第162話 差し込む光明
名前に違和感を覚えたけれど、私はひとまず流すことにした。今大事なのはレベッカへの対抗手段だ。
「カーレさんは、いつ、どのタイミングで夢から醒めたの?」
「すまんな。こちらも仲間の一人が囚われていて、一分一秒を争う事態なんだ。覚えていることがあったら教えてほしい」
ヴェルトも身を乗り出して横から聞く。
「なるほどなるほど。それを早く言ってくださいよ! もちろん協力しますとも。でも、僕に聞くより、君たちが僕に何をしたかを疑ったほうが早いんじゃないですか?」
カーレさんの猫のような目がさらに細くなる。
確かにその通りだ。ヴェルトと顔を合わせて思い出してみる。
「二階の待合室で出会った時だよね? 私たち何したっけ?」
「俺は顔面に一撃入れたな」
「レベッカがレイピアで峰打ちしてたね」
「リリィは言葉の限り罵詈雑言を浴びせてた」
「そんなことしてないもん。格好が少しダサくて、行動が支離滅裂で、ルルベからはかけ離れてたから指摘しただけだし。あと、格好良くもなかったし……あっ」
「ぐ、うぐぁ……。い、いえ。お気に、なさらず。こ、こんなことでは、へこたれたり、しませんので……」
手で口を押えたけれど既に遅かった。カーレさんは心臓を押さえて深いダメージをその身に刻んでいた。
「どうだ、ミヨ婆。この中で奴の魔法を打ち破った何かはあるか?」
「なるほど、わからなくもないね。カラテアの魔法は五感に訴えて精神にバイアスをかける魔法さね。大きな精神的な揺さぶりが、判断を正常に戻したのかもしれない」
「とすると、……ヴェルトの顔面パンチだね!」
「王女様の暴言の方だよ。……わかっていて言ったろう」
「バレたか」
でも、大きな精神的揺さぶりって……。私、事実を教えてあげただけなんだけど。
あくまで推測だがね、と言ってミヨ婆が続ける。
「憧れとプライド。恐らくこれがカラテアの魔法の根底だよ。童話への憧れを増幅して、自分が物語の主人公であることにプライドを持たせて固定する。なるほど、これなら自身の魔力を使わずとも、魔法をかけ続けられるってわけだ」
「レベッカも、ガルダナイトへの憧れをカラテアに利用されたってこと?」
「そうだねぇ。あの軍人さんは、人一倍強い想いを心に秘めていたんだろうさ。ゆえに強い暗示がかかってしまった。……『憧れを利用する』。言いえて妙だねぇ。カラテアにとって、人の心ってのは研究対象以外の何物でもないのかもしれないねぇ」
憧れが強ければ強いほど、その心は利用しやすい。素直に夢を願う人ほどフェアリージャンキーになりやすいなんて、笑えない皮肉だ。
「つまり、カーレさんを魔法から解き放てたのは、主人公のルルベであるというプライドをズタズタにしたから?」
「そう言うことさね。そのルルベと言う人物は大層プライドが高い人物だったんじゃないかい? 姿や形を卑下された程度で大層傷つくほどに」
「うん。そうだった」
ルルベは自身の容姿から行動に至るまですべてに自信に溢れていた。自分が才能を持つ復讐者であることを誇りに思っていたとさえいえる。表の顔は学び舎のヒーローであり、彼の周りには常に女の子が集まっていて、ちやほやされていた。ルルベはそれを当たり前だと受け入れていたのだ。
本物のルルベだったら絶対にかけられない言葉。それを雨あられとかけられて、ルルベを演じていたカーレさんのプライドは、へし折られてしまった。
「フェアリージャンキーのプライドをへし折ること。これが『インプリンティング』と呼ばれる魔法を解く方法さね」
ミヨ婆は言い切った。
魔法解く方法。その言葉が現実味を帯びて私の心を満たしていく。
「やった! やったよ! 流石ミヨ婆。これでレベッカを元に戻すせる! よかったぁ」
「いっひっひっひぃ。おめでたいねぇ、王女様は」
魔法が解ければこちらのもの。レベッカを正気に戻せば、正体の知れているカラテアなど恐れるに足りず。
けれど、私の高揚感とは裏腹に、ヴェルトの顔は苦虫を噛み潰したように渋い。
「そううまくはいかないぞ、リリィ。よく考えてみろ。ガルダナイトのプライドは何だ?」
「えっと、そりゃあタイトルにもある通り……あっ!」
「だろう」
ヴェルトが言わんとしていることを理解した。言われてみればその通りだ。
『完全無敗のガルダナイト』。その名が示す通り、ガルダナイトは作中ただの一度も敗北していない。ピンチになったことは何度もあるけれど、その都度気合や根性や仲間の力で復活し、悪には屈しなかった。エリカ姫を守るという使命を胸に、ガルダナイトは勝ち続けた。
「ガルダナイトのプライドをへし折るには、完膚なきまでの敗北が必要だ。童話パワーでドーピングした童話の国随一のレイピア使い相手に、俺たちは真っ向勝負で勝たなきゃいけない。これが簡単なわけないだろう」
「むぅ……」
言い淀む。ヴェルトなら勝てる、と言うのは簡単だ。でも、私もレベッカの実力は知っている。その華奢な体で軍隊長の座に上り詰め、グスタフと引き分けた強さを、過小評価できるはずもない。
「勝てるん、じゃないかな? たぶん。恐らく? 勝負は時の運?」
「その反応で十分伝わる」
ヴェルトははぁと、大きく溜め息をついた。
「もう一つ注意しなければならんのは、あやつの魔法だよ」
野菜を炒める音が激しい雨音のように、遠くの方で聞こえていた。キャメロンからミヨ婆の声がする。
「あやつの魔法は二つある」
「二つ?」
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