第3話 突然の告白は運命なのかしら

 遅刻というだけでも目立つのに、婚約者を探せと急かされている独り身の王子様の隣に巷で噂の悪役令嬢がいたら、自然と視線と話題はその二人に向く。


 不幸なことに私も殿下も類を見ない強さを持った……正確にいうと悪そうで強そうな、悪役の幹部のような特別枠の顔をした美男美女である。ある意味お似合いな二人が、親し気に遅刻してきたとなると貴族社会では一大事だ。


 特におしゃべり好きな方々には『浮いた話がおひとつもないと思えば……なるほど』『とてもお似合いだわ』『なんておそろ……お似合いな二人なのかしら』と大好評である。


「予想より怖がられていないようだな……」


 殿下がぽつりとこぼす。

 自らの外見について殿下も常々思うところがあったらしい。

 私は大丈夫ですよと意識して笑い、殿下にエスコートされるまま歩く。


「殿下は女性に好かれるお顔をしてらっしゃいますから」


 お世辞ではない。本当の事だ。

 女性に騒がれる男性には種類があり、かっこいい悪役枠の殿下の顔はそのうちの一つである。


 けれど殿下は、国王陛下の元へと真っ直ぐ向かいながら小さく首を振った。


「噂は聞き及んでいるし、友人にも悪役顔だといわれているから自覚している。ゆえにこうして見られているときは怖がられるものだが……そのうえで顔と性格の違いにがっかりされていることが多い」


 殿下は黙っていると俺様系の悪役顔をしているが、動いてしゃべると思っていたのと違うといわれてしまう殿方だ。つまり、その外見通りならかっこよくぐいぐいくる上に我が道をいくが好んだ女性には甘いという……そういう理想が、クラヴィア殿下にはちきれんばかりに詰まっていた。


 もしも殿下が王太子でなければ、可愛らしい方ですわねと違う人気を得ていただろう。けれど殿下は王太子だ。身分の高い殿方や婚約者候補の貴族令嬢ならまだしも、同じ学び舎にいる子女となると挨拶するくらいの縁しかない。雲の上のちらりと見かけるしかない方なのだ。殿下の現実など見えようはずもない。


 しかも、その学び舎とていつまでたっても婚約者が決まらない殿下を国王陛下が押し入れる形で入学させたと噂されている。それが本当ならば、無理矢理貴族のための高等学校に入れられたことになるわけで、いくら子を成すことが王族の義務とはいえ殿下も婚約者探しに積極的にはなれないだろう。


 ますます子女とは縁遠くなり、理想と妄想は一人で歩き出すというわけだ。


 だから、ざわめく広間で小さな殿下の声を聞いていると、こんなに可愛らしい方なのに理想と現実に翻弄されて可哀想にと思わざるを得ない。


「確かに私と殿下が一緒に夜会に参加したとあれば、ある意味なんてお似合いなといわれるとは思いますが……恐れてくださるのなら、逆に面倒な小物は近づかなくて楽だくらいに思ってしまいましょう」


 それに比べ私ときたら大変図太く、たまにとても外見らしいことをいう。

 私が転生してきた悪役令嬢らしい性格や環境ではないものの、友人ができず、同じ教室で学ぶ子女にさえ『やだ、かっこいい……!』『冷静でらっしゃるのね』『ああ、なんと孤高……!』などといわれていた。


 私にも子女の夢と妄想が、ぎっしり詰まっているというわけだ。


「ディリー嬢は、だから崇められるのだろうな……俺からしてもかっこいいぞ」


 私からしたら小さな声で感心しきりの殿下こそ可愛らしい。理想より可愛い王子様なのになぁ……と、また残念に思った。

 これから断罪イベントなのだから、余計にそう思う。


「ディリー伯爵令嬢!」


 殿下にエスコートされ、広場の一番目立つ場所まできた辺りで声を掛けられる。

 これが、私の転生してきたゲーム『アルラレネイの記憶』の断罪イベント開始の合図だ。


 このゲームは悪役令嬢……ヒロインのライバル令嬢が、攻略キャラ六人中五人に一人ずつついているという厄介なゲームで、クリアするにはいかにしてライバル令嬢を登場させず、また仲良くなりすぎずに攻略キャラを落とすかという手腕が求められる。


 私が登場するのは殿下がらみのイベントごとだけだ。けれど蔑ろにするとすぐにヒロインの邪魔をし、かつ陰湿で面倒な嫌がらせをする。


 それでも殿下を攻略するのは比較的簡単だった。

 殿下つきの悪役令嬢である私を無視し続けても、殿下が私に愛想をつかすからだ。むしろ悪役令嬢が邪魔をするたび二人の恋は燃え上がり、この断罪イベントも盛り上がる。


 もし無視をせずヒロインが悪役令嬢と仲良くしていたとしても、私、ディンリィ・ディリーにおいては途中でディリー伯爵に国庫の使い込み疑惑が持ち上がり、どんどんヒロインに依存して、最後には一家心中直前にヒロインたちに救われるというストーリーだ。


 救われるといっても過程が酷すぎ、仕事も家も失ってから救われるものだから、私がヒロインと仲良くしておけばいいというわけではない。


 私が断罪イベントを回避するには殿下ルートに入らないことが重要だ。

 それもヒロインの選択なので、私がどうにかできるものでもない。

 

 ならばできることは身の潔白を証明するとか、殿下の婚約者にならないとかその程度のことだ。

 ささやかな抵抗も、物語でよくある強制力とか揺り戻しなんかで結果を同じくするなら、意味はない。


「貴方に聞きたいことがあるのですわ!」


 ヒロインの声を聞きながら、私は足を止めた。

 現在、私の父は横領の噂があり、伯爵令嬢である私は夜逃げの準備もしており、口約束のその場しのぎとはいえ殿下の婚約者になっている。


 ヒロインは避けている方だが、ヒロイン自身が体当たりしてくるので注意した。お陰様で殿下ルートだと気が付いた。

 過程も状況も違うが、破滅フラグが乱立した。


「私は貴方のことが好きなのですけれど、私のこと、お嫌いかしら……!」


 ヒロインの貴族のルールもへったくれもないことばに、私は振り返り首を傾げる。

 そこにはヒロインだけが仁王立ちしていた。

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