4. 通達

 ソフィアたちは、騎士学校を卒業し、騎士になったばかりの半人前である。こうして王城に騎士として所属してはいるのだが、訓練や雑用ばかりで騎士らしい仕事はまだしていない。

 そんな新米の騎士たちは、はじめの一月を首都で過ごした後に〝遠征〟の名目でこの国の何処かの地方に行かされる。首都とは違った広大な地域の守り方や利便性の欠けた生活に慣れるためだ。これを乗り切ることで、ようやく正式に騎士として扱って貰えるのだ。

 行き先の通達のために会議室に呼ばれたのは、ソフィア含め三人。一人は、またしても一緒なのか、ユーノ・ガスター。もう一人は、学生時代から親しかったヴィクター・モーガン。つまり、この二人と同じ行き先ということである。

 机と椅子と黒板だけが置かれた会議室。基本的に礼儀作法を教え込まれる騎士たちであるが、それでも文官などと比べてしまえばやはり粗野らしく、安価な木材で作られた机はとうにニスが剥がれ、物を書くには不向きな状態になっていた。椅子も、欠損はないものの、腰に佩いた剣や防具の所為で傷だらけ。あまりに殺風景なのは構わないが、この机と椅子くらいそろそろ変えてもいいのではないか、とソフィアは思う。予算の都合で手が回らないだけかもしれないけれど。

「お前たちには、キャメロンに行ってもらう」

 各々腰かけた三人にそう告げて資料を配るのは、ソフィアたちより四つほど年上の先輩騎士だ。身内に配るためかあまり質の良くない紙に書かれていたのは、今回の遠征の概要と行き先についてのちょっとした情報だった。

「北の国境と接している所為か数年前からわりと大変なところだけど、騎士の人柄は保証するから、せいぜい頑張れ」

 赴任日などの説明を簡単にした後、騎士はそう付け加えて部屋を出る。その前に一度ユーノの肩に手を置いたのは、知り合いだったからだろうか。そのときユーノが顔を顰めたのは、いったいどういう理由だったのか。

 そうして新人だけで残された会議室で、ソフィアは溜め息を吐いた。

「またお前と一緒だな」

 真向かいに座った黒髪の男に目を向ける。この遠征のメンバーの構成からしても、周囲がソフィアに何を求めているかが明白である。ヴィクターが居るのは、友人も同行させることでソフィアの不平を押さえつけるためだろうか。

 ユーノはぼそりと呟いた。

「……良い迷惑だ」

 本当にうんざりとした様子で吐いた。

「それはこちらの台詞だ!」

 反射的に言い返した。なおも募ろうと身を乗り出すと、隣に座ったヴィクターに肩を突かれた。振り返ると、駄目だとばかりに首を振っている。仕方なく引き下がった。

 ユーノのほうもそれ以上は何も言わず、一足先に部屋を立ち去った。もちろん一言もない。相変わらずの不愛想さだ。

 はあ、と二人分の溜め息が漏れる。

「相変わらずの腐れ縁だな」

 若葉色の目を細めてヴィクターは苦笑した。彼は伯爵家の三男で、将来父から継ぐ仕事も財産もなかったために騎士を目指したという。跡継ぎの重責がないためか貴族にしては自由人であったが、ソフィアと何故か馬が合い、こうしてよく話をしている。

「何故こうなったのか……」

「大変だな、お前も」

 ヴィクターの自由人ゆえの柔軟性に、真面目でときに固い発想しかできないソフィアはよく助けられていた。それだけでなく、たまにユーノに対しての愚痴を聞いてもらっていたりもしていた。その気安さで今もつい愚痴をこぼしてもらうと、慰めの言葉が掛けられた。向けられた同情は、あくまでも他人事としているからだ。だから少し腹が立つ。大変だと思うならユーノを止めるときに手を貸してくれてもいいのに、彼はその場面に出くわすと見知らぬふりをして逃げ出すのだ。ソフィアが隣に居ても平然とソフィアを置いて踵を返したこともあった。こういうときばかりは宛てにならない友人である。

「……にしてもキャメロン、ね」

 頬杖をついてふとヴィクターは零す。いつの間にか彼の思考はユーノのことから遠征先について移っていたようだ。

 ソフィアもまた、頭の中から彼の地についての情報を集め始める。

「北の国境に位置する領だったな。隣国の驚異に晒され、治安があまり良くないと聴いたことがある。領民は辛いだろうな」

 確か、北国から賊が流れてきているのだったか。彼の領の騎士たちが巡回などの警備強化に努めているのにもかかわらず、被害はなかなか減らないらしい。

「そりゃあ辛いは辛いだろうが、本当にそれだけかな」

 低く、ヴィクターが呟く。含みのある物言いに訝しんだ。

「どういうことだ?」

 言葉の意味を訊ね返すと、彼は力なく肩を下げた。向けられた視線はソフィアに対しての呆れを含んだもので、自然身が強張った。

「お前、あまり社交に出ないだろ」

 指摘に身体が跳ねた。目が泳ぐ。図星なのだ。

「……訓練で」

 ソフィアはあまり社交の場が好きではなかった。ドレスや装飾品は好きだったのだが、騎士を目指し剣を振るようになると、それらの繊細さに物怖じしてしまうようになってしまった。身に着けて人ごみの中へ行くとなると、汚したり破いたりしてしまうのではないかと落ち着かなくなるので、今は遠慮する気持ちのほうが強い。

 それに加えて、噂話というものが好きではなかった。だが、社交での女性の会話はたいていが流行と噂話。騎士学校にいた頃はそういう流行りものと隔離されていたようなものだった。まあ仕入れようとすればできないことはなく、都合がつけば夜会や茶会に出ることも特別禁止されてもいなかったが、そこまでしようという気概はなかった。噂話についてはそのほとんどが誰かの醜聞であるため聞きたくない。人が噂するようなことをする方もする方だが、それを種に笑う人の気も知れない。あまりのことにうんざりして、これまで騎士としての訓練や勉強を言い訳にして逃げていた。

 ヴィクターは、頻繁に顔を出しているらしい。自由人のわりに、そういうところはきっちり真面目だった。

「ほどほどにして、たまには顔出せ。悪口とか品のない話が嫌いっていうのもいいけどさ、噂話くらい仕入れといたほうがいいぞ。しょうもない話の中にも情報は紛れているもんだ」

 ヴィクターはソフィアの高潔さをよく知っていた。だからこそ、腹の探り合いとか牽制のし合いから逃げようとするソフィアにこうしてたまに苦言を呈してくれる。

 女騎士だとて社交には出る。騎士として出る場があるのはもちろんだし、貴族出身の女騎士はきちんと令嬢として参加している者もいる。出ようと思えば出られるパーティはあるのだ。それにすら顔を出さないということは、侯爵家の家格を下げることになる。

 そう指摘されて反省した。家族に迷惑をかけるのはソフィアの本意ではない。

「……そうするよ」

 とりあえずその社交になれる一歩として、ヴィクターに頼らずにキャメロン領についての情報を集めるところから始めることにした。

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