海老と蟹とアザラシ [1]⇨[2,3]
ぎゅぎゅっとキュートを出たあとは、エスカレーターで下に降りる道順になっていた。
先ほど、大きな水槽を中心に螺旋状に下降していたはずが、まだ下があったのか。
下には下がいる、とはまさにこのことか。いやそうではない。
エスカレーターを降りると、あたりが急に暗くなる。真っ暗闇、というほどではなくてうっすらと上に照明があった。
その理由は前方の水槽を見ればすぐにわかった。
そこには僕の持ちうる知識では何故今も生きていられるのかわからない生物ナンバーワンがフヨフヨと足?にも見えるし触覚かもしれないひもを揺らして泳いでいた。
「おぉ、くらげだ」
君が少し早足で水槽に近づきすぐさま写真を撮り始める。クラゲ好きだったの何それ可愛い。
「クラゲってどうやって生きてんだろ」
素朴な疑問を、誰にともなく投げた。
だってそうだろう。この傘みたいな部分とピロピロの紐しか付いてないのに、どうやって物を食べたり、息をしたり、それこそ子供を産んで種を続かせたりするのだろうか。他の生物とはかけ離れた生態なのか、それとも超進化しててそんなものは必要なくなったとか?
「あーたしかに、内臓とかどこにあるんだろ」
君も同じく不思議そうにくらげを見る。
そして、別の水槽にもまたクラゲがいた。
よく見ると、この階はクラゲの水槽が集まっているらしかった。
きのこがそのまま海に入って泳いでいるようなやつとか、ちっちゃくて懸命に傘の部分をうんしょうんしょと動かして泳いでいるやつ、紐の部分がチアリーダーのポンポンくらい沢山あるやつなど、いろんな種類のクラゲがいて、新しいクラゲを見るたびに君は楽しそうにパシャパシャと写真を撮っていた。
ただその都度、水槽の向こう側にいる別のお客さんが写真に映り込みそうになり焦る君が、見ていてとても面白かった。
ほぼクラゲ階は見終わったかと思ったその時、一際人が集まっている水槽が一つあった。あそこはまだ見ていない。
人が多くて見えない。
僕も彼女も身長が高い方ではないので上から覗き込むようなことはできなかった。
ぴょんぴょん飛んだり背伸びをしたりしてどうにか水槽を見ようとする君。それでも悲しいかな、身長が絶望的に足りず、せいぜい前の人のつむじを近距離で拝む羽目になっていた。
「ちょっと待と」
「うん」
待つことを言うとすぐに跳ねたり伸びたりするのをやめ、大人しく人だかりが無くなるのを待っていた。
ただ待つという表現が正しいか疑うほど、人だかりはすぐに無くなり、最前列でその水槽を見ることができるようになった。
なるほど、人だかりの理由はこれか。
「これクリオネ?」
一本足の人型のようなその体は透明で、ただお腹のあたりにオレンジ色の模様がついていた。
ゆっくりふよふよと水槽を泳ぎ、水槽の下からのライトアップも相まって、とても幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「クリオネってもっとでかいと思ってた」
ふと君がそんなことを言った。
「でかいってどのくらい?」
「んー、ハムスターくらい?」
「いやキモいだろ!」
ハムスターって手乗りサイズだよ? クリオネそこまでデカくしたらもうエイリアンまである。
「うん、だからこのサイズで良かった」
そう言うと、また嬉しそうに微笑んで写真を一枚撮った。
僕も、写真が撮りたくなった。
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クラゲ&クリオネ階は終わり、エスカレーターを上がる。
僕は少し焦っていた。
「なぁ」
エスカレーターで、前に立つ君に話しかける。
「ん?」と振り向く君。
「エビとカニは?」
「あーそういえば」
「いやいや、そういえばじゃなしに。僕それ見たくて来たのに。いないなら、もう来た意味ないよ」
「そんなに?!」
僕はエビとカニがとても好きだ。
虫も好きだし、多分骨格がガッチリしてるような動物が好きなんだと思う。
あとエビとカニは食べるのも好き。お寿司屋さんに行っても僕は基本エビしか食べない。
魚が嫌いってわけじゃないけど、エビが好きだし一番美味しいからわざわざ食べる気が起きないのだ。
だから水族館に行けるって決まった時すごく楽しみにしていたのに...。
エビとカニだけは絶対に見たい、と君にも伝えていたのだ。
「まぁどうせいるって」
あっけらかんと僕にそう言い、エスカレーターを降りて歩を進める。
「えっ、寒っ!」
大声で言ったのは僕。
「あぁ、たしかに温度下がったかも」
いや体の機能面まで鈍いの? サバサバ系とは関係ないよ? おじさん心配だよ?
そう心配するのも無理はないのだ。
具体的な数字まではわからないが、温度は確実に、なかなかの勢いで下がった。
寒い寒い言いながら歩いていると、次のゾーンが見えた。
まず目に入ったのは天井のガラス張りになっている部分。何がいるのかぼんやりと眺めていると、君がぽそりと言った。
「あ、海老」
「え?!」
首が取れるんじゃないかってくらい、てか今年一早く反応をして、君が見ている方向に目を向ける。
ぎゅぎゅっとキュートにあった水槽も同じくらいのサイズの水槽が壁に三つほど並んでいた。
すぐさま駆け寄り、中を覗く。
ちっちゃい、半透明な赤みを帯びていない海老が沢山いた。
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。
「え、すごい、やばい。やばい」
「やばいしか言ってないじゃん」
可愛さのあまり語彙力が死んでしまった。
大学でも言われたのだ。近年の若者は大抵の形容詞を〝やばい〟で置き換えていると。活字離れや携帯の自動変換機能がそれの原因だとかなんとか言っていたが、ここまで揺さぶられるとしょうがない。
可愛いんだから。
「これは流石に写真撮ろ」
そう言って僕は携帯を出してカメラアプリを立ち上げ、水槽に向ける。
しかし。
「昨日がゴミすぎて映らない...」
今はiPhoneを使っているがその当時は安物を使っていたので、画質的にも小さくて半透明なエビを綺麗に撮ることは出来なかったのだ。
さらに水槽自体が青白くライトアップされていたのでそれもあって上手く撮れなかった。
安い携帯を買った自分のケチさとエビを写真に撮れない悲壮感に打ちひしがれながら水槽を見ていると。
「え、撮ってあげる」
君が自分のスマホで写真を撮ってくれた。
ていうかイケメンすぎない? 僕ならできない。恥ずかしいし、多分まごついて結局「ウワーザンネンダー」とか言って流してる。改めて、男勝りで、サバサバしてる感じを認識した瞬間だった。
しかしすぐにそのイメージは塗り替えられた。
エビの水槽から目を離し、ふと上のガラス張りの部分を見ると、先ほどまでいなかったものがそこにはあった。
「なぁ、アザラシ」
君に話しかけるとすぐさま目を輝かせて
「えー! 可愛い!」
と言った。携帯を出してパシャリ。
思わず二回もパシャリ。「笑ってるー、可愛い笑笑」などと言いながらもう一度パシャリ。
お腹をガラスにどっしり置いて、ちょうど僕らに顔が見えるよう、アザラシはいた。表情は確かに目がとろんとして、口角が上がり、笑っているように見えた。
笑ってる顔、好きだなぁ。
口に出さず、心の中でそう思った。
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僕の水族館での目的、エビとカニの観測、ははれてクリアとなった。
と言うのも、その先の水槽にカニもいたのだ。
結構大きめの水槽で、タラバガニくらい大きいカニがたくさんいた。
お尻をつけて動かないカニも何匹かいて、それを見るたび君は「え、これ死んでない? 生きてる?」などと不謹慎なことを言っていた。死にそうな動物を水槽に入れる飼育員がいますか、と言いたかったが生死の確認のためカニに手を振る君を見て、僕はその台詞を飲み込んだ。
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