第5話「凍てついた真実」

 北極海を離脱したフェンリル小隊に、言葉はなかった。

 摺木統矢スルギトウヤいたっては、思考も失われつつある。

 先程の激戦での、敗北……切り札だったグラビティ・エクステンダーを、完全に無効化された。のみならず、陸戦兵器であるパンツァー・モータロイドをグラビティ・ケイジで空戦運用する、その戦術そのものが無力化されたのだ。

 その衝撃以上に、統矢が受けたショックは大きい。


「レイル……お前、どうしちまったんだ? なにが」


 今、五百雀千雪イオジャクチユキの【ディープスノー】を中心に、グラビティ・ケイジに包まれ母艦との合流地点へ飛んでいる。

 重苦しい沈黙を破って、回線を声が走った。

 それは、いつもと変わらぬ隊長の五百雀辰馬イオジャクタツマだった。


『あー、なんだ……ちょっくらやばかったが、まずは今回生き残った。帰投したらシャワーでも浴びて、飯食って寝ちまえ。以上だ』


 了解の返事を誰も返さなかった。

 統矢も言葉が出てこなかったが、ありがたいと思う。

 辰馬は勿論もちろん、千雪もなにも聞かないでいてくれる。後輩のラスカ・ランシングや渡良瀬沙菊ワタラセサギクもだ。

 敵のエースパイロット、レイル・スルールはDUSTERダスター能力者だ。

 そして、統矢とは浅からぬ因縁があり、そこに行き交うのは憎しみではない。

 そう、憎しみではなかったはずだ。

 少なくとも、統矢はそう思っていた。

 そんな中、話題を変えるようにラスカが口を開く。


『それよかさ、なんか……グラビティ・ケイジ、吸い取られるのってアリ? なんなのよ、あれ』

『ラスカ殿、敵は平行世界とはいえ未来の技術、さらには異星人の技術をも持っているであります』

『しっ、知ってるわよ! ……沙菊、アンタなにかいい考えないの?』

『現状で、敵がグラビティ・イーターと呼んでいた装置への対抗策はないであります。ただ……れんふぁ殿なら、もしや』


 更紗サラサれんふぁの名が出て、ふと統矢は思った。

 だが、今は脳裏にひらめいたアイディアは、希望的な憶測ではない。

 胸中に留めて、あとで千雪も交えて計算してみるしかない。そして、この思いつきがメタトロンのグラビティ・イーターを敗れるとは限らないのだ。

 だから、今は口にしない。

 今の仲間たちに、根拠のない希望を見せたくはなかった。

 そうこうしていると、直通回線で千雪が声をかけてくれた。


『統矢君、もうすぐ合流地点です。……れんふぁさんには、私から話しておきましょうか? レイル・スルールの件は、れんふぁさんも他人事ではないと思うので』

「ん、あ、いや……ありがとな、千雪。俺からちゃんと話すよ。ただ、その時……一緒にいてくれ。相談したいこともある」

『は、はい! います、側にいます。肌身離さず寄り添います』

「いや、そんなに張り切られると困るんだが。ン? 来たか」


 ブリザードが吹き荒れる中、海面すれすれを飛ぶ五機のPMRパメラ。その右手に、突然巨大な波が走り出す。それはやがて、浮上する巨大な戦艦を宙へと持ち上げた。

 沙菊の平坦な声も、どこか安堵の響きがあるように思われた。


『前方、距離500……天城あまぎが浮上中であります。回線確保、着艦許可の信号を受信』


 ゆっくりと、巨艦が空へと浮上した。

 その背後には、複数のケーブルで牽引された【樹雷皇じゅらいおう】が続く。凍える吹雪の中で、兵器と武器の塊は寒々しく見えた。それでも、修理がほぼ全て完了していることは喜ばしい。

 敵に鹵獲されて使用されていたため、【樹雷皇】は慎重に調査と検査が行われた。

 だが、動力部である【シンデレラ】が取り除かれていた以外、問題はなかった。

 むしろ、【シンデレラ】の代わりに内蔵された新動力の方が、高性能なくらいである。やはり新地球帝國軍でも、【樹雷皇】の戦力は必要とされていたようだ。


『うーし、順次着艦だ。ラスカ、沙菊、んでもって統矢だ。千雪は』

『私の【ディープスノー】は最後ですね、兄様』

『だよな。お前がいなきゃ海におっこっちまう。悪いが最後まで付き合ってくれ』

『了解です』


 巨大な航宙戦艦である天城は、艦体前部に砲塔や武装が集中している。それを挟むように艦載機発艦用の甲板が左右一対、そして機動兵器の格納庫ハンガーがある。

 艦体後部は、まるで旧世紀の月ロケットをたばねたようにノズルが並んでいる。

 その中央に、左右の格納庫へ通じる後部着艦デッキがあった。

 ガイド・ビーコンと共に、誘導灯の光が伸びる。


『じゃ、先に降りるわ! このアタシが珈琲コーヒーくらい用意してあげるんだから、アンタたちもさっさと来なさいよ? 特に統矢、アンタはね!』

「なんだよ、それ。ああでも、いいな……温かいものが飲みたいし、頼むよ」

『はいはい、わかってるわよ。んじゃ、お先』


 ラスカの89式【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうきが編隊を離れる。

 千雪がグラビティ・ケイジを、天城のものへとリンクさせたようだ。

 統矢が見ても、溜息が出るほど見事な着艦……やはり、ラスカの操縦センスはずば抜けている。この嵐の中、全く挙動が乱れずデッキへ吸い込まれていった。

 統矢は、苦手な訳ではないが自信はない。


『では、自分もお先に失礼するであります』

『おしゃ、行け行け。んでな、沙菊』

『なんでありますか? 辰馬隊長』

『なんかお前、ホント変わったなあ……前みたいに辰馬ちゃん先輩って呼んでくれよぉ』

『軸線固定、リンク。着艦準備ヨシ』

『無視かよ! まあ、あとでミーティングな? メディカルチェックのあと全員集合、茶でもしばいて、っておーい』


 沙菊の重々しい愛機、改型伍号機かいがたごごうきも無難に着艦を決めた。

 次は統矢の番だが、あんな激戦のあとで着艦作業に緊張している自分が少しおかしい。天城への帰還はほぼセミオートで、軸線に乗せれば失敗する可能性は低い。

 だが、万が一ということもある。

 手を抜いていい操縦など、一瞬たりとも存在しないのが戦場のつねだ。


「じゃ、辰馬先輩。千雪も。また後で」


 吹き荒ぶ風は強く、愛機97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴに容赦なく氷雪が叩きつけられる。

 それでも、統矢は無難に機体を安定させた。

 すぐに天城側で【氷蓮】を誘導して、そのまま引っ張るように収容してくれる。

 格納庫内部に両足をつけると、統矢は深く息を吐き出しシートに身を委ねた。どっと疲れが出たが、まだ終わりではない。誘導員に従い、左舷側の格納庫へと機体を歩かせる。

 ここまで来て、ようやくハッチを開く。

 軍艦特有の重油の臭いに、ひといきれ、そして冷たい空気。

 ケイジの前までくると、ツナギ姿の作業員たちの中に奇妙な子供が立っていた。


「あいつ……もしかして」


 整備班に従い、ケイジに【氷蓮】を固定する。

 あとのことを担当の人間に任せて、二、三の言葉を通わせると、統矢はようやくコクピットから解放された。

 すぐに、先程の子供が歩み寄ってくる。

 この場に不釣り合いな白衣姿で、ボサボサの蓬髪ほうはつが不思議とかわいらしい。

 だが、その瞳は酷く老成した光がよどんでいた。

 統矢はヘルメットを脱ぐと、パイロットスーツの首元を緩めつつ声を投げかける。


「あんたか? 御統霧華ミスマルキリカってのは」

「そうだよ、統矢。寝返り組じゃ、チーフって呼ばれてる。けど、霧華でいいよ」

「……で? なんの用だ? 関係者以外は立入禁止じゃないのかよ」

「酷いなあ、わざわざ出迎えに来たのに。……うん、確かに似てる。面影おもかげがあるね」


 とても妙な女の子に見えるが、霧華はリレイヤーズだ。見た目は子供だが、異星人と戦うため、さらにはこちらの世界で戦争を起こすために何度も生死を乗り越えている。

 統矢たちにとっては、ある意味では招かれざる客、この世界の混乱の元凶だ。

 だが、そのリレイヤーズの一人である霧華は、ニコリと笑って迫ってきた。

 思わず半歩下がるが、ぐいと身を寄せてくる。


「な、なんだよ……は、離れてくれるか、霧華、さん?」

「さん、は余計だね。呼び捨ててほしい。ふふ、ボクは気に入ったよ。乗り換えて正解かな……こっちの統矢のほうが、魅力的な面構えだ。好意に値するね」

「ど、ども……? なあ、ちょっと」


 酷く無邪気な笑みを浮かべて、ようやく霧華は統矢から離れた。

 その間も、辰馬が、次いで千雪が着艦してくる。

 いよいよ格納庫が忙しくなってきて、統矢は奥に下がろうと歩き出す。

 だが、その背を霧華の声が呼び止めた。


「グラビティ・イーター……恐ろしいだろう? ボクも、まずいものを造ったものさ」

「……なん、だって? ってことは!」

「うん。先に言っておけばよかったね。ボクはメタトロンの設計と改装に関わった人間の一人だ。ああ、勘違いしないでほしいな。ボクだって、良かれと思ってたんだ。最初はね」


 悪びれずによく言う……そんな苛立いらだちがつい、統矢の顔に出てしまった。

 それが伝わったのか、肩をすくめる霧華が悲しそうに笑う。


「リレイヤーズになると、死が日常になる。生命が軽くなるんだ。でも……レイルは、違う。彼女はトウヤに拾われ、軍に入って、次元転移ディストーション・リープでこの世界に来た。トウヤの一番の切り札としてね」

「レイルのことも知ってるんだな。そりゃ……異星人は、酷かったかも、しれないけど」

「ボクたちの世界じゃ、出会いが悲劇だったからね。異星人、監察軍かんさつぐんの連中だって、本当は戸惑ってるかもしれないし」


 思い切って、統矢は霧華に聞いてみた。

 どこか得体が知れないが、彼女はどうやらあのスルギトウヤ大佐の近くにいたらしい。


「今日、レイルに会った。メタトロンと戦ったよ。……まるで別人になってた。俺のことも、覚えてなくて……トウヤの名をかたる重罪人だって」

「なるほど、そうきたか。恐らく、トウヤに記憶をいじられたのかな? 頭の中をね、色々とかきまぜる技術もある。それでは、トウヤに尽くしてきたレイルが救われないがね」


 今のレイルは、記憶を改竄かいざんされ、人格すら上書きされていると霧華は言った。その言葉が、一層統矢を凍えさせた。

 それでも霧華にうながされ、足取りも重くメディカルチェックへと向かうのだった。

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