第9話「天への道標、古の矢」

 浮上した天城あまぎが、そのまま空へと舞い上がる。

 腹の底が持ち上がるような感覚を、摺木統矢スルギトウヤ格納庫ハンガーで感じていた。今、出撃を控えて愛機のチェックに忙しい。座り慣れたコクピットは、自分にとっては一瞬で棺桶かんおけに早変わりしてしまうかも知れない……だからこそ、整備員に任せず最終点検は自分でやる。

 作業班も忙しく行き来する中、今日の97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴはピカピカに磨き上げられていた。

 艦内放送でオペレーターの声が、さらなる緊張感を伝搬させてゆく。


『離水完了、これより本艦は戦闘配置へ移行します。最大戦速、目標……ヒューストン』


 人類同盟じんるいどうめいの盟主たる大国、アメリカ……パラレイドとの永久戦争が続いていた時代から、アメリカ大陸本土でもかなりの被害が出ていたのを統矢は思い出す。

 そのアメリカに、旧世紀の液体燃料型ロケットが大量に貯蔵されているらしい。

 宇宙開発はなやかりし頃の、夢の残滓ざんし

 同時に、少しの改造で大陸間弾道弾ICBMとなる危険な遺産だ。

 ヒューストンは元々、ロケットの発射基地があった土地である。


「百年近く前の骨董品こっとうひんで、天城ごと宇宙に行こうってんだからなあ……っと、ヨシ! チェック完了、システム・オールグリーン。いい調子だ、【氷蓮】」


 ポン、とコンソールを叩いて、統矢はシートに身を沈める。

 もうすぐ出撃だ。

 この空間に密閉され、敵との命のやり取りが始まる。統矢の汗と涙が染み込み、幼馴染おさななじみだった更紗サラサりんなの血を吸ったコクピット。自分もまた、ここが最期さいごの場所になるのか……それはわからない。

 ただ、死ぬのは御免ごめんだし、絶対に死んではならないと思う。

 戦う都度つど、再び生きて会いたい人たちがいる。

 その人たちのためにこそ、恐怖を飲み込み戦い続けるのだ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、開放されたハッチから見慣れた顔が現れた。


「なんや、統矢。チェック終わったんかいな。ほんま、手際ようなったなあ」


 整備班の佐伯瑠璃サエキラピスだ。

 彼女はグイと身を乗り出して、コクピット内のサブモニターを覗き込む。


「ええやない、セッティング。結局、あの御統霧華ミスマルキリカちゅうお子様の言う通りにしたんやなあ」

「ちょっと過敏かなとも思ったんですけど、まあ、習うより慣れろって感じで」

「せやなあ。ま、今の統矢やったら大丈夫やろ」

「……操縦、上手くなってたりしますかね、俺」

「さあ? けどなあ、統矢。前より随分、見てて安心ちゅう感じしてんで」


 瑠璃は嘘は言わない女性だし、思ったことは何でも口に出す。

 恋敵こいがたきにだって、言わなければ行けない言葉があれば、少しも躊躇ためらわない人なのだ。だから、そう言ってもらえると統矢も内心ホッとする。

 自分でも、飛び抜けた技量がないのはわかっている。

 でも、ここまで生き残ってきた自負もあった。

 気負いはないが、今後も生き抜く覚悟だってある。

 そう思っていると、一度身体を引っ込めつつ瑠璃がカートを引っ張ってくる。出撃前に、機体以外にもチェックすべきことは沢山あるのだ。


「統矢、サバイバルキットの中も確認しとき? なんやかやで自分、何度か機体を降りてのサバイバルもやったやろ」

「あー、確かに。えっと……」


 シートの下にあるバッグを引っ張り出す。

 ちゃんと中には、必要最低限の水と食料、そして薬品類や防寒具がまとめられていた。薬品の中には、戦闘薬と呼ばれる非常時用の錠剤もある。

 戦闘薬……早い話が麻薬、ヘロイン化合物のたぐいだ。

 人類の戦争は今も、人間個人に限界を超えた闘争を求めてくる。

 統矢は使ったことはないし、お世話になりたくもない。けど、生き残るために必要になるかもしれないし、他にもモルヒネなんかがセットになっていた。

 複雑な気持ちで確認を終えると、瑠璃が再び顔を出す。


「まあ、大昔から戦争なんて変わらんものやね。兵隊さんの恐怖を追い払えるのは、酒と女と薬やわあ」

「ですね」

「まあ、薬はギリギリまでやめとき」

「は、はい」

「酒は見えないとこでちょっとだけやで? 女もそうや。用法用量ようほうようりょうを守らなあかん」

「……はい」


 茶化しているのか真面目なのか、ウンウンと頷きつつ瑠璃はテキパキと仕事を続けた。

 あっという間に出撃体制が整い、統矢もパイロットスーツのヘルメットを被る。

 恋人や仲間たちも、各々おのおのの機体にいるため今は会えない。今度顔を合わせるのは、作戦が終わってからだ。まずはヒューストンの旧ロケット発射場を制圧し、天城で宇宙へと飛び出る。そこから先は、一世一代いっせいちだいの大勝負が待っているのだ。


「じゃあ、統矢! しっかりやらなあかんよ? グッドラック!」

「ありがとうございました、瑠璃先輩」


 前よりちょっと、瑠璃は明るくなったような気がする。もともと溌剌はつらつとしてたが、今はそれがなにかを隠してるようには見えないのだ。

 五百雀辰馬イオジャクタツマへの恋心に、一区切りをつけたのだろう。

 同時に、御巫桔梗ミカナギキキョウとのわだかまりも解消したと統矢は感じた。

 もともと、わだかまりなどなかったのかもしれない。

 恋敵ライバル同士というには、二人は恋以外に必死過ぎた。必死でなければ、生き残れなかったのだ。鈍色にびいろの青春はいつも、硝煙しょうえんの向こう側に霞んで見えなかったから。


「よし、行くか」


 ハッチを閉じると、ケイジの拘束が解除される。

 ゆっくりと【氷蓮】は、カタパルトへ向けて歩き出した。足元では整備員たちが、なにかを叫びながら手を振ってくれてる。

 皆、本当の敵を知ってなお、戦うことを決意した人間ばかりだ。

 パラレイドと呼ばれる謎の敵の正体は、同じ人間……別次元の未来人だった。

 連中は新地球帝國しんちきゅうていこくの敗残兵で、身勝手な戦争継続のために統矢たちの地球で戦争を始めたのだ。その強大過ぎる戦力に世界は制圧されつつあるが、こうして今も統矢は戦っている。

 まだ、反乱軍は負けていない。

 小さな反乱でも、最後には勝利を掴むヴィジョンが見えている。

 統矢は【氷蓮】の右手を持ち上げ、親指を立てて声に応えた。

 オペレーターの声も今日は、いつになく緊張感がある。


『【氷蓮】、発信位置へ』

「了解」

『カタパルト、電圧ヨシ。進路クリア! ……御無事で』

「ありがとう、天城もできる限り守るよ」

『――発進、どうぞ!』


 火花を散らして、電磁カタパルトが【氷蓮】を押し出す。

 シートに押し付けられながら、統矢は晴天の青空へと放り出された。天城が展開するグラビティ・ケイジの中で、即座に宙へと浮かんで翔ぶ。

 すでに周囲には、ティアマト聯隊れんたいのパンツァー・モータロイドが展開していた。

 天城に搭載された機体のほぼ全てが、この作戦に投入されている。

 ここから先は、負けてはいけない戦いばかりだ。

 改めて決意を胸に誓えば、巨大な影が上空を通過する。


『統矢さんっ、【樹雷皇じゅらいおう】と合体してくださいっ』

「れんふぁか! 頼む、誘導してくれ」

『了解ですっ。ガイドレーザー発信、合体シークエンス、オート……同調確認』


 修理の終わった【樹雷皇】のグラビティ・ケイジが、指向性を持った重力帯となって【氷蓮】を包む。主砲の砲身を含めると、全長400mもの巨大機動兵器……それが【樹雷皇】だ。巨大戦艦である天城に並ぶ巨躯きょくを、コアシステムである【氷蓮】と本体側の更紗れんふぁで制御する。

 さながら【樹雷皇】は、それ自体が移動する武器庫で、凝縮された機動部隊のようなものである。


『統矢さん、合体します』

「ああ、ロック確認。接続完了……イルミネート・リンク、オンライン」

『コントロールをそちらに回しますね。ユー・ハブ』

「アイ・ハブ」


 鈍い振動があって、【樹雷皇】へと【氷蓮】は接続された。

 巨大な機体の中央にある接続ターミナルに、バイクに跨るように合体、さらに周囲を装甲を兼ねたロックシステムで固定された。

 システムのリンクも確認して、ふと統矢は思い出す。

 そういえは出撃前、あの霧華が妙なことを言っていた。


「そういえばさ、れんふぁ」

『は、はいっ』

「【樹雷皇】の調子、どうだ? なんか、妙なとことかないか?」

『えっと、凄くいいですよぉ。敵側に奪われてて、わたしもハラハラしましたけど。この子もきっと、怖かったと思います。……何故なぜか、動力部が別のものに換装されてて』


 そうなのだ。

 この【樹雷皇】は、人類同盟が持てる技術を全て投入して建造した、究極の対パラレイド用決戦兵器なのである。その名も、全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい……別名、ユグドラシル・システム。

 こちら側の兵器で唯一、セラフ級パラレイドを倒せるとされた機体である。

 その心臓部は、れんふぁがこちらの世界へ乗ってきた【シンデレラ】と呼称される機体だ。その正体は、あちら側の統矢……スルギトウヤ大佐が乗っていた【氷蓮】である。


「あっちのトウヤは……【氷蓮】を捨てた。あちら側の世界じゃ、パンツァー・モータロイドはすたれたらしいからな。その、巡察軍じゅんさつぐん? とかいう宇宙人との戦いでさ」

『うん……ひいおじいちゃんの【氷蓮】も、何度も改造が施されて、別次元の機体になってたけど、忘れ去られてた。だから、わたしが持ち出せたんだあ』

「重力制御や、単体での次元転移能力ディストーション・リープ……それは全て、この【樹雷皇】の心臓部として内包された。それを何故、敵は鹵獲時ろかくじに取り外し、別の動力を搭載し直したんだ?」


 れんふぁの話では、新しい動力部はセラフ級パラレイド、それも大型のものに使われる未知のテクノロジーだという。人類同盟の科学力で、無理矢理【シンデレラ】をそのまま取り込んだのとは訳が違う。

 以前よりも高出力かつ、安定した上体の【樹雷皇】が現状だ。

 では、何故? どうしてトウヤの【氷蓮】は持ち出されたのか?


「ま、考えてもしかたないか。今は目の前の作戦に集中する」

『うんっ。あ、千雪さんたちも上がってきました。フェンリル小隊はこっちのグラビティ・ケイジで預かりますねえ』

「頼む」


 仲間たちが続々と周囲に浮かんでくる。

 統矢はそれをモニター内のマーカーで確認して、加速を念じた。スロットルを開けると、【樹雷皇】の後部に集中するロケットモーターが青白く燃える。

 ティアマト聯隊に先行する形で、統矢たちは北米大陸へ高高度からの侵入を開始するのだった。

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