第2話「雪は舞い、氷は輝く」
風が、
相変わらず刺すように痛い冷気は、
だが、
白い息を
「統矢君、雪です」
「ん、ああ。珍しいな……こんなに穏やかな」
「ええ」
「ずっと嵐ばっかりだったもんな」
しんしんとただ、雪は降り積もる。
白銀に染まる世界さえ、
だが、そんな
相手は、人間。
違う世界線、平行世界の地球から来た未来人だ。
だからといって、奴らの野望を許す訳にはいかない。
この世界の摺木統矢として、スルギトウヤ大佐の
やがて、前方に小高い山並みが見えてきた。
「偽装解除、ゲートに入ります」
千雪が取り出したのは、あのタブレットだ。
あの北海道での戦いは、統矢をこの小さな携帯端末に閉じ込めてしまった。
毎日、タブレットの中に復讐の未来予想図を描いていたのだ。
だが、そんな彼を引っ張り出してくれたのは、今も隣にいてくれる千雪である。
「統矢君? ……私の顔に、なにかついてますか?」
「いや? ただ、
「ふふ、おかしな統矢君ですね。まあ……顔にも自信がありますので、存分に。……統矢君の、私、です、から」
自分で言ってて照れたのか、千雪は
前方の山が消失したのは、そんな時だった。
海底基地の出入り口である、ゲートを隠すための立体映像が消えたのだ。その奥から、大きく42と書かれた鋼鉄の扉が現れる。氷海である北極の海底基地へと伸びる、巨大エレベーターの出入り口だ。
その周辺には
統矢の【
唯一、妊娠のため非戦闘員となった
サイドカーが停止すると、すぐに隊長格の少年が駆け寄ってきた。
「よぉ、統矢。デートはどうだった? うちの
「そっちこそどうなんですか、
「んー、ナイショ! ハッハッハ、いやもうなんてーの? 新婚生活ってなぁ、それはもう……ウハハ! ウハハハハ!」
「顔、やばいですよ。あと、千雪がとても残念そうな顔で
千雪の兄、
いつもの無表情だが、千雪はカミソリのような視線をジト目から送っている。
辰馬は、顔は二枚目、中身は三枚目、そしてパイロットとしての腕は超一流だ。統矢にとっても頼れる仲間で、優れた指揮能力をも持ち合わせている。
彼は今、いわくつきの暴れ馬である
周囲の雪を拒むように、漆黒の機体がスキンテープで包帯のように補強されている。それに乗る辰馬もまた、いまだに体中包帯だらけだった。
「こっち側は俺たちだけで守る。せいぜい時間を稼げて、二時間か三時間……そのあとは、
「はい」
「心得てます、兄様。私、無敵ですのでご心配なく」
わざとらしく、辰馬がヒュー! と口笛を吹いた。
彼にとって千雪は、かわいげがないけど可愛い妹である。その
だが、千雪は時々兄に対して
「兄様は指揮官、私たちの
「へいへい! そのでっかい尻を眺めながら、後ろでのんびりやらせてもらうさ」
「いやらしい目で見るなら潰しますので」
「おー、怖いっ! なあ統矢、こんな愚妹のどこに
チラリと千雪に見られて、統矢は苦笑するしかない。
選べないし、選ばない。
どちらか一人という法は、常に
統矢は、千雪と愛し合った。
れんふぁとも、同じく愛を交わした。
千雪とれんふぁもまた、同じ愛を持つ者同士の
だから、これからのことを今は考えず、今だけはこのまま愛を育みたい。
そうは思ってても、照れ臭くて口には出せない統矢だった。
そんなことを思っていると、不意にハスキーな声が叫ばれる。
「ちょっと、アンタたち! なによ、ピクニック気分て訳!? 敵が来たわ、数は……えっと、沢山! いっぱいよ! 早く機体に乗って!」
ラスカ・ランシングの声だ。
彼女は身を乗り出していた
今回は、残念ながら
ビーム兵器による攻撃を被弾する際、蒸発することで粒子を拡散させるリアクティブアーマーなのだが……その性質上、消耗品となる。辰馬の判断で、残された数少ない在庫は全て、
反乱軍
だからこそ、統矢たちは最短ルートで短期決戦に持ち込まねばならないのだ。
「よし! 行こうぜ、千雪。……死ぬなよ」
「任せてください、統矢君。自分ごと統矢君を守り抜きます」
「……お前、ほんっ、とぉ、に、かわいげないな」
「ええ。統矢君とれんふぁさんの前でだけしか、かわいくない女ですから」
なんて頼もしい……だが、千雪の卓越した操縦技術は、もはやエースの風格を漂わせている。近距離での格闘戦ならば、統矢とて勝てないかもしれない。
統矢と同じ
そんな彼女が、雪の中で愛機へと向かって遠ざかる。
その背を見送り、統矢も【氷蓮】へ向かって走った。
「氷と雪と、か……相性いいよな、俺たち。さあ、行こうぜ……【氷蓮】ッ!」
統矢もコクピットのハッチを開放する。
僅かに凍っていた氷雪が、パラパラと舞い散った。
既に火は入っている……微動に震える相棒は今、その心臓部たる常温Gx炉から力を発していた。それが全身に回って、全高7mの巨神が立ち上がった。
システムチェックをすれば、耳元に無線で声が届く。
『統矢さんっ。あの、気をつけて!』
「お、れんふぁか。大丈夫だ、俺一人でもやれる。お前は【
『う、うん。あと、千雪さんをお願いします。……最近、あのぉ』
「……れんふぁも、ちょっとそう思うか? 変、だよな」
統矢は手を休めず、サブモニターのタッチパネルへ指を走らせる。
その間うっと、回線の向こうでれんふぁの不安が膨らむ気配がした。
そして、再び彼女は口を開く。
『千雪さん、最近すっごく優しいんです。……優し過ぎて、なんだか、怖くて。千雪さんにはもっと、統矢さんとの時間を過ごしてほしいのに。こんなわたしにも、優しくて』
「おいおい、俺の好きな女の子は、こんな、って程度なのか? いいんだよ、それで」
『でもぉ』
「さっきまで千雪と一緒だったけど、調子は良さそうだった。そりゃ、ちょっと最近……変に気持ちが澄んでるっていうか。達人ってああいう雰囲気なのかな、どっしりしてるっていうか、透明感があるっていうか」
システムは全て、オール・グリーン。今や【氷蓮】は、損傷機に修理と改修を重ねた継ぎ接ぎの
【シンデレラ】の装甲を纏い、未来と今とが繋がり結ばれた姿になったのだ。
そう、【シンデレラ】の正体は、【氷蓮】……別の地球でトウヤが捨てた、平行世界の【氷蓮】だったのだ。
「よし、じゃあ行ってくる。またな、れんふぁ」
『うんっ。気を付けて……あ、あとぉ……その、どう、だった?』
「どう、って」
『千雪さんと二人きり、バイクで海岸線まで……デ、デート?』
「偵察だけどな。まあ……次はれんふぁと出かけるし、三人でももっとずっと、沢山過ごしたいな。そういうのってさ、いいと思うんだよ」
うんうんとれんふぁが頷いてくれる。
世界の平和、巨悪の駆逐……そんなことは大人がやればいいし、統矢が戦う理由はいつだってシンプルだ。
りんなの
もう一人のトウヤを、ブッ潰す。
千雪とれんふぁと、そして仲間と平和に暮らす。
そのために、戦う。
『よーし、野郎共! 全員揃ってるな? みんなの頼れるお兄ちゃん、辰馬隊長ですよん、っと』
『ちょっと辰馬! アタシ、野郎じゃないわ!』
『……自分としては、どうでもいいであります』
『
気心知れた仲間の声は、今日も普段通りに行き交う。
日常だった過去を奪われなくした者もいるし、新たな生命のために戦いを降りた者もいる。だが、戦う統矢にとっては、いつもいつでも仲間は仲間だ。
『お前等なぁ……ヘッ、元気いいじゃないの。じゃあ、行くぜ? ――
辰馬の号令の元、統矢たちは一斉に雪原へと飛び出した。
すぐ側まで、心を持たぬ無人の兵器群れが迫っているのだった。
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