まずい……この中に後続や天城が突っ込んだら……れんふぁ!」

『は、はいっ。でもぉ、この人たちは』

「……ああ。さっきの通信は多分、全部本当の話だ」


 あのトウヤなら、やりかねない。

 いや、やらないはずがない。

 もう既に、トウヤの戦いは新たなフェーズに突入している。こちらの地球を完全に制圧し、その中で始まっているのだ……無数の死を積み上げながら、DUSTER能力者を生み出すための実験が。

 統矢はすぐに、決断した。

 これは戦い……戦争だ。

 しかし、敵が欲する異能の力、DUSTER能力を統矢は持っている。この力があれば、極限の集中力と精神力で戦えるのだ。それは時には、未来予知にも似た超感覚で直感や閃きを産む。

 自分なら可能だと、統矢は自分に言い聞かせた。


「れんふぁ、アンチビーム用クロークと【グラスヒール・アライズ】を出してくれ」

『とっ、統矢さん!?』

「一度分離して、【氷蓮】で降りる。【樹雷皇】はデカすぎて、この火力じゃコクピットを外して倒すのは難しい。でも、【氷蓮】での近接戦闘なら……れんふぁ?」


 まさかと思い、操縦桿スティックに力を込める。

 だが、内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションが、統矢の思惟しいを受けても反応を示さなかった。PMRは登場者の思考を受けて、ある程度の動作を機体側でフォローしてくれる。

 しかし、マニュアル操作も含めて、一切の操縦を機体が受け付けていかなった。

 こんなことができるのは、世界で一人だけである。


「れんふぁっ、コントロールを返してくれ! クソッ、機体が……お前っ!」

『統矢さんっ、ごめんなさい……こうしないと、統矢さんが出ていっちゃうから』

「俺は大丈夫だ、あとから千雪たちも来る! ……必要のない犠牲なんて、もう沢山なんだっ!」

『嫌ですっ! 駄目……統矢さんも、千雪さんも……DUSTER能力があったって、あんな大軍と戦ったら死んじゃいます。もう少し、あと少しで戦いが終わるなら……わたしっ、みんなの誰にも死んでほしくないっ!』


 珍しくれんふぁは、語気を強めて叫んでいた。

 その悲痛な声が、統矢を黙らせてしまう。

 思えばいつも、統矢は真正面ましょうめんから困難に飛び込んできた。常に最前線で戦ってきたし、横には千雪たち仲間がいてくれた。

 その誰もがかけがえのない仲間だ。

 それを送り出して、見送るしかできないことが多かったれんふぁには、どれだけ恐ろしかったことだろう。まだまだ過去の記憶が完全ではない彼女にとって、こちら側の地球に来てからの日々が、その全てが大切な思い出なのだ。


『身勝手だって、わかってます……でも、統矢さんはもう、危険を犯す必要なんてないんですぅ』

「でも! ああ、もうっ! 聞いてくれ、れんふぁ! それはあの連中だって……奴らに家族を人質に取られたら、誰だって!」

『ごめんなさい、統矢さん……わたしも、強くなるから。ひいおじいちゃんとの決戦には、ちゃんと笑顔で送り出すから。だから、今は……今だけはっ』


 手動での合体解除を試みてみるが、機体のインターフェイスを通した操作では、【樹雷皇】にいるれんふぁの方に分がある。

 文字通り統矢の【氷蓮】は、【樹雷皇】に固定され閉じ込められた状態になった。

 そして、火器管制システムがれんふぁの操作で無数の照準を定めてゆく。


『垂直発射セル、一番から八番まで……対地用ナパーム、テルミット・クラスター装填』

「待て、れんふぁ! よせ! ……やるなら俺が! お前がそんなこと、する必要なんかないんだっ!」

『大丈夫です、統矢さん。……わたしに、任せてください。わたしも統矢さんも、みんなも……もう、血塗れの手は汚れてるから。でも、それでも……汚れてでも、大切な人には生きててほしい。大事な人のためなら……汚れても、いいから』


 軽い振動と共に、【樹雷皇】のウェポンコンテナから炎があがる。無数のミサイルが天へと打ち上げられ、放物線を描いて急降下……そして、低空の空で一気に弾けた。

 無数の超高温ナパームがばらまかれ、あっという間に眼下の森が赤く燃える。

 一瞬とはいえ、数万度の炎が濁流だくりゅうとなって火の海を広げていった。

 統矢の耳にも、仲間たち全員にも……生きながら燃やされる絶叫が響き渡る。


「れんふぁ……」

『ごめんなさい、統矢さん。だって……統矢さんを行かせたら、とても怖いんです。戻ってきてもらえなかったら、絶対に後悔する……泣きますっ、わたし』

「……いや、いいんだ。ごめんなさいは俺の方だ。……ごめんな、れんふぁ」


 高温の上昇気流が、蜃気楼しんきろうのように先の光景を揺らめかせる。

 決意の炎が切り開いた道は、その先のヒューストン基地まであと僅か……かつて友軍だった者たちは、その全てが機体ごと獄炎ごくえんほのおで灰となって消えたのだった。

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