第2話
いつか、彼は駆け出していた。光が欲しかった。何処でもいい。光さえあれば・・・。そこへ行きたい。もう、永遠に光を見ることはないのできないのではないか。そんな不安があった。もしかしたら、過去の記憶だと思っていたはずの光とは、彼が生み出した幻か夢なのではないだろうか。
「そんなはずはない!」
彼は、空間に向かって叫んだ。
「確かに、光はある! あるんだ!」
大声で叫んだつもりの声は掠れていた。走り続けて、疲れていた。彼はその場に倒れ、しばらく起き上がる気力もなく、動けずにいた。やがて、
「そうともお若いの・・・。光は、確かにある」
声がした。彼のすぐ傍だ。年老いた男の声。だが、姿は見えない。
「誰だ? 誰かそこにいるのか?」
彼は、声のした方へと視線をめぐらせた。やはり・・・。何もない。何も見えない。
「何処だ? 何処にいるんだ?」
彼は腕をそちらに向けて、闇をかき回した。何かに触れる。暖かな・・・彼と同じ腕の感触。それは、ガサガサとして張りのない、老人の腕であった。
「そら、わかっただろう? 心配することなど何もない」
老人は彼の腕を引き寄せて、自分の胸に重ねてやった。皺だらけのガサついた肌。だが、確かにそこには心臓の鼓動があった。
彼は手を離した。
「・・・ほっとしたよ」
「落ち着いたかね?」
「ああ」
彼は妙に気恥しい気持ちになっていた。先刻まで、自分が狂ったように走り回り、かつ叫んでいたことを思い出したのだ。むろん老人の目に、それが見えたはずがない。だが、声は聞こえたろう。
「そう、恥ずかしがることはないさ」
と、老人が言った。微かに笑いを含んだ声で。
彼は驚いた。(この老人は闇の中で、俺の表情が見えるのだろうか?)
「どうして・・・」
「何、わしも昔はそうだったのさ。初めて光が消えた時はな・・・」
「初めて光が消えた時? じゃあ、こんなことは前にもあったのか?」
老人がゆっくりと頷いたように、彼は感じた。
「そうだ。何度もな・・・。お前さんはまだ若いから知らんのも無理はないが、この世界はある一定の規則を持っているんじゃよ。すなわち、明るい光の時代と暗い闇の時代。この二つが交互にやってくるんじゃよ、周期的にな・・・」
「光の時代と闇の時代?」
「そうだ。子供はたいてい光の時代が始まるころ、この世に生まれてくる。そして、お前さんぐらいの年齢になって、初めて闇を知るのさ。最初はみな驚き、みな怯える。当然じゃよ。初めて闇を見るのだからな」
「周期的・・・と言ったな。じゃあ、また光が来るのか? また光の世界に帰れるのか?」
「その通りさ、お若いの。心配せずとも良い。光は必ず訪れる」
「本当に・・・?」
彼は辺りを見渡した。暗黒がぬめりつくように、彼を取り囲んでいる。
「・・・信じられないな」
この闇がいつか消える? こんなに真っ暗なのに・・・。
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