第14話 図書室
サヤちゃんを探して、僕達三人は旧校舎二階へと繋がる階段を上がっていく。
「……なあ須藤、ちょっと良いか?」
ふと、新倉が階段の下からこんな事を訊ねてきた。
「花子さ……花子様の話だと、旧校舎の幽霊って他の七不思議の力を操ってる? とかって話だったよな。残りの七不思議って何が残ってんだっけ?」
それに対して村田さんが、そんな新倉の問いに溜息を吐く。
「はぁ……。新倉先輩は、たった七つしかない怪談も覚えられないのですか……?」
「ど、ど忘れしたんだよ……!」
「ちゃんと教えてやるから、新倉はひとまず声を抑えてくれないかな……」
「あ……すまん」
僕に指摘されて、すぐに声を抑えた新倉。
村田さんの煽り癖はこんな時でも相変わらずだな、と思いながら、僕は新倉に訊ねられた内容を口にする。
「まだ残ってるのは『夜の音楽室のピアノ』と『動く人体模型』、『魔の十三階段』と……」
そこまで告げたところで、一つの疑問が浮かぶ。
僕達がこれまでに遭遇してきた怪奇は、サヤちゃんをこの事件に巻き込んだ『赤い手帳』と、それを解決すべく助力してくれた『トイレの花子さん』。
そして──
「もしかして五つ目の『開かずの扉』って、旧校舎の開かない昇降口の事だったのかな?」
そうだとすれば、昨日僕があれだけ頑張って扉を開けようとしても、全くビクともしなかった理由に説明がつく。
あれも旧校舎を支配する女子生徒の力の一端なんだとしたら、それを打ち破る力を鍵に宿した花子様の負担は相当のものだったんじゃないだろうか。
最後に新校舎のトイレ前で彼女と別れる直前、少し様子が違っていたような気もするし……。
「それじゃあ、もうあと三つだけって事か?」
「厳密に言えば『赤い手帳』の女子生徒も残っていますから、あと四つの怪奇を潜り抜けていかなくてはなりせんね」
そんな話をしているうちに、あっという間に二階フロアに到着した。
この階には二年生の空き教室と、もう使われていない図書室があったはずだ。
……あくまでも、この旧校舎が僕の知っている旧校舎と同じ造りであればの話だけどな。
階段を上がりきったところで、廊下の左右を確認した。
旧校舎には、全部で三ヶ所の階段がある。
僕達が上がって来たここは、旧校舎のコの字型部分の真ん中に当たる場所だ。左右どちらの廊下からでも、中央の階段に通じる作りになっている。
だからこそ、仮に『動く人体模型』や『赤い手帳』の幽霊が徘徊していてもすぐに気付けるように、こうして左右をよく確認してから動く必要があるんだ。
下手に刺激するのも怖いから、スマホの明かりは隠して、暗い廊下に目を凝らす。
「……今の所、特に人影は見えないな」
窓から注ぐ星の光ぐらいしか頼れるものが無いものの、少なくともすぐ近くに誰かが居る様子は無い。
「では、今の内に二階の探索を始めましょう」
「この階なら、やっぱ一番怪しいのは図書室じゃねえか?」
どの道、僕はサヤちゃんが見付かるまでしらみ潰しに探すつもりだったんだ。どこから探したって構わない。
それでも急ぐに越した事は無いから、ここは新倉の意見を聞いて図書室の方から探していく事になった。
図書室は中央階段の左側の廊下を進み、角を曲がった奥にある部屋だ。
山の頂上にある旧校舎だからか、夏も終わりに近付く中、蝉達が最期を迎える前に精一杯鳴き続ける声が止まらない。
木の板張りの床は歩く度に少し軋んで、あまり物音を立てたくない僕達を否が応でも焦らせる。
そうこうしている間に、僕達は図書室の前までやって来た。
図書室の引き戸に手を掛ければ、ごく自然にスライドする。古い戸の割には妙に開けやすいような気がしたものの、そんなのは今どうだって良い。
旧校舎の図書室には、本は一冊も残っていない。空っぽの棚と読書用の長机、それから貸出カウンターだけが残っているだけの状態だ。
だけど、ここにサヤちゃんが来ていた可能性がある。
もしもそうだとしたら、彼女が何かしら居場所の手掛かりになるものを残してくれているかもしれない。
そう思って室内を見回っていた、その時だった。
間隔を空けて置かれた長机同士の間に、横向きに倒れこむ人の姿。
もしかしたら……と慌ててスマホで足元を照らせば、そこには僕達が探し求めていた彼女の姿があった。
「ひ、雛森さんっ……⁉︎」
僕の声に集まって来る新倉と村田さんも、同じようにして彼女を照らし出す。
彼女の──サヤちゃんの周囲はより明るさを増し、やはり僕の見間違いではなかった事を証明した。
見慣れた制服姿にポニーテール。倒れた拍子に外れてしまったらしい眼鏡を村田さんが大事そうに拾い、今にも泣き出しそうな顔で涙を堪えていた。
……けれども僕は、ぐったりとして意識を失っているサヤちゃんの姿に不安感を覚えていた。
目の前に居る彼女の目の下にはクマが出来ていて、夏休み前に見た最後の姿よりも痩せ細っているように思えたからだ。
そんな僕の嫌な予感など知らない村田さんは、眼鏡を持っていない方の手でサヤちゃんの肩を掴んで、揺すり起こそうとする。
「先輩っ……雛森先輩っ……! 私です、村田響子です……新聞部の皆で助けに参りました……!」
やはり涙混じりに声を絞り出した村田さんを見て、彼女もどれだけサヤちゃんを心配していたのか目の当たりにして……この状況を生み出した『赤い手帳』の幽霊に、怒りとも悲しみともつかない感情が渦巻いた。
「雛森さん……」
未だに目蓋を閉じたままの彼女の手を、そっと自分の手で包み込む。
どうして彼女がこんな目に遭わなくてはならなかったのか。
何故『赤い手帳』はサヤちゃんをターゲットに選んだのだろうか。
こんな事件が起きてしまった原因は、一体何だというのか。
そんな疑問が次から次へと溢れ出し──すると、僕は手の中でピクンと動く熱を察知した。
「んっ……」
「あっ、雛森! おい、大丈夫か雛森⁉︎」
「雛森先輩……!」
彼女の指先が跳ねたのを感じた途端、苦しげに目蓋を震わせるサヤちゃん。
ぐっと眉根が寄せられ、彼女の目がゆっくりと開かれる。
「雛森……さん……」
焦点の合わない視線が、徐々に光を取り戻していき──
「すどう、くん……?」
少し掠れた声で紡がれた僕の名前が、鼓膜を揺さぶった。
────────────
【雛森沙夜 ──日目】
最初に感じたのは、眩しさだった。
何日……いや、何十日振りかに感じた、夜を切り裂くような明るさだった。
懐かしい声と、手から伝わる心地良い熱に導かれるようにして、わたしは光の中で目を覚ました。
「すどう、くん……本当に、須藤くんなの……?」
「うん……僕だけじゃない。村田さんも新倉も一緒だよ」
わたしがそう質問すると、彼は……須藤くんは、いつの間にか握っていたわたしの手をより強く包み込んでくれた。
その言葉は真実だった。
少し視線を動かせば、わたしのすぐ側に新倉くんや響子ちゃんの姿がある。
これは夢? それとも幻?
そんな言葉を口にすれば、皆は「夢じゃないよ」と否定して。
……本当に、今度こそ本当に皆が助けに来てくれたんだ。
それを実感した瞬間、わたしは膝を付いて顔を覗き込んでいた須藤くんに抱き付いていた。
「わっ! ひ、雛森さんっ⁉︎」
「触れる……あったかい……! 今度こそ、本物の須藤くんが助けに来てくれたんだね……‼︎」
勢いが付きすぎて須藤くんが尻餅をついちゃったけど、そんなの今はどうだって良いの!
都合の良い夢なんかじゃない。
わたしの願望が見せた幻覚なんかじゃない。
だって、どれだけギュウッと抱き締めたって、この須藤くんは消えちゃったりしたいんだから……!
「すごく……すっごく怖かったよぉ……! ずっと一人で、どこかも分かんない出口を探して、いっぱいいっぱい歩き回ってぇぇ〜……‼︎」
「……ごめんね、来るのが遅くなって」
「わたし、怒ってるんだからね……⁉︎ でも、ちゃんと助けに来てくれたから良いもん……もう一人にしないで……こんなの、もう嫌なんだからぁ……!」
子供みたいに文句ばっかり言いながら、そんなわたしを全部受け止めてくれる須藤くん。
あの頃も須藤くんは、こんな風にわたしを優しく抱き締め返してくれて……泣き止むまで、ずっと一緒に居てくれて。
ずっと一人で強がっていたけど、心細くて堪らなかった。
ここに君が居てくれたら……って、何度も何度も考えちゃって。どれだけ探しても、出口は見付けられないままで……。
早くしないと
でも、須藤くんが……新聞部の皆が、わたしを見付けてくれた。だからもう、きっと大丈夫。
……そう思って、わたしはふと我に返った。
新聞部の皆が……新倉くんと響子ちゃんが、この場に居るんだよね……?
「……ひゃあぁぁぁぁああぁぁっ⁉︎」
「ウボァッ⁉︎」
そうだよ!
二人の目の前で須藤くんに抱き付いたとこ、思いっ切り見られちゃってるじゃん!
気が付いたらわたしは両手で須藤くんを突き飛ばしていて、受け身を取れなかった須藤くんがそのまま床に後頭部を強打してしまっていた。
「うわぁぁぁ⁉︎ ご、ごめんなさい! わたし、何かもう色々とやらかしてるよね⁉︎ 本当にごめん‼︎」
「い、いいよ……大丈夫……」
「大丈夫っつっても、結構良い音してたよな……?」
「新倉先輩は余計な口出しをしないで下さい」
どこからどう見ても痛そうに顔を歪めている須藤くんだけど、わたしに心配をかけないようにしているのか、その口元は笑っていて……。
ああ……わたしったら本当にダメダメだぁ……!
「ほ、本当にごめんね? 須藤くん……頭ぶつけちゃったよね? もしかしたら、わたしのせいで大っきなたんこぶ出来ちゃうかも……」
仰向けに倒れた状態から起き上がろうとする彼に、わたしは心から謝罪をして手を差し出した。
須藤くんはそんなわたしの手を取りながら、それでもやっぱり笑って流そうとしてくれる。
「いや、本当に大丈夫だかっ……う、うん、大丈夫大丈夫」
「今、絶対ぶつけた所ズキッてしたでしょ……?」
「で、でも……」
わたしのせいで須藤くんが怪我をしたのは間違いない。
今すぐ手当てをしてあげる事は出来ないけど、せめてわたしの前では無理なんてしてほしくないから……わたしは須藤くんの目を、じぃ〜っと見詰めて訴えた。
「……痛む、よね? ここから出たら、一緒にうちに来て? お母さんに頼んで車出してもらって、すぐ病院に行こう。ね……?」
「……わ、分かったよ。余計な手間をかけさせて、本当にごめん」
「診察代とか諸々は、わたしのお小遣いをお母さんに前借りして全部払うから……わたしの方こそ、本当にごめんなさい!」
「いや、こんな状況じゃパニックになっても仕方な──」
「謝りながらイチャつくのはそんぐらいにしてくれねえかな、お二人さん?」
会話に入ってきた新倉くんの発言に、わたしと須藤くんは同時に肩を大きく跳ねさせた。
「い、イチャつくって何よ⁉︎」
「ぼ、僕と雛森さんはまだ付き合ってる訳じゃ……!」
「ほ〜ん?
「〜〜〜〜っ!!」
ニタァ……と歯を見せて、心底愉快なものを見る目を向けてくる新倉くん。
そんな彼に言い返す言葉が見付からないわたしと、口をパクパクさせて顔を真っ赤にさせる須藤くん。
須藤くんのこの反応……もしかして、もしかしちゃうんですかね……?
思わぬ収穫らしきものに密かに胸をときめかせていると、今度は新倉くんの短い呻き声が。
その理由は、響子ちゃんの膝によるお腹への一撃だった。
「ぐほぁっ……!」
「雛森先輩を困らせるなら、先輩であろうと容赦はしません」
「そ、それは酷いぜ……村田ちゃんっ……!」
お腹を抱えてうずくまる新倉くんを冷めた目で見下ろす響子ちゃんを見て、わたしはまた改めていつもの日常に戻って来られたんだと……そう実感して、自然と笑みが溢れてしまう。
すると、そんな新倉くんを放置して響子ちゃんが訊ねてきた。
「ところで雛森先輩、何故このような場所で倒れていらしたのですか?」
「どうしてって……」
わたしがここ──図書室で倒れていた理由。
それを思い出そうと記憶を辿っていき、意識を失う前に見た光景が瞬時にフラッシュバックした。
そうだ。
このままここに留まっていたら、
さっきからかなり大声で騒いでしまっているから、きっと数分もしないうちにここに来てしまうはずだ。
「皆、今すぐここを離れないと! あいつが……あいつが来る……!」
【雛森沙夜 四十八日目 残り五時間と四十六分】
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