その鐘を鳴らすのは君 [2,3]⇨[1]⇨[5]
次は小さな水槽が沢山あるゾーン。
御目当てのエビやカニ含め、甲殻類がまたもたくさんいた。
イソギンチャクと共生しているカニがいた。
左右のハサミにイソギンチャクをつけているから、はじめは病気なのかと思った。
ムツゴロウみたいな小さい魚と共生しているエビもいた。水槽は広いのに石と水槽の壁の隙間に水槽内の全部の魚とエビが挟まっていた。いや陰キャラかよ。仲良くできそうだぜ。ただし群れ作ってる時点でてめぇらはだめだ、やっぱり仲良くできねぇな。
男は孤独に生きようぜ?
そして、それらの水槽の上には説明書のようなものが天井から吊るされていた。
例えばカニとイソギンチャクの水槽の上には
《カニのハサミが変だぞ?》
《なんたらイソギンチャクとなんたらカニはとっても仲良し》
みたいなそんな文言が。
これが見にくいのなんの。透明なプレートに白の文字で書かれているせいで、照明に照らされてとても見にくい。
君も思わず大きめの声で
「みにくっ!!」
と言っていた。
ちょうどそこにいた孫を連れた初老くらいの男性が
「ほんとだよ、もっとやり方あっただろ」
と共感していた。
何か話しかけるのかな、と君を見ると君は既に男性から目を逸らし別の水槽に目を向けていた。
それはサバサバしているのかさっぱりしているのか、単に感じが悪いのか何も考えていないのかどれなんだ?
______________________________________________
最後は、触れ合い体験だった。
触れ合い、と言っても陸生の動物と違い水生動物は生身でお互いにコンタクトを取ることが難しいので、一方的に触らせていただくことになる。
大きな水槽の周りに子供大人関係なく手を突っ込んで、砂に寝転ぶサメや泳いで近づいてくるエイを触っていた。
普段の僕なら絶対に触ったりはしない。
例えばAとここに来ていたなら真っ先にAがやると言い出すだろうから、僕は横で見ている。
別に上下関係があるとか、気を使っているとかではなく、ただ単にやらなくていいや、と思うのだ。
しかしこの場では違う。
念のため、君に聞いてみる。
「触る?」
恐らく答えは。
「え、いいや、怖いし」
OK予想通り。
というか性格的に僕と同じタイプだから絶対「別にいいや」って言うと思ったのだ。怖いから、と敢えて言ったのは僕の好感度を取りに来たのではなく、素直に「いや、興味ないしいいや」と言うと感じが悪いと思っての発言だろう。
ここまで読めたなら僕が取る行動は一つ。
「じゃあ僕触ろうかな」
僕がやるしかない。嫌ではないしむしろ触りたいのでそこは気にしない。
ただ君は。
「え?! 無理しなくていいのに」
...なんだか僕の思考を読まれているような物言いに少し違和感を覚えつつも、僕は手洗い場に向かう。
「いや普通に触りたいし」
「えー笑笑」
手を洗ってる最中も君は横でずっと「本当にすんの?笑笑」「手洗ってるし笑笑」とか言ってきた。
正直何を考えているのかわからなかった。
手も洗ったことだしいよいよ実践。
ちょうど前にいた子供が飽きたのか怖かったのか退いてくれたので空いた場所に行き、手を水に沈める。水温は生温いより少し冷たいくらい。大勢の人がこんなに一度に手を突っ込んで水温が上がっているのだろうか。魚たちは大丈夫なのか。まぁその辺は係の人がうまくやっているんだろう。
などと考えながらいざ触ろうとする。
が、いない。
周りにサメとか魚とかエイがいない。
他の場所を見ると結構いるのに、なぜかここだけ居ない。子供がここを退いたのは飽きたからでも怖かったからでもなく、触れる魚がいなくなったからだった。
「えーいないんだけど」
君の方を見てそう言うと、君は黙って水槽をはさんで僕の対面に来るくらいまで歩く。すると、何かを見つけたのか小走りで帰ってきた。
「その下、いるよ」
君が指したのは僕の隣にあった白い出っ張り。
水槽のデザインだと思っていたが、水と砂は出っ張りの下まであり、白い部分は傘のようになっているだけだった。
そして下側を見ると確かにそこにはいた。
「うぉ、ほんとだ」
多分これはネコザメだ。小さい頃に一度見て、ずっと覚えてる。なんでネコザメって言うのかも知らないが、それはネコザメだった。
「触るわ」
恐る恐る手を伸ばす。君もちょうど触れているところが見える位置に移動していた。
指が、ネコザメの肌に届く____
ザラザラしている。うん、それだけ。身近なものに例えると野球ボールの表面、かな。でもちゃんと皮膚の下まで肉が詰まってる感じがした。押しても押し戻されるどころかあまり沈まない。急に動かれると怖いのであまり強くは押せなかったが、それでも確かな重量感は感じられた。
ずっと「うわぁ」とか「えぇえ」とか言ってた君が駆け寄ってきて感想を聞いてくる。
「どう?」
「んー、なんかザラザラしててすごい筋肉質、みたいな」
「ひぇー、すご」
ひぇーってなんだよひぇーって。ネコザメ様に失礼だろ。
これで、僕らの水族館デートは終わりを迎えた。
小一時間歩き回っていたので、流石に疲れ、のんびりと駅を目指す。
その時の話題は部活の話だった。
僕は小学三年生からバスケットボールをしていて、小学中学といい先生に教えてもらえたが、高校では酷いもので僕の代は皆どんどん辞めていった。
君は高校の時は軽音楽部に入って、皆楽器を買いたくないからボーカルがいいとボーカルの取り合いになり、結局有耶無耶になってバンドはなくなりやめてしまった、と話した。
その分帰宅部で得たことは何かあったかと聞くと、
「勉強時間が増えた」
と言った。
初めて君とは分かり合えないと思った。
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駅のホームでは夏休みは暇だ、とかでも学校がいざ始まるのは嫌だ、とか愚痴をお互いに溢していた。
ただ、僕はそんな話を聞きながら、話しながら他のことを考えていた。
僕は元々女性に対してのコミュニケーションが得意ではない。目を合わせるのは恥ずかしいし、顔が赤くなってる感じがして、とてもやりにくい。
ただ君は違った。
なんだか一緒にいても落ち着くし、無理なく話せる。
こんな人となら、その、付き合ったりも、できるんじゃないだろうか、と。
けど。
僕は自分に自信がない。
僕なんかは君に釣り合わないし、君にはもっといい人がいる。
だから、今日で終わりだ。一夏の思い出。
「水族館楽しかった」
話題が切れたタイミングでそう溢す。
「エビもカニも見れたし」
僕に恋愛は無理だ。
「夏休み女子と遊んだ、って友達に自慢できる」
こんなやつと遊んでくれてありがとう。
少しぎこちなかったかもしれないが、精一杯感じよく、はにかみながら言った。
「うんー、私も楽しかった」
こちらは見ず、君は口を開く。
電車が到着し、乗り込み、空いてる席に並んで座った。車内では他愛無い話をした。
また部活の話、お腹空いだだの、家が遠いだの。
駅に着く。
人波に流されないよう、できるだけ近づいて、ホームに降りる。
楽しい時間が経つのは早い。
誰もがそう言うが、それはその楽しい時間にいつまでもいたいからだろう。
改札を通る。
「ふぅ、やっぱ人多いなぁ」
「ほんとに、歩くだけでしんどい」
人混みが苦手な二人が、お互い弱音を吐き合う。
しかし君は突然、弱音ではない言葉を、僕の首に。
その鋒は細く、ひどく鋭利で。
予想の範囲外からの奇襲だった。
無防備な僕に向けたその言葉は。
「このあとどこ行く?」
延長戦の、ゴングが鳴り響く。
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