第252話 白い詰襟の男
王の間、つまりお父様の寝室まで、階段を二つ上がって長い廊下を歩く。童話城の中の居住区画は基本的にまとまっているけれど、お父様の部屋だけは一番高くふんぞり返った位置にある。
階段が辛いというのがお父様の最近の悩みなのだと、グスタフがこっそり教えてくれた。ちょっとはやせる努力をすればいい。
「ん? あれ?」
長い廊下の先、見慣れない人影がいた。
見たこともない真っ白い長袖の詰襟。身体は細く針金のようで、腕には青色のスカーフを巻き付けている。童話城にいることさえ場違いな格好だ。
その人物は悠然と、まるで歩き慣れたランウェイを歩くように、私たちの方に向かって歩いて来た。
この先は王の間しかないはずなんだけれど……。
近づくにつれてその姿があらわになる。ヴェルトと同じくらいの身長に、青っぽい髪。年齢は三十ぐらいだと予想する。蒼白な顔面には濃くくまが刻まれ、口には薄気味悪い笑みが浮かんでいた。
私は思わず前を歩くグスタフの袖をぎゅっと握った。
「お嬢様?」
「グスタフ。あれ、だれ?」
「ああ、数日前からこの城にお泊りいただいているお客様です。名前は、はて、忘れてしまいました。教典の国の名家の跡継ぎ、という話でしたよ」
「教典の国……」
湖の村でヴェルトを襲ったゴロツキたちの話は、まだ記憶に新しい。
あの一件が教典の国の反感を買っているのは間違いないし、変な言いがかりをつけて荒事に発展する可能性もある。
童話の城に客人としてもてなされている以上、あの時のような野蛮な人間とは違うのだろうけれど、植え付けられた不信感はもうすでに私の心に根を張っている。
私は人形のように身体が固くなった。
客人をもてなすとき、お父様はいつも謁見の間へ通す。旧知の間柄だったら食堂へ案内し、昼食を共にすることもある。
けれど王の間へ通すことはない。
王の間はお父様の寝室。お父様が自分の寝室へお客様を呼びつけるなんて、ただ事じゃない。
誰だろう、あの人。嫌な予感がする……。
コツコツという甲高い音を響かせて距離が縮まる。私はグスタフに隠れて小さくなった。
前を歩くグスタフが丁寧に一礼すると、青髪の男もまた、丁寧にお辞儀を返した。私は目を合わせないように、固く目を瞑り、その場をやり過ごす。
通り過ぎた。
何事もなく。
私の思い過ごしだろうか。それならいい。それならいいんだ。
数歩進んだところで、私は気になって後ろを振り返った。
「ひぃっ!」
睨んでいた。
その男は廊下の真ん中に立ち止まり、私を蔑むように見下していた。その恍惚とする瞳に、私は形容しがたい恐怖を覚えた。
「どうかなされましたか?」
「グスタフ。あの人、なんか怖い」
「ほほ、気のせいではありませんか。ほら、もう着きますよ。シャンとしないと、また童話王に叱られてしまいます」
そうはいっても、一度感じた恐怖は簡単には拭えない。
……ああ、ヴェルトと一緒に来ればよかった。
お父様に会うだけなのに、私はそんな情けないことを考えた。
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