第74話 お姫様抱っこ
「あー。おほん」
私はわざとらしく咳払いをする。
「ヴェルト。ヴェルトには、裏切りの嫌疑がかけられています。私との思い出を童話の原石として童話の国に差し出してしまうかもしれないという嫌疑です。これを晴らしてください」
「はぁ?」
案の定、ヴェルトはとても嫌そうな顔をした。
嫌なのは私も同じだ。でも、ここでちゃんとはっきりさせておかないと、後々もっと面倒なことになりそうな気がする。
「いいから! 答えて!」
「答えてって言ってもなぁ……。さっき言っただろ、あのペテン野郎に」
ヴェルトは、顔を背けて頬をかく仕草をした。
「それじゃ駄目! 私はヴェルトを信用したいから!」
火のない所に煙は立たない。これまでのいろいろな行動のすべてを信用しきれなかったから、私はトトルバさんの話に耳を傾けてしまったのだ。その責任はヴェルトにもある。
「お前が童話王の娘だから」
「それも駄目! 立場とか、そう言うのはいらないの。どうして私を童話の原石にしないの? 今後も原石にしないって誓えるの?」
「そ、それは……」
さっきは聞き逃しちゃった。ヴェルトがあまりに怒っていたから。
でも言っていた。言ってくれていた。それをちゃんと、私に向けていってほしい。
「……あー、わかったよ。言えばいいんだろ」
観念したようにもろ手を挙げる。
「童話城へ向かう道程は俺も孤独だったんだ。だからこそ、町の人に厄介になったわけだが、それでも町を離れれば一人だ。覚悟があったから、目的があったから何とかたどり着けた。でも、帰路はさらに過酷だ。作った縁を一つ一つ奪い取っていかなければならない」
ヴェルトは、思いのほか大きな声で語る。
「だから、助かってんだ。俺の方も。お前がいてガロンがいる帰路の旅が、楽しいんだよ。悪いか?」
逆切れしないでほしいけど。
「だから、奪えないんだ。この旅は一人じゃなしえない。それを痛感している。童話王も原石にする思い出は自分で決めていいと言ってくれた。なら別に、リリィを思い出にする必要はない。重要な存在なんだよ。お前は、俺の旅のパートナーだ……」
「……。……えっと、ありがとう……」
なんだか照れる。
自分で振っておいてなんなんだけれど。まさかこれほど赤裸々に語ってくれるとは思わなかった。どうしよ、また顔を見れなくなりそう。
「悪かったな、一度も言ったことがなくて。言う機会もなかったし、それで済まそうとしていたのは俺の怠慢だ」
「そこまでは、私も思ってないよ。うん」
ヴェルトは誠実な人だ。曲がったことは正そうとするし、中途半端にはしておかない。時々何も言わずに行動しようとするけれど、最近はそれも減った。相談して、意見を言って、意見を聞いてくれる。それはとても居心地の良い空間なのだ。
私の疑いなんて、やっぱり見当違いだった。
そう言えるだけの言葉を、私はもらえた気がする。
「満足したか」
「うむ。王女は満足じゃ」
私はお父様の真似をして鷹揚に頷いた。
「んじゃ、次はこっちの番だよな」
「ん? ……え?」
「俺が答えたんだから、リリィもちゃんと答えろよ?」
えっと。えっと……。私、交換条件とか言った憶えないんだけどっ!
すらすらと答えた理由はこれか!
「リリィはどうしてこの旅に同行してくれている? お前にとってメリットはそんなにないだろ? 童話王の命令だとしても、ずっと俺について来る道理はない。王女という特権を活用すれば、旅を止めることだってできるはずだ」
「そ、それは……」
ヴェルトの奴……。聞きにくいことをずけずけと……。
「べ、別に。大した意味はないんだけど」
「駄目だな。それじゃ納得しない」
「んーっ」
頬を膨らめて抗議の姿勢を示してみたが、意志の強いヴェルトには効果がない。
私がヴェルトと一緒にいる理由。
考えてみるとすぐに出てこない。一緒に旅をしていて楽しいとか、居心地がいいとか、そう言うことなら浮かんでくる。でも、本当の理由が思い当たらない。
「うまく言葉にすることができないんだけどね……」
「童話の国の王女として、それは失格だな」
「む」
茶化す声に言い返そうと思ったけれど、無視することに決めた。
「トトルバさんにさ、一緒に旅に出ないかって誘われたんだよね。ヴェルトが私の記憶を奪おうとしているって教えられたときに」
その時の精神状態は、たぶんとても危うかった。理性で正しい判断はできなくなっていたと思う。
「でもさ、不思議とそうしたいって思わなかったんだよね。ヴェルトとの旅の思い出が蘇って来て、ヴェルトの立ち位置をトトルバさんに置き換えることがどうしてもできなかった」
トトルバさんを選ぶくらいなら、もう一度ヴェルトとちゃんと話をしたいと思った。それは紛れもない事実だ。
「私にも必要なんだよ、ヴェルトが。何がどう役に立っているのかってのは、言葉や形にはできないけれど」
「……最後の一言さえなければ、満足のいく答えだったのにな」
「もー! 一言余計」
「お互い様だろ」
私がヴェルトの肩をグーで叩くと、ヴェルトは私の髪の毛をわしゃわしゃした。
暖かくてくすぐったい。
私たちの関係をうまく言葉にはできないけれど、言葉以上の何かでつながりあっているならば、そこに言葉はいらないのかもしれない。
「あー、えー、ごほん。いやぁ、熱いシーンを見せつけてくれているところ恐縮だがよ、俺様がいることも忘れるんじゃねーぞ」
「ガ、ガロン!?」
そういえばいた。私の旅は、二人じゃない。この魔法具に憑りついた人格も、大切な仲間だ。
もちろん、忘れてはいない。
いないけれど、今の恥ずかしいやり取りの一部始終聞かれていたと思うと、急に顔が熱くなった。
「も、もちろんガロンも必要な存在だよ! どう役に立っているのかわからないけどっ」
「とってつけたように言いやがって」
でも悪い気はしていない。声のトーンからそれはわかった。
「さ、帰るぞ。明日からまた旅が始まるからな」
ヴェルトはそう言うと立ち上がって、私に背を向けた。
私もつれて立ち上がるが、思い出したように膝が痛んだ。今になってようやく、転んだ痛みを思い出し、思わず顔が歪む。
「仕方のない奴だな。今日だけは背負ってやるよ」
「え、いや! ちょっと、それはいいって」
「遠慮するな。見返りは求めねぇよ」
「いやいや、そう言う意味ではなくて! 恥ずかしいからっ」
「こんな夜更けに出歩いている奴なんていない。素直に背負われろ」
「わっ! ちょ」
膝の裏に左手を、首筋に右手をあてがわれて、私は空でも飛ぶかのように簡単に持ち上げられた。私の身体は哀れ、すっぽりとヴェルトの胸板に抱きかかえられる。
「これは恥ずかしいって。ヴェルト! 降ろして!」
「降ろしてと言われると、反発したくなるんだよな」
「ヴェルトの天邪鬼!」
今が夜でよかった。
恥ずかしい姿を見られる心配もないし、ヴェルトの顔も暗くてよく見えないし、火照った頬も夜風にあたって気持ちがいい。
表通りの街灯に照らされて、少しだけヴェルトの顔が視界に入った。まっすぐ前を見据えるヴェルトの顔を、こんな間近で見たのは初めてかもしれない。
ふと、『あひるの王子』シリーズの第一巻、『あひるの王子とネコ娘』のクライマックスを思い出した。お互いに素直になれない二人が、最初の苦難を乗り越えて少しだけ素直になる場面。怪我をしたネコ娘も、今の私のようにあひるの王子に抱きかかえられていた。
その姿を、あひるの王子の国ではこういうのだ。
お姫様抱っこ。
実に私にぴったりな言葉である。
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