第5話【ガーディアンドール】

 この頃は一段と寒さが増してきた。お風呂上りにガチガチと凍えながらセーターに袖を通して、暖炉の前で一息ついたアーシャ。「お前、そんな厚着で寝るのか?」と兄に笑われる。だが寒い物は寒い。特に南国生まれのアーシャにはどうしようもないのだ。

 温めたミルクティーに息を吹きかけ、慎重に口元に運んでいると、父ドニュオス・トメルクが呼びかけた。

「アーシャ、ちょっといいか」

 その面持おももち、そして低い声がどこか神妙なものに見えた。

「ん?」

 二人きりで話をしたいようだったので、キッチンの隅へ行く。寒いから、ティーカップを両手で持ったまま。

「あの二人の身元が分かったんだ」

 アーシャの手が止まる。

「私には到底信じられんのだが、彼らはその……、人間では無いそうだな」

「そ、そうなんだ」

 アーシャはすでに知っていることだが、今知ったふうよそおってうなずく。話が悪い方に転がりそうなのが分かった。

「コルツォ社の方から連絡があった」

「コルツォ社?エンヴァラの?」

「そう」

「確か、今度納品される新しい砕氷船さいひょうせんの話って関連会社の方なんでしょ」

 コルツォ社と言えば、いまやエンヴァラで最大の規模、最大の富、最大の技術、そして最大の権力を持つ企業。世界にその名を知らぬものはないと言われるモンスター企業である。だが、今度の取引とは直接関係が無いはずだ。

「そう。正しく言えば、コルツォ社の子会社だ」

「じゃあ、親会社がどうしたっての?」

「あの二人の速やかな「返却」を求めてきた」

「返却?……何よそれ、まるでモノみたいじゃない!」

「私も詳細を知っているわけじゃない。だが、コルツォ社が言うには、人型を模した自動人形、ガーディアンドールというらしい」

 父が口にした言葉は新しい発見だった。ライゼたち二人はあえて「ガーディアン」という部分を濁していたのだ。

「ガーディアン、ドール?」

 アーシャは小さくつぶやいて数秒、「はっ、バカバカしい話じゃないの」と強がって笑った。

「ねえパパ、あの二人が人形に見えるの?冗談やめてよね」

「それは、コルツォ社におもむいた時、直接聞いてみることにするよ」

 ドニュオスの態度は堅固けんごだ。

「ちょっと!アイツらはエンヴァラに行きたくないって言ってるのよ!」

「アーシャ、パパを困らせないでくれ。コルツォ社を敵には出来ないんだ」

 それは分かる。海運業、貿易業を営んでいる以上、世界のどこにもコルツォ社に逆らえる企業など存在しない。それに、今度新しく納入される特別製の砕氷船の優先建造権。これは父の長きにわたる営業努力が実り、そこにコルツォ社のテコ入れがあってようやく勝ち取ったものであったのだ。ここでコルツォ社の恩義に対して粗相があっては社員全員の生活にさえかかわる。

「でもっ……」

 アーシャにはもう、何も言えなかった。


          ◇◆◇


 ユウが工房で仕事をしているとアーシャがやってきた。

 マスクパレードまであと二日。アーシャは学校帰りに毎日フレッズ工房を訪れ、カイルや親方と一緒にマスクづくりを進めていたのだ。バンダナちゃんがセットでついてくることもあり、彼女はマスクづくりを少し手伝いこそするものの、どちらかと言えばジェイと遊ぶのを楽しみにしている様子だった。

 始めはカイルに対してどこかよそよそしかったアーシャの態度が少しずつ和らいで、今では軽く冗談を言い合えるほどになっていた。だが、結局カイルには告白の勇気がなく恋人にはなりきれていないらしい。

 カイルはまだ早い、まだ早いとスタートを切るタイミングを躊躇ためらっている。カイルが臆病風に吹かれているのがはた目にもよくわかる。だが、仮に今告白してもアーシャはオーケーしなさそう。それもはた目によくわかる。さてこの恋の結末やいかに。ユウはちょっとたのしみ始めていた。ボクシングの野良試合を見るかのような気持ちだ。どちらが先にふところに飛び込むだろう?

 以前ライゼが取ってきたニジドリの羽根は麻の布に大事そうに包まれていた。マスク本体はまだ彫刻刀ちょうこくとうの粗い彫り目が目立つが、形はおおよそ完成していると言っていい。最後のフィット調整が終わればやすりを掛けるというところまで来ているのだろう。

「そうそう、今度ねぇ――」

 そうアーシャが切り出したのはカイルにではなく、ユウに向かって。

 カイルが落ち着かなくなるのが分かっているユウとしては、いらぬ恨みを買いたくないからやめてほしいと思っているところだ。

「エンヴァラに行くんだ」

「へぇ」

 アーシャが外国へ出向くのは珍しいことではない。ただ、行先がエンヴァラとなると、どこか彼女の心が弾んでいるようにも見える……のがいつものパターンなのだが、今日は様子が違う。

「すごいじゃないか。どれぐらい行くの?」

 どうやら構ってほしいらしいカイルが話に入ってきた。

「行き帰り入れると、また三週間くらいになるかな。パレードのあとよ」

「アーシャがいないと三週間寂しくなるなぁ」

 カイル、それはちょっと露骨だぞ。ユウは思わず目をそらした。

「ずっと前にパパが注文してた砕氷船がついに出来るんだって」

「砕氷船?船が氷を砕くって?」

「何だよユウ、砕氷船を知らないのか?」

 カイルの見せ場が始まったようだ。お、それなら、君の講釈を聞こうじゃないかとユウは体全体をカイルに向けてやる。

「チャージングって言われる方法で氷を砕いて進むんだ。もっと北の海へ行くと一年中氷の海だっていうじゃないか。そういうところで使われる船なんだよ」

 「へーえ」とユウが納得していると、アーシャの補足が入る。

「そうそう。でも、チャージングだけってのはもう古い型だから、他の方法も取り入れてるって言ってたなぁ。……えーと、なんたらウォッシュとかで、氷をもろくしてから砕いて進むんだって。厚さ二十フィートぐらいの氷なら平気っていうからすごいわよね」

 さすがは技術の国エンヴァラといったところか。二十フィートもの氷が張ることなど近海ではまずないが、それだけの備えがあればどこへでも行けそうだ。

「そうなんだ。僕も勉強不足だったなぁ」

 カイルはアーシャを横目に見ながら照れ笑いをしている。

「するとアーシャ、今年は「冬眠」はしないのかな」

 とユウは笑った。イークダッドには不凍港ふとうこうがない。厳冬げんとうの時期になると港は凍り付き、海運業も漁業もマヒして仕事が出来なくなる。だから秋までの貯えで「冬眠」するか、別の稼業で凌ぐしかなくなるのだ。林業や工業の方では逆に、「冬には人手が余る」なんて言われるのがこの町の常だった。

「そうね、逆に冬が大儲けの季節になるかもしれないって、パパったらもうウッキウキよ」

 昔からイークダッドでは「祭り終いは冬始め」と言われる。マスクパレードが終わったらすぐに冬支度をしないと間に合わない、という格言だ。その砕氷船は必要な時期にギリギリで間に合った格好というわけだ。

 他の小さな海運会社はみな砕氷船なんて高級船は持っていない。完全に海が凍り付く一ヶ月と、更にその前後一ヶ月ずつに、流氷が散乱して小さな船には航海が危険になる「流氷季りゅうひょうき」と呼ばれる時期がある。合計三ヶ月の間は氷の海をものともしないキャップゲーツ海運の独り勝ちになるだろう。

 アーシャは、じっと何か考え事をするようにうつむいた。ユウは大きな木材をノコギリで切りながら、その様子をちょっと気にした。

「ねえユウ、明日学校に行くよね」

「ああ、行くけど?」

 カイルがまたむすっとした顔をした。男の嫉妬しっとは情けないからやめてほしい。

「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな」

 気まずそうな顔で尋ねるアーシャ。

「ここじゃダメなの?」

 ユウがきょとんとした顔で尋ねると、「うん」と頷く。ああ、これはカイルに恨まれるパターンだ。

 この後でユウは、カイルにこっそりと「俺も協力したい、させてくれ」と強くねだられたのだが、「そんなことしたら、いよいよアーシャに嫌われるぜ?」の忠告で目に見えて大人しくなった。


 ついにマスクパレードの前日。学校のざわつきは最高潮だ。これがパレードのあとになると燃え尽きた木炭のように消沈してしまうのが毎年おかしくてたまらない。やりきったという達成感と肉体的な疲労、それに当分の間は楽しみがなくなるという虚無感が一気に襲ってくるのだ。

 喧噪けんそうの中で互いの声が聞こえるように顔を近づけあった二人は、女子たちのゴシップの的にされたようだが、ユウはもう気にしなかった。人の目を気にしてのお願いならきっと、ドールに関係することだと察しはついていた。「ちょっと階段の所まで来て」と誘われ、階段の踊り場で落ち合う。


 ユウは「そう言われてもな……」とアーシャの「お願い」に渋った顔をした。

「二人も僕の宿で預かるなんてできないよ。だいいち狭いし、いろいろギリギリなんだから」

 アーシャがエンヴァラへ行く三週間、二人に居場所がなくなるのだという。だから、アーシャが不在の間ユウの家で面倒を見てほしい。それがくだんの「おねがい」だった。

「よーし、じゃあやり方を変えるわ。アンタの宿って空き部屋あるんでしょ」

「え?そうだね、確か一階の端部屋が空いてたはずだけど」

「じゃあ分かったわ。あんたのいる宿に一つ部屋を借りるから。それをアンタの名義にしておくわね。金は私持ちでいいから」

「ええっ、そんな無茶な」

 社長令嬢アーシャは貧乏人とはやることのスケールが違う。とはいえ、二人暮らしで新しく部屋を借りると家賃は前金と合わせて三週間で五百ペール以上にものぼる。結構な痛手になる出費のはずだ。ユウのような貧乏人にはおいそれとマネできる所業ではない。

「エンヴァラへは連れていけないの?」

「んー……あの子たち、エンヴァラにだけは絶対に行こうとしないの」

「嫌な思い出でもあるのかな」

「かもね。エンヴァラからの帰りの船にあの子たちが乗ってたのよ。それが私とアイツらの出会いだった」

「密航?」

「うう、そう言われると痛いけど、まあその通りなのよね」

 わざわざこんな田舎に密航しなくても、エンヴァラで暮らせるならむしろ恵まれているんじゃないか。それともそんな甘いものではないのだろうか。ユウはふと考えた。

「だからさユウ、あの二人の面倒を見てあげてほしいの。二人ともまだ人間社会に慣れてないから、きっといろいろ困ると思うんだ」

「ねえアーシャ。僕は気になるんだけど、どうして君はあの子たちにそこまでするんだい?」

「そこまでって」

「いや、僕が貧乏人だからかもしれないけどさ、船に密航してきた見知らぬ子供に、そこまでするなんて信じられないよ」

「まあ、ね。いいじゃない。衣食足りて礼節を知る、みたいなヤツ」

 はぐらかされた。しかも微妙に的外れな格言を持ち出してきた。

「困った人を助けるのは当たり前でしょ。ウチの会社が孤児院の出資者パトロンやってるの知ってるくせに」

 アーシャめ、また上手い理由を後付けしたな。ユウはそれ以上詮索するのをやめた。彼女には彼女の思いがあるのだろう。そして、何も起こらずに解決するのなら黙ったまま。それが一番だと思っている。


          ◇◆◇


 パレードの熱気は強烈だった。色とりどりの紙吹雪が舞い、屋台が連なり、鈴や太鼓の音、観客たちの歓声が響く。

 祭りの中核を担う港湾こうわん組合ギルドが先頭に立ち、海岸に沿って十マイルを超える長い長いコースを所狭しと群衆が埋め尽くし、最後にはスタート地点である旧王城を目指すのが定番で、年によって微妙にルートを変える。様々な仮面や仮装の人々はゆっくりと思い思いのペースで歩き、楽しんでいる。道の両サイドにはマスクをつけない観客や、海外の観光客がひしめいている。

 昔から仮面をつけて参加するのに特別な資格は必要なく、申し込みも必要なく、貧富の差も関係なかった。またパレードで被る仮面は愚者フールのもの以外なら何でもよいとされる。というのも、愚者フールの仮面を被るのはかつての国王の役割で、その愚者フールがパレードをただ一人逆走する様を笑って楽しむというのが習わしになっていたからだ。本来高みにいる国王は、そうすることで国民の気持ちに近づいたのだという。自分も所詮は一人の人間だというアピールであり、自分よりも君たちの方が聡明で素晴らしく、国民のおかげでこの国は成り立っているのだ、という鼓舞こぶにもつながった。

 逆走する国王とすれ違う人々は手を差し出してハイタッチを望んだり、投げキッスを贈ったりもしたそうだ。それでも国民は国王をしたっていたのだから、愚者フールの仮面を付けて国王の楽しみを奪ってはならない、という不文律ふぶんりつが出来上がった。

 現在では国王はいないので、「国王役」が港湾組合ギルドから一人選ばれるようになっている。

「それで、君のお父さんがねぇ」

 カイルは重々しいナイトの仮面をつけ、ハリボテのチェーンメイルを身にまとって内にこもった声で言う。アーシャは「う、へへ」と変な笑い声を漏らした。

 新型砕氷船のこともあり、いまやイークダッドの海運業を代表する存在になったキャップゲーツ海運は、イークダッドにおける産業の先導役。港湾組合ギルドでも大きな発言権を持つのだから、国王役に抜擢されることもうなずける。だが、娘のアーシャとしてはむずがゆい気持ちなのだろう。

「もし悪い奴が現れたら、僕が王女様を守るよ」

 カイルはどうやら、ナイトの役になり切っているらしい。アーシャを王女様に例える辺り、軽いジャブを打ったな、とユウは見た。

 しかしカイルの言う話もあながち間違いではないのだ。毎年パレードの日は治安が悪くなると言われる。押し合いへし合いの人込みの中で、手荷物をひったくられたとか、痴漢に遭ったという事例は数知れず。警備員が点々と配置されてはいるものの、誰がやったかとっさに気づくことが出来ないので犯人の人相もはっきりせず、効果は薄い。そういう被害に遭わないように自衛を促すことぐらいしかできないのだ。

 そんな悪い奴が本当に表れたとして、はたして似非エセナイトのカイルがどこまでやれるのか。

「ほら、剣だってあるんだぜ」

 カイルが得意になって、小刻みに振って見せる。

「危ないからやめろよ」

 本当にカイルの奴は周りが見えていない。とユウは呆れた。

 アーシャはレザーで出来たお気に入りの手提げバッグを小脇に抱えていた。そんな荷物をここに持ってくる必要があるのか、それとも女子は小さなバッグが常に無いと不安になるんだろうか。ユウは不思議に思った。

「そんなバッグすぐにひったくられそうだな。気をつけなよ」

「ひったくるヤツは地の果てまで追いかけてボコボコにする」

 アーシャはフフンと得意げに言う。

 ユウは左手に結んだ別の手がぐっと引っ張られそうになるのを感じた。手を繋いだバンダナちゃんが出店にふらっと誘われたのだ。まるで主人の言うことを聞かない犬の散歩だ。

「お店にはいかないよ」

 ユウが笑うと、しょんぼりした顔を見せた。ような気がした。表情が良く見えないのだ。バンダナちゃんは孤児院からいらなくなったシーツをもらって、サイズを小さく整えてから両目の穴を開けただけの「オバケ」の仮装をしている。オバケのくせにユウとつなぐ手はシーツの脇からちゃんと出している。

「バンダナちゃん、はぐれちゃだめよ」

 アーシャがここでも存分にお姉さん役をやっている。

「早くその子の記憶が戻るといいね」

 とカイルが言って、ユウは背筋にぞくっと寒気を感じてしまった。

「あ、ああ、そうだな」

 そういえばアーシャは、周りの人をごまかすために、ドール二人は記憶喪失で身元不明の子供たちと吹聴ふいちょうしていたのだ。うっかりその「設定」を忘れそうになり、何か自分の言葉でほころびが生じていたらと思うと怖くてたまらない。

「ねえ、ライゼはどこに?」

 ユウが尋ね、アーシャが答えようと口を開いた瞬間に、

「来てないですよっ!」

 突然バンダナちゃんが大きな声を出すものだから驚いた。

「え?……そう」

 何気なく聞いたつもりだったのに、何でそんなに力強い返事がかえってくるのだろうか。

「ところでライゼ――」

「来てないですよっ!」

 ……ああ、これは何か隠しているな。ユウは気づかないふりをしてあげることにした。


 国王役が西のスロビ大橋を越えた、という話が伝言ゲームのように伝わってきた。

 これはいい機会だ。はぐれたふりをして、カイルとアーシャを二人きりにしてやろう。そんな老婆心で、ユウはバンダナちゃんの手を引いた。

「あっ、えっ?」

「もうすぐ向こうから国王陛下がやってくるみたいだよ、見に行こう」

 国王陛下、すなわち国王役であるアーシャの父ドニュオス・トメルクがこちらへ向かっている。愚者フールの仮面をつけた国王とすれ違い、歓迎のあいさつをすることもこのパレードの楽しみの一つであった。

「来た、トメルクさんだ!」

 パレードの流れとは逆方向、こちらへ向かって歩いてくる愚者フールの仮面の男がいた。身長六フィートと長身の彼は人波の中で特に目立っていた。

「や~あユウ君、楽しんでるか~い?」

 ドニュオス・トメルクはいち早くこちらに気づいて手を振ってくれた。

「トメルクさん、似合ってますよ!」

 ユウはからかい気味にそう声をかけた。愚者フールの仮面が似合っているとは、なかなか失礼な言い方ではあったが。

「あっ、あっ」

 隣のバンダナちゃんがぴょんぴょん跳びはねながら国王陛下を一目拝もうと頑張っている。

「ハハ。いいかい、一瞬だけだからね」

 ユウは両手を差し出した。バンダナちゃんの身体がいかに重いかはよくよくわかっている。だから「一瞬だけ」なのだ。バンダナちゃんは目を輝かせてユウにとびついた。

「ぐおっ!」

 ユウは思い切り踏ん張って彼女を抱き上げた。ほんの一瞬だが、バンダナちゃんの視界が高くなる。バンダナちゃんは他の人の真似をして、手を伸ばしてハイタッチをしようとした。が、ユウがオバケの仮装のシーツごと抱きかかえたから右手が上手く出せない。何とか反対の左手を差し出すもののドニュオスがそれに気づくのが少し遅れて、先にユウの腕力が限界に達してしまった。

「あ、もうだめ、ごめん」

 バンダナちゃんの足が地に着いた。ユウは両手を膝で支えて、肩で息をする。

「あぁ~」

 バンダナちゃんはちょっと残念そうだ。

「どう?分かった?」

「はい、パパさんでしたね」

 パパさんってなんだ?と不思議に思った後で、そういえばバンダナちゃんはアーシャの家で暮らしているんだから、そうなるよな。と察しがついた。たぶん、名前が「パパ」だと思っているのだろう。

 すぐ後ろの方で、その国王陛下パパさんがまた声を上げた。

「や~あアーシャー!パパだぞー!ホッホーウ!」

 国王陛下パパさんはテンションが高い。

「やめろ!腰振るのやめろバカ!気持ち悪い!」

 ただし娘には嫌がられているようだ。

 アーシャの父ドニュオス・トメルクは振り幅の大きな二面性を持つ人だ。普段はぴしっと真面目で硬く、大所帯の海運会社を精力的に取り仕切る稀代きだいのやり手社長、そして砕ける時は徹底して砕けるムードメーカーにもなる。遊び心も持ち合わせた理想的な父親と言ったところだろうが、

「ハーッハハハハハハ!」

「もう家に帰ってくるな!恥ずかしいから!」

 思春期の娘には嫌がられている。


 ユウたちも橋を渡り切って、次は長い上り坂に差し掛かる。

 風景に緑が減ってくる代わりに、紡績ぼうせき工場や製塩所が多くなる。ここから坂を上っていくと今度は民家が目立ち始める。

 坂を上るために鋭角のカーブを描いた列では人がひしめき合っていた。コースとは違う脇道も多いため、迷子になりやすく、また人ともっともはぐれやすいポイントでもある。

「バンダナちゃん、はぐれないようにね」

 ユウはバンダナちゃんの手をしっかりと握った。

「そこ、段になってるから気を付けて」

 アドバイスしながら、彼女を誘導する。

「ユウ!ユウどこだ!」

 だいぶ後ろの方、上り坂のふもとからカイルの声が聞こえた。ユウは手を挙げて答える。

「ここだよ!」

 せっかく二人きりにしてやったのに、もうギブアップか、とユウはため息をつく。

 カイルはもどかしげに叫んだ。

「アーシャがいない!知らないか!」

「え?」


 アーシャがいなくなった、だと。まったくこのナイト気取りは何を見ていたんだ。ユウは呆れながら坂を下る。

「すまない、ちょっと目を離したすきにはぐれちゃって」

 この人込みだ。先へ行ったか、まだ後ろにいるのか見当がつかない。

「アーシャ!」

「アーシャ、いるか!」

 二人で声を上げるが、周りも騒がしい。近くにいたって聞こえやしないだろう。

「私もさがします!」

 バンダナちゃんが声を上げるが、

「ダメだよ、バンダナちゃんは僕と一緒にいるんだ」

 ユウはきつく言った。この上バンダナちゃんまではぐれたらたまらない。

「アーシャ!」

 ……返事はない。いくらアーシャが自分勝手でも、周りに誰もいなくなってずんずん先に行ってしまうなんてこと――……ありそうだから困るんだよなぁ。とユウは頭を抱えた。

 パレードの人の波は川のようにどんどん流れていく。三人はさながら川に突き立てた竹の棒のように、その場できょろきょろふらふらと見回している。

「まったくアーシャはこんな時に」

 ユウは腕を組んで不満をあらわにするが、

「おいユウ!これ見ろ!」

 カイルがひときわ大きな声でユウを呼んだ。

「何だよ」

 ユウが振り向くと、カイルは指で鳥の羽根をつまんでいた。虹色のキラキラした羽根。マスクや帽子の飾りとして人気の高いニジドリのものだと一目でわかった。

「羽根だね。確か同じようなやつをアーシャもマスクに付けてた」

「同じようなやつ、じゃない!これはアーシャが付けていたものだ!」

 カイルの力説にユウは「落ち着けよ」となだめる。

「ニジドリの羽根なんて付けてる人いっぱいいるだろ」

「いいや!ここ見てみろ、羽根の骨のところ。根元からすーっと黒くなってて、ここでブツブツ斑点になって、ここまできている」

「それで?」

「これはアーシャがつけていたものなんだ!俺がアーシャのマスクに刺したんだ、覚えてる」

 カイルのアーシャに関する記憶力が気色悪い。でも、これで何かが分かりそうだ。

「ここで落とした。となると、アーシャはもう先に――」

 ユウが言いかけたのを、カイルは「いや」と止めた。

「嫌な予感がするぜ、ユウ」

 カイルは渋い目をする。

「なんだよ、嫌な予感って」

「俺はやすやすとは羽根が取れないようににかわで固めてたんだ。それにこの羽根の根元さ。へし折ってるだろう?」

「折れたんじゃないのか」

「そうかもしれないけど、もしかしたら……」

 ユウはまだピンとこない。

「なあユウ、もし近くにニジドリの羽根がもう一枚落ちていたら、俺の予感が当たると思うんだ」

 よくわからないが、ユウとバンダナちゃんは地面をくまなく探し回った。パレードを流れゆく人々はきょろきょろと不審な動きをする三人を横目に見ながら坂を上っていく。

「カイル!羽根だ!」

「ホントか!」

 スロビ大橋を越えた先にある上り坂のふもと、いくつも枝分かれした分岐点。二枚目のニジドリの羽根はその道の一つに落ちていた。しかしこの羽根が落ちていた道に進めばパレードの流れとは合流できず、工場地帯の方へと進んでしまう。用のないはずの道だった。まるで、その羽根が何かを指し示しているようにも見える。

 もはやパレードの流れを無視した三人は、その場にしゃがんで新しく拾った羽根をじっと観察した。

「こっちもへし折られているな」

 ユウがつぶやいて、

「やっぱりそうだったか」

 カイルは腰の剣のつかを握った。穏やかじゃない彼の様子にユウは「おいおい」となだめに掛かる。

「どうしたってんだよカイル」

「アーシャはさらわれたんだと思う」

「さらわれただって?」

「よしんば違っても、悪いヤツに絡まれている可能性が高い。この羽根はアーシャが残したメッセージだよ」

「なるほど……」

 とユウは頷く。なるほど、その線ならありえない話ではない。その仮定が正しければ、この道の先に残り二枚の羽根が落ちていて、それを辿っていけばアーシャの居場所を探すヒントになるはずだ。

「ユウ、一緒に来てくれ!」

 カイルが急に頼もしく見えた。やっぱりこいつはナイトだ。

「ああ!バンダナちゃんも行こう」


          ◇◆◇


 息を荒げながら坂道を下る。マスクについた羽根は残り一枚。

 パレードの最中にお気に入りのバッグをひったくられ、咄嗟とっさに蹴りをいれたものの手ごたえは浅く、ひるませることはできなかった。そのまま追いかけて今に至る。

「待てコラァ!」

 アーシャは目の前の男を見失わないように気を付けていたが、途中から様子がおかしいと気付いていた。

 ――あの男、どこかに誘おうとしてるんじゃないの?

 こちらが見失わないようにと加減して逃げているようにも見える。わざともたついたり、時折振り返ったりしている。素人なのだろうか、それともからかっているのだろうか。

 また分岐路がある。アーシャは羽根を折った。


 最後の羽根も地面に落としてからようやく男を追い詰めたのは、レンガの塀に囲まれた小さな楽器工場の跡地。

 すでに持ち主はなく、腐るに任せている建物はいつ倒壊するかも分からない。南側は林に守られ、西向きの通用門では背の高い雑草が入り口付近まで茂り、鬱蒼と朽ち果てた姿をさらしている。

 アーシャはマスクを外し、地面に置いた。昨日できたばかりの自信作だから、欠けたりしないようにそっと。罠の予感がびりびりとするが、アーシャはひるまずに建物の中へと進んでいった。


 暗い工場の中、屋根に空いた穴から小さな日光がいくつも差し込んで、ホコリをきらきらと反射させている。奥の方にぼんやりと見えた人影をアーシャはきっとにらんだ。

「とっとと返しなさいよ」

 うずくまっていた人影はゆっくりと立ち上がる。

「へへ……」

 そして笑った。初めて聞いた声は、栄養失調のようにゆがんでいた。

「このバッグか?」

 追い詰められても余裕をもった声。いかにも怪しい。長くこの場にいては危険なのが分かる。

「そおら、返してやらぁ」

 意外にもあっさりと、男はそのバッグを投げてよこした。アーシャは足元に落ちたそれを拾い上げる。

 まさか中身だけ取られたか?そんな疑念でアーシャは中を確認するが、特に何かを取られた様子もない。何がしたかったのか分からないが、目的は達した。あとは一発殴ってやりたいが、何かされる前にこの場を逃げるべきだ。

 きびすをかえして入り口に向かうと、急に人影が増えた。入り口に二人、さらに左右から二人。合わせて五人。

「んっ!」

 アーシャは息をのんだ。

「おい、持ち物に名前は書いてあったんだろうな?」

 新しく出てきた別の男が唐突に尋ねた。そして

「へい。確かにこの女はアーシャ・トメルクに間違いありやせん」

 盗んだ男が田舎なまりで答えた。

「ようし、よくやった」

 正面の「別の男」は盗んだ男を褒めるように言った。こいつがリーダー格か、そう思わせる言葉遣いをしていた。

「へへ……じゃあそろそろ」

 盗んだ男は揉み手でもするように嬉しそうに催促した。

「そらよ、受け取りな」

 そういって、リーダー格らしい男は、盗んだ男に向かって金貨を一枚投げ渡した。一枚で二百ペールもの価値のある金貨で報酬を出したのだ。ではこの男のやろうとしていることにはそれを補って余りある利益があるということか。

 盗んだ男は喜びの奇声を上げて金貨を懐にしまったかと思うと、さっさと行方をくらました。雇われ者だったようだ。残るは四人。

「どういうつもりよ、アンタら」

 一連の気持ちの悪いやり取りを見て、アーシャは攻撃的な目線を送った。

「嬢ちゃん、あんた、キャップゲーツ海運の娘さんなんだってな」

「お父さんがどれだけ娘のことを愛してるか知りたくないか?ええ?」

 詰め寄る男たちから、アーシャは後ろに退いて逃れる。

 ――なるほど、身代金みのしろきん目当ての誘拐ゆうかいか。

「息が臭ぇんだよ、近寄るな!」

 アーシャは威嚇するように声を張った。

「へへ、おいおい息が臭いってよ」

 聞いた男たちはゲラゲラと笑っている。

 ――まだだ。

 アーシャは自制する。こちらから手を出しても勝ち目はない。まずは相手の冷静さをくさなければ。

「女の子相手に大の男が四人掛かりって、恥ずかしくないのかよ」

 アーシャの挑発に男はくくっと笑った。

「ああ恥ずかしくないねえ。恥ずかしさより損得。世の中そういうもんだろ」

「そうかい。じゃあ聞くけどさ、人数増えれば分け前が減るんじゃないの?こぉんなに人数いらないでしょ」

 アーシャが言った瞬間、男はキレたような顔を見せた。両端がへし折れてトゲトゲになった木片を旋盤せんばんのように回転させながら投げてきた。アーシャがとっさに腕で顔をおおった直後、木片は彼女の腕に切り傷を負わせ、背後の壁にぶつかって大きな音がした。

「うるせえなぁお前、挑発が見え見えなんだよ」

 男はぐらぐらと沸騰する怒りをあえて抑えているかのような歯切れの悪い声をした。

「息が臭ぇっつってんだろ!」

 アーシャはひるまずに言い返した。すると背後から別の男の声がした。

「じゃあその臭い息でたっぷりキスしてやろうかなぁ?」

 右の手首を背後の男に掴まれた。

 アーシャはこの瞬間を待っていた。手首をつかむなど間抜けのやることだ。

 ぐるりと宙を回ったアーシャの右手は、逆に相手の手首をつかみ、ねじり、高く上げた。更に相手の足を踏みつけ自由を奪い、互いの右手がつながってアーチになったその下から左手をくぐらせ、「お断りだよッ!」あごの下めがけて掌底しょうていを叩き込んだ。

「うっ、がっ!いでえ!」

 男が手を離した隙にアーシャは走って距離を取った。しかしこれでは入り口から遠ざかる。

「バカかお前。仮にも社長の娘だぜ?護身術覚えてることぐらい計算に入れとけや」

 焦るアーシャとは逆に、男たちは余裕の表情でにじり寄ってくる。

「チッ、可愛くねえガキだぜ」

「なあ兄貴、一度死なない程度に痛めつけた方が大人しくなって使いやすいぜ」

「そうかもな」

 リーダー格の男は手に持った棒切れの具合を確認するように、何度も振っては手のひらで受け止めて威嚇のような音を鳴らす。

 右か左、突破しやすいのはどちらか。交互に見比べて、考えあぐねている頃だった。


「アーシャ!」

 工場の入り口から声がした。入り口から日光を背に受けて立つ三人の影が見えた。

 アーシャの表情に火が灯る。ダメ元で置いていた目印を彼らが辿ってくれたのだ。

 男たちはいっせいに入り口の方を振り向いた。

「お前たち、そこまでだ!それ以上やると犯罪だぞ!」

 ユウが言ったが、

「何だ何だ。ガキに脅されてはいそーですかって辞めると思ってんのかよバカが」

「ユウ、話して通じるような奴らじゃないみたいだぜ」

 カイルは猟犬が唸っているかのような臨戦態勢の構えだ。

 アーシャはその隙を見逃さず、右に走った。目の前の比較的弱そうな男に背後から蹴りを入れ、なお走る。

「お前ら、行け!」

 リーダー格の男は二人に指示を出した。そして、自分はアーシャを追う。

「アーシャに何をするんだ!」

 カイルは剣を抜いてとびかかり、

「バンダナちゃんはここにいるんだ、いいね」

 戸惑う表情のバンダナちゃんを置いて、ユウも続いた。

 カイルの剣を見て男たちはひるんだ。

「うわっ!」

 まさか武器を持っているとは思わなかったのだろう。だがそれも一瞬のこと。カイルが素人だと悟るや否や、カイルのかぶっている兜めがけて木の棒の一撃を横から叩き込んだ。

「があっ!」

 思った以上に衝撃が強くてカイルは横に吹き飛ばされる。やはりブリキで作った偽物では意味がない。


 逃げるアーシャより先に、リーダー格の男が立ちはだかった。アーシャは少し迷って、フェイントしてから抜け出そうと姿勢を動かしたとき、

「捕まえたぜ!」

 先ほど背中を蹴飛ばされた男が、背後からアーシャの腰をつかんで引き倒した。

「きゃっ!」

 つい悲鳴がもれる。

「アーシャ!」

 カイルが怒りとともに立ち上がり、

「カイル!一人じゃ危ない!」

 ユウはカイルに続いて突進する。だがユウは素手。武器を持った男を相手に勝ち目がない。

 ユウの髪の毛が引っ掴まれて身動きを封じられた時だった。

 とっさにバンダナちゃんが駆け寄ってきた。その動きにはためらいが無い。一直線だ。

 何をする気だ?といぶかしむユウ。ユウをつかんでいる男も、一番小さな子供が飛び込んできたところで蚊ほどにも気にしない様子だった。――しかし

「その手を放せぇ!」

 バンダナちゃんは一喝とともにスライディングするかのごとく姿勢を低くし、弾丸のような速度で水平の足払いを放った。スネのど真ん中に命中した一撃で、男は不自然なほどの衝撃を受けた。足場が急に回転したかのように横に滑って吹き飛び、頭をぶつける。

「んがああああっ!」

 男は口をパクパクさせながら、蹴られた足を押さえている。もしかしたら今ので骨折したかもしれない。

「あっ……、やりすぎた」

 バンダナちゃんは途方にくれた顔をした。

「バ、バンダナちゃん!危ないからダメだって!」

「うぅ、ごめんなさい」


 アーシャは手を後ろに顎が床につくように押さえ込まれた。リーダー格の男は、アーシャの眼前の木の床にナイフを深く突き刺した。

 そしてアーシャの髪の毛を引っ張り上げる。

「おいガキども、大人しくしてろよ」

 突き立てたナイフで、いつでもアーシャの顔を斬れるという見せしめだ。

「ユウ、待て!やめるんだ!」

 カイルはなおも抵抗していたユウを止めた。

「人質か!」

 ユウは苦々しく言って男をにらむ。

「このナイフよぉ、今日研いだばっかりだから今最高の切れ味だろうぜ。嬢ちゃんのほっぺたがバターみたいに切れるのを見たいかぁ?ああ?」

 静寂の迫力が重い。誰も手を出せない。

「可愛いお嬢ちゃんが危ないって知ったら、そりゃあいっぱい積んでくれるよなぁ、社長さんはよォ」


「なんだ、結局ただのザコか」


 誰も声を出せない中、周りの誰でもない声が響いた。

「誰だ!」

 上から人影が降ってきた。ユウがそう察知したときには、すでに彼は静寂をつんざく大きな音を立て着地していた。ニワトリ頭の被り物で顔を隠した変な奴が突然現れたのだ。膝をじっと曲げた姿勢で衝撃を抑えて、おもむろに立ち上がる。

「なんだてめ――」

 男が言い終わらないうちに、ニワトリ頭は床に突き刺さっていたナイフを遠くへ蹴飛ばした。

「うるせえんだよ。田舎のチンピラが」

 ライゼは変な被り物のクセにすごみだけは一丁前だ。

「俺は通りすがりの――」

「ライゼ、来てくれたんだな!」

「ライゼ!」

「……」

 ニワトリ頭のライゼは急に黙った。そして被り物をむしりとって床に叩きつけた。

「あーッそうだよ!ライゼだよ!」

 すごく悔しそうだ。

「……バレないって思ったのかな、あれ?」

「バンダナちゃん、それ絶対本人に言っちゃだめだからね」

 バンダナちゃんは時々ナチュラルに言葉でえぐるから怖い。

「おいチンピラ!」

 ライゼは八つ当たり気味に男を指さした。

「てめえ、うちのマスターに何してくれたんだ?あぁ?」

「マスター!?」

 バンダナちゃんが突然驚いたような声を上げた。

 しかし男の方はひるまない。彼らからすればライゼもただの子供なのだ。

「おう、兄ちゃん。カッコよく登場してもらって悪いけどよぉ――」

 リーダー格の男に最後まで言わせず、ライゼは無言のハイキックで蹴り飛ばした。積んであった木箱を崩しながらの一撃必殺。

「強ぇ……」

 カイルは呆気にとられて声を漏らした。

 「この野郎!」と男がとびかかる。それで火ぶたを切ったように二人掛かりでライゼに組みかかった。だが、二人の間をすり抜けてライゼは背後に回った。

「おいユウ、何でもいい!長物ながものをよこせ!」

 ライゼが咄嗟に言葉を投げかけた。そして襲ってくる男に向けて木箱を蹴飛ばして牽制。

「長物?そんなものなくたってお前なら……」

 ライゼはじれったそうにユウに近づいて素早く耳打ちする。

「本気出したら死んじまうだろ!得物えものがあった方が加減できるしごまかしも利く!」

 木の棒を持った男がさらにライゼを追う。

「カイル、その剣貸してくれ!」

 ユウは返事も待たずにカイルから剣をむしり取った。

「ライゼ!」

「おう!」

 ライゼは威勢よく空中で受け取ったものの、着地後にその剣を見て戸惑ったようだ。

「えっ?いや、おい。これは流石に……」

「レプリカだよ!」

 カイルの言葉を聞いた瞬間に、

「おっしゃあああー!」

 ライゼは大ぶりでぎ払った。男がまた一人打ちのめされ、吹き飛ぶ。斬れなくてよかった、とユウはため息をついた。

 残るは一人。ライゼは睨みとともに脅しをかける。

「いいかてめえ、俺の剣を受ける時は腹から受けろよ。少しでもズレてみろ、背骨が砕けるぜ」

 その一言で青ざめた男は床に唾を吐いて逃げ出した。

「へっ、まあ、たまにはガーディアンらしいこともしないとなぁ」

 満足そうな顔つきでライゼは頬をぽりぽりと掻いた。


 ようやく、張り詰めていた緊張感がほどけた。

「大丈夫かい、アーシャ」

 カイルが手を差し伸べて、アーシャが受け取った。

「ごめんね、あんまり力になれなくて」

「ううん。来てくれてありがとう。ユウも」

「ああ、大変だったね。せっかくのお祭りなのに」

 ユウはバンダナちゃんの「オバケシーツ」を少しだけ切り取って、アーシャの傷口に結んだ。

「いや、今回はカイルのおかげだ」

 ライゼが割り込んだ。

「こいつの剣のおかげで助かったぜ?この伝説の剣がなきゃ俺も危なかった。ありがとよナイトさん」

 そんな調子のいいことを言ったのがおかしくて、ユウはぷっと笑った。


          ◇◆◇


 かくして、一連の事件は幕を閉じた。

 翌日の新聞には、パレードの最中に社長令嬢が誘拐されたこと、そしてそれは勇気ある友人たちの助けで事なきを得たことが、二面紙扱いで大きく取り上げられた。

 だがこの町の人間には、この事件に最新鋭の兵器が関わっていたことなど、ほとんど知られぬままであった。

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