第4話 運命は悪戯なのかしら
そもそも、ヒロインに声をかけられた時点で私の知ってるゲームとは違う。
私が声をかけられるのはヒロインに恋した攻略キャラの一人だし、断罪するのも攻略キャラの一人だ。ヒロインは人の善性を信じ切った清らかな乙女でもあるため、おろおろと私の弁明をしたり、『でもでもだってそんなわけ』というのが仕事だった。
もちろん、私はゲームとは違う行動をしてきたし、ヒロインや断罪イベントだって似通った何かに代用されていてもおかしくない。
だから私はヒロインの声を、断罪イベントの始まりだと思った。
実際は罪を問われるわけではなく、告白されてしまったわけだが。
「クレメテル嬢、色々思うところはあるが……急に何事だ?」
首を傾げた私と同じような疑問を持ったのは、私をエスコートしていた殿下だった。
殿下は私と同じように足を止め、振り返り、首を傾げる代わりに声を出す。ゲームヒロインであるクレメテル嬢が苦手である殿下だが、クレメテル嬢の不思議な行動に問わずにはいられなかったらしい。
「いった通りですわ。ディリー伯爵令嬢は、私のことがお嫌いですかと聞きたかったのですわ」
「嫌いも何も……接点はほとんどございません」
ヒロインが体当たりで話しかけてくるので注意したが、一緒に遊びに行ったこともなければ一緒に昼食をとったこともなかった。私は彼女に対し普通のクラスメイトとして振舞っていたのだ。
破滅ルートを運んでくるヒロインということで苦手意識はあった。けれど嫌うほどではないし、当然好きだと思うこともない。
「ではお好きですか!」
破顔して嬉しそうに、ここが少女漫画なら花でも咲かせそうな勢いで胸の前で手を組んだ彼女に、私は首をもう一度傾げて繰り返す。
「ですから接点はほとんどございませんので、好きだとも思っておりません」
「すごいな、そんなにはっきりいっていいものなのか?」
こわごわと私とクレメテル嬢を交互に見る殿下に、私は小さく頷く。
はっきりいわなければ、気づかないことは多々ある。貴族社会ではそれを美徳としないが……クレメテル嬢は別だ。彼女にははっきりもの申した方が速いし、分かってくれる。私はすでに数回体当たりされたことで学習していた。
「まぁ! でしたら私、今からお好きになっていただけるよう頑張りますわ! ですから、殿下との婚約はどうかお考え直しください!」
考え直すも何も、殿下との婚約はついさっきしたばかりの口約束であり、王家、伯爵家ともに了承を得ていない。今から国王陛下にご挨拶をしようというところだった。
その挨拶も殿下が私と共に普通の挨拶をし『この方と婚約したいなぁと思っててね、どうかな?』と見せびらかすのが目的だ。『この女性と結婚します』とその場で公言するわけではない。
「まだ婚約はしていないし、何もいっていないのだが……」
私が何かをいう前に、殿下がわずかに身を引き口を開いた。
殿下がクレメテル嬢を苦手とするのは、自らのペースを著しく乱されるからだろうなぁ……なんとなく思いながら、私も口添えする。
「そうですね、私は一度殿下の婚約者候補から外れた身です。夜会でもご一緒するのはこれが初めてです」
クレメテル嬢は両手を握りしめ、大きく首を横に振った。
「お二人は激しくお似合いですし、何より、ディリー伯爵令嬢がご親類以外の殿方と歩いているのは初めて見ました……私、王妃様のお茶会でお見掛けしてからずっとディリー伯爵令嬢を見てきましたのに……」
彼女のいう王妃様のお茶会というのは、殿下と婚約者候補の顔合わせついでに子供たちを集めて交流すればいいと約六年前に開かれたものだろうか。
そのお茶会のことをいっているのなら、彼女はかなりの間、私を見てきたことになる。
「ディリー伯爵令嬢は浮いた話一つもございませんし、親しい方も特に見かけません。ですが、頭が良くて運動もできてかっこよくて美人でちょっと冷たいけどそこがいい尊い方ですもの。並みの殿方ではどうにもなりませんわ」
父も似たようなことをいっていたが、父はこれに『かわいい素敵な愛すべき』がつくので彼女より重傷だ。
けれど少し考え方を変えると、過保護で家族溺愛で一人娘を愛する父親に似たような考え方をし、本人にそれを告げ、体当たりしてくる赤の他人というのは、かなり濃ゆい存在である。
「ですから私が認める容貌の、突き抜けた能力のある方に体当たりしてディリー伯爵令嬢に近寄らぬよう趣味と実益を兼ね邪魔してきたのです。その中でも一番まずいのが殿下でした」
彼女はどうやら筋金入りの私狂いのようだ。どういった方向で私が好きなのか判然としないが、私と噂があったわけでもない殿方を事前に近寄らせないようにしたあたり、かなりの熱量である。
「まずい……?」
「殿下は頭が良くて運動神経もよく、容貌も合格。尊き身分の方で人気もありますわ。なによりディリー伯爵令嬢のお隣に立つと誰も避けて通る恐ろしさがあります!」
私はまだしも殿下は怖がられていることを気にしている方だ。もっと歯に衣を着せてあげてほしい。
「そうか……恐いか……」
わかってはいるが、面と向かっていわれるとショックである。そんな殿下の心の声が聞こえてくるような、小さくか細い声が聞こえる。
心の底で殿下にエールを送り、私は一歩前に出た。
「たかが容姿とは申しません。人が最初に目にするのは外見です。遠くにいる人々の耳に入るのは私達の見た目を含んだ噂話です。私はそれでも殿下の手を取り、この場に参りました」
きつい、恐いといわれ続けた目をクレメテル嬢の大きなたれ目に合わせ、意識して笑みを作る。悪役が、ライバルが、宣戦布告をするような強い笑みだ。
「どのような噂が飛び交っても、どのような状況にあっても、私はこの場にいるのです」
利害の一致があってのことでも、これ幸いとこちらの事情を少しも話していなくても、共犯者といってくれた殿下を裏切るようなことはしない。たとえ、断罪されなくても私はこの可愛らしい友人候補と、今だけでも実質婚約者であるような顔をする。
「そ、そんな……い、いえ、まだ決定的なことは……!」
クレメテル嬢が今にも空が落ちてきそうな顔をしてくれた。いつもより理解が早い。
少し後ろから視線を感じつつ、ダメ押しに力強くいいきる。
「私は自ら殿下のお話をお受けしました。誰に何をいわれようと覆すことはありません」
王族と貴族の結婚は男女二人の意思だけでできるものではない。しかし、本当に結婚する気であっても私はそういっただろう。
結婚も婚約もできるかできないかはさておき、プロポーズされて『はい』と返事をしたのなら私は曲げない。選んで考えて『はい』というからだ。
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