悪役令嬢は運命と共犯になったので。

亀吉

第1話 廊下の角には運命が待っているものなのかしら

 トラックに跳ねられ、悪役令嬢に転生してしまってなんだかんだと破滅フラグ回避……なんて、まさか自分自身に起きることだとは思わなかった。


 さらに悪役令嬢たるこの私が、運命の断罪イベントの夜会に寝坊して遅刻するなんて思いもしない。


 運命といっても私にとっては、ヒロインをいかにしていじめたか列挙され、我が伯爵家が悪いことをしたとかで断罪される嫌なイベントだ。夜会が楽しみだったわけでも、断罪イベントが辛くて眠れなかったの……だなんて乙女な理由で寝坊したわけでもない。夜逃げするためにあれやこれやと手を打っていたら朝も早くになってしまっただけなのだ。


 それでも国王主催の夜会ときたら嫌だし眠いし行きたくないは通らない。一睡もしないでイベントにのぞむだなんて、無理無理、寄る年並みには勝てません。せめて一睡と思って寝たらこれである。


 享年二十八歳、現在十六歳、よく考えたら現在はカラオケでオールしたってまだまだいける年だ。

 けれど、絵に描いたような金と権力にものをいわせてヒロインをいびり倒したという悪役令嬢ディンリィ・ディリーといえど睡眠欲求には勝てなかった。


 だから何食わぬ顔で自慢の赤髪を乱すことなく優雅に競歩で廊下を歩いていた。

 遅刻をして焦っていても、抜群のスタイルを利用した華やかで素敵なドレスを着ているからこそ、私はドタドタ走ったりしない。


「大体断罪って何なのかしら。転生したって気付いてから普通の伯爵令嬢らしく清く正しく生きてきたわ。婚約者は候補すらいないのよ。それにヒロインいびりって何よ。暇なのかしら。高望みしなければ選び放題の富と美貌があるのよ」


 ぶつぶつ呟いてしまったのは……現代社会を生きた元二十八歳の感想だ。

 正直、現代社会で一般家庭に生まれ二十八年過ごした私には十にもならないうちに婚約者を決めるだとかいう貴族の所業が性に合わない。


 伯爵令嬢として十六年生きているから、自分が貴族だというのはよくわかっているが、合わないものは合わないのだ。


 眉根が寄ってきたのを感じ、私は頭を振った。

 昔と今を比較したところで、私が現代に蘇るわけではない。

 私は更に急ごうとする足を減速して、気持ちを落ちつけようとした。


 廊下を曲がればすぐにイベント会場だ。速度を緩めてクールで優雅に登場するにはちょうどいいタイミングで減速できる。


 我ながら素晴らしい考えではないか。

 そんな自画自賛と遅刻と文句で忙しかった私は、まったく気付いていなかった。


 イベント会場、魔法王国ラフティリィの王城大広間の側で……詳しくは私が曲がる予定の廊下でもたもたため息ついている人がいるだなんて、本当にまったく気付いていなかったのだ。


 そうして起こるべくして高貴な交通事故が起こった。減速していたこともあって前方不注意のソフトタッチで済んだのは幸いといえる。


 ここで『イタタ。この私にぶつかって一言もないなんて、なんて面白い殿方なのかしら』と恋が始まらなかったのは、面白い殿方が私より身分が高かったからだろうか。私が悪役とか名ばかりの素敵なレディだったからだろうか。


 おそらく、どちらでもない。


「失礼し……で、殿下……?」


「いや、こちらこ……ディリー嬢?」


 殿下は私にぶつかられ振り返ったあと『これだ!』という顔をして、今にも飛び上がりそうな明るい顔で膝をつき私の手を取った。


「突然だが、結婚してくれ」


 享年二十八歳、現在十六歳。悪役令嬢ディンリィ・ディリー、『パパと結婚するから婚約しないもん!』と婚約者候補すら辞退した王太子クラヴィア殿下にプロポーズされる。


 前世今世合わせてはじめてのプロポーズに、ロマンチックなどまったく感じられず、私は呆然とする。

 ただただ殿下のキラキラした顔だけが花丸だった。

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