第二十話 夢ならどうか

 

 月日は流れ、高校二年生になる。

 央雅とは同じクラスにはなれなかった。

 だがなんの因果か、伴と同じクラスになり、央雅が惹かれていったのもわかるなあ、と痛感する。

 クラスの事をよく見ていて、男でも女でも構わず口にして心配したりおどけてみせたり、どこかスーパーマンのようだった。

 そんなクラスは俺には関係ないのだけれど。

 いつになったら退院できるだろう、と思いながら前のように央雅の病室は面会謝絶になっていない。以前よりかは良いのだろうか。それでも治るのに時間がかかるのだろうか。

 そう思いながら、居酒屋でのバイトを終えてロッカールームに入るとスマートフォンに母さんから鬼のように電話がきていた。

 一体なんだろう。

 俺は首を傾げて電話を繋げる。

「もしもし?」

 俺の言葉に母さんは言葉を詰まらせる。

『落ち着いて聞いて欲しいんだけれど、分からないんだけれどね、急いで帰って来て』

「なんで?そりゃすぐ帰るけどさ」

 今日は土曜日。仕込みとミーティングで朝の十時から十九時までキッチリと働いた上、少し残業したからくたくただった。

『もしかしたら琉玖くんが——』

 ノイズが走る、と言うのはこういう時のことを言うのだろうか。

 掠れて曇ってガサガサと目の前が暗くなるような。

『亡くなった』

 どうして。なんで。

 俺は自転車で猛スピードでマンションへと駆け抜けた。

 どこにも行き場所がない。どうすることも出来ない今、頭の中で何度も繰り返される。

 亡くなった、亡くなった、亡くなった——

 どうして、なんで。

 真っ暗な闇の中、どんなに繰り返しても答えが返ってくるわけじゃない。

 駐輪場にも雑に置き、エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け上がった。

 玄関も乱暴に開けて、リビングへと駆け込む。悲痛な顔をした緑さんと母さんがいる。何故ここに緑さんがいるんだろう。

 人って死んだら色々やる事とかあるんじゃなかったっけ、そもそも現実じゃないから、やっぱり嘘なんだとぼんやりとそんな事を考えながら俺は二人を見た。

「琉玖が……」

 緑さんの瞳から涙が溢れる。

「琉玖は生きてるんですよね?」

 俺は否定したくて必死に緑さんの目を見る。

「生存者はいないって……」

 緑さんの言葉が途切れ途切れで上手く頭が働かない。母さんは見かねたように俺に説明した。

「雪空学園の美術部は今日から合宿だったでしょう?その美術部員の乗ったバスが横転事故に巻き込まれたらしいの。バスに乗っていた人間で生存者はいないってことだけしか、私たちは聞かされていないわ……炎上してしまって焼けてしまったから身元判明が、難しいんですって」

 淡々と喋っているようで言葉は喉に詰まり、瞳を涙で潤ませる。

 本当だと言うのか。

 本当に、琉玖は……。

「生存してる人って二人くらいしかいないってはっきりそう言われたわ」

 覚悟を決めたように母さんは俺に告げる。

 どうしてだろう。それでも、現実のように受け入れることが出来なかった。

 だって昨日まで琉玖はいつものように夜ご飯を食べて、雑談して。

 そして朝だって共にご飯を食べて俺はバイトに行って、そうだ。琉玖は合宿に行ってくると笑っていったんだ。

 それなのに、何故。

 いつだって央雅や緑さんのために早く大人になりたいと言っていたのに。

 ようやく自分の世界を持って、美術部で前より笑うようになったのに。

 良かったって、思って。それでも央雅の病気が再発してしまったから、少しだけでも家計の足しになればと俺たちはバイトだって始めたのに。

 どうして、央雅を残して?

 どうして、緑さんを残して。

 なんで、俺を残して——

 言いようのない感情に、俺は押しつぶされそうになる。一体何をしたっていうんだ。

 二人が。

「私が悪いんです」

 緑さんは手で顔を覆う。

「私が……」

「緑さんのせいじゃないわ、しっかりして」

 母さんが宥める。

 琉玖が大切にしていた、父親から貰った筆も一緒になくなってしまったのだろうか。

 筆なんてすぐに燃えてしまいそうだ。

 大切にしていたのに。

 琉玖は何よりもあの筆を、どんな時でも使っていたのに。

 出会ってからの日々がアルバムのように映していく。涙が出そうだった。

 なんで、しか出てこない。

 これが現実なんて受け止められない。

 どうせなら夢だったと、早く覚ましてほしい。

 誰か、どうか。


     ◆

 

 

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