サソリ

 村を出て三日目の早朝。キラはテントの中で目を覚ました。もう見慣れたテントの白い天井が目に入る。だが何かがおかしい。さっきから頬っぺたがモゾモゾと痒いのだ。何かの動く異物がキラの目にボヤけて映った。段々と焦点が合うと……サソリだ! 艶やかな飴色をしたサソリは尻尾を振り上げ、キチキチと体を揺らしている。

 

「マーニー!」

 

キラは恐怖で身動き出来ずに叫んだ。マーニーは直ぐに目を覚ますとキラの元へと忍び寄り、素早くサソリを捕まえると、ガラス瓶の中へ入れた。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、まだ刺されてはいないわ。それ、どうするの?」

 

「これはな、こうして……」

 

言いながらマーニーは瓶にウォッカをなみなみと注いで、蓋をした。

 

「サソリ酒にするんだ」

 

「サソリ酒?」

 

「滋養強壮に良いんだぞ」

 

「どうした?」

 

ビランが目を覚ました。チトはこの騒ぎにもびくともせず眠っている。

 

「サソリだ。捕まえて、瓶詰めにしたよ」

 

マーニーは瓶に入ったサソリをビランに見せた。

 

「こいつは……。猛毒の奴だな。大丈夫か?」

 

「大丈夫だ。誰も刺されてない。キラの顔の上に居たんだ」

 

「ほう。サソリも美人がお好みなのかね?」

 

ビランがキラを見て笑った。

 

「サソリにモテても嬉しくないわ」

 

キラは頬を膨らますと、毛布を畳み始めた。

 

 チトを起こして朝食を摂ると、ニームの木の小枝で歯磨きをした。小枝の先の皮を薄く剥ぎ、歯で噛み砕いてブラシ状にして磨くのだ。木の樹液が天然の歯磨き粉の役割をしていた。

 

 テントを畳むとキャラバン隊は出発した。キラはラクダの上から周囲をぐるりと見渡した。この辺りは僅かだが木や植物が生えている。焼け付く褐色の大地に緑が安らぎを与えていた。ふいに茂みから黄金色の塊が飛び出して、キャラバン隊の前を猛スピードで横切って行った。

 

「マーニー! 今のは何?」

 

キラは叫んだ。

 

「砂ギツネだ! すばしこいから、罠でも使わなければ捕まえられないし、食っても不味いぞ」

 

「別に食べたい訳じゃないわ。砂漠って不毛の地だと思っていたけど、動物も居るのね」

 

キラは砂ギツネの走り去った方を見詰めながら呟いた。

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