第7話「闇の中でこそ、光る勝機」

 摺木統矢スルギトウヤは、悠長に休んでいられる身ではなかった。

 今も、御堂刹那ミドウセツナの居座る艦長室から戻ったばかりである。すで天城あまぎの艦内は深夜のローテーションに入っていた。照明の落とされた艦内は、いたるところに赤色灯が灯っている。

 割り当てられた部屋のドアを開いて、静かに統矢は中を覗き見た。


「ただいま……千雪チユキ? れんふぁも、寝てるのか? ……だよな、そういう時間だ」


 つい、刹那と長話をしてしまった。

 そして、重大な情報を共有したし、刹那が勢いと憎しみだけで戦っている訳でもないとわかったのだ。

 

 それが刹那には、ちゃんとわかっているのだ。

 勿論もちろん、困難な戦いは続くし、それは見る者が見れば分の悪い博打ばくちに見えるかもしれない。だが、少女の姿に閉じ込められた憎悪ぞうおは、この世界線で全ての決着を付ける気だ。

 ここでスルギトウヤ大佐を止められなければ、未来はない。

 れんふぁたちが元いた世界線も、統矢が生まれ育ったこの世界線もだ。


「さて、じゃあ……俺も寝るか。寝る、けど、うーん……これは、どうしろと?」


 統矢たちパンツァー・モータロイドのパイロットには、士官室があてがわれている。これは非常に贅沢なことだ。

 統矢と千雪、そしてれんふぁはシャワーとトイレの付いた二人部屋である。

 軍艦特有の手狭さはあるものの、三人だけになれる空間はありがたい。

 ありがたいのだが、さてと統矢は腕組み唸った。

 彼の視線の先には、部屋と一体化した二段ベッドがある。

 上下ともカーテンが閉まっているが……統矢はどっちで寝ればいいのだろうか。


「ま、まあ、千雪と寝るか……いやまて、れんふぁか?」


 三人で息を潜めて暮らしていた、あの小さな片田舎かたいなかの町を思い出す。

 安アパートに身を寄せ合っての、ささやかな平穏。冬の寒ささえも、互いに抱き合えば静かに溶けていった。貧しかったし、千雪も体調不良で弱っていく一方だった。

 でも、ささやかな幸せは確かにあった。

 そのことを思い出しても、統矢は時間が巻き戻ることを望まない。

 小さな幸せでは駄目だ……この戦いに決着をつけ、本当の幸せを手に入れる。

 必ずその未来へ、千雪とれんふぁ、そして仲間たちを連れてゆく。


「参ったなあ……じゃ、じゃあ、そうだな、うん。下段のベッドで今日は寝よう。どっちがどうとか、選べないしな。そ、そういう訳だから」


 いつからか、三人で寝るのが自然になっていた。苦しい戦いの中、自然と互いの温もりを求めてしまった。少年少女の不器用な愛情は、宵闇よいやみの中でだけ男女の交わりを貪ってしまう。

 そういう仲になって久しいが、軍艦暮らしはそうはいかない。

 そっと統矢は、下段のベッドを覆うカーテンを開く。


「ありゃ? 千雪もれんふぁもいない」


 そこには、期待していた人物の姿はなかった。

 そして、上段のカーテンから黒髪の少女が顔を出す。

 眠そうな目をこすりながら、五百雀千雪イオジャクチユキが口をもごつかせた。


「統矢君、おかえりなさい……遅かったんですね」

「ああ、ちょっと艦長代理とな。千雪は、れんふぁと?」

「はい。れんふぁさんも疲れてたみたいなので、早めにとこにつきました」

「二人で?」

「下段は統矢さんがゆっくり使ってください。疲れてるんですから、なるべく広い寝床で寝てもらおうと思って」

「お、おう……その、ありがとな」

「いえ。では、おやすみなさい」


 なんだか、気遣きづかいが嬉しいのに、微妙に残念だ。

 毎夜毎晩、互いを求め合う……そういうことはないが、今まで川の字になって三人で寝てきた生活がなつかしい。

 だが、せっかくなのでゆっくり統矢も休むことにした。

 士官用の二段ベッドは、広くはないが不足を感じない。

 早速着替えて消灯し、統矢もようやく長い一日を終えようとしていた。

 だが、疲れているのに目が冴えてすぐには眠れない。

 静かに目を閉じても、まぶたの裏に先程の光景が浮かび上がった。


『なに? 例のセラフ級……メタトロンのパイロットが妙だった、だと?』


 統矢は先程、刹那に全てを報告した。

 度々たびたびメタトロンで立ち塞がる少女、レイル・スルール。今回も新たにパワーアップしたメタトロンに統矢は襲われた。

 グラビティ・イーターと呼ばれる新兵装には、苦しめられたのも事実である。

 だが、そんなことより統矢が気になるのは、レイル自身のことだ。

 彼女はどうやら、統矢に関する記憶を失ってるように思えた。

 そのことについて、御統霧華ミスマルキリカは気になることを言っていた。


『ふむ、御統霧華の言うことも最もだな。記憶や人格を改竄かいざんする技術は、確かに新地球帝國しんちきゅうていこくに存在していた。もはや、そのレイル・スルールとかいうパイロットは別人と見ていいだろう』


 刹那は実にクールで、そしてクレバーだった。

 むしろ、様変わりしたレイルのことを喜んでいるようなふしすらある。何故なら、これで統矢が踏ん切りがついて、後顧こうこうれいなくレイルを殺せると考える……そういう思考ルーチンを持つのが御堂刹那という女性なのだ。

 だが、冗談ではない。

 かつてのレイルは、妄信的な一面もあるが、真っ直ぐで優しい少女だった。そこに付け込まれて、スルギトウヤ大佐に利用されているのである。彼女自身もまた、監察軍かんさつぐんと呼ばれる異星人との戦いで、決してえない傷を負ったと聞いていた。

 そんな彼女が、本当の姿を失ったまま、命までも奪われる。

 それだけは、例え敵のエースパイロットでも、我慢ならない。


『まあいい、摺木統矢。それより、今後について軽く話しておく。いよいよ大詰めだ……スルギトウヤを殺し、こちら側の世界に展開した奴らを殲滅せんめつする』


 反乱軍へと降ったリレイヤーズの中でも、霧華は幹部クラスの重要な情報提供者だったらしい。そして、刹那とは顔見知りだと聞かされた。

 想定された最終決戦を聞かされ、統矢は武者震が込み上げたのを今も覚えている。


『スルギトウヤは、どうやらこの世界で戦力を再結集させ、軍の立て直しを図るらしい。つまり』


 そう、つまり……以前からパラレイドと呼称されてきた連中が、その全軍を集結させると刹那は言う。

 スルギトウヤの計画にのっとり、無数の並行世界へ散らばっていた者たち。

 その全てが、一斉に次元転移ディストーション・リープで統矢の世界にくる。

 そしてこの地球は、DUSTERダスター能力者を生み出すための巨大な実験場と成り果てる。人間同士を戦わせ、命の危機に追いやり覚醒を促す。覚醒せねば死ぬという舞台を整え、そこで終わらぬ戦争を始めるつもりなのだ。


『御統霧華の情報では、今から一週間後……正確には、142時間後だ。地球の衛星軌道上に、散っていた新地球帝國の造反部隊が一斉に次元転移してくる』


 その数、少なく見積もっても十万。

 数え切れぬ無人兵器と、一騎当千いっきとうせんのセラフ級で構成された機動部隊だ。これをもって、スルギトウヤは地球を完全に掌握し、順次戦争をやらせるつもりなのである。

 だが、それを阻止する刹那にも策があるようだ。


『リレイド・リレイズ・システムは、無限に存在する世界線の全てに、数値的な座標を持っている。スルギトウヤは、散らばった同志たちにこの世界線の座標を伝えただろう。結果、同じ場所に同時刻に集結することは避けられない』


 小分けにして少しずつ次元転移させないのは、統矢たち反乱軍を警戒しているからだ。戦力の逐次投入ちくじとうにゅうは、各個撃破のにあうことも多い。

 だから、一度に全て……反乱軍が全く対抗できない大軍勢をまとめて動かすのだ。

 そこに付け入るすきがある。


『強奪した核を使って、次元転移でこちら側に現れた瞬間、一網打尽にする。フッ、地球を数十回は消滅させられるだけの核だ。よくもまあ、こんなに溜め込んだものだな』


 作戦実行のため、天城は僅かな協力者たちを頼って、宇宙へ出る。

 そこから先は、わずかな油断も許されない吶喊作戦とっかんさくせんとなるのだ。

 刹那の話を思い出していた統矢は、小さく溜息ためいきこぼす。


「……それで終わるといいけど、さ。いや、終わらせるんだ。俺が、この手で」


 無理にでも寝ようとして、統矢は寝返りを一つ。

 二人の恋人が譲ってくれたベッドは、広いとは言えないが窮屈きゅうくつにも感じない。そのまま身を丸めるように小さくなれば、自然と疲労感が睡魔を呼んできた。

 明日、目が覚めたらまた戦いが始まる。

 宇宙へ出るためには、天城単体の能力では不可能だ。

 どうしても、地球の引力圏を振り切るだけの推進力が必要になる。

 これを刹那は、敵の基地を強襲して得る手筈になっていると言っていた。

 今は幸運を信じて、統矢は眠りにつく……はずだった。

 上のベッドから、鼻を抜けるような甘い声がささやかれるまでは。


「あの、れんふぁさん……っ、ん……ちょっと、その、手が」

「ムニャア……ふふ、統矢さぁん。お疲れ様ですぅ~」

「時々、寝ぼけての抱き着き癖がありますよね、れんふぁさん。ちょ、ちょっと、でも、今夜は」

「わたしがいーっぱい、甘やかしてあげますからねー、うふふふふ」


 どうやられんふぁが、寝ぼけて千雪に絡んでいるらしい。

 そういえば、統矢も何度か激しく抱き着かれた……というか、しがみつかれた夜があった。それは多分、幼少期からのれんふぁの癖なのかもしれない。

 彼女がどういう人生を過ごして、どう育ってきたかを、統矢は知らない。

 平行世界の曾孫は、統矢たちのために危険を犯してこの世界線に来てくれたのだ。

 だが、千雪が必死に声を抑えようとしてるから、逆に鼓膜がねぶられるように敏感になってしまう。


「れんふぁさん、これ以上は声が……統矢君が目を覚ましてしまいます」

「いいんですよぉ、統矢さぁん。わたしだってほら、胸はないけど結構、ふふふ」

「ちょっ、ん、っ! ……起きてますよね? これ、絶対に起きてませんか?」

「いいからいいから、一緒にこうして寝ましょうよぉ。ギューってして、千雪さんと三人で……寝ましょ、う……ムニャムニャ」


 まるで幼子のように、れんふぁは幸せそうな寝言を呟き続ける。

 こうして統矢は、なんだか消化不良なもやもやが全身に広がるのを感じて、自分に平常心を言い聞かせる。だが、すぐ真上で密着する恋人たちのせいで、次の日寝不足になってしまうのだった。

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