第2話 運命改変は強制力が働くのかしら

 断罪イベントを前に人生を左右するイベントが起こってしまったのだが、私には三つの選択肢が用意された。


 淑女として怒るべきか、王族らしからぬ行動をした殿下を叱るべきか、貴族として王族に従うべきか。

 私は一瞬考え、夜会会場にほど近い廊下で四つ目の選択肢を出した。


「殿下が劇的な一目惚れでもなさらない限り、このような行動はなさらないと思います。これは故あってのことでしょう。ですので、後ほど理由はお聞きするとして、私は『はい』とお返事します。今から私は殿下の婚約者です」


 殿下の婚約者となること。私が転生した悪役令嬢が一番最初に選んだ破滅の選択肢だ。

 しかしながらそれだけで破滅するものではない。破滅するには悪役令嬢の性格やヒロインいびり、ディリー伯爵家の悪事が必要だ。


 母も父も家族溺愛の過保護であっても家族が破滅するようなことはしないし、私もヒロインとはほとんど面識がない。


 もしもディリー伯爵家に悪いところがあったとすれば、かなりきつい目つきや美貌自慢の悪役のような見た目だけだ。どちらも本人たちは悪くない。


 だが、ディリー伯爵家に非がなくても、本当に悪い奴は悪事を押し付けてくる。

 そうなると、私が殿下と婚約するのは下策といえるだろう。

 物語でよくいう強制力が働いて、私はやっぱり破滅する悪役令嬢となってしまうからだ。


「話が早くて助かる。陛下には意中の女性をやっと射止めてきたと紹介させてくれ。そうでなければ今夜にでも婚約者を探せといわれていてな。そうなるとあの面食……天真爛漫なクレメテル嬢が声をかけてきそうでな」


 破滅する可能性があるというのに私が殿下の婚約者になるといったのは、殿下の態度と顔面と

私の現状からである。


 殿下は私がいびり倒したとされているヒロインが苦手で、同じ場所に行くにも様子をうかがうために立ち止まる。天真爛漫で貴族社会には珍しい考え方の持ち主であり、庶民的な可愛い女の子……それがヒロインだ。彼女を嫌悪したり苦手であったりする貴族は少なくはない。王族であるが殿下もその一人だ。


 もちろん、ヒロインとて体当たりで殿下をゲットするような子ではない。無理強いなんてしたことはなく、殿下の微妙な空気を察する事だってできる。庶民的で貴族のマナーに少々疎くても注意して聞かないわけでも直さないわけでもない。悪い子ではないのだが、とんでもない面食いで貴族社会でかっこいいとされる男性に声をかけずにいられないのだ。


 これが殿下がヒロインを苦手とする一番の理由だった。


「そうでしたか……ですが殿下、私も面食いですよ」


 殿下がヒロインを苦手とする一番の理由は、私が殿下に『はい』と答えた理由の一つでもある。そう、殿下は私の好みの顔だった。


「知っている。だが、ディリー嬢は婚約者候補になったときも速やかに辞退し、私を見かけても挨拶するくらいで特に声をかけるでなし……俺は対象外なのだなとすぐにわかる」


 殿下のこの飾りようのない余裕のなさも私が『はい』といった理由だ。殿下はそれほどヒロインが苦手だった。敵の敵は味方というわけではないが、ヒロインに好感情を持っていない殿下は断罪イベント直前に都合よく捕まえた女を無下にするような人ではない。私が悪いと思っても、その場くらいはしのいでくれるはずだ。


「そんな失礼な女を婚約者にするのはどうかと思いますし……殿下は私の噂を知っておいででしょう?」


 私だって断罪イベントが起こると思っていなければ、夜会に遅れるほど一生懸命夜逃げの準備などしない。それなりに悪くいわれ、居心地の悪い気分を味わったから早朝まで準備をしていたのだ。本人に夜逃げの準備をさせるほどの悪い噂を、他人が知らないわけがない。


「さして失礼とも思ったことがないので構わない。ディリー伯爵家含む悪い噂はよく聞くが

……俺はディリー伯爵家の人間は皆聡明であると思っている。近頃蔓延している悪い噂もすぐに撤回されると確信しているし、貴女にいたっては取り巻きどころか……いや」


「ふふ。親しい友人もいませんものね。よく崇められるので理解しております」


「いや、その」


 普通に考えればずいぶん失礼なことをいわれたが、事実だ。私はまったく気にしていない。けれど自分が気にしていなくても他人は気になることというのがある。

 私に友人がいないというのはそれにあたった。


 殿下は気まずそうにしょんぼりと項垂れる。

 夜会に遅刻して不味いなと思っていたのに、殿下の可愛いらしい一面を見て私は零れる笑みを抑えきれない。


 可愛げというのは人に笑顔をもたらすものなのだ。


「気にしておりませんので。友人がいないのは気にしておりますが、他人にそれを指摘されることについては事実なので気になりません。むしろ、私は殿下がお気になされているのを逆手にとって殿下のご友人になりたいくらいですわ」


 冗談にしては上々の出来だった。

 普段の殿下なら私と同じように笑って済ませるところだ。


「なんだ、それだけでいいならいくらでも」


 ぱぁあっと顔を明るく輝かせる殿下はまるでご褒美をもらった犬のようである。なんとも隙だらけの殿下は、やっぱり余裕がなかった。


「ふふふ。では、この夜会が無事に済みましたらご検討いただけますか」


 無事に済むはずがないと思っているからこその発言だ。

 いくら伯爵家を信じていても、断罪された私と友人になろうとは思わないだろう。


「今すぐでも問題ではないが……そうだな。友人として語らうにも夜会前ではな」


「遅刻確定ですし、これ以上遅くなるのもよろしくないでしょう」


「そうだな、では行こうか。婚約者……いや、友人になるのなら共犯者殿の方がそれらしいか?」


 大広間の扉を一瞥したあと殿下は私に手を差し伸べた。

 私は微笑む。

 たとえ運命の強制力が働いたのであっても、急造の共犯者はちょっと可愛らしくちょっと心強い。

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