第七幕 ―滅ぼし滅ぼされた者達の帰趨―

 雨も降らねば晴れ間もない曇天の下。

 弓千代は一定の妖力を解放して体躯を大きくした耄厳の背に乗り、小夜の待つ分社を目指していた。彼女の頭上には、狐の姿になった金狐を抱えた捷天が足並みを揃えるように飛んでいる。森を抜け平原へと出た今、目的の分社がそろそろ見えてくる頃であろう。

 それにしても巫女である自分がなんと奇妙な状況に置かれている事か。弓千代はそう思わずにいられなかった。そもそも老山を発つ際、彼女は天狗一族より駿馬を借りて下山するつもりであったのだが、耄厳に「わしの背中に乗れ。その方が早い」と提案され、弓千代が抵抗感を示したところ、「その迷いが小夜の命を奪うかもしれぬというに何を迷うか」と諭されたために仕方なく耄厳の背に乗る事となったのだ。老山での一件を経て、妖怪に対しての情は未だなくとも多少の理解は心得たつもりである。しかし、それは別として、毛嫌いしていた妖怪に跨るというのはやはり心の落ち着かぬ奇妙な感じがするものだ。

 弓千代は妖狼の手触りに腕の粟立つのを感じながらも、じきに見えてくるであろう分社のある方角へ目を向ける。

“桜の巫女よ、お主は小夜が気がかりなのであろう?”

 障害物のない平原を一直線に走る耄厳は前を向いたまま、そう話しかけてきた。

「正直に申せば、その通りだ」

“そうか。儂も心配ではある。小夜だけではない、銀狐と共にいる妖怪が真に妖鼬閥族のものならば、あの社におるお主の仲間も無事では済まぬやもしれぬからな”

 耄厳の口振りに、気丈な弓千代も不安を覚えない訳ではなかった。

 妖鼬閥族の名を聞いた時の捷天をあれほど動揺させ、何事にも泰然として対処する耄厳の足をこれほど急かせる妖怪だ。耄厳の話を信じるのであれば、かつて妖怪の世で一国を築いたという存在なのだから、例え一体のみであっても絶大な妖力を振るうに違いない。

 視線の先に分社が見え始めた時、真っ先に反応を示したのは捷天であった。

「こいつは良くねえな。弓千代よ、俺と嬢ちゃんは先に行かせてもらうぜ」

 そう言って捷天は飛行の速度を上げて、弓千代より前に出て分社へと向かっていった。

 まだ遠目に分社が見えるだけで状況は把握できないものの、目の良いであろう天狗が先を急いだのだから、少なくとも悠長に構えていられるほどこちらに都合の良い状況ではないらしいと分かる。ならば、こちらも急ぎ分社に向かわねば。そう弓千代が口にするよりも、それをいち早く察した耄厳は走りを加速させた。

 やがて分社の目の前に到着した時、弓千代が真っ先に目の当たりにしたのは、そこに散らばる巫女の亡骸であった。

 ある者は肩を割かれ、ある者は顔に大きな爪痕を、またある者は腹部に喰い破られた痕を残し、それぞれが人の形をある程度保っていながらも酷い傷跡を晒している有様であった。その中でもまだ息のあり立っている者は六人ほどおり、その内三人は手足や顔を負傷している。先行した捷天といつの間にか人に化けていた金狐は生存者より前に出たところに立ち、その視線の先には獰猛にも鋭牙を剥き出した巨大な鼬の姿があった。恐らく、あれが妖鼬閥族の妖怪なのだろう。

 返り血を浴びた上からでも分かるほど白銀の美しい毛並みをしており、人よりも遥かに大きい体格を有していながらもしなやかな体の曲線も相まって、獰猛な表情の中に一種の嫋やかさと上品さが窺える。鼬の右足には、守護大社で目にして以来、これで二度目となる銀狐の姿があった。そして、その隣、左足にあるものを見た弓千代は思わず目を瞠る。

 そこには、仰向けになって倒れた小夜がいた。鼬の左足の下敷きになっており、力なく閉じられた瞼は少しも動く気配がなく、体に当てられた鼬の鋭い爪にちょっとした力が加わわればその薄き胸元はいとも容易く貫かれてしまうだろう。それとも、まさか小夜の息はもうないのだろうか。

 一刻も早く、小夜を取り返さなければ。かつてのお輪のように妖怪の餌食にされてたまるものか。そう弓千代が後先を考えずに飛び出そうとしたところ、耄厳が白衣の袂を噛んで引き止める。

“落ち着くのだ、桜の巫女。小夜は死んではおらぬ。儂は耳が良い故、小夜の浅い息遣いが聞こえておる。奴を下手に刺激しては危うい、ひとまず状況を窺うのだ”

 己の行動を妨げられた事に対して、弓千代は腹立たしい感情を覚えた。

 よくもそんな他人事を吐けるものだな、と彼女が耄厳を振り払おうとした時、奴の目を見て思い留まった。耄厳は決して小夜の事を心配していない訳ではない。これまで奴の言動を曲解してきた弓千代にでさえ、その真剣な眼差しを見れば、むしろ自分の仲間だと思っている小夜を今すぐに救い出せぬという事にもどかしさを感じているのだと察せる。凄まじい妖力を秘めている耄厳でも簡単には手を出せぬほど、あの妖怪は危険なのだ。

 耄厳のおかげで沸き立った感情を徐々に落ち着かせた弓千代は、今一度冷静な目を以て妖鼬の方を見る。

 よく注視すれば、一切の身動ぎをしていないように見えた小夜の口元が微かに動き、あるいはもう死んでいるのかもしれないという考えが杞憂であったのだと分かる。妖鼬の左足で隠れている部分は見えないが、その他の衣服に大きな裂け目もなく、彼女の接している地面に血溜まりができていない事からも命に関わる外傷を負っていない事は確かだ。

 それにもっと気になるのは、妖鼬の左足上部に刺さっている破魔矢である。いや、あれは破魔矢と言ってよいのだろうか。我ら巫女一族の「破魔の力」が持つ光の色とは違って、清らかで澄んだ霧を桜の花びらで染色したようなか弱い光を纏っており、とても妖怪を滅するような非情さは持ち合わせておらぬ。その代わり、妖怪の力を一時的に弱体化させるか封じ込めるかのような効力を発揮しているらしく、矢の刺さった左足の一部だけ妖力がほんの少し弱まっている。あのように器用な力を使える巫女が我が一族にいたとは。

 一体、誰が放った破魔矢なのか。弓千代はその矢に纏っている光の流れを辿り、小夜の手元に落ちている三枚打弓へと行き着いた。あの弓は間違いなく小夜のものである。もし、あれを放ったのが本当に小夜だとすれば、「破魔の力」を十分に使いこなせない彼女がどうやってこのような力を会得したのか。

 その疑問について考えようとしたところ、弓千代は捷天と妖鼬が言葉を交わしている事に気づき、今は目の前の事態に集中すべきだと気持ちを切り替える。

「はっ、どおりで俺は怪しいと思っていたんだ。皐月――いや蘇凱恢(そがいかい)と言ったな。里にいる時、嬢ちゃんを見るてめえの目つきは、妙に執念深かった。それが狐一族に恨みを持つ妖鼬閥族のものだと知れた今、てめえの数々の言動には色々と納得がいく」

 互いに一定の距離を保ったまま、捷天は憤りを込めた視線と薙刀を蘇凱恢へ向けている。

 話の流れから察するに、捷天の口にした「皐月」と「蘇凱恢」というのがあの妖鼬の名なのだろう。恐らく人間の名前に寄せた前者が化名であり、耳に馴染みのない言霊を持つ後者が妖名であろう。そう弓千代は推察した。

「だが、解せねえ事もある。嬢ちゃん達が閥族の仇なら、何故里で殺そうとせず、かようにまどろっこしい真似なんざする? てめえほどの妖力があれば、俺達をまとめて殺す事など造作もなかったはずだ」

 捷天の問いに、蘇凱恢は心の籠もっていないせせら笑いを零す。

「左様。天狗一匹に未熟な雌狐二匹ならば、その息の根を止めるのに一時もかからぬ。瞬き一つでもすれば、次に目を開いた時には黄泉の国であろう。だが、それでは思い知らせる事ができぬ。かつて我が同胞、我が母上を奪われた屈辱と悲嘆を。故に、この妹狐を巫女一族へ差し出し、己の身内が目の前で奪われるという事がどれほど辛く苦しい事か、その身を以て教えてやろうと思ったのだ」

 蘇凱恢の口は捷天の問いに答えていたが、その目は明らかに金狐を見つめていた。彼女の姿を見た事で過去の出来事を彷彿としたのか、全身の毛を逆立て、血管を浮き出させるように顔面を引き攣らせる。

 すると、蘇凱恢の右足に踏みつけられていた銀狐が身を捩って呻き声を上げる。

「ううっ、痛い……、こん姉ちゃん」

 銀狐は蘇凱恢の右足から逃れようとしていた。感情の昂りによって銀狐を踏みつける足に力が加わったのだろう。幼子のように小さい体では押し返す事もできず、その圧迫感で息苦しくなっているのだ。

「ごん! ああ、お願いです、せめて一度だけ、ごんを離してくれませんか?」

 金狐の懇願も虚しく、蘇凱恢は鼻で笑い返す。

「かつての我々も、狐一族に対して同じような命乞いをした。それが一度でも受け入れられていたのなら、我も情という念からこの足を退けていたであろうな」

 当てつけがましい態度を以て蘇凱恢は右足に力を込めた。痛みに喘ぐ銀狐を前にして、金狐は顔面を蒼白にしながら捷天よりも前へと歩み出る。

 それに気付いた捷天は手早く彼女の腕を引き止め、それ以上奴に近づけまいと荒げた声を掛ける。

「嬢ちゃん、行っちゃあ駄目だ! あいつは嬢ちゃんも殺す気だ。気持ちは分かるが、今は堪えてくれ。必ずや、俺がなんとかしてみせる」

 彼のおかげか金狐は立ち止まって、苦しさを飲み込むように胸を両手で押さえつける。己の非力に対するもどかしさを感じているのか、それとも胸の内にある狐の血の疼きを抑えているのか。助けを求める妹を見つめた後、蘇凱恢へ改めて願いを乞うように視線を投げかけた。

「蘇凱恢さん、貴女の気持ちは私にも分かります。私も巫女一族に母上や仲間を滅ぼされ、ごんと共に一族の里から逃れては人間の身にやつし、これまで人の子のように生きてきました。巫女一族に見つかって処刑されそうになり、なんとか逃げ出した後も、いつ捕まるかも知れないと怯える長い夜を幾度となく過ごしました。それ故にと、貴女には全てを水に流して欲しいと言う訳ではありません。もちろん、私が知らない大昔の遺恨とはいえ、我が一族の行いを等しく肯定するつもりもありません。ただ、もし、今の私に出来る事があれば、可能な限りで実現させたいと思います。蘇凱恢さんが望むのであれば、貴女のご先祖様を公に弔い、供養のために百年でも二百年でも喪に服します。どうか、お互いに平和的な解決を図るために、ひとまず爪牙を収めては頂けませんか?」

 彼女の口調は冷静さを保つように努めている様子であったが、時々恐怖や焦燥といった感情が勝ってしまうらしく、歯の根が合わない声の震えも混じっていた。

 それに対して、蘇凱恢は少しも動じていなかった。狐一族への恨みは相当強く、金狐の泣き入るが如き態度に一寸も心を動かしていないようである。金狐を見る目は依然として冷たい。

「我の気持ちが分かるだと? では、この憎しみに燃える爪牙は、狐の血を吸わねば収められぬ事ぐらい理解できよう。貴様も我と同じ身の上なればこそ。正直に申せば、かつて巫女一族の手によって狐一族が滅んだとの話を聞き及んだ時、我は狂おしいほど歓喜し、妖怪の天敵である巫女一族に尽くせぬ感謝の意を覚えた。かたや同時に、狐一族に哀れみの念も抱いた。一度は妖怪の頂点に上り詰めた両者が最後にはかくも滅亡の一途を辿るとは、とな。狐一族の生き残りが現われたとの噂を耳にした際も、我は妖怪の隠れ里での余生に満足しており、貴様らに対する憎悪の念も薄れていた。だが、どうだ? ある日、狐一族の姉妹が、我が目の前に転がり込んできたではないか。しかも、我々妖鼬閥族の妖気もすっかり忘れていると見えた。同胞の仇が必死で生き長らえようとする姿を見れば、誰しもくすぶっていた復讐の火種に息を吹きかけたくなるものであろう。我の気持ちが分かるものなら、それは貴様も同じはず、人の子として生きていれば一族の仇討ちも忘れようが、此度のように巫女一族を前にすれば恨み憎しみも当然湧き出づもの。それを収めよとは、あまりにも虫が良すぎる話ではあるまいか?」

 金狐は息苦しそうにしながら首を横に振る。

「私は、復讐に飢えるほど、母上を殺めた巫女一族を恨んではおりません。例え、恨み辛みを重ねたところで母上は帰って来ず、仮に復讐を果たしたとしても、今度は大事な妹のごんや私を助けてくれた捷天さんが危険に晒されるでしょう。私が望むはただ、妹との穏やかな生活なのです。それはきっと、蘇凱恢さんも同じはず、妖怪の隠れ里で見聞きした貴女の評判はとても良く、このような悲しい行いに走る方とはやはり思えません。我が一族の貴女に対する仕打ちがあれば、確かに虫の良い言葉に聞こえるかもしれませんが、遺恨は抱えても行動に移すべきではないと私は考えるのです。どうか、お願いです。隠れ里での言葉が全て偽りだったとしても、怪我に倒れていた私を看病し、妹のごんに細やかな気遣いをして下さった貴女への感謝の気持ちは決して変わらぬ故、今一度、友好の礎を築く機会を与えては頂けませんか?」

 彼女の訴えを聞いて、蘇凱恢はどのような感情からか短い息を漏らす。

「どうやら、話が通じぬと見える。罪なき我が同胞を殺めた狐一族、その生き残りである貴様とこの妹は我が手に掛かって然るべきなのだ」

 一切の哀願を受け入れない蘇凱恢の様子に、弓千代は意図せずもある時の己の姿を重ねた。狐一族の生き残りが発見された当初、守護大社の隠し牢で狐姉妹を監視していた時の自分の態度である。これと似たような命乞いを受けても、弓千代は少しの情けもかけなかった。

 そこまで彼女が妖怪を毛嫌いするのは、一重に幼き頃の友を奪った仇が妖怪という存在そのものだと信ずるが故である。姿形が違えど、妖怪という種族は等しく絶対悪であり、お輪の仇である事に間違いはない。だからこそ、「妖怪には善き妖怪もいる」という耄厳の諫言も一切聞き入れようとしなかった。

 その信条が今や変わりつつある。これまでの耄厳の言動や老山での盈咫の態度、また現に目の前で我が妹を救おうとする金狐の健気な姿を見れば、彼ら妖怪は絶対悪と一括りにできる存在でもなく、お輪の仇だとするのもお門違いなのだと思えてきたのだ。私が憎むべきはお輪を殺した悪しき妖怪であって、耄厳や金狐のような善き妖怪ではない。そこを履き違えたままに妖怪を滅してしまえば、無用な争いを生み、最後には我々人間が妖怪の仇となってしまう。

 妖怪に対する見方が変わりつつある弓千代にとって、蘇凱恢と金狐どちらの言い分も部分的であれ理解できるものであった。このように切迫した状況下になければ、互いの折り合いを模索するよう話し合いの場を設けるべきなのだろう。

 だが、彼女の使命は金狐にかけられた呪詛の暴発を防ぐことである。それを脅かす蘇凱恢への対処が現状における優先すべき目的なのだ。

 弓千代はいつ打って出るべきかを見定めるべく、状況を再度確認する。

 この場を鎮めるには、とにかく蘇凱恢を取り押さえる必要があるだろう。しかし、奴の強大な妖力を前に捷天は手を出せずにおり、こちらも同様に下手な動きを見せる訳にはいかない。奴が金狐と捷天に気を取られている内にいくつかの破魔矢を放つ事はできるだろうが、恐らく私一人の「破魔の力」では何十本もの破魔矢を要し、そうしている間に小夜と銀狐の命が奪われてしまう危険がある。それを理解しているからこそ、分社の物見に立つ分司達も援護の矢を放たないでいるのだ。そして、何より危ういのは他でもない金狐の方であろう。

 かけがえのない妹の危機を目前にして、どのように対処すれば良いのか分からずに酷く焦っており、精神状態が不安定になっているようであった。彼女の傍に立つ捷天と比べても、その不安が表情にだけでなく妖気の乱れにも顕著なほど表れている。これは何の因果か、守護大社にて弓千代が狐姉妹を処刑しようとしたその時と似通った状態であった。これではいつ彼女の呪詛が暴発してもおかしくない。

 金狐を安心させるためには銀狐を助け出さなければならない。この局面において、多少の危険は致し方なかろう。ここは危険を承知の上で蘇凱恢へ攻撃を仕掛け、それによって怯んだ刹那に小夜と銀狐を取り返すしかあるまい。そのためには、耄厳と捷天の協力が不可欠だ。

 そう決断した弓千代が耄厳へ耳打ちをしようとしたその時、事態が急変する。

 先に動いたのは蘇凱恢である。これ以上の恨み言は不要だと見切りをつけるように鋭い牙をちらつかせ、右足で踏みつけている銀狐の首を噛み切ろうをした。

 途端、前触れもない嵐の到来を想起するほどの強烈な突風が瞬間的に吹き付けた。それに煽られて地面に仰向けで倒れ込んだ弓千代は、強く打ち付けた背中の痛みに耐えつつも体勢を立て直し、獣のように低い唸り声の聞こえる方向を見遣った。

 そこには大鼬の蘇凱恢と激しい争いを繰り広げている妖狐の姿があった。

 以前、守護大社で垣間見た禍々しい妖狐、呪詛の発現により変わり果てた金狐である。いや、その時よりも増して体は一回りも二回りも大きく、纏っている呪詛の黒煙は空の色を塗りつぶさんばかりに黒ずんでいる。正気を失った目つきに肉食本来の闘争本能をむき出しにした獰猛な顔つきには、先程までの健気な少女らしい面影は微塵も残っていない。彼女の立つ場所の草木は精気を抜かれたように枯れていき、澄んでいたはずの空気は妖狐の瘴気に蝕まれていく。

 蘇凱恢の妖気をも飲み込まんとする勢いの妖狐に、弓千代はただ圧倒されていた。

 あれはもはや妖怪の域を超えた化物でかしかない。妹を守りたいと強く願った結果、内に秘められた『九尾の狐』の呪詛が時を待たずして発現してしまい、金狐の穏やかな心を食い荒らしてしまったのだ。

 また、よく見れば、妖狐の尻尾が十尾ある事に弓千代は気付いた。彼女の記憶違いでなければ、以前に守護大社で見た時には六尾しかなかったはずである。それが十尾に増えているという事は恐らく、呪詛の完全な形での発現を意味するのだろう。『九尾の狐』の名の通りに本来持つ九尾の尻尾に加えて、呪詛の力によって生えているのであろう不吉な十尾目。そう考えるのなら、あの十尾の中で一際濃い妖気と瘴気を放つ異様な一尾がある事にも納得出来る。

 次第に蘇凱恢が金狐の力に押されつつある中、呆然としていた弓千代は背後から自分に近づいてくる耄厳の気配を察して、つと我に返る。

“無事か、桜の巫女”

「ああ、大事ない」

 返事を聞いた耄厳は弓千代の横で立ち止まると、闘犬のように争う蘇凱恢と金狐を見る。

“どうやら、手遅れになったようだな。あの妖鼬閥族が現れなければ、かように拗れる事もなかったろうに。いや、もはや言っても詮無き事か”

 声の調子に諦めの色を滲ませながら、次に耄厳は弓千代を見上げる。

“儂は遠くに飛ばされた捷天を探し、安全そうな近場に隠れておく。あの若造、戻って来ぬ事から情けなくも気を失っているのだろう。桜の巫女も、小夜と銀狐を連れて、あの社の仲間を避難させた方が良かろう。あれへの対策を考えるのは、その後だ”

「わざわざ言われなくとも、無論そのつもりだ」

 耄厳の助言に対して、弓千代は己を奮い立たせる意味も込めて強気の態度を示した。それを受けて、お主は相変わらずじゃなとでも言いたげな表情を見せた後、奴は一度もこちらを振り返る事なく木立の方へと走り去っていった。

 耄厳の去り際を最後まで見送る事なく、弓千代は小夜と銀狐の姿を探し始める。金狐の近くにいた捷天が一番遠くへ飛ばされているのだとすれば、二人もどこかの茂みや木立の間に吹き飛ばされているやもしれない。意識もはっきりとしていない体力の弱まった状態で打ちどころが悪ければ、そのまま命の落とす可能性もある。一刻も早く二人を見つけなければ。

 そう逸る気持ちは意外にも早く鎮められる事になった。

 分社の門の近く、その防壁に吹き飛ばされたらしい二人の姿を見つけた。そこからやや離れた位置で噛み付き噛み付かれの醜い応酬をしている蘇凱恢と金狐に注意しながら、弓千代は二人の傍に近づき、まずは小夜の方へと駆け寄る。

「小夜、聞こえるか?」

 彼女は声を掛け続けつつも、小夜の体に目立った傷や痕がないかを確認していく。

 多少の擦り傷や打撲痕、誰のものか不明の血痕は見られるものの、差し当たり急を要する致命傷は見当たらず、脈や呼吸もある程度落ち着いている様子である。声を掛けても反応は鈍いが、少なくとも死んではいない。その事実に、弓千代はひとまずの安心を覚える。

 続いて、すぐ近くで倒れている銀狐の様子も手短に確認しようとしたところへ、分社の門から出てきた分司が数名の巫女を伴ってこちらに近寄ってきた。

「弓千代様、お待ちしておりました。あれが件の妖狐で?」

 初めて見る金狐の禍々しい姿に戸惑いを隠せない様子の分司に向かって、弓千代は不必要な動揺を与えぬようにと落ち着き払った声を返す。

「そうだ、あれが我々の滅するべき妖狐、狐一族の生き残り。だが、私の力が及ばず、避けるべき呪詛の暴発を招いてしまった。分司にはひとまず、ここに残っている者達の避難を任せたい。それから、余力のある者には大社と各所の分社への早馬を命じるのだ。この事態をいち早く皆へ知らせなければ」

「御意に。しかし、我々がここを離れては、他の妖怪がこの機に乗じ、禁忌領から攻め入ってくるのではありませんか?」

 分司の心配はもっともであった。妖怪の蔓延る禁忌領の脅威から守護大社の領土を守るこの分社は、いわば妖怪と人間との世界を明確に隔てる境界線の一つである。妖怪からして見れば、自分達の生活圏を抑圧する壁とも言えよう。それを取り除ける絶好の機会を前に、何らかの動きを見せないはずがない。

 対処に難くも無視すべきではないと考えた弓千代は、取り急ぎの策を用意する。

「一理ある。では、早馬と共に、ここと連絡関係にある子、卯、午のそれぞれの分社に協力を仰ぐのだ。もし、禁忌領から妖怪が流れ込んできたとしても、子と午の分社にはあえてそれを通させ、卯の分社で受ける。そして、まとまった手勢の侵入を確認した後、子と午の分社でそれを背後から強襲すれば良い。そこに加勢してくる妖怪は所詮有象無象、策略のない烏合の衆に過ぎぬ。どこかの分社が欠けても、常に掎角を意識し立ち回らせるのだ。何安心せよ、此度の災いに際して、老山の天狗一族が乗り出してくる事はない。話はつけておる故、天狗に盈咫という者がおる限りは大戦を仕掛けてくる事はあるまい」

「それは妙案です。では、早速早馬を手配し、残った我々は卯の分社に後退、そこで連携を取り事に当たります」

 分司は弓千代に一揖をすると、自分に伴ってきた数名の巫女に淀みなく的確な指示を出していく。指示を受けた巫女達は順に分社の中へと戻っていき、最後に分司自身も急ぎ中へ帰っていった。

「ゆ、弓千代様」

 突然自分の名を呼ぶ声に弓千代は振り返ると、小夜が壁に寄り掛かりながら立ち上がっているところであった。弓千代は彼女に近寄り、その体を支える。

「小夜、気がついたか」

「はい、ご心配をお掛けして申し訳ありません。私が未熟なばかりに、こんな状況になってしまって……」

 小夜は恐縮した様子で蘇凱恢と金狐の方を見ていた。

「いや、お前が頑張ってくれたからこそ、私はこの場に居合わせる事ができたのだ。おかげで銀狐もまだ生きている。この場に残っていた者には、今後の対策を練るために卯の分社へ後退するよう命じた。私も銀狐を担いで後退する。小夜、付いてこれるな?」

 弓千代の言葉に、小夜は顔を上げて力を振り絞るように「はい」と返事をする。

 小夜の体調は気がかりであったが、今は少しでも早く金狐から離れなければならない。徒歩では大した距離も稼げぬ故、馬を調達する必要がある。

 弓千代は分社の軍馬を借りるべく、銀狐を担いでから分社へ入ろうとした。

 と、不意に、弓千代の真横に蘇凱恢が吹き飛ばされてきた。全身が爪と牙で切り刻まれたように血まみれであり、もはや立ち上がる力もなく、目は虚ろに一点を見つめている。

「母上、我が身の親不孝、どうかお許し下さい」

 その言葉を最後に、蘇凱恢は息を引き取った。

 思わず足を止めてしまった弓千代が、目の前で息絶えた蘇凱恢からやや離れた位置にいる金狐へ目を移すと、金狐は動かずにじっとその場に立っていた。蘇凱恢の絶命を知り、襲うべき標的を見失っているのだろう。地を這うように伝ってくる彼女の野太い唸り声には、心の迷いとも取れる調子が混じっている。

「良いか、小夜」

 弓千代は囁くほどの声量で小夜に声を掛ける。

「奴は今、我々に気付いていない。物音を立てず、そっと分社へ身を隠すのだ」

 小夜が頷いたのを確認してから、弓千代は金狐の様子を警戒しながら摺り足で歩き始める。

 後数歩で分社の門の陰に身を隠せると思った時、金狐の目が唐突に弓千代を捉えた。正確には弓千代に抱きかかえられた銀狐の姿を見つけたようである。呪詛に侵された彼女の心にはまだ姉としての意識が微かに残っているのか、銀狐を見る目は狂気の一色だけではなかったものの、そこから弓千代へと視線を移した瞬間、憎悪を滾らせる敵意に満ちた眼へと戻った。

 不味い、奴が来る。そう弓千代が察知するとほぼ同時に、金狐はこちらへ向かってきた。弓千代は小夜へ抱えていた銀狐を押し付けるように受け渡し、前へと進み出て、刀を構えようとする。も、その刀は小夜へ渡したままであったと気付き、咄嗟に妖打の成り場で金狐の爪を受け止める。

 力の差は歴然であった。体格も遥かに上である金狐に押された弓千代は片膝を地に突き、弓の本弭を地面に刺して、なんとか持ち堪えるので精一杯だった。金狐のように俊敏かつ身軽な妖怪に対して、単身による弓での応戦は無謀極まりない。今はまず近接戦闘で場を凌ぎつつ、撤退する隙を窺う他ない。

「小夜! 私の刀を後ろへ投げてくれ!」

 弓千代の呼びかけにはっとした小夜は、自分の腰に帯びていた刀を彼女の背後へと放り投げる。弓千代は妖打から手を離してすぐに後ろへと身を引き、そこへ飛び込んできた刀を受け取って鞘から抜き取ると、追撃を仕掛けてきた金狐を刀で受け流す。

 その爪先が流れた方向へ身を翻せば、金狐もしなやかな身のこなしで踵を返し、再び弓千代へと牙を向ける。その牙を弓千代は刀で弾くと、金狐は一瞬よろけるように体勢を崩すも、すぐに立て直して次の攻撃を仕掛けてくる。一つ一つの攻撃をまともに受けては身が持たないと判断していた弓千代は、可能な限りで金狐の爪牙を受け流すよう徹していく。

 その防戦の中、弓千代はある疑問を抱く。

 何故、彼女は呪詛の妖力を使わない。先程から、もっといえば蘇凱恢との戦いの時から、彼女は妖力を使った攻撃よりも爪や牙といった物理的な攻撃ばかりを取ってくる。以前に守護大社で見せた狐火や強風、それ以外にも強力な妖力を秘めているはずなのに。もしや、本来の機を得ていない呪詛の発現故に、まだその力を十分に使いこなせていないのだろうか。そうだとすれば、今こそが金狐を滅する唯一の好機なのやもしれぬ。

 弓千代の息遣いは早くも乱れ始めていた。それは戦いの疲れだけでなく、金狐より生じている瘴気に当てられ、体の内側が徐々に侵されつつあるからでもあった。心臓の鼓動も不整脈が混じって逸っている。

 金狐を滅するか、あるいはこの場から撤退するにしても、この戦闘を長引かせるのは得策ではない。この局面において、早期の決着が求められている。

 金狐の攻撃を受け流しながら、弓千代は迫られた決断を考慮する。

 もし、金狐を滅する好機が今であれば、ここで撤退するのは愚策と言えよう。彼女に時間を与える事はすなわち、その呪詛の力をより完全なものにする期間をみすみす与えてしまうも同義だ。この先の災いを避けるのなら、この場で私が力を尽くして金狐を滅するしかない。

 お互いの力に圧倒的な差がある中、彼女を滅するには銀狐を利用するのが最善であろう。金狐に理性の欠片が残っているのであれば、銀狐を盾にする事で一瞬の隙を作る事ぐらいはできよう。その隙に、私が金狐の首を切り落とし、持てる全ての「破魔の力」と妖打を以て、呪詛ごと金狐の体を滅する。成功するかは実行するまで分からぬ。

 だが、それで良いのだろうか。金狐を滅せば、生き残った妹の銀狐はきっと悲しむに違いない。将来、蘇凱恢のように身内の仇討ちへと乗り出し、天狗一族と手を組んで巫女一族の守護大社へと攻め入ってくる可能性もあるが、どうしてかそれよりも姉を失った際の銀狐の心情を気にしてしまう。

 弓千代はかつて耄厳から暗に問いかけられた言葉を思い出す。もし、小夜が妖怪であったのならどうするか、と。もし、目の前の金狐が小夜の変わり果てた姿だったとしたら、自分は致し方なしと滅する事ができるのだろうか。いや、出来るはずがない。少なくとも今の私なら、滅するより先に、他に何か救う手立てはないかと考えるだろう。それに私は知っている。大事な人を失う辛さと悲しみを。それが実の姉を失ったとなれば、目を覚ました時の銀狐がどんな気持ちになるかなど想像に難くない。

 弓千代は決断する。金狐を滅せず、呪詛から救い出す事を。

 そのためには呪詛のみを払うか封じ込める必要がある。では、どうやってそれを成功させるのか。そこで弓千代は金狐に生えた十尾目の尻尾に注目する。あれが呪詛の源だとして、如何に対処すべきか、と。弓千代の「破魔の力」は妖怪を滅する力であって、妖力などを払ったり封じたりするものではなく、仮に金狐の十尾目の尻尾へ打ち込んだとしても呪詛ごとその体を消滅させる恐れが大いにあった。

 何か良い術はないものか。そう思案する弓千代は、一つの可能性に思い当たる。

「小夜! 蘇凱恢の右足に打ち込んだ矢の力、あれはお前ものか!」

 脈絡のない弓千代の叫びに、小夜は何の事について問われているのか咄嗟に理解できない様子であった。やや考えるような間があって、ようやく問いの意味を察したらしい彼女の答えが返ってくる。

「は、はい! あの矢はたぶん、私が打ったものです。自分でもよく分からない内に、『破魔の力』とは違う力を込めていて、いつの間にか手から離れていたんです!」

 その答えを聞いて、弓千代は思い当たった可能性に一縷の望みを見出す。

「では、あそこに落ちている私の妖打を使って、もう一度その矢を打ってくれ! 分かるか、金狐の尻尾、他の九尾よりも禍々しい十尾目の尻尾を狙うのだ!」

「えっ、でも、私の力では……」

 小夜は明らかに戸惑っていた。己の未熟な実力では大した助けにはならないのではないか、と。そう思うのも無理はない。未だ巫女に昇格できず、「破魔の力」も熟していないのだ。金狐と戦う弓千代様ですら苦戦を強いられているのに、修練者の自分なんかに何ができるのかと躊躇っている。

 そんな小夜を見て、弓千代は金狐の爪牙を刀でしっかりと受け止めると、己の乱れた呼吸を懸命に落ち着ける。

「良いかい、小夜。矢の軌道は多少汚くなっても良い。ただ、標的を狙い澄ます執念と、矢に込める力を弱めてはいけないよ。さあ、私が金狐を抑えている今の内に!」

 この言葉を聞いた途端、小夜の顔に決心の色が浮かぶ。

 彼女は分社の門の陰に銀狐を寝かせると、自分の袴の裾を引き上げながら駆け出して、弓千代の落とした妖打と一本の矢を手に取る。そして、矢を番え、金狐の十尾目の尻尾へと狙いを合わせる。特殊な製法で生み出されたあの破魔以打妖は当然、それまで使っていた修練者用の三枚打弓とは比べ物にならないほど重く、彼女が弓弦を引き絞っていられる時間もそう長くない。だが、彼女の「破魔の力」とは別の力、それを増幅させるには十分な効力を示すはずだ。

 彼女の番えた矢には霧の如く繊細な薄桜色の光が纏い始める。その光は次第に強くなっていき、矢だけでなく妖打そのものにまで纏わり付いていく。

 次の瞬間、弓弦の重さに耐えられなくなったのか、それとも自然と手が離れたのか、小夜の番えた薄桜色の矢が放たれると、見事に一寸の違いもなく金狐の十尾目の尻尾に命中した。その矢は尻尾から呪詛の根源と思われる禍々しい妖気と瘴気を吸い取っていき、最後には十尾目の尻尾と共に跡形もなく消滅したのだった。

 それにより、九尾となった金狐はみるみる体を縮ませ、普通の妖狐の姿へと戻った。

「や、やった! 私、上手く出来たんですね、弓千代様!」

 そう喜びながら走り寄ってくる小夜を、弓千代は刀を手放して抱き止める。

「ああ、良くやった。お前はもう未熟な修練者ではない、立派な巫女の一人だ」

 自分の尊敬する弓千代に褒められた小夜は嬉しさを隠し切れないといった喜びようであったが、少しして冷静になったように姿勢を正すと、恥じらいの表情を忍ばせながら「失礼しました」と呟く。もっと素直になっても怒らないものを、と弓千代は微笑ましく思った。

 それから、小夜は金狐の事を心配するような素振りを見せる。

「弓千代様、彼女は無事なのでしょうか?」

「大丈夫だ。気を失っているが、呪詛の気配も消え、妖気も安定している。きっと、元の金狐に戻ったのだろう」

 それを聞いた小夜は心の底から安心したというように胸を撫で下ろした。

 弓千代にとっては、金狐の事だけでなく、これからの様々な事が気がかりであった。

 呪詛の暴発は防げなかったものの、こうしてその脅威を退ける事に成功し、狐一族の生き残りである妖狐の姉妹も捕まえた。このまま順当に行けば、守護大社へ護送された彼女達姉妹は総巫の命によって、今度こそ確実に処刑されるだろう。そのような事態を如何にして避けるべきか、それが目下の悩みの種である。このまま見逃しても、いずれ他の巫女の手に捕らえられてしまうだろうし、なんとかして総巫を説得できないものだろうか。

 また、金狐の呪詛を消し去った小夜の力も詳しく調べていく必要がある。これを「破魔の力」とは別の重要な力として運用すれば、恐らく今後の巫女と妖怪の共存を実現する際に大きな役割を果たすに違いない。妖怪を滅せずに悪しき妖気や妖力だけを払う力なのだ。無用な殺生を避ける事が出来よう。

「あの、弓千代様、私から一つお願いしたい事があります」

 これからの事に弓千代が考えを巡らせていたところ、小夜が彼女の顔を覗き込んでくる。

「どうか、この二人を助けて欲しいのです。もちろん、弓千代様が妖怪を簡単に許す事は出来ないと、私も承知しています。でも、二人は妖怪である前に、母親を失った可愛そうな姉妹なのです。いえ、その母親を奪った私達巫女一族が、今度は残された姉妹にまで手に掛けるなんて、あまりにも酷い仕打ちだと思うのです」

 この時、弓千代は悟った。小夜はもう、以前の小夜とは違う。この旅を通して自分の意見を持った彼女は巫女一族の在り方を変え、これからの時代を作っていく礎の一人なのだ、と。一人前の巫女の姿になった小夜を見て、純粋に喜ばしく思うと同時にやや寂しいような気持ちも覚える。

 弓千代はゆっくりと笑みを作りながらも小夜の目をしかと見返す。

「そうだな、私も小夜と同じ意見だ。だが、それを通すには総巫の壁があろう。御前の命を取り下げ、巫女一族の総意として金狐と銀狐の安全を保障するには、私だけでは難しい。より多くの署名や嘆願が求められる」

「そんな、此度の功労者である弓千代様のご希望であれば、きっと大総巫も無視はできないはずです。それにより多くの人手が必要であれば、私にちょっとだけ当てがあります。それと一つ考えのほどが……」

 そうして話し始める小夜の考えに、弓千代はひたすら耳を傾けたのだった。

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