第8話「戦士たちの休息」
それからの数日は、穏やかな日々が続いた。
兵士として、パイロットとしての体力維持に務める。
規則正しく寝起きし、決められた運動をこなす。そして、機体の整備をして、シュミレーターでの戦闘パターン解析なんかにも参加する。
深海を
だから今日も、熱心に愛機である97式【
「どうだい? 少年。
「ああ、いい感じだ。でも、ちょっと過敏過ぎるかな」
「フッフッフ、フェンリルの
「俺を
丁度今、ケイジに固定された【氷蓮】のコクピットに統矢は座っていた。
覗き込んでくるのは、
リレイヤーズと呼ばれる、大人への成長を忘れた子供たち。
その正体は、平行世界の未来からやってきた、あのスルギトウヤと同じ時代の人間だ。
「統矢、君はどうも自分を過小評価しているようだね。戦闘データは見させてもらった」
「そ、そうか?」
「うん。はっきり言って、操縦技術はまだまだ伸びしろがある。言い換えれば、全然未熟だ。フェンリル小隊の中ではダントツに弱い」
「……ハ、ハイ」
はっきり言ってくれる。
だが、自覚もあるし、統矢だって日々の中で強くなっている。
そして、霧華はさらに言葉を続けた。
それも、ちょっと優しくくすぐるような声音で。
「けど、君は
それは褒められてるのか、それとも唯一の救いみたいなものなのか。
複雑な心境だが、霧華は面白そうに話し続けた。
「悲観するなよ、少年。ボクはこれでも立派だと思ってるんだ。そして……DUSTER能力者だって人間だ。極限の集中力が未来さえ引き寄せるとしても……その力を使いこなすのは、生身の肉体を持った摺木統矢という男の子なんだからね」
「それは、つまり」
「自分を追い込む必要もないし、酷使も無用だ。まして、自ら危険な状況に飛び込むようなこともオススメしないね。それに……最近のデータは、能力を極力使わない動きに見える」
そう、DUSTER能力にこだわっていては駄目だ。そして、頼り過ぎてもいけない。
だから、最近の統矢は無駄な近接戦闘を避けるようにしていた。戦闘時は周囲をよく見て、仲間との連携も大事にする。その上で突撃したり、
そして、データ上の数字はそれを裏付けてくれてるようだった。
「なあ、霧華」
「ん? なんだい?」
「あっちのスルギトウヤは……奴は、DUSTER能力は」
「……ふふ、彼はね」
霧華は意味深に笑って、ぐっと身を乗り出してくる。
「トウヤは、DUSTER能力を持っていない。彼にはあの力は、目覚めなかった」
「どうして」
「どうして、だって? フン、
「……なるほど、な。道理だ」
そんな話をしている間に、【氷蓮】のチェックが終わる。アビオニクス系を中心に、データの整理と最適化を行ったのだ。
反応速度やなんかも上げてもらって、今の【氷蓮】はベストな状態だ。
この
「さて、と。統矢、ガールフレンドがお待ちかねだね」
「えっ? ど、どっちの」
「自分で
霧華はウンウンと勝手に納得しながら、チェックシートの
追いかけるようにコクピットを這い出ると、周囲はなんだか浮かれている。作業員たちもパイロットも、大半の人員が移動中だ。
そして、そんな中で統矢を見付けた少女がほがらかに笑う。
「あっ、統矢さんっ」
「れんふぁ。千雪は? それと、この騒ぎは」
「天城、さっきから浮上してるんですよぉ。甲板に出てもいいって、刹那ちゃんが」
外の新鮮な空気が吸えるというのは、これはありがたい。どうしても艦内は、最新鋭の循環装置をフル稼働させても空気が濁る。火薬とオイルの臭いも、なかなか消えない。
統矢も当然、久々に解放感を味わいたかった。
「よし、ちょっと行くか? おーい、千雪!」
格納庫の億には、一回り大きな
深い
どうやらもう、整備を終えているようだ。
部屋に寄ってみるかと思い、統矢は作業着のポケットに手を突っ込むや歩き出した。当然のように、その腕にれんふぁが抱き着いてくる。
その体温と柔らかさが、今はとても愛しくて、恋しくて。
終わらぬ戦争を終らせる戦争、その合間の貴重なふれあいを統矢は
「なんか、
「先輩、遊ぶことにかけては本気だからな。そっか、釣りもできるのか」
「他の方も沢山、工作室で釣り竿作ってましたよぉ。余った廃材とかで」
「そこから始めるのかよ、はは……いいよな、そういうのもないと本当に息が詰まっちまう」
「はいっ! あと、ちょっとですがお菓子や
人間はマシーンにはなれない。
人間のままでは、絶対になれないのだ。
心があるから、苦しい時や悲しい時がある。息抜きや娯楽が必要だし、調子の悪い時だって確実にやってくる。
統矢はふと、一人の少女を思い出した。
自分を忘れさせられた、宿敵……レイル・スルール。
統矢のことを全く覚えていなくて、その驚きは不思議な悲しさとなって胸に
「むーっ、統矢さん?」
「ん、あ、ああ、どした?」
「今、難しい顔してました。シリアスなの、今は、めっ! ですよぉ」
「はは、悪い悪い。よし、上がろうぜ」
何人かのクルーと一緒に、外へのハッチを通り抜ける。
三重になっててエアロックも兼ねた出入り口の外は、
統矢を離れて歩み出たれんふぁが、んー! と全身で伸びをする。
すらりとスレンダーな少女の輪郭が、より健やかな美しさで陽の光に輝いて見えた。
「あっ、見てくださいっ。統矢さん、あそこ! イルカです、イルカッ!」
「ああ、今はどのあたりを航行してるんだろうな」
「もっと近くで見ましょうっ! 凄い沢山跳ねてます、凄いですよぉ~」
「こ、こら、引っ張るなって」
大人たちも皆、久々の外界を満喫しているようだ。
広い甲板では、既にテニスをしている人たちもいるし、煙草の煙を
だが、艦首方向の主砲が並ぶ甲板が騒がしい。
人だかりができてて、自然と統矢はその先が気になる。
「統矢さんっ、行ってみましょう!」
ガッシ! と腕にしがみついてきて、ぐいぐいとれんふぁは引っ張るように歩く。されるがままの統矢も、なんだか悪い気がしない。こういう恋人らしいことを、れんふぁにも千雪にも、もっと沢山してやりたいのだ。
戦いばかりで浮ついたアレコレが不足してるのに、肌が肌を求めてしまう。
明日にも消えるかもしれないからこそ、生命の
「ん……? なんだ、千雪か。なにやってんだ?」
「もぉ、統矢さんっ! なんだ、じゃないですよぉ。ほら」
「ああ、空手か。
「綺麗ですね……
「……え、千雪の彼女がれんふぁじゃなくてか?」
「ふっふっふ、千雪さんが彼女さんです。わたしの彼女さんでもあるのです」
なんとなく、逆のイメージがある。
統矢を愛してくれる二人が、お互いに好きあってることも知ってたし、とても嬉しい。けど、どっちかというと千雪が彼氏役の方がしっくりくる気がした。
そんなことを思いつつ、千雪の姿に目を細める。
誰もが
周囲の大人たちも、最後の技が終わるや拍手喝采に沸いていた。
「これにて、
やっと周囲に気付いた千雪は、赤面しつつ統矢たちを見付けてくれた。
照れながらもこちらに駆けてくる。
「よ、千雪。やっぱ、お
「千雪さぁん、素敵ですっ!」
「さ、最近、少し
いつもの無表情も、
一騎当千のPMR乗りであると同時に、五百雀千雪は女の子なのだと思った。
統矢の視線に気付いた千雪は、少しはにかむように目元を緩めるのだった。
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