第3話「絶対零度の再会」

 白銀の凍土を疾駆しっくする、影。

 わずか五機のパンツァー・モータロイド部隊が、真っ直ぐ敵へと飛び込んでゆく。

 フォーメーションの中心で、普段通りに摺木統矢スルギトウヤは自分を落ち着かせていた。

 いつものコクピットで、やることは同じ。

 うんざりするほど相手をしてきた、無人兵器群との戦いが始まる。

 指揮を執る隊長の五百雀辰馬イオジャクタツマも、嫌になるほど落ち着いていた。


『おーし、千雪チユキ! 我が優秀なる愚妹ぐまいよ! 先行して突撃、引っ掻き回せ。それと、適度にグラビティ・ケイジな』

『了解です、兄様。あと、後ほどその愚妹とゆっくりお話しましょう……拳で』

『おおっと、怖い怖い! さて、あとは各自、好きにやる! いつも通りだ。んじゃま……コンバット・オープンッ!』


 戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。

 目の前には、メインモニターを埋め尽くす敵の大軍が迫る。

 その中へと、引き絞られた矢のように青い機体が突出した。

 大型のPMRパメラは、五百雀千雪イオジャクチユキの【ディープスノー】だ。あっという間に敵のビームが殺到するが、展開されたグラビティ・ケイジが全てをはじく。

 肉眼で見て取れる程に、激しい光が無数に拡散していった。

 かつて敵がパラレイドと呼称されていた頃、まだ人類同盟じんるいどうめい側ではグラビティ・ケイジを展開可能な機体は限られていた。とにかく敵の射撃が制限される距離に肉薄して、白兵戦を挑まざるを得なかったのだ。


「よしっ、千雪が突っ込んだか。これで足並みが乱れれば!」


 統矢は、敵の隊列が大きく歪んで押し戻されるのを見て取った。

 千雪の【ディープスノー】は、無敵の格闘戦能力と突破能力を持っている。小回りが効かず、普通のパイロットなら投げ出すような操縦性の悪さだが、あの突撃を避けられる敵などそういない。

 くさびのように打ち込まれた【ディープスノー】を中心に、敵の動きが散漫になる。

 自律型のAI制御でも、現場の変化に対する順応性はまだまだ人間の方が上だ。

 あの新地球帝國しんちきゅうていこくとかいう、異世界の未来からきた技術でも、今は統矢たちの方に分がある。


「ラスカ! 沙菊サギク! 撃ち漏らしを頼む!」

『誰に言ってるのよ、誰に! アンタの後、アタシがいてあげるんだからね! つまんない仕事させたら、ぶつんだから!』

『援護するであります……ターゲット、確認。照準、補正。……ファイア』


 砲弾が無数の雪柱を屹立させる。

 48cmセンチ砲の釣瓶打つるべうちだ。

 地形さえも変える一撃に、敵のアイオーン級が文字通り蜘蛛くもの子を散らして逃げ惑う。その多脚型のシンプルな構造は、生産性を極限まで高めた量産型の殺戮装置キルマシーン。物量で推してくる無慈悲な無人機に、多くの優秀なパイロットたちがなすすべなく飲み込まれていった。

 だが、統矢たちは違う。

 一騎当千いっきとうせんのパイロットである以上に、お互いが阿吽あうんの呼吸で躍動する一つの戦術単位なのだ。


「千雪がかき乱して、崩れたところを俺がっ! 【グラスヒール】、アンシーコネクト、モードスラッシュ……消しっ、飛べぇ!」


 さやへと納めた【グラスヒール】は、真打アライズの名を冠した奇跡の剣。人類はもちろん、敵側でさえ解析不能な未知の物質、零分子結晶ゼロぶんしけっしょうでできた巨大な刃だ。それを鞘へと接続すると、つばになっているビームガンが剣と鞘とを結んで、粒子の力が増大する。

 統矢は迷わず、目の前の敵に向かって横薙ぎに切りつけた。

 鞘走る翡翠色ひすいいろの刀身は、ビームの光を伸ばして周囲を薙ぎ払う。

 あっという間に、無数の敵意が灰燼かいじんに帰す。

 残骸すら残さず、増幅されたビームの奔流ほんりゅうへと溶け消えた。


『ちょっと統矢! アタシにも標的を残しなさいよ! なによ、その大雑把おおざっぱでデタラメな強さ、っと、ととっ! あーうるさい!』


 視界のすみで、真っ赤な【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうきが躍動した。

 手にした大型のダガーを敵へねじ込み、さらにそれを蹴りで深々と突き刺す。

 爆発するアイオーン級を背に、ラスカ・ランシングは愛機アルレインに必殺のパイルトンファーを構えさせた。かくの扱いには定評のある彼女の、天才的な器用さそのものが一番の武器だ。

 その後方では、両肩の大砲を固定した渡良瀬沙菊ワタラセサギク改型伍号機かいがたごごうきが凍土を吹き飛ばす。

 フェンリル小隊のいつもの呼吸が、次々と敵をほふってゆく。


『ちょっと統矢! アンタにばかり撃墜スコアはやれないわ! アタシも前に出るっ!』

「お、おいおい、ラスカ……ったく」

『久々に競争よ! ま、ダブルスコアでアタシの勝ちだろうけど』

「言ってくれるなあ。その勝負、どう見ても俺の【氷蓮】に有利だろ」

彌助ヤスケに作らせたっ、コレをっ! 見ても! そう、言える、かしらっ!』


 リレイヤーズの一人、八十島彌助ヤソジマヤスケは新兵器開発に余念がない。

 だが、必ずしも新兵器が有効なものとは言えないのが現状だ。

 自信満々でラスカの改型四号機が背に手を回す。

 取り出されたのは、機体の各所にマウントされた対装甲炸裂刃アーマーパニッシャー……を、。言う慣れば、装甲をぜて食い千切る牙のむちである。

 思わず統矢は「げっ」と率直な声を出してしまった。

 しかし、ラスカは既に大型の砲戦用パラレイド、アカモート級に突進している。


『おりゃああああああっ! 一網いちもうっ! 打尽だじんっ! よっ!』


 ヒュン、と硬質ワイヤーの鞭がしなる。

 あっという間に四足歩行の巨躯きょくに、危険な導火線が巻き付いた。

 無数の対装甲炸裂刃が突き立つや、ラスカがトリガーを引く。

 炎で縛り上げられたアカモート級は、そのまま周囲を巻き込んで爆散した。


「……うっわ、エグ……って、え? まだ持ってるのかよ!」

『めいっぱい、積んできたわ! どんどん行くわよっ!』

『費用対効果、極めて劣悪であります……む? 統矢殿、ラスカ殿も! 上です!』


 突然、沙菊の声が尖って刺さる。

 反射的に統矢は、ラスカと逆側へと愛機を放り投げた。

 そのまま転がるように身構えながら、冷たい雪の上で【氷蓮】が立ち上がる。

 今まで彼がいた場所に、光の柱が突き立った。

 上空からの、強力なビームによる射撃攻撃だ。

 もともとが氷塊ひょうかいふたをされた海である北極は、あっという間に穴が空いて地面が軋む。

 蒸気を巻き上げる大穴の上に……死の熾天使セラフが降臨していた。


「あれは……メタトロン! レイル、レイル・スルールかっ!」


 吹雪の中で逆巻く凍気に、白い機体が身をさらしている。

 両肩にはブースターを兼ねたビームランチャーが貼り出て、人型のシルエットを大きく見せている。手にする長い長いライフルも、先程の射撃で白煙をくゆらしていた。

 幾度いくどもパーツを変え、その都度手強くなって立ちふさがる敵……メタトロン。

 そのパイロットが純真な少女であることが、統矢にはどうしても忘れられない。

 思わず行き交う回線の中へと、その名を呼んで統矢は叫ぶ。


「レイル・スルールッ! 前にもう立つなって、そう言ったぞ! 俺は! どうして……お前とは戦いたくないんだよ! もうっ!」


 だが、信じられない言葉が冷たく響いた。

 統矢はその声が、ボーイッシュな少女の実直さを奪ってゆくのを察した。

 たった一言で、統矢の中のレイル・スルールは殺された……皆殺しにされてしまった。


『……。見つけた……トウヤ様の名をかたる反逆者』

「なっ……なにを言ってるんだ! レイル、俺だ! 統矢だ!」

『知っている。DUSTER検体第二号ダスターけんたいだいにごう……反乱軍のエース、摺木統矢。その名を返してもらうぞ! その名は……ボクたちの希望、トウヤ様だけのものだ!』


 信じられなかった。

 まるで初対面のように、レイルの態度は硬質化している。

 拒絶と嫌悪と、その両方とが統矢に叩き付けられた。

 そして、再び銃口が向けられる。

 一瞬、統矢は躊躇ためらい、反応が遅れてしまった。


『統矢君っ!』


 目の前で、ビームの光が膨らみ、はじける。

 気付けば統矢は、割り込んできた千雪の【ディープスノー】に守られていた。

 眩い光は、展開されたグラビティ・ケイジがビームの粒子を遮断する輝きだ。

 今、千雪が守ってくれなければ……おどろきの中で統矢は死んでいた。

 そのことにようやく実感が宿って、改めて統矢は気合を入れ直す。

 ここは戦場で、レイルにはなにかがあった。

 なにがあったかは知らないが、ここで死んでやることはできない。


「すまん、千雪! ……もう大丈夫だ」

『レイル・スルール大尉、ですよね? ……妙です。まるで初めて会ったような』

「ああ。だが、知ったこっちゃない! 俺は……もう出てくるなって言ったんだ! それなのに!」


 いきどおりも怒りも、身勝手に思えた。

 あくまでレイルは、自分を救ってくれたトウヤに……リレイヤーズとなった平行世界のスルギトウヤに義理立てするつもりだ。

 それでも、以前の彼女には凛冽りんれつたるいさぎよさ、清廉せいれんさがあった。

 それが今は、ドス黒い憎しみだけが伝わってくる。


『フン! トウヤ様の名を騙る咎人とがびとと、その女か。目障りだな……消えろっ!』

『くっ、敵の出力が上がる? 統矢君、下がってください!』


 千雪はグラビティ・ケイジの収束率を調整して、飛び退きつつビームをそらした。

 真正面から受け止めきれないと判断したのだ。

 彼女が僅かに捻じ曲げ流した、そのビームが敵軍の中心に大穴を開ける。

 通常の火器を遥かに上回る、とてつもない火力が蒸気の渦を巻き上げた。


「なんて火力だ……よしっ、千雪! グラビティ・エクステンダーだ。速攻で畳み掛ける!」

『……統矢君、辛いなら私が』

「辛いさ。レイルは、一度は俺たちを助けてくれたしな。でも、今は敵と味方だ。俺の迷いは、仲間を……みんなを、お前を殺してしまう! それだけはっ!」


 【氷蓮】の背に、小さな翼状のユニットが立ち上がる。それは、僚機りょうきのグラビティ・ケイジを借り受けて、制限時間の中で飛躍的なパワーを得る、いわばドーピングだ。

 180秒だけ、【氷蓮】はグラビティ・ケイジを自由に操ることが可能になるのだ。

 だが……不意にレイルは冷たい笑みを浮かべた。


『ああ、そうか……お前のその力、トウヤ様にはお見通しだ。ボクにも! 通用、しないっ!』


 メタトロン・ヴィリーズの全身が、上下に分かれる。上半身と下半身がコアから分離して、そして力が抜けたように続けて落下した。

 同時に統矢は、不気味な地鳴りと共に氷の大地が揺れ動くのを感じるのだった。

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